第23話 蔓延る闇

 我々はシオン達と離別後、集落の皆を連れて、飛行艇へと拠点を移した。


 到着早々、代表のクロウを通じてERCU加盟国からPKOを派遣してもらうように要請を行ったのだが、2~3日要すると言われ、その間我々で何とか持たせなくてはならない。


 我々はアイシャ氏に協力を要請し、集落の住人とリアレートの市民を難民として保護。そして早々にキャンプを創設をしなければならないのだが――



 眼前に迫る椅子―― 。



 据え付けられたものを強引に引き剥がされ、脚が歪に変形している


 阿頼耶識は――


 不要だな。


「あぶねっ!」


 身を曲げて紙一重でアキラは避ける。


 自動ドアを無理矢理抉じ開け、頑丈に据え付けられたダイニングチェアーを強引に引き剥がせる筋力を持った人物は、私のデータベースの中で一人しかいない。


 マリアだ。


「何でっ! 止めてくれなかったのっ!」


 マリアは更にもう一脚を引き剥がし、高く持ち上げ狙いを定めていた。


 目を吊り上げ、悪鬼のような形相。


 どうやらシオン達を強引に引き止めなかったアキラに対して憤慨している。


 死地に赴く義妹を止めなかったのだ。憤りの理由として理解できる。


 しかし引き止めなかった理由がある。


 それを今話そうとしているのだが――


「ちょっと待てっ! それには訳が――」


 アキラが言い切る前に二発目が飛来する。


 時速にして――80km/h!?


 文字通り間一髪で這いずるように躱すアキラもだが、金属製で約10kgある椅子を投げる時速80kmで投げるマリアもマリアだ。


 投げ込まれた椅子が金属壁を陥没させ、騒然たる音を立てて自壊する。


 犬も喰わぬ喧噪の中から早々にサクラを逃がしておいて正解であったが、子供の前で喧嘩など情操教育上非常よろしくない。


「どんな理由があったってっ! 止めてよっ! 私達の妹でしょっ!」


 今度は彼女の両腕の長さ程あるダイニングテーブルを掴み、引き剥がし掛かった。

 

「おいっ! 流石にそれはっ!」


 この分では一発貰いでもしない限り、艇がボロボロになってしまうな。


 ボルトが異様な音を立てて歪曲していく。半分ほど持ち上げられたその時。


「貴方達っ! 一体何をしているのっ!」


 突如、血相を変えたユラナが現れ、激しい口調を叩きつけられた。


「アイシャさんを探しに来てみれば、子供がいる目の前で恥ずかしくないのっ!」


 愚図っているサクラを連れ、両手を腰に当て、子供を叱りつけるように二人を諫める。


「お父さん……お母さん……喧嘩しないで……」


 サクラの瞳から大粒の涙を溢るのを見て、マリアは落ち着きを取戻しってくれたようだ。


 ダイニングテーブルを静かに下ろすのを見て、アキラは立ち上がって、サクラに語りかける。


「ごめんな。サクラ、何にも説明しなかったお父さんが悪いんだ……お母さんは悪くない」


 素直に反省するアキラを見て、ユラナが少し不満げに頷こうと――しかけ、眉がピクリと動き、引きつった顔で首を傾げる。


「お父さん……? お母さん……?」


 今一つ状況が掴めないのか、誰のことだと言わんばかりに暫くアキラとマリアとサクラの三者を見比べ、やがて理解したようだ。


 徐にダイニングテーブルを指して――


「……二人ともそこに座って、説明してくれるかしら」




「……なるほどね。それで? これからどうするのかしら? シオンという子を放って置くつもり無いんでしょ?」


 我々はデュークが執行者であることや、シオンが煽動されていることの、集落での一件をユラナに事細かに説明した。


「ああ、俺はあいつに何もさせる気はねぇ」


「何もさせる気はない……か、その台詞だと、THAADとレジスタンスの両方を守るつもりなのね……互いの攻撃から両方を守るって言えばいいかしら……本当に馬鹿ね」


 戦争が避けられないことを予測した我々は、負傷者を出さない策に出ることにした。

 

 戦力を潰す。若しくは、無意味と悟らせ、戦う意思を挫く戦い。


 骨が折れるが被害を最小限に抑えられ戦争止められると踏んだ。


 問題はこちらの戦力が足りるかという問題と――


「分かったわ。私も手伝ってあげる。けど運よく護れたとして、一番の問題はその後……そのデュークとかいう執行者が出てくるということかしら?」


「ああ、そうだ。連戦を覚悟しなきゃ……って、もしかして手伝ってくれるのか?」


 何を今さらというようのユラナは肩を竦める。


「貴方一人じゃ無茶でしょ? 仕方がないから付き合ってあげるわ」


「悪りぃ、助かる」



 サクラ抱き抱え、無言で俯くマリアにユラナは一瞥を送るが、まるで反応が無く肩を落とす。


『ところで培養肉の件はどうなったのだ? 君が調べていた筈だが?』


「……ああ……それ、ね」


 培養肉の件を振ると、ユラナの表情が突如曇り始める。

言い辛そうに顔しかめる様子から何か問題が発生したのは分かる。しかし問題があるのなら尚更抱えずに話して欲しい。


 暫しの間に重々しい空気が漂う。


 深い溜息を付くと決心したようで徐に口を開くが。


『待って、ユラナ……それについては私から話すわ』


 躊躇うユラナを察してか、ユラナの相棒、右目の山吹色の水晶、彼女の人工意識ケェリィアが割って入る。


『……まず、この話はリアレートに限ったことではないの』


『どういうことだ?』


『スラムの人口データを見て気付いた。男性の人数が非常に少ないの。特に働き盛りの20代から30代は5人しかいなかったわ』


『しかし、それは出稼ぎに出ているからではないのか?』


 それはアキラと共に集落の人々から聞いた話だ。何も可笑しい点は無いように見える。それと培養肉に何の関係が。


『口座も無いのに?』



 ……




 今、何を言ったんだケェリィアは?


 口座が無い……だと?


「どういうことだよ? そりゃ?」


 アキラが混乱するのも理解できる。何故なら私自身、演算処理が追い付かない……人で言うなら非常に混乱している。


『……スラムの人間、一人一人を調べたけど、誰一人銀行口座を持っていなかったわ。社会保障番号がないもの、当然よね……さて、キャッシュレスの時代で銀行口座も無いのにどうやって仕送りすることができる?』


 送金が出来ないとなると、換金性の高い物に変えて送る方法が考えられるが、集落の人々は電子マネーの媒体を持っていない。故に物で送られても換金出来ない。即ち――。


『無償労働させられているのか? しかしそれと培養肉と何の関係が?』


『紅の思考回路はお花畑? もっと最悪の事態を想定しなさいよ』


『なっ?』


 何て事を言うか。こいつは――


 しかし、ケェリィアの言う通り、楽観視し過ぎていた。彼女の説明から推測できる最悪のシナリオは1つしかない。


 この表現は全く不本意だが――




『つまり、労働力ではなく、食材にされたか?』


 もし猟奇的かつ残忍な所業が行われていたとすれば、その者を人類として認める訳にいかない。人類を害する害獣として排除すべきだ。



『ええ、そうよ。恐らく甘い話に釣られて騙されたのね』


 やはりか――


 ケェリィアより無情で無慈悲に突きつけられる現実。それはいつの時代でも見せる一つの側面。常人なら発狂し、とてもではないが、この場に居られないだろう。


 しかし二人ともよく耐えている。アキラは慣れているから、激情に駆られ震える拳を抑えつけることで耐えているが、マリアの表情は強張り青ざめ、サクラを抱き抱えた腕が震え始め――


「お母さん、痛い……」


「あっ……ごめんね」


 痛がるサクラを見て、マリアは初めて抱える腕に力が入っていた事に気付く。


「……ここ集落だけじゃねぇって言ったな。被害に遭った集落はどのくらいある?」


『世界で137ヵ所、人口にして約3万人』


 それほどとは……今の時代、大きい町1つ分に相当する人数だ。

 

 しかし、この問題は現状直ぐにどうこう出来る問題ではない。この問題は闇が深い。デュークとバージルと会話からL.Lという執行者が絡んでいるという話だ。



 そして今我々は目の前の問題をどうにしなければならない。


「さて、そろそろ準備を始めましょうかしら……」


 ユラナは立ち上がる。


「……そう言えば……ユラナ、アイシャさんを探しているって言ってたいなかったか?」


「あ……」


 まさか、忘れていたのか……


『探しているというのは、何時から姿が見えない』


「貴方達から戻ったっていう連絡を貰って直ぐよ。貴方達に確認したい事があるっていって……こっちには来ていないようね」


「見ちゃいねぇな……なんか、すげぇ嫌な予感がすんだけど」


『奇遇だな。私もだ』


 大地を震わす轟音――


「何……?」


『今、モニターに出す。少し待て』


 私は都市のカメラを数台ハッキングし映像を写す。


 役所附近で火の手が上がっていた。複数の武装した人影、レジスタンスとTHAADの交戦が始まった。


 再度の爆発が外壁を破壊し、温室で守られた都市に白い冷気が雪崩込む。


「……アキラ」


 マリアがアキラの袖を掴み、ふいと折れ崩れるように縋ってくる。 


 泣き出しそうな声、哀願する瞳にアキラはその手を握りしめ答える。


「マリアは病気を何とかしてくれた。今度は俺がその悲しみ何とかしてやる。誰も殺させやしねぇよ。だからマリアは難民キャンプの方を頼む」


 見つめ合う二人。関係が良くなることは好ましいが、もう少し人目を憚るべきだろう。


 ユラナが咳払いをする。


「私も要るんだけど」


 初々しく慌てて手を離す二人。いい歳なのだから少し自重してもらいたいものだ。


「マリアさん……これが終わったら少し話が出来ないかしら?」


「……苛めんなよ?」


 あぁ、なるほど。


『かつて、東洋の島国でそのような風習があったな。学舎の裏に呼び出し――』


「そんな事するわけ無いでしょっ!」


 しないのか。まぁ、彼女が聞きたいことは想像がつくが――。


「いいよ。全部終わったら……だから二人ともお願い……シオンを助けて、皆を止めて」


「分かったわ」


 我々は戦場へと向かう準備を始める。


 正直難しい。THAADとレジスタンスを相手に負傷者を最小限に留め、戦争を止める。更に恐らくデューク……いや、D.Dとの連戦。執行者との戦闘は相手の能力が不明。戦闘に備え出来る限り温存する必要があるだろう。


 アイシャ氏の動向が気になるが、今は一先ずこの戦争を止めなくては――

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