第19話 更ける夜

 煌々と輝く都市の灯火。


 薄明かりの下、投影したホログラムディスプレイのキーボードを素早く弾かれ、奏でられる効果音の旋律が静寂を掻き消す。

 

「これでっ! どうだっ!」


 勢いよくエンターキーを押されるが、私はブザー音を流し、警告を知らせる。


 配給されていた培養肉が人肉の可能性があることをマリアから知らされたその日。

 アキラの言葉に勇気付けられたのかその後落着きを取り戻したマリアと彼は共に夕食を作り直した。

 彼が荷物に忍ばせておいたソイミートを使用し、作り直したハンバーグはサクラとアデニ氏にとても好評で実に美味しそうに食していた。


 そして我々は皆が寝静まった頃、満天の星空の下、何をやっているのかと言うと――。


「ああっ! 何でだっ!」


『だから、さっきから言っているだろう? それだと荷電粒子のエネルギー値が高過ぎて、TQX素体が耐えられん。爆発するぞ』


「じゃあ、こうして、こうは?」


 祝200回記念のブザー音を盛大に鳴らしてやった。


 私は今、アキラのオブジェクト開発に付き合わされている。構造上に無理があるため、身体が耐えらないことを警告しているのだが、一向に聞こうとしない。


『それだとエネルギー損失に対する電子のエネルギーが保たれない。それにビーム源も足りない。それでは発動さえしない。発想はいいがな……やはり構造的に無理だ』


「無理を通せば道理引っ込むっていうだろっ!」


『言わんよ。用法が間違っている……しかしアキラ、これを開発する必要が本当にあるのか? 確かにこれがあれば単独で一時的に執行者を上回る出力を得ることが可能だろうが……常に二人以上で対処すればいいだろう? 今回はユラナがいる。アレとアレで充分対処出来る筈だ』


「あぁっ! もうっ! クソっ!」


 汚い言葉を放ち、その場で仰向けに寝転び天を仰ぐアキラ。都市から放たれる文明の光で焦がされる星空を見上げため息を付く。

 

「それじゃぁ、足りねぇんだ……一度見られたもんは、奴等は直ぐに対策してくる。だから常に意表を付く必要があんだ。徒党を組まれたら先ず勝ち目がねぇ……」


『その場合撤退を推奨する。そもそも彼等に関わるべきではない。それこそ無理を通せば道理引っ込むというもの。貧困根絶を掲げ、正しさを主張しようと殺されては元も子もないぞ? 身の安全の為にも引っ込んでいる方が懸命だ』


 アキラは手の平を夜空に掲げ、指の隙間から月を眺める。いつもの彼なら「苦しんでいる人を放っておけるか」と怒って見せるのだが、この日は違った。


「紅の言うことも分かんだ。ほんの僅かでも救える可能性があったのに、それをせず見殺しにしたら俺はまた後悔する」


 心境の変化。


 あったとすれば先程のマリアとのことか。


 涙を流し、顔を埋める彼女の姿に何か思うところがあったのかもしれない。


 しかし、備えあれば憂いなしというが、今新しいオブジェクトを開発する必要は無いと思うが。

 確かに今回の出来事、執行者が一枚絡んでいる可能性はある。安直ではあるが人を人と思わない彼ならあり得る。だが確証を得るにはまだ情報が足りない。


 ふと着信が入り、コール音が鳴らす。どうやら定期連絡の時間のようだ。


『アキラ、ユラナだ。定期連絡の時間だ』


「へいへい」


 むすっとしたユラナの顔がディスプレイに表示される。まだ不貞腐れていたのか。


『随分と神妙な顔付きね』


「そうか?」


『そうよ。どれだけ付き合い長いと思っているの? 何か良いことでもあったのかしら?』


「神妙な顔で良いことはねぇだろ」


 アキラは培養肉の件についてユラナに報告する。単なる現状報告というだけではない。リアレートという都市で非人道的な行為が行われており、偽造された商品が出回っている可能性がある為、秘密裏に調査し然るべき機関に報告してもらう為だ。

 

『……そう、なるほどね……その会社、臭うわね。全て意図的……レジスタンスにわざと掴ませ、病気をばら蒔いた……って、さすがに考えすぎかしら。まぁいいわ、調べてあげる』


「悪りぃな。それでクロウから頼まれていたのはどうだったんだ?」


『……そうだったわね。どこから話そうかしら――』


 クロウより頼まれていた都市の内政状況についての報告を受ける。やはりと言うべきか。


 リアレートの地熱発電所の建設の公募について、APHRPA加盟国企業が請け負っていた。それだけではないインフラ整備や食糧プラントの開発も全てAPHRPA加盟国企業だ。それだけならまだいい、問題なのはその企業に都市は私募債を発行している。つまりリアレートはAPHRPAに多額の借金を背負っている。

 売電事業による収入で返済出来ていた借金は近年電力買取り価格の下落により滞り始めている。

 

 買取り価格の下落にも理由がある。現在APHRPAはエネルギー開発を推進しており、誘致を受け入れる都市や国が増加傾向にある。流通する電力が増えれば値が下がるのは当然至極。リアレートの現況は当然の帰結と言えた。


『このままだとAPHRPAの整理機構が介入するようになるわね。そうなれば返済の為に関税撤廃による自由貿易協定の締結、教育を初めとする公共支出の削減……後はいつもの通りね』


 最悪だわと呟き頭を抱えるユラナ。


 APHRPAの財政緊縮政策の王道パターン、傀儡政府が樹立する。そうなると我々のコーディネート業務は出来なくなってしまう。


「アイシャさんはどうしている?」


『最初は落ち込んでいたわね。打開案としてErcuへの加盟があるっていたら、気を持ち直したのだけれど、正直言って、現状厳しいと思うわ』


 地球環境保全連合、通称ercu。地球環境の再生を目的とし、環境経済学に基づき活動する経済連合だ。加盟国には環境税が導入され、各国はGDPなどを参考に求められたCO2削減といった環境改善目標を課される。目標に達せられなかった場合に税金が課される仕組みだ。

 納められた税金は、Ercu全体の教育、医療、福祉、研究開発などの分野に使用される。

 連合全体の経済は貨幣ではなく炭素に置き換わるのが特長だ。これは環境改善に取り組んだものが利益を得て、欲望のまま利益を得ようとするものは逆に損をする。貨幣経済とは全く異なる経済システムのため、民衆には受け入れにくく、暴動や反発という問題も抱えてしまう。

 それ故APHRPAなどの他の連合からは、共産主義が『アカ』と呼ばれるように『ミドリ』などといった俗語で呼ばれている。


『まず新政府貨幣を発行して通貨変更する。旧貨幣は全て返済に当てて、旧貨幣の使用を全面禁止にする。後は温室効果ガス排出権を売却……だけじゃ、返済できないかもしれないわね。最悪APHRPAとの取り引き次第だけど、最終処分場誘致や戦争時の残留放射能除染事業を引き受けるしかないかも……』


 APHRPAは貨幣カネを積まなければ納得しないだろうが。経済的価値があるのはそれくらいか。


 かつてギリシャのようなEUに借金を肩代わりしてもらうなどという猛者もいたが……


 言い方は悪いが、要は誰の傀儡になるか決めなければならない。


「そうなると議会の決議。民衆への理解。そいつは一日二日じゃあどうにもならねぇ。まず議会の決議が通るかどうか怪しいな……そのことアイシャさんは?」


『もちろん伝えたわ。それでも光明が僅かでもあるのならって、こればかりは彼女に頑張って貰うしかないわね』


「無責任かもしれねぇが、俺達は俺達の出来ることするしかねぇって訳か」


 無力さに苦悩を感じているのだろうか、アキラは腕を組み目を閉じ、眉間に皺が寄を寄せる。


『アキラ……顔付きが変わったわね』


「ん?」


 アキラは首を傾げる。何を言われたか分からない様子だ。確かにしかめっ面に変わったがユラナが言っているのは表面的なものではなく内面的な意味だろう。


「ああ、眉間の皺か? 最近いつにも増して無力感を感じてならねぇんだ、どうにかしねぇと考えちゃあいるんだ。どうにもこうにもうまくいかねぇ……」


 どこかズレた回答にユラナは呆れた様子でため息を付く。


『……私が言いたいのはそういうことじゃないのだけれど……でもアキラ? 悩んでいるって言っている割にはどこか生き生きしている様に見えるのだけど?』

 

「まさか? そんなことねぇよ……毎日悩みの種は尽きやしねぇ」


『それって、あのマリアって子のこと?』


「……はぁ? 何でそこでマリアが出てくるんだ?」


 アキラ自身気付いていない様だが、最近の彼を見ている限り、マリアのことで悩む様子が暫し見える。


 無闇な殺生を避け、己の安全も考える様になり、無鉄砲な行動が少なくなった。


 それはあくまで以前と比べればという話。


 しかし、まぁ、彼なりにマリアに気を使っているのだろうが、逆に迷惑かけているのは否めない。


『少しの間しか見てなかったのだけれど、あの子といる時のアキラ……まるでカーナが生きていた頃みたい……』


 生きる気力が満ちている。


 マリアに出会う前のアキラはカーナの願いである貧困根絶へ取り組んでいた。まさに鬼気迫るように仕事に打ち込みようで、それが悲しみを紛らわせる為のものだったと私は理解していた。


 しかしマリアと出会ってからというもの、純粋に何とかしようと思案している姿がカメラに映る。


『……ずるい……ずるいわよ……どうして貴方だけ悲しみを乗り越えて先に行ってしまうの』


「悲しみなんて乗り越えちゃいねぇ……俺はマリアが病気に犯された子を必死に治療を施し、人が傷付く姿に本気で悲しむ姿を見て思い出したんだ。カーナが求めて止まなかったのが何なのかって……」 


 アキラは再び天を仰ぐ。


 カーナが求めて止まなかったもの。


 それは人々が住む場所に追われることがなく、散歩して発砲されることも地雷を踏むこともなく、生きるために身を売る必要もなく、明日食べるものに困らない。


 誰もが等しく適切な医療を受けられ、子供達は平等に教育を受けられる。


 将来に不安を感じることなく、希望を抱くことが出来る世界を彼女は真剣に目指していた。


『あの子は……いったいあの子は何者なの……あの子を見ていると……否応なくカーナを思い出すの。顔も姿も全然似ていないのに、体を洗う順番、椅子の座りかた、右足から歩き出す癖。立ち回り、身のこなし、仕草一つ一つがカーナそっくり……』


 ユラナとカーナは九歳の頃からの付き合い、姉妹同然に過ごした。僅か仕草一つでカーナの面影を重なってしまう。だが姿が全く異なることと、亡くなった事実が、彼女を激しく混乱させているのだろう。


 アキラはどうか知らないが、ユラナには近いうちに露見されるかもしれんな。

 

「落ち着け、アイツは死んだ……俺達の目の前で……死んだんだ」


『……そうよね。ごめんなさい……何を考えてるのかしら……』


 手のひらで額を抑えるユラナの顔が淀んでいく。体調が優れないように見える。


「今日はもう遅ぇ、もう休んだほうがいい」


『……そうね……そうさせて貰うわ……』


 通信が終了する。


 ……しまった。


 そういえばTHAADの動向を聞くのを忘れたな。私としたことが……


 近いうち最適化を行わないとならないな。


 まあいい。後でケェリィアへメールを送っておこう。


 最後は酷く疲れきった様子であったな。恐らく心労からきたものだろう。


『さて戻ろう。我々も休んだ方がいい』


 再び天を仰ぐアキラ。そのまま仰向けに寝転がり空を見上げる。何か思案している様子、この期に及んで何を考える必要があるのだろうか。


 新しいオブジェクトか? しかしあれは完成の目を出ると思えんが……


「なぁ……紅……」


『何だ?』


「やっぱりマリアは……」


『カーナは死んだ。我々の目の前で、これは君が先程ユラナに言った事だ。姿形を変え甦ったとでも言う気か? 死んだ人間が甦ることはありえん。ノスタルジーに浸るのも結構だが、人間は前に進むべきだと私は思うが?』


「……そうだな。悪りぃ……アイツはあの時命を落とし、遺体は暴走したブラックホールに飲まれて消えた。跡形もなく……分かっているよ」


 すまないな。


 今、君に悟れるわけにはいかないないのだ。


 マリアの話では彼女の正体が露見されたとき君の命が危ない。


 俄には信じがたいが彼女の様子からして嘘とも思えない。


 落ち着いた時に彼女から改めて事情を聞かなくてはならないな。


 明日に備えるため、我々は帰路に付いた。


 我々は都市の空を焦がすこの光を、初夏だけに映える蛍の光にならないようにしなくてはならないのだから。


 


 翌日――。

 

 床に落ちる真空パックされた培養肉、昨日レジスタンスから渡されたものだ。


 目を腫らし酷く血相を変え、息を切らせたマリアがシオンに投げつけていた。


 我々は今、レジスタンスに乗り込んでいる。


 それ朝食の出来事、マリアは終始笑顔で昨日の出来事が嘘のようだった。朝の食事風景は和やかに進むかと思われた


 マリアがレジスタンスの話を始めることは、彼女の性格からして事態あり得ない話だったのだ。そこで気づくべきだった。


 私はアキラの視界映像を再生し確認する。


 ――レジスタンスってあんなに食糧配って、自分達が食べるものがあるのかな――


 ――心配なら集落の外れに、あやつらの根城があるでの……様子を見てくるとええ――


 アデニ氏の回答の次の瞬間には姿を消していた。


 いつの間にこんな話術を身に付けていたのだろうか。


 我々はマリアを追いかけ、現在に至る。


「このアマっ! いきなり乗り込んで何しやがるっ!」


 投げつけられた培養肉はシオンの頬に当たり、少し彼女の頬を赤く染め上げていた。


「これが何だか分かるっ!」


 マリアは今にも溢れそうな涙を堪えて、床に落ちた培養肉を指し怒鳴り散らした。


「止せって、レジスタンスだって知らなかったってことぐらい、様子を見れば分かるだろ?」


 アキラはマリアの肩を付かみ、押し静めようと冷静な言葉を投げ掛ける。


 もし確信犯でやっていたのであれば、既に取り囲まれ攻撃を受けていたことだろう。


 しかし彼等は揃いも揃ってこの光景に茫然と立ち尽くしている。


 それでも戦闘員か? まるで素人同然じゃないか?


 通常なら暴力を働いたマリアを拘束するだろうに。


「何があった?」


 そんな彼等の中、岩山のような人影が動いた。


 デューク=デイモン。


 この男はこの状況に唯一飲まれることなく、淡々と食事を進めていた。


 このレジスタンスの中で一番理解力のある彼に話せばこの場を修める事が出来るだろう。


 マリアが落ち着きを取り戻したところで我々は話を彼に事情を説明する事にした。

 

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