第28話 病肉に潜む計略

「「マリアっ!! サクラっ!!」」


 マリアの左手首の枷だけ血で染まっており、その抵抗の痕に見た二人を包む空気が変わる。


 押さえきれない義憤に二人はライフルのボルトを引く。


 銃剣・天羽々斬とドラゴンイーターの銃口がデュークへと突きつけられる。


 まるで暴風のような殺気が包み込み、一触即発の緊張が走った。


「巫山戯た真似をしやがって、只じゃおかねぇぞっ!!」


「貴方、絶対に許さないわよっ!! さっさと二人を放しなさいっ!!」


「待て待て待てっ! 争う気は無いっ! 俺の条件を呑んでくれたらコイツらは解放する! 落ち着いて俺の話を聞いてくれっ!」


 交渉材料としてマリア達を拉致したのだろう。差し詰め難民の命を脅して着いてくるよう命じたといったところか。


 しかし腑に落ちない。


 自分が優位であると思っている側がわざわざ人質などという手段を取るのだ?


「交渉なんて必要ねぇっ!! テメェをシバき倒して終いだろうがっ!」


「だから待て言っているだろう。お前達がこのまま国に帰るのであれば、二人を引き渡す。俺はお前達を気に入っている。出来ることなら戦いたくはない」



 無用な戦いを避けられるのであればそれに越したことがないが、デュークの言っている事に何ら保証もないことも事実だ。


 だが、話を聞いてから戦っても遅くはない。


『ユラナ、一旦話だけでも聞いてみてもいいのではないかしら?』


 私よりも先にケェリィアがスピーカーを開く。


「ケェリィアっ!! 冗談はよしなさいいっ!!」


『落ち着け、私も同意見だ。戦うのはその後でも遅くはない』


 揃って舌打ちをする二人。


 どうやら損得勘定が出来るだけの冷静さはあったようだ。


 冷静さを失わなかったのは一重にマリアのお陰だろう。命が失われることを極度に嫌う彼女の前で血生臭い戦闘は避けたかったのだ。


 不貞腐れたような態度で、アキラは足下の瓦礫を蹴りあげ、ユラナは髪を掻き上げ、銃口を降ろす。



「先ずはデューク=デイモンというのは偽名だ……名前は言えないがD.Dとだけ言っておこう」


「前置きはいらねぇ、さっさと話を進めろ」


「ああ。悪い……だが、話さなければらならないことがある。培養肉に関することだ」


 デューク。いや、D.Dはプリオン入りの培養肉に関する話だ。各国で同様の事件が発生しているというユラナの調査結果と類似した話だ。


「そんなことは知っているわ。調べたもの。今WHOと医師団その他各国の医療機関や広報組織が総出で動いているわ。真相解明は時間の問題よ。まさかそれが遺言?」


「流石だな。だがその狙いについては分からなかったか? ならこう言えばいいか? リアレートは別として他の地域で直接培養肉を提供していた者は誰だ?」


『提供していた者だと……?』


 私はユラナの顔がみるみる青く染まっていく事に気づくが、既に時は遅し――


 銃声。


 静止する暇もなく放たれ、対物ライフル特有の重量感のある衝撃音に大気が震える。


 惜しくも弾丸はD.Dの肩を掠める。


「何やってんだっ! 落ち着けっ! ユラナっ!」


 寸ででアキラはユラナのライフルを銃身を傾けたのだ。


 無論、アキラが止めなくても、動揺と焦りのあまり照準を合わせられず外していただろう。


「対物ライフルか。護身用にしてはかなり物騒なものを持ち歩いているな?」


「うるせぇよ」


 まさか培養肉そんな狙いがあったとは盲点だ。

 

『やってくれたわね……』


 本当にやってくれた。ケェリィアも私と同様の結果を得たようだ。


「なんてことを……」


 今一想像が沸かないアキラは苦悶の表情で頭を抱えるユラナに説明を求めてしまった。


「ユラナ……どういうことだよ?」


「……分からないの? つまり――」


「配っていたのはTwelveThinkerのようなコーディネーター組織や慈善事業団体。黒幕が誰であれ真っ先に追求されるのは彼等。当然信用は失墜、たとえ真相が究明されたとしても、一度植え付けられた疑念はなかなか消えない。活動なんてもう出来なくなる……」


 檻の中から語るマリアの表情は険しい。


 例の培養肉は驚くほど安価であり安定供給されていた。


 通常の培養肉100gの値段で2kgを購入できるのだ。コーディネーターが計画に加えない訳がない。


「そう。マリアの言う通り。安くて大量に仕入れられる培養肉を使わない手はない。私だってそんなものがあれば使うわよ。寧ろそれを中心にコーディネートするわ……アキラだってそうでしょう?」


 アキラは答えなかった。それについてユラナも言及しない。無言であることが何よりの同意を表していた。

 

 無論TwelveThinkerとて例外ではない。培養肉の正体に気付きいち早く手を打った我々は評価されるだろうが、マリアの言う疑念は慈善事業団体全体に及ぶ。風評被害は避けられないだろう。


「そうだ。お前達の言う通りだ。だがそれだけでは留まらない。この事件を期にAPHRPAに対して疲弊や不満を持つ組織や革命家達が動き出すだろうな。そうなれば――」


「そうなればあちこちで暴動や紛争、最後には戦争がはじまるってか? 自分の計画じゃねぇくせに偉そうに語ってんじゃねぇよ」


 そうだ。それは彼の計画ではないはずだ。確かL.LとC.Cと言っていたな。


「その口振りだと、やはりあの時の会話を聞いていたか、L.Lは一重に猟奇的な女だ。C.Cは地球圏にいる全執行者を統括している。性格は違うが二人とも有言実行するタイプだ。放って置けば戦乱が始まるぞっ!」


 嘆願を切り捨てるように銃剣が振り下ろされる。


『テメェに心配される言われはねぇよ テメェをシバき倒すぐらいの余裕はあらぁ!」


 殺気を帯びたきっさきをD.Dの眼前に突きつける。その白刃は残照を受け憤怒に染まっているかのようだ。


「……待つんだ……アキラ……」


 緊迫した状況の中、アースの意識が回復する。今だよろめく身を起こそうとして、骨折した左腕に激痛が走り苦痛の表情を浮かべる。


「うるせぇよ。テメェは動けねぇんだから寝とけ」


「分かっていると思うけど、左腕が折れているわ。生憎私達立て込んでるの。手当ては自分でしなさい」


 少しは怪我人を労ったらどうかと思ったが、彼等にいつもの精神的余裕が無い。


「……酷い言われようだね……せめて、一つだけ……彼は何かを隠している」


「何も隠してなんかいない。そんなことより、お前達がこのまま国に帰るって言ってくれれば、丸く収まるんだ。みんな無事に帰れるだぞ?」



 無事に帰れる?


 先程から交渉にしては妙な違和感の正体はこれか。


 アースの言葉でD.Dの視線が右上に動いたことで疑念が確信と変わる。


 急にアキラは目を伏せ、鼻で笑う。


「なぁ。デューク?  もし断ったらどうなるんだ?」


 アキラも気づいたようだ。彼には時偶ときたま妙に勘が鋭い時がある。

 正直気づいているふりをしているのではないか疑う時があるほどだ。今回のように鼻で笑うといった分かりやすい仕種してくれればありがたいのだが。


「何故、そんなことを聞く?」

 

「いいから答えろよ」


「……どうしても話さなければ駄目か?」


「ああ、観念しろ、それがお前の仕事だろ?」


 頭を掻き回答渋るデューク。だが、何故彼が渋るのか。断った先の行く末が分かっているからこそ、執行者としての彼が渋る理由が分からない。


「仕事か……確かにそうだ。なら仕方が無いな」


 諦めた。覚悟を決めたというべきか。まるで仕事という言葉が免罪符のように罪悪感を和らげるそんな安堵の笑みを浮かべ、D.Dは意を決したように口を開いた。


「お前達が要求を呑まなかった場合……いや、呑まなくても俺は都市を破壊しなければならない。悪いがシオンには死んでもらう」


 筋書きはこうだ。シオン達はTHAADに追い詰められ、発電所を爆破。支柱まで破壊し無理心中を図る。


 故にTHAADの部隊が少なかったのも、また撤退が速かったのは、崩壊すると分かっている都市に兵を送れない。抗戦記録さえあれば後はお得意の情報操作だ。映像を差し替えニュースに流す。謂わばシオン達はTHAADの国際的支持を高めるていのいいマッチポンプに使われたということだ。


「お前達がこれで帰るのであれば、単に難民保護団体と処理することが出来る。俺は……アキラ……お前を友と思っている。地球に来てバイクについて語れる人間は居なかったからな。お前の女房も子供も解放する。だから頼むから帰ってくれ……」


 目をきつく閉じアキラは思案し始める。


 トロッコ問題という思考実験がある。これは鉱山で線路走っていたトロッコが制御不能になり、その先のは五人が作業中だった。この時、自分は線路の分岐器の側におり、進路を切り替えれば五人は助かる。しかし切り替えた進路の先には一人が作業をしていた。


 最大多数の最大幸福。功利主義の観点からすれば進路を切り替え五人を助けるべきだ。だが道徳的にそれは許されるのかどうかという問題だ。


 この場合、犠牲となるのはシオンだ。


 犠牲とは言えんな。これでは最早『にえ』だ。


「……どうして? アキラ悩まないで? サクラは私が死んでも守るから、お願い……シオンを……助けて……」


 胸に手を合わせて目元に涙を溜め、懇願するマリアの言葉に、アキラの眉間に更なる力が籠る。


 ユラナもまた苦悶の表情を浮かべている。心が揺れていることは想像が付いた。


「マリアっ! 貴方何を言っているのっ! 要は自分はどうなってもいいってことよねっ!? 自己犠牲も毎度毎度大概にしなさいっ! せっかく――」


 心拍数の上昇を検知。苦悩に晒されるアキラは頭を押さえ始める。


「ユラナ、ありがとう。でも大丈夫だよ。もう私は……だかお願い。アキラ、私の事は言いシオンを助けて」


 大きく息を吸い込むアキラ。そして長々と重々しい溜息を付き、徐に口を開く。




「……どうやら心底惚れちまったらしい……」





「え?」「は?」「今、何と言った?」


 私やケェリィア以外、誰にも聞き取れない小声で独り言を呟くアキラ。心拍数にも下方に向かい、落ち着きを取り戻していくのが分かる。


「デューク、俺もダチだと思っている。バイクのことで気があったはお前が初めてだぜ。他の奴らは全く興味ねぇからな」


「だったら――」



 アキラは地面に銃剣、天羽々斬を突き刺し言葉を断ち切る。


「悪りぃな。やっぱ呑めねぇや。俺は女の涙に弱ぇんだ」


 腰に手を伸ばし、鬼面タクティカルマスクを取り出す。


 圧縮空気の充填は私の方でしておいた。オブジェクト『緋々色鎧ヒヒイロノヨロイ』は無駄遣いして、あと一度しか使用できない。だが、もう全て終わるまで外すことは無い。


「マリアもサクラもシオンも全員助けるっ! そしてお前を止めるっ! 覚悟しろっ! 今の俺はすこぶる無敵だ」

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