第27話 陥る術中
無残に破壊された街並み、黒い煙が絶えず燻り、凍える一陣の風が吹き抜ける。
アキラはマスクを外し緋々色鎧を解くと、全身を覆っていた漆黒のプロテクターは青い粒子となって霧散する。
「シオン、悪りぃんだけど、デュークが何処にいるか分かるか?」
膝を着き姉妹水入らずの場面に口を挟むアキラ。
シオンに語りかける口調は真剣な物言い。
黒幕が未だ登場してこないことに痺れを切らしていたこともあるが、それ以上に不安がそうさせていた。何かしらの工作を仕込んでいるに違いなかったからだ。
アキラの声色に緊張感が宿っているのを悟り、一旦姉から放れ、体をアキラに向けた。
「えっ?……え……と……俺は他にやることがあるって……作戦があるからって、その準備だって言っていたよ」
「なるほどな。お前達は陽動を任されたってわけか」
「陽動って……そう、これを陽動って言うんだ」
どうやら陽動という言葉の意味を知らなかったらしい。彼女の言動に頭を抱えるアキラであったが、直ぐに気を取り直し話を続けた。
「作戦に付いて何か聞いてねぇか?」
シオンは首を横に振る。やはりか。
「けど……意味は良く分からなかったけど……敵を欺くには味方からって言っていた? どういう意味なんだろう? 作戦名か何かかと思ったんだけど……」
アキラはまたしても肩を落とす。少し期待していた反面、落胆した彼の虚脱感の重さには同情するよ。
「あの野郎……適当なこと言いやがって……」
「シオン、敵を欺くには味方からって言うのはね……」
本当に偏った知識を持っているのだな。オブジェクトプログラミングや科学的知識は
懇切丁寧な姉の説明に素直に頷くシオンの姿は、無邪気というかなんというか。
「オリアーヌ。ちょっといいかしら」
瓦礫に腰を降ろし休んでいるオリアーヌにユラナは手招きをする。
眉を顰め、口はへの字、極めて不快な表情のオリアーヌ。
立ち上がる腰も重そうだ。極めつけはいかにも怠そうな足取り。
「……何だ?」
「な~に? その連れない態度? さっきは昔みたいに先輩って呼んでくれたのに」
まるで弱味をちらつかせているような厭らしい笑みだ。
覗き込むユラナの視線から目を逸らしているオリアーヌの顔は桜色を帯びている。
なるほど、嫌がっていたのではなく恥ずかしかったのか。
「馴れ馴れしくするなっ! 別にっ! まだ許したわけではないのだからなっ!」
オリアーヌからの言動からして、彼女たちの
ユラナはTHAAD時代、15から20歳にかけてだがTHAAD内の
「そもそもっ! 何も話さず去っていってた事が気に食わないんだっ!」
「えーー……」
ユラナ……責められてもけろりとして肩をすくめて見せるその態度が、余計にオリアーヌの怒りを助長させているのだぞ?
「アースがツンデレが好きなのは分かるけど、同性から露骨にやられると嫌われるから気を付けなさい」
「………………ちょっと待て、隊長はツンデレが好みなのか?」
おい。何の為に呼びつけたのか忘れていないか。
「それはそれとして、そのアースはどこ行ったのかしら? てっきりアキラと共闘していると思っていたのだけれど」
「隊長なら発電所が狙われる可能性があるといって、そこの防衛に行ったぞ。それよりさっきの話を詳しく……」
発電所……だと……?
その単語で私の予測演算がある結果を導き出す。
ほぼ同時、アキラの心拍数が羽上がり、全身の体毛が逆立つように毛孔が開き、身体が不安と緊張を訴える。
彼の脳裏に横切ったものと私の予測演算の結果は恐らく同じものだ。
「オリアーヌっ! アースは確かに発電所にって言っていたのかっ!」
「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
盲点……いや、とんだ思い違いをしていた。デュークの目的はシオンを煽動し都市を破壊することが目的ではなかった。
都市を破壊するは目的なのは確かだろう。だがその破壊には物理的なものだけではなかった。
THAADがアースとアルバートの小隊だけだったということに疑問を持つべきであった。
「あの野郎……こうなること最初から分かってやがったなっ!」
苛立ちのあまりアキラは地面に拳を叩きつける。緋々色鎧を纏った拳は、ハンマーの様にアスファルトを容易く砕き砂利を散撒く。
『いや……違うぞアキラ。恐らくデュークはあの時、我々の存在に気付いていたのだ。故に我々がシオンの方へ向かうと踏み、注意を向けさせ、その隙に都市を壊滅させるのが狙いだった』
リアレートという都市は大地溝帯に突き刺した巨大な支柱で支えられている。
その支柱の真上にある発電所を中心として円型に都市が構築されている。
その支柱の中には大地溝帯の地熱貯留層から地熱流体を取り出す生産井と地熱貯留層に熱水を戻す還元井が納められている。
そして地熱発電による発電事業は都市経済の要。
故にリアレートという都市は同時に巨大な支柱により経済的に、構造的に支えられている。
「……」
アキラはその場に座込み、腕を組み、思考を巡らせているうで、無意識に唸り始める。
だが、
「やめろ」
アキラが降ろしても降ろしても執拗にライフルを押し付けるユラナのお陰で完全に思考が中断される。
「アキラ。先ずは落ち着きなさい。そして説明しなさい。自問自答していてもこちらは何も分からないわ」
「……そうだな。上等じゃねぇか……先ずは銃を押し付けて振り翳す正論は正論かどうか――」
爆音――。
アキラの唱えた異論は惜しくも背後からの爆音により遮る。
『どうやら説明する暇は無くなったようだ』
夕焼けのように輝く背後の火の手。
煙の立った先はやはり都市の中心部、発電所の方角。
「紅っ!」
『分かっている』
私は戦闘に巻き込まれないよう路地裏の片隅に隠して置いたフロートバイクを操作し、オートパイロットで我々の前に呼びつける。
粉塵を巻き上げ、回転翼による独特な風切り音ともに、路地裏より現れる巨体。
『乗れ、二人とも』
飛び乗ったアキラは吹かし回転数とモーターの暖まり具合を確認するが、内燃式ではなく電動式なため吹かす必要は無い。それでもしてしまうのは癖なのだろう。
「貴女、シオンって言ったわね」
ユラナは終始肩に下げていた金属製の箱を降ろし、シオンの目の前に差し出す。
「これは?」
片端で横たわる巨蛇を差し、ユラナは物悲しい表情浮かべる。
「貴女のお仲間の脳よ。金属ナノ粒子を注入して冷凍保存してあるわ。蘇生できるかは五分五分といったところかしら。たとえ蘇生できたとしても人間の意識を取り出せるかどうか……」
箱へと伸ばすシオンの手は小刻みに震えている。
それは拒んでいるのか。悔いているのか。
見かねたユラナは箱を彼女に押し付け苦言を呈する。
「しっかりしなさいっ! その態度は貴女を慕い戦った彼等に失礼よっ! それは貴女が背負わなければならない重みよっ! 貴女には彼等を守り支える義務があるっ!」
箱を両手で必死に抱き抱え泣き崩れるシオン。
彼女に辛辣な言葉を残し、ユラナは後部席に腰を下ろす。
「オリアーヌ。二人を頼んだわね」
「ちょっと待てっ! 私も連れていけっ!」
「オリアーヌ、このバイクの乗員は二人までよ。それに量子残量も残り少ないでしょう? はっきり言って足手まといよ」
オリアーヌに対してもユラナは装飾の無い辛辣な言葉を突きつける。
顔を顰め悔し顔を浮かべ、身を震わす彼女にアキラは悠然と洋々たる言葉をおくった。
「悪りぃな。オリアーヌ。今は時間が惜しいんだ。アースの事は俺達に任せろ。ちゃんと連れて帰ってやるよ」
「……分かった。その代わり隊長のことは頼んだからなっ!」
少しだけ晴れた顔に満足し、アキラはサムズアップを送り、バイクを発進させた。
向かう先は発電所、十中八九執行者と戦闘になる。デュークがV.Vと同等であれば二人であれば充分対処出来るだろうが――
「あのサムズアップ、ただでさえオサレなのに、貴方がやると一層ダサく見えるわね?」
「やかましいっ! お前こそ説法なんて気取りやがって、似合わねぇぞっ!?」
憎まれ口を叩き合える気の合う仲の二人だ。
無用な心配のようだ。
そして辿り着いた発電所は跡形もなく、地面は瓦礫の山。ボイラーを破壊され、行き場を失い吹き上げられた蒸気が深い氷霧となって視界を奪う。
「何も見えねぇな。どうなってやがる」
フロートバイクを適当なところへ置き探索を始める二人であったが――
「アキラっ!」
突如視界が暗転する。
飛んできた何かの直撃を受けアキラはその場に倒れこんだ。
「痛てぇな……何だってんだ……?」
後頭部を打ち付け、擦りながら身を起こすアキラは目を疑った。
「「アースっ!!」」
気を失ったアースであった。
「アースっ! どうしたっ! 何があったっ!」
身体を揺すり意識確認に努めるが、返事がない。
ユラナは至って冷静にアースの身体を確認する。
左下腕が大きく腫れ上がっているように見えるな。
「左腕の骨折以外目立った外傷はなさそうね。呼吸も……まぁ、正常の範囲。完全に気を失っている状態のようね」
「アースを無傷で昏倒させるなんて、なんて奴だ……」
「多分、オブジェクトの使えないテロリストだと思って油断したのね。オブジェクトでなければシールドを貫通して外傷を負わせることは出来ないはず」
一陣の風が吹き抜ける。
温度差が生み出す風により次第に氷霧の中から現れた光景に二人は絶句した。
「遅かったな。アキラ」
不適な笑みを浮かべ佇むデュークの姿。黒だった髪は銀に、ブラウンの瞳は蒼く変わり、V.Vと同様の容姿に変貌していた。
だが、それよりも彼等を絶句させたものは別にあった
「アキラっ!! ユラナっ!!」
「おとーさんっ!! おねーちゃんっ!!」
難民の治療に当たっていた彼女達がなぜ?
そこにあったのは水晶のような無色透明の物質で構成された檻。
そこには手首と足首には同様の物質の枷が課され捕らえられたマリアとサクラの姿があった。
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