第20話 親子の絆

「それで、何があった?」


 我々はデュークに野戦テーブルへと案内され腰を下ろす。


 マリアは憤りを隠せず、眉は釣り上がったまま、シオンは不貞腐れたように外方を向いて目を合わせない。


 しかし、弾薬箱に座らせるのはどうなんだ。しかも中身が入っているのだが。


 マリアが培養肉を叩きつける。相変わらずの馬鹿力……。

 テーブルが浮き上がっぞ。それに肉がカツレツのように引き伸ばされてしまっている。


「私は医者。この肉から異常プリオン蛋白が検出されたの」


 アキラは額を手で抑えた。私も頭があるのなら抱えたい。

 今まで設定を台無しにしてくれた。放浪すえ流れ着いた医者が早々プリオン蛋白を検出できるはずがないだろう。


 案の定、シオンから疑惑の視線を向けられる。


「……プリオン……ってなんだ?」


 ああ……疑惑ではなく疑問であったのか。

 

 流石に既知している年齢でも教育水準でもないか。


 彼女へ冷静に説明するためか、マリアは頭に上った血を下ろす為、まるで溜め息のようなゆっくりと深呼吸を一回

、そして淡々と説明を始める。


 異常プリオン蛋白――。


 蛋白質から成る感染性因子をいう。人間の細胞内では絶えず蛋白質を合成している。まず細胞核内にある遺伝子に記録されたアミノ酸配列情報がmRNAに写される。これを転写といい、転写されたmRNAは細胞内にあるリボソームという機関で読みとり、その配列情報を元に20種類のアミノ酸の中から必要なもの集め運ばれる。これを翻訳とういう。

 必要なアミノ酸が揃うと順番に繋げ蛋白質を合成する。


 そして、この時の蛋白質は無定形の鎖状高分子だが、特定の立体構造に折り畳まれる現象が起きる。これをフォールディングというのだが、これは一枚の紙から鶴を作る折り紙に似ている。

 

 だが中にはその折り紙を折り間違えらる事がある。それが異常プリオン蛋白。


 同時の正常なプリオンも存在する。細胞は絶えず酸化というストレスに晒されており、正常なプリオンの機能は神経細胞と結び付いて、活性酸素を除去する機能を持っている。


 だが異常プリオン蛋白は正常な構造のプリオンを同じ異常型構造に変換する持ち、次々と異常化させ、ニューロンを破壊し、脳を穴だらけのスポンジ状にしてしまう。


 その結果、手の震えを初めとする運動機能など障害を発症する。


 異常プリオン蛋白が引き起こす病気には、クロイツフェルト・ヤコブ病、致死性家族性不眠症、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群、そしてクールー病。


 今回は異常プリオン蛋白が大量に含まれた肉を経口接種したことにより発症した。通常経口接種で異常プリオン蛋白が体内に取り込まれることは無いが、恐らく何らか原因で消化器官が傷つき、そこから皮下組織に侵入した可能性が高い。


「……そんな……アタシ等が……疫病をばら蒔いたっていうの……何のために私は……」


 シオンは驚愕の事実に、顔を絶望の色に染め、その場で俯いてしまった。


 マリアは徐にシオンの手を取り、皮膚にある何かの痕を指して話を続けた。

 

「この痕……貴方もしかして、肉が食べれないんじゃない? ううん……貴方たちだけじゃなくて、ここにいる人たち達ほぼ全員」

 

「!……何で分かるんだ?」


 マリアが左でテーブルの上にあった何かを掴んで見せる。


「これはマダニ。皮肉だけど不衛生が効を奏したのね。マダニの唾液腺や消化管にはα-galアルファ=ガルという糖鎖があって、指され続けるとアレルギーが形成されるの。このα-galは食肉にも多く含まれているの。だから食肉を接種すると蕁麻疹が起きていたわけ」


 彼女の手にあった痕はマダニに指された痕だった。幸か不幸か彼等が難を逃れられたのは、彼等の寝所が偶然にもマダニの生息に適していたからだった。


 彼女はアデニ氏とサクラが無事であった理由も説明してくれた。


「因みにアデニさんとサクラちゃんが無事なのは貴方たちとは全く違った理由だよ。アデニさんは元々西洋医学を学んでいた言っていただけのことはあって、衛生面は気を使っていたし、アデニさんは年齢からして肉とか消化に悪いものはもうあまり食べられないの。サクラちゃんも無事なのはアデニさんと同じ食生活だったから」


 先程から腕を組み、目を伏せ、静に彼女の話に耳を傾けているデュークが徐に口を開く。


「俺は全身義体だ。耐用年数はとうの昔過ぎちゃいるが、細胞維持の為に少量のペーストや錠剤を飲んでいる」

 

 義体とは身体を機械に置き換える所謂サイボーグのことをさす。この義体は食糧戦争時に飛躍的な発展を遂げた。戦闘で失った身体の欠損部位の補完から始まり、果ては全身義体化による極地での戦闘を可能とした。ドローンと義体化技術などがしのぎを削る混迷の時代の産物。

 

 今では再生技術が発達し、より拒絶反応の少ない生体義体に置き換わりつつあるが、当時はこれが主流であった。


 脳脊髄以外は機械である全身義体は通常の食事は必要なく、神経細胞維持のための専用の食品を要する。


「それなら俺達はどうすればいい。キヌアや野菜だけじゃ、全然足りねぇ。俺達に飢えて死ねってか?」


「そんなこと言ってないよっ! ただこの肉を配るのは止めてって言ってるのっ! 食糧なら皆で畑を作ればいいじゃないっ!」


「……ダメなんだよ。何度も試したんだ……」

 

 シオンから聞かされる耕作失敗の数々、水が確保できず枯れたことや、葉だけ成長して実を一向に着けなかったなど、アキラに言わせ貰えば、残念ながら在り来りな失敗に過ぎない内容であった。


「……水が足らねぇ、土壌が肥沃すぎるか……あんたら誰かから農業を習ったか?」


「はぁ? 植物なんて、耕して水を撒けば育つだろ?」


「お前等っ! 馬鹿かっ! そんなんで育つ分けねぇだろっ! 植物ってのはデリケートなんだよっ! 温度、湿度、土壌の固さ、深さ、窒素濃度、有機物量、水の量、タイミング、日光の照射時間、色々管理しなきゃならねぇんだっ!」


「だったら、どうすれば良かったんだよっ! 上の連中はアタシ等が貧しく喘いでいる間、私腹を肥やして、アタシ等から奪い取るっ! 奪い返して何が悪いっ!」


 椅子を倒す程に勢いよく立ち上がったシオンがアキラに指を指して叫んだ。その声はどこか掠れ、彼女の瞳には今にも溢れそうな涙がうかんでいる。


「それがこの結果なんだろうがっ!」


 身勝手な都合にアキラは怒り心頭の末、テーブルに拳を叩きつけ彼女に対峙する。短くも正鵠を射ぬいた言葉に息を飲む彼女の姿が映る。


「この野郎っ!」


 アキラは胸倉を掴まれるが、ただ無言のまま彼女の目だけを一点に見つめ、緊張と静寂がその場を包む。その数刻の静寂は彼女に自分が今までやって来た行為を振り返るのに十分な時間であった違いない。

 

 次第に胸倉を掴む手の力が弱まり、さっきまでの彼女の気負った表情が崩れ、涙で歪んでいく。


「……アタシは……ただ……皆を助けたかった……だけなんだ……それが何で……こんなことに……」


 苦悩しただろう。嘆いただろう。

 

 十代の少女にしては良く頑張っていた方だと言ってやりたいが、現実は不条理だ。慰めの言葉を懸けたところで現状は何一つ変わらない。


「分かってんよ。そんなつもりが無かったことぐれぇ……けどな、起きちまったことは仕方ねぇ」


 アキラはポケットから一つの種を取り、シオンに向けて親指で弾き飛ばした。


 その種の形状はゴツゴツとし、クチバシの突起がある一風変わった種であった


 難なく受け取るシオンは、その種を見つめて首を傾げる。


「そいつはシサー=アリティナム。ガルバンゾやエジプト豆、チックピーひよこ豆とも言うな。こいつは乾燥した気候を好んで、タンパク質や葉酸が豊富。発芽に20℃以上必要、ここ以外で栽培に適した土地はそうねぇだろうな」


 大地溝帯の谷底にあるこの場所は、良く風が吹き乾燥している。インド洋から流れる湿った風が大地溝帯の隆起した両斜面がこれを遮り、乾燥した風が流れ込んでくる為だ。

 そして地熱の影響で温暖な気候が保たれ、更に火山灰で覆われた土壌は窒素や有機物で肥沃だ。


「そいつの栽培を手伝え、その代わり病気を治す。出来るよな? マリア?」


「やるしかないよね。何とかしてみるよ」


 険しい表情を浮かべているが、不可能と口をしない辺り、マリアには何か当てが有るようだった。


「……治せるのか?」

 

「異常プリオン蛋白を取り除く方法は有るよ。だけどね……死滅したニューロンを再生させ、失われた運動機能を回復させるには長いリハビリが必要になるから、それだけは覚悟して貰うよ」


「……良かった」


 安堵の表情を浮かべるシオン。


 しかしアキラとマリアの二人、全く打ち合わせもせず、レジスタンスを説得するとは恐れ入った。問題解決にあたって互いの得意分野であることが効を奏したとのだろう。クロウの人選が見事であったいえる。


「……ひゃんっ!」


 突然、可愛い悲鳴がシオンから漏れた。どうやら自分で椅子を倒したことを忘れて座ろうとして、地面に臀部を打ち付けたらしい。


「……………………プッ」


 涙目で臀部を擦るシオンの姿に、三人とも揃って失笑する。

 年相応の赤面をした可憐な女の子の顔に変わる彼女。こうなってはレジスタンスのリーダーも形無しだな。


 何事も無かったかのように赤面のまま、立ち上がって叫んだ。


「野郎共っ! そういう訳だっ! アタシ等、レジスタンスはこの二人に義を尽くすぞっ!」


 高らかな喚声が洞窟内に響き渡る。

 

 我々はレジスタンスの協力を取付け、集落の状況改善に取り組んで行くことになったのだが。


 ケェリィアから先程届いたメール。


〈THAAD内で不穏な動き在り。本部から別部隊が来る模様〉

 

 その一文が気がかりで仕方がない。情報が少なく警戒をしなければならず、あらゆる想定に演算処理を割かなければならない。これが人間でいう不安というものなのだろう。


 レジスタンスとの会合から一週間。


「ただいま……」


「お帰りなさい。ようやく薬が出来たよ」


 アキラは会合後、レジスタンスと一緒に畑作りをしている。


 その畑から帰ってきたアキラを硝子小瓶を持ったマリアが出迎える。


 無色透明の溶液。どうやらクールーに対する薬が完成したらしい。


「マジか?」


「ごめんね。急いで作ったんだけど、まだこれしか出来なかった」


 小瓶のサイズは縦22ミリ、高さ60ミリの円錐型、凡そ14ミリリットルの容量、その半分が液体で満たされていることから約7ミリリットルというところか。


「これが?」


「そうだよ。これがオートファジー活性化剤、FK506。タクロリムス」


 マリアはレジスタンスとの会談があったその日、広場にあった土を掘り返しバケットに詰め込み、ずっと作業していた。


「これを使って人間が本来もっているオートファジーを活性化して、異常プリオン蛋白を分解する」


 オートファジーとは、人間が細胞内に持っている蛋白質を分解する機能で、細胞内の異常な蛋白質の蓄積を防ぎ、飢餓状態における個体の一時的なエネルギー確保などの役割を担う。


 マリアはそのオートファジーを活性化する事で異常プリオン蛋白を取り除くことを考えたのだ。


「ただし、この薬は元々、免疫抑制剤として作られたものだから、それが副作用と言えるかな」


「これ……どうやって作ったんだ?」


「原料はコレ」


 バケットに入った土を見せる。


 単純な有機物から作れるということなのだろうか?


「この中にいる土壌細菌、ストレプトマイセスをニュンフェでゲノムシャッフリングして、ストレプトマイセス=ツクバエンシスにしたの」


 ストレプトマイセス、抗生物質を生産する放線菌の一種で、この菌から生合成された抗生物質ストレプトマイシンは、結核の治療に使われた最初の抗生物質として有名だ。


 同種のストレプトマイセス=ツクバエンシスは日本のある山に自生する細菌。細菌の染色体を書き換え、この地に自生するストレプトマイセスをツクバエンシスに変えたのか。


「ニュンフェって、ゲノム編集が出来たのか?」


「まあね。ニュンフェは細菌というより分子マシンに近いし、ニュンフェを使ってゲノム編集は度々やっていたからね、後はこれをどうやって血液脳関門越えて届けるかなんだけど――」 


 ふとマリアが何かの気配を感じ取ったのか後ろを振り向く。


「……サクラちゃん?」

 

 こちらを覗くように見つめる白い少女サクラの姿がそこにいた。


「サクラ。ただいま。いい子にしてたか? 婆ちゃんはどうした?」


「……それなんだけど、アデニさん。集落の会合で遅くなるって」


「……そうなのか?」


 マリアが頷いてみせるのだが。


 どうやらこの男さっき畑でシオンとデュークが言っていたことを忘れたらしい。今後の集落について話し合うと言っていただろうに。


 アキラとマリアはサクラへ話しかけに近づく。


「どうしたのかな? お婆ちゃんが居なくて寂しくなっちゃった?」

 

「どうした? サクラ? お腹すいたのか?」


「…………ん…………」


 口が動いたのが見えたのだが、声帯が動いていないのか音声が拾えない。


「?……ごめん、もう一度言ってくれる?」


「お……ん……と……さ……」


 ああ、口の動きで漸く分かった。なるほど。恥ずかしさか、不安か、そんな想いのあまり恐らく声が震えて伝わらないのだ。


「ごめんな。聞き取れないんだ。もう一度言ってくれるか?」


「お……と……さん……おか……さん」


「「あ……」」


 漸く彼等にも届いたようだ。


 彼等をサクラの純粋過ぎる瞳が向けられる。


 瞳に秘められた想いが届き、アキラとマリアは互いにほほ笑み、頷きあった。


「なんだい、サクラ?」


「どうしたの? サクラちゃん?」


 サクラにほほ笑みかける。本当に親が子に向けるような愛情溢れるようなそんな笑顔。


 お父さん。


 お母さん。


 サクラは二人をそう呼んだのだ。


「おとうさん? おかあさん?」


「そうだよ。どうしたの? サクラちゃん?」


「どうした? サクラ?」


 サクラの顔が喜色に湛え瞳が輝いていく。


「おとうさんっ! おかあさんっ!」


 白兎のように飛び跳ねて、サクラが二人に抱きつく。


 バランスを崩しながらも、サクラの幼い身体から溢れるおもみを噛み締めように優しく包み込むように受け止める二人。


「やっぱり……おとうさんとおかあさんだ」


「おいおい、どうしたんだ?」


「変な子ね」

 

 マリアがサクラを抱き上げ、頬ずりをし合う。マリアの優しく包容力のあるがどこか切ない笑みに、サクラが無邪気で屈託のない笑みを向ける、そんなどこにでもいる母娘の光景がそこあった。


「……おかあさん……」


「……そっか、そういうことだったんだね……お腹すいたねっ? ご飯にしよっかっ?」

 

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