第22話 弔いの戦火

 現在、手術から六時間を経過している。


 通常の弾丸一発であるなら手術時間は四時間前後であろう。

 手術時間が長いのは、老体であったというより、THAADが対人装備用に支給されていた弾丸が問題であった為だろう。


 手術前――


 アキラと集落の数人は負傷したアデニ氏を家まで運び、テーブルの上に寝かせる。


 後はマリアに任せるほかない。


「マリア。紅にニュンフェを繋げ」


「……なんで」


 すれ違い様、彼女に囁き、私を差し出した。


 その理由は分かっていた。


 ニュンフェだけでは恐らく演算能力が足らないと推測出来たからだ。


「恐らくアイツが撃った弾……ホローポイントだ」


「っ!!」


 マリアに睨み付けられた。


 何でそんなものをっ!


 と目で訴えていたのがわかる。


 THAADではドローンには貫通力の高いフルメタルジャケット弾を使用し、対人戦闘では殺傷性の高いホローポイント弾を使用している。


 ホローポイント弾は着弾時、先端がマッシュルームのように変形し、損傷範囲を広げ、殺傷性が高まるように設計された弾丸だ。


 出血量が多かったのもその為だろう。




 そして現在、マリアはニュンフェで作った無菌室で手術をしている。


「なあ、姉貴……そうじゃねぇな。あんた達は何者なんだ。姉貴のアレはいったい……」


 白い立方体を羨望の眼差しで見つめるシオンだったが、やはり疑念は棄てきれなかったようだ。


「……俺とマリアは集落の支援に来た。俺は自立支援が目的、マリアは感染症対策、俺達はある人物から依頼と寄付でここにいるんだ」


「……じゃあ、アタシ達に農業を教えたのも、クールー病の治療も……」


「ああ……支援の一環――」


「あの女かっ! あの女が差し向けたをだなっ!」


「よせ。シオン、まだ婆さんの治療が終わっちゃいねぇ……それにアキラ達がこの仕事をしているのは皆を救いたいからであって彼等の意思だ。それとアイシャからの依頼は別問題だろう?」


 シオンの肩を掴み割って入ってきたデュークに救われた。


 彼のような理解者がいると心強いに越したことはない。


 デュークの言葉に遣る瀬無さからかシオンは唇を噛みしめ俯く。


 飽くまで推測だがアイシャ氏とシオンの間には何らかの確執があるようだ。

 容姿からして血縁があるのではないかとは予測していた。


「それは分かった。けどアキラ……あのTHAAD連中とは知り合いに見えたんだが?」


「ああ、俺は元THAADだ。アルバートとは部隊が違ったけど、訓練生時代の同期だった」


「なるほどな……」


 デュークからもシオンからもそれ以上の追求は無かった。


 今はそんな話よりも目の前のアデニ氏の容態が気掛かりで仕方がなかったからだろう。

 

 アデニ氏の身体はニュンフェで作られた呼吸器、人工心肺装置、麻酔器に繋がれ、私はバイタルのモニタリング、麻酔の合成、麻酔量、各機器の制御を肩替りしている。これを人間一人で行うのは流石に不可能だ。


 手術中のマリアは全身を白色の外骨格で纏い異形とも神々しくとも取れる形容しがたい姿をしている。

 幾太にも伸びたニュンフェの腕がまるで天使の羽根を想像させる。


 ニュンフェによる感染防止衣なのだという。


 そして手術開始してから7時間。


 手術が終了する。


 縫合を終えたマリアは、ニュンフェの霧散による雪煙が舞う中、その場に崩れ落ちた。


 マリアの献身的な手術でアデニ氏は一命を取り止める。


 だが年齢的なものもあって体力が持つかどうか、現状、油断のならない状況なのは変わらない。



 アデニ氏が意識の回復を待つ集落の人々。


 家の前は静まり返り、不安と緊張に包まれている。


 サクラはアデニ氏の前で泣きじゃぐり、そんなサクラをマリア疲労困憊に関わらず抱き抱えあやしている。


 アキラが寄り添い抱くマリアの肩は微かに震えている。


「ごめん……おばあちゃん……」


 嗚咽を漏らし、上擦ったシオンの呼掛けにアデニ氏が沈黙という言葉を送る。


「……私のせいで……」


 強く握り締められ、膝頭に付けられた服の皺が痛々しい。


 震える手の甲に落ちる一滴。


 彼女の様子からアデニ氏をとても良く慕っていたことが窺えた。


 無論、彼女に責任など無い。


 酷く自分を責める彼女にアキラは言葉を投げかけようと手を伸ばしたその時――


「……お前さんの……じゃありゃせんよ……」


 弱々しく、それでいて穏やかな言葉。


「ばあちゃんっ!」


 アデニ氏の開かれる瞼に、この場のいる誰もが驚きと歓喜の声をあげた。


 抱き合い笑い合い涙を流す者。


 その場に崩れ顔を覆う者。


 何度も謝罪の言葉を伝えるシオンに、アデニ氏はあやすように頭を撫でる。


 皆、感動に打たれる中で、ただマリアの表情だけは晴れてはいない。


「おばあちゃん……身体に障るから……今は休んでください」


「分かっておる……自分の身体のことは……自分が……よーく……分かっておるよ……」


 息も絶え絶え、それでも声を振り絞る姿は、まるで――


「ごめんなさい……私には……これ以上」


 死期を悟り、遺される皆に言葉を伝えようとしているかのようであった。


 震えるマリアの手の甲にそっと添えられた手は、彼女かの瞳から大粒の涙を誘った。


「お前さんは……良くやってくれたよ……ありがとう……」


「そんなこと……ない……結局……私は……何も出来なかった……」


 ゆっくりと首を横に振るアデニ氏。


「お前さんは……ワシに……大切なモノ……家族をくれた……孫が出来た…みたいで……嬉しかったえ……」


 その場に泣き崩れるマリア。それは皆がアデニ氏が長くないことを悟るに十分であった。


「そんなこと言わないでよ……おばあちゃん……」


「……もう……一人で……気張る必要は……ない……お前さん……支えて……くれる……ものがおるん……じゃからの……」


「姉貴……嘘だろ……ばあちゃんは……良くなるんだよな……?」


 マリアはシオンの問いに目を伏せる。


「……シオン」


 現実を受けいれらないシオンをアデニ氏が引き止める。


「……シオン……お前さんは……これからは……自分の気持ち……に……素直になりなさい……」


 これ以降シオンの口から言葉が洩れることはなかった。


「……デューク……みんなのこと……頼んだよ……」


 アデニ氏の言葉にデュークは静かに頷く。


「……おばあちゃん」


「サクラ……お父さんと……お母さんの……言うことを……しっかり聞くんだよ……」


 腫らした顔ですがり付くサクラの顔をそっと撫でる


「……アキラは……いるかえ……?」


「……ここにいんぜ。ばあちゃん……」


「……お前さんとマリア……お前さん達に……サクラとシオンを……頼めるかえ……?」


「……そいつは……」


 それは卑怯だ。言いかけた言葉を飲み込むアキラの手は強く握り締められていた。


 彼が感じているのは自らに対する怒り、悲しみ、悔しさ、無力感だろう。


 だがそんな彼にも出来ることがある。それはアデニ氏の願いを叶えることだ。


「……分かったよ。俺に任せてくれ」


「そうかえ……よかった……」


 その言葉を聞いたアデニ氏の顔が安らかな顔へと変わっていく。まるで残っていた最後の生気が散っていくような――


「……おばあちゃん……おばあちゃん……」


 もうアデニ氏はサクラの言葉に頬笑み返すことしか出来ない。


 激しく揺らしても身体は答えることはない。


 アデニ氏の胸元がサクラの涙で濡れていく。


 そして――


 満足そうな穏やかな笑みで――


 激動の半世を生きた――


 一人の女性が永遠の安らかな眠りについた。




 直接的な死因は心臓病。マリアの診断では特発性拡張型心筋症を患っていたことが分かったらしい、そして失血。


 助けられなかったことでマリアも酷く自分を責めていた様子であったが、アデニ氏の葬儀を自ら率先して請け負うことで、気持ちの整理がついたようだ。


 そして喪に服する三日目。


 私はアキラを家の外へと連れ出した。どうも気掛かりな点があったためだ。


『すまないな』


「なんだ? 話って……出来ればマリア達の側にいてやりてぇんだが?」


 空元気を装うマリアの側にいてやりたいという彼の気持ちも理解できたのだが、私の予測では状況は芳しくないため無理に誘った。


『そうだな。手短に話そう。実は――』


 ふと偶然にもデュークが視線の隅を横切る。周囲を警戒しながら足早に何処かへ向かう。


『これは都合が良い。デュークを付けてくれ』


「……何でだよ?」


『理由は後で説明する。早くしないと見失うぞ』


 肩を落とし渋々といった様子だ。


 正直酷ではあったのだが、アキラなら耐えられるだろう。


 我々は気配を殺し、見失わないよう一定距離を保ち、デュークの後を追跡する。


 着いた先は集落の外れの使われていない洞窟。


 洞窟内であるためか、反響して中の声がよく聞こえる。


 どうやらデュークは何者かと言い争っている様子。


 せめて人数だけでもとアキラは物影から洞窟内の様子を伺う。


 目視で確認できるのはデュークのみ。



 相手は――


 やはりな。


 相手の顔を目視で確認し、直ぐ様身体を引っ込める。


 アキラは蚊の鳴くような低音で話かけて来た。


「どういうことだよ。こりゃぁ……なんでバージルがここにいる」


 私はホログラフィスクリーンを最小で展開し、テロップでの回答を行う。


〈静かにしろ。恐らく電脳暗号通信で会話を行っている筈だ。今から傍受を行う〉


 私は量子暗号を解析し、二人の通信を傍受する。



《……何でアデニを殺したっ!》


《……あなたがモタモタしているから手伝ったまでですよ。感謝されることはあっても、胸倉を捕まれる筋合は無いと思いますが?》


《執行者は互いに不可侵の筈だろっ! B.Bっ! 確かに獣化のオブジェクトには感謝している。だが今回はやりすぎだ。それだけじゃねぇ、培養肉に何を混ぜ混みやがったっ! 何も聞いちゃいねぇぞっ!》


《我々の目的は優秀な者の発掘と人類の管理体制の確保です。貴方の仕事は人を煽動し戦争を起こすこと、シオンという娘をしっかりと煽動してくれなくては……ですが、これで彼女をけしかける要素は整った筈です。培養肉に関してはL.Lの管轄だったと思いますので、こちらから抗議しておきます》


《……シオンにはもうけしかけてある。誰も耳を貸さないように念入りな》


《それは良かった。もし失敗した場合、D.D、貴方には責任を取ってもらいますので、お忘れなく》


《責任ってのは……処分か?》


《いいえ、貴方には後始末をしてもらいます》


《……分かった。だが培養肉に俺からC.Cに問い合わせる》


《ご随意に……》



 彼の密会が終わるのを見図り、我々は洞窟を足早に立ち去る。


 無言で集落を走り抜けるアキラ。恐らく失望や悔しさで打ちひしがれているのだろう。

 

 確かにデュークとは意気投合していたため、彼に友人が久しぶりに出来たと思っていた。


『ショックか?』


「……正直言って、結構キツイ……」


『バイクという共通の趣味を持っていたものな。しかし、なんだろうな……今回の事は彼の本意ではないような気がした』


「珍しいな。お前が曖昧な事を言うの……だけど、俺もそんな気がしている」


 気がするなどという表現を使うとは自分でも驚いているよ。

 

 デュークの台詞から執行者に対して嫌悪感を含んでいたようにも思える。

 

 憶測だが彼は執行者という仕事を辞したいと考えているのではないだろうか。


 あれやこれやと私が思案していると、アキラの眼前に集落の広場が見え、そこには既に武装したレジスタンスが集結していた。


 差し詰めデュークに唆され、早々に攻勢に出るつもりなのだろう。

 

「……くそっ! まったく、せっかちな連中だっ!」


 全くだ。THAADもこの事態は予測していない訳が無いだろう。 


 このままでは全滅は必死。だが我々に止められるか。


 先程のデューク達の会話。


 シオンを煽動したと言っていたようだが――。



「シオンっ! お願いっ! 待ってっ!」


「いい加減分かってくれっ! 姉貴っ! それとこんな所に居ないで、皆を連れて逃げてくれっ!」


 広場に到着した我々の目を、真っ先に写し出したのは、マリアとシオンが何やら言い争っている光景。


 踏みしめた地面から砂同士が擦れ合う乾いた音が鳴り、二人の視線が我々に向けられる。


「アキラっ!? 今までどこ――」


「兄貴――」


 無言で詰め寄ってくるアキラの気迫に彼女等は気圧された息を飲んだ。


 微動だにしない二人の間に割って入り、シオンと対峙する。


「アキラ……」


「大丈夫。分かっている」


 恐らくアキラが来るまでの間必死に説得を続けていたのだろう。


 すがるようなかすれた声のマリアにアキラは安心という言葉を投げ掛ける。

 

 対峙したシオンのブラウンの瞳とひそめた眉は、決意の色を浮かべ、胸の中に堅固な決心を宿しているようだ。


 やはりデュークの言葉通りアキラの言葉が彼女に届くようには見えない。


「念のため聞いてやる。何の集まりだ?」


「……これからTHAADと戦争をする」


「だろうな……弔い合戦のつもりか?」


「……」


 答えないシオンに、アキラは言葉を続ける。


「……こんなこと、婆ちゃんが望んでいると本気で思っているのか?」


「姉貴にも言った……勿論思っちゃいねぇよ……けど、アタシ等はケジメをつけなきゃならねぇ」


「ケジメって何っ!? 悪戯に争いを起こそうとしているだけじゃ――」


 アキラの伸ばした腕がマリアの言葉を遮る。


 堪忍袋の尾が切れ憤慨したマリアの言葉も理解できた。


 だがシオンもまた君と同じように高ぶった感情を抑えられないのだ。


「……止めても無駄か?」


「……ああ」


「……死ぬかもしれねぇぞ?」


「……覚悟してる」


「……それは本当にお前が望んだことなのか?」


 束の間の沈黙。


 やがて首は縦に頷かれる。




 そんな訳が無い。


 束の間の沈黙は不本意ではないという事を明らかに物語っている。

 

 彼女は悲しみの淵に立たされ、自分の意思さえ分からなくなり、道を見失っている。


 故に復讐心に付け込まれた。


 今の彼女にどんな言葉をかけたところで、それは詭弁と言われ一蹴されるだろ。

 

 復讐が善か悪かなどを論じるつもりなど毛頭ないが、それ果たして漸く前に進める人間もいるのも確かだ。


「分かった。もう何も言わねぇ……」


 アキラは引き止めることを止めた。


 最初から分かっていた、ならば我々がやることは1つ。


 どうやら、アキラも端からそのつもりだったようだ。


「兄貴、姉貴。すまねぇ……少しの間だったけど本当に兄姉が出来たみたいで嬉しかった……」


 兄姉と慕うのであれば、彼等の想いを素直に受け取ってくれてもいい気がするが。


 まるで最後の別れと言わんばかりの捨て台詞を吐いたのにも関わらず――


 本当は死にたくないと震えて今にも崩れそうで――


 本当は困った人を放って置けないだけで――


 レジスタンスまで作ってしまった娘――


 自分の本心さえ見失い――


 誰よりも苦悩する少女――


「後は俺に任せろ」

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