第18話 病魔の正体

 何故この二人は出会った瞬間、睨み合い啀み合っているのだろうか。


 まぁ、互いに虫の居所がわるかったことは否めないが……


 アキラは役所を襲い、一般人を危険に晒した彼女等に憤っており、恐らく彼女の方は仲間を三人失った直後で些細な事で気に障る機嫌の悪い精神状態なのだろう。


 互いに面識が無かったのはせめてもの救いと言える。もし彼女等の内、役所を襲撃する班に彼女が居て、少しでも面識があったとすれば、疾うにこのスラムは戦場になっていたかもしれない。


「んだと、ゴラァ!?」


「やんのか、あぁ!?」


 一触即発の雰囲気。男性で目上で自分より大柄なアキラに対し気負うことのない彼女に彼は益々気をあらだてている様だった。これではどちらが子供か分からんな。


「ちょっと、アナタっ! 止めてよ! 相手は十代だよっ! それにサクラちゃんも見ているんだよっ!」


 女房マリアに二の腕を掴まれ、尤もな言葉に諭されることで漸くアキラは我に返ったようだ。


「うわ……ダッセー、尻に敷かれてやんの」


「んだとっ! ?」


「だからっ! やめてってばっ!」


 まるでバーゲンセール中の売言葉を身を乗りだし買い占めようとするアキラはマリアに腕を抱き締められ思い止まる。

 だが陰険な横目で、目の前の彼女は馬鹿にしたように鼻で笑われ、歯をそんな彼女の背後から音を立てずゆくっりと影が包んでいった。

 彼女の背後に現れた身長2メートル程ある黒髪の褐色肌の大男は彼女をじぃっと見下ろし、やがてゆっくりとその口を開く。


「……シオン」


 野太い獣が呻くような低い声に、目の前彼女の肩が一瞬跳ね上がり、みるみる青ざめていく表情。恐る恐る振り返る姿はまるで壊れたブリキ人形ように軋んだ音が聞こえそうだ。


「デュ、デュークっ!」


「トラブルは起こすなと言っただろーがっ!!」


「ぶへぇっ!!」


 首が縮んで見えなかったか?


 脳天に拳を振り下ろされ、余りの衝撃に彼女の顔は、押し潰されたように醜くも歪み、鼻水やら唾などを撒き散らし、折角の美人な顔が残念なものに変わった。


 気を失ったかのではないかとフラフラと崩れ、彼女は余りの痛さに踞った。


「……すまないな。内のもんが迷惑掛けた」


「いいえっ! 内の人も悪かったですからっ!」


 食って掛かろうとするアキラをマリアが遮るように割って入り謝罪する。


「俺はデューク=デイモン、そこに踞っているのはシオン=マルス。俺達はここでレジスタンスをやっている。よく間違われるんだが、一応あっちのシオンがリーダーだ」


 まさか涙目でこちらを睨み付けているのがレジスタンスのリーダーだったとは……


「アイツにはいつもリーダーらしく振る舞えって言っているんだがな。すまねぇな、アンちゃん……つい先日THAADの連中に仲間を殺られたばかりでよ。気が立っていたんだ。気を悪くしないでくれ」


 デュークの言葉で目が覚めたのか、アキラは血が上った頭を冷やすため、何かを吐き出すように重い溜息を付いた。


「そうかよ、俺も悪かったな……」


「こいつはせめても詫びだ。持っていってくれ」


 渡される培養肉。これは先日の襲撃の際、食糧庫から強奪したものだろう。

 しかし潜入中の我々は知らない振りを装わなければならない。


「……これ……どこで手にいれたんだ」


「都市からの配給物資だ」


 分かりやすい嘘だ。都市から配給される物資なんてものは無い。

 人から奪った物で、三人の犠牲を出して手にいれた物など快く受け取れる訳がなく――


 受け取れる訳がないと言おうとした矢先、杖をついたアデニ氏が割って入ってくる。

 アデニ氏はアキラに一瞥をくれ、デュークと向き合う。


 自分に任せろといことか。

 

「デュークや、テフと野菜はあるかのう? 消化の悪い肉は年寄りにはキツいんじゃ」


「そうだな。ばあちゃん……悪い悪い、すぐ用意する」


「サクラの手当てもせにゃならん……出来る早くしてもらえんか?」


「サクラ?」


「この子の名前じゃよ。何時までもビラじゃ可哀想じゃろう? この二人に付けてもろうたんじゃ」


「……そうかそうか。そいつはめでてぇじゃねぇか。ビラ……じゃなかった、サクラにお父ちゃんとお母ちゃんが出来た祝いだっ! 直ぐに持ってくるから待ってなっ!」


 盛大な勘違いをしたデュークは急ぎ軍用車両へと戻っていく。

 さて、地面に座りこんだ二人をどうするかだが、一人はしくしくと泣いているシオンと呼ばれた女の子。もう一人は――


「デュフフ……私が、お母さん……」


 嬉しいのか赤面ゆえ顔を隠しつつ、気色悪い笑みを浮かべているマリアだ。まあ、こちらは放っておいて問題ないだろう。


 さすがに悪いと思ったのだろうアキラはシオンへと近づいていく。

 近くで見るとやはりアイシャ氏に良く似ている。艶やか黒髪や目元なんてそっくりだが、前髪に覆い隠された右目の色はブラウンの左目とは異なり、淡い碧色をしている。


 オッドアイ? いや義眼か。


 右目の視点が一点を見つめ全く動かないこと、瞳孔も動きを見せないことから、斜視は考えにくい。


「悪かったな。仲間が亡くなったなんて知らなくてよ。お前が辛い思いをしてたなんて知らなかったんだ」


「ぺぇっ!!」


 アキラの頬に付着する無色の液体。粘着性をもったその液体はゆっくりと頬を伝い滴り落ちる。


 私もそれが唾だということに気づくのに少し掛かった。

 

 ブチッ――


 私のマイクが血管が切れるような音を拾った気がしたのだが、デバックしてもそのような記録がない。空耳などというものが私にもあるのだろうか。


 この後のことは半ば予想通り、取っ組み合いの喧嘩になりそうなところをデュークが駆け付け、シオンが再度拳骨を食らい荷物のように担がれていった。



 その後我々はアデニ氏とサクラに案内され、彼女等の家に訪れた。

 彼女等の家は集落の端にある洞窟の一角、石器時代のようなものを想像していたが、中は広々として直線的な造形で文化的であった。


「なんかペトラやヴァルジア、カッパドキアを思い出すな……」


 ペトラはヨルダン、ヴァルジアはクルジア、カッパドキアはトルコ、どこも洞窟住居のある遺跡だ。流石は世界飛び回っていただけのことはある。


「さて、お前さん達、何者で何しにこんなところへ来たんじゃ?」


 雷に打たれたような感覚だ。まさかとは思っていたが気づかれていたか。

 荷物を下ろすアキラとマリアの手が止まる。取り繕うとアキラは口を開こうとするが、アデニ氏はそれを遮るように淡々と話し始める。


「お前さん達は上手く装ったつもりじゃろうが、小綺麗すぎるんじゃよ。それに歳を取ると目をみれば大体のことは分かるようになるんじゃ。お前さん達の目は生き生きとしておる。この時代そんなもんはそういりゃぁせん。……悪いようにはせんよ。話してみんか?」


 全てお見通しという訳か。


 これ以上誤魔化すのは無意味で不可能だろう。


 しかし逆にこれは好都合と言えるのではないか。


 悪いようにはしないと言っているのだ、協力してくれるかもしれん。


 アキラ達は暫し悩んだ末、腰を下ろし、真実を打ち明ける。我々がアイシャ氏の依頼でこの集落の経済的支援に来たこと、感染症の治療と発生源の特定に訪れたこと。アデニ氏はそれを静かに聞いていた。


「なるほどのう。こちらとしては願ってもないことじゃわい。病魔には儂も手を拱いておった」


「それじゃあっ!」


「じゃが、嘘をついたことは感心せんのう?」


「い゛っ……!」「う゛……!」


 アデニ氏の少し怒気の籠った強い口調変わり、二人は息を飲む。


 アデニ氏は徐に隣に座って俯いているサクラの頭を優しく撫でた。


「そうじゃのう……協力するかわりといってはなんじゃが、この子の親代わりになってもらえんじゃろうか?」


「えっ……? それは……」


「なーに、ここにいるだけでいいんじゃ……頼めんかのう?」


 アキラとマリアは見合わせる。瞳みれば分かるとアデニ氏は言っていたが、マリアの場合、とても分かりやすく目だけではなく表情全てで訴えていた。


 険しく物悲しく無言で哀願するマリアにアキラは折らざるを得なかったようだ。


「分かりました。俺達で良ければ……」


「……アキラ」


「そうかえ、引き受けてくれるかえ……」


 アデニ氏が嬉しそう頷く姿を見てしまうと、もう何も言えんな。


「それじゃあ、私はサクラちゃんの手当をしますね?」


「ええのかえ?」


「こう見えても私、医者ですから。それに私も同じアルビノ、この子体のことは良く分かります。早く治療しないと可愛そうです」


「治せるのかえ?」


「根治は難しいですが、私と同じように日の下で走り回れるくらいには」

 

「それは……なんと」


 アデニ氏の驚いた表情をようやく見ることが出来た。


「アキラはその間、食事の準備をお願い。折角泊めて貰うんだから、自慢の腕を見せてあげなよ」


「俺は構わねぇけどな。男が台所に立っていいのか? しかも部外者だぜ」


 アキラはアデニ氏とマリアを見比べ、アデニ氏の頷く姿を見て、渋々といった態度を取ってはいるが、これがなかなか浮き立つ心拍数は嘘をつけないようだ。




 一時間後――


 サクラの皮膚を手当をアキラはアデニ氏ともに端から眺める。マリアは自分用に常備しておいた冷湿布を足や腕に丁寧に貼っていく。


「さぁ、サクラちゃん。お薬上手に飲めるかな?」


 マリアはポケットから袋に入った薄いオレンジ色の粉薬を取り出す。良く見ると我々の艇にあったアセトアミノフェン。非ステロイド系解熱鎮静剤。ロキソニンのように消化系への負担が少ないため子供にはこちらのほうが良いだろう。


 スプーンを使って粉薬をサクラの口許へ運ぶ。


「はい、サクラちゃん。あ~ん」

 

 この年頃の子供は嫌がるのだが。そのような素振りは見せず、険しい表情をしながら、水を口一杯に含み我慢して飲んでくれた。


「えらいえらいっ! ちゃんと飲めたねっ! 頑張ったサクラちゃんにはご褒美っ!」


 マリアの手の平から白い淡い光が溢れる。目を見開き不思議そうに光を見つめるサクラに、マリアは優しく頬笑みかける。


「これはニュンフェっていうの」


「ニュ……ン……フェ……?」


「うん。この子たちがいれば天板が無くても眩しくないし、外で思いっきり遊べるようになるよ」


「ほんとっ!」


「うん。そうだよ」


 サクラの晴れやかな顔をようやく見れた。無邪気で愛らしい実に子供らしい笑顔だ。こちらも和やかな気分になる。


「良かったねぇ。サクラ」


「うんっ!」


 マリアはサクラを寝かしつけると彼女の症状について詳しく語ってくれた。

 サクラはマリア程ではないが虹彩に色素が非常に少なく遮光性が不十分、また網膜上の光受容も不十分で、強い光を浴びると目が痛む羞明と、ぼやけて見える乱視を患っていた。


 マリアが合成したニュンフェという新型光合成細菌はバイオコンピュータという機能の他に、設定すれば体内で作用し、眼球内や皮下組織で色素を合成するという。


 一週間ほどすれば自己増殖機能が備わっているニュンフェはサクラの全身に回り、マリアと同じように天板無しに外を歩けるようになるのだそうだ。

 

 サクラも日の下で走り回れる日がくるなんて思っていなかっただろう。


 静かな寝息を立て眠るサクラは元気に外を走り回る夢でもみているのだろう。時々嬉しそうに頬笑み、とても穏やかな表情を見せていた。



 その日の晩――



「みんな食べちゃだめぇぇっっ!!」


 アキラが造った夕食を四人で取り囲み、マリアがアキラの手製ハンバーグを口に含んだ矢先、彼女はいきなり立ち上がって叫んだ。


 デュークから受け取った大量の培養肉の調理に悩んでいたアキラは、アデニ氏の事を考え食べやすいハンバーグを作ったのだが、マリアには口に合わなかったのだろうか。


 今にも泣き出しそうな顔をみる限り口に合わなかったなどという話ではないことは直ぐに分かった。


「どうしたんじゃ?」


「みんなこのハンバーグ食べちゃだめ。お願い……」


 アデニ氏もサクラも余りにもマリアの必死、驚きを隠せず、ハンバーグに伸びる手も止まる。


「わりぃ、ちょっと、生焼だったみてぇだ。直ぐに作り直すからよ。ちょっと待っててくれ」


 流石にアキラも尋常では無いマリアの様子を感じ取り空かさずフォローを入れる。


 実際生焼けなんてことは無かった。アキラが十分に火を通さないミスなど犯す筈も無い。


「そうかえ、なら仕方ないのう」


「すまねぇな…………ちょっと、マリア。いいか?」


「…………うん」


 アキラは皿を取り上げ、そのハンバーグを持ったままマリアを住居の住みに連れていく。

 誰にも聞こえないような場所だといことを確認すると徐に事情を問い詰め始める。


「……マリア……どうした?」


「……」


 マリアが無言のまま、唇を噛み締め立ちすくんでいる。表情は辛く険しい。完全に何かがある。マリアが口に出すことさえ憚れる何かが。


「……この培養肉。何かあるのか……?」


 コクリと頷く。まさか病原菌? 熱処理しても殺菌できない病原菌の代表格といえばボツリヌス菌だが。


 声を上ずりながらマリアは徐に口を開き始める。


「……感染症の……原因……が分かったの……」


「なんだ。ボツリヌス菌か?」


 首を振る。ボツリヌス毒素による中毒ではないとなるといったい――


 マリアがアキラの懐に飛びこできた。


 零れ落ちる涙がアキラの胸元を濡らしていく。


 怯えるように震えるマリアの肩を抱き、アキラは優しく耳元に囁く。尋常では無い様子だ。


「大丈夫だ……安心しろ、何があったって俺が一緒に受け止めてやる。俺が一緒になんとかしてやる。だから話してくれ、あの肉は何なんだ?」


 アキラの言葉に声を大にして泣き叫ぶマリア。やがて声を振り絞り、思いがけない言葉が飛び出してきた。




 ――だってアレ、人肉なんだよ――




 流石にアキラも耳を疑ったに違いない。私もデバックを五回も掛けた程だ。

 

「ちょっと待てマリア、どういう事だ。人肉ってお前、ホラー映画や食糧戦争時じゃあるまいし……」


 食糧戦争時、食人と呼ばれる行為が少なからず行われたことは知っている。今ではWHOの活動により鎮静化し、そのような行為は噂でも聞くことはなくなった。

 俄には信じがたい話だが、マリアを振り絞りながら語った説明を聞き納得がいった。


「口を含んだ瞬間……ニュンフェが教えてくれたの……ヒトの異常プリオン蛋白質が……通常では考えられないくらい……含まれてる……この集落のみんなの手の震えも……これで……全部……説明つくの……」


「まさかっ! その病気ってのはっ!」


 そしてマリアの口から頑なに憚んでいた病名を告げられる。



 クールー病。



 かつてパプアニューギニアのフォレ族の間で流行した風土病。伝達性海綿状脳症の一種。脳に侵入した異常プリオン蛋白質が組織に空腔をつくり、機能障害引き起こす。潜伏期間は通常5年から20年といわれており、発症後約一年で死に至る。


 そんな恐るべき病がスラムで流行していたとは誰が予想できただろうか。


 肉を配給していたのはレジスタンスだが。


 都市の情勢に反発し抵抗しているレジスタンスの連中がそれを分かっていてばらまいているということは考えにくい。


 背後に潜む悪質な何者かの意図を感じざるをえない。


 しかしいったい誰が、何のために、このような肉を製造していたのだろうか。


 我々の憤りと疑問が尽きることはない。


 そして我々はこの集落を救うため本格的に動きだすことを決意するのであった。

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