第4話 病蚊の行方

 それから怒濤の質問攻めに合い、解放されたのは1時間後の事。


 エルの容体を見ると言うことで、マリアが席を立ったことで打ち切られた。


『相変わらず、元気そうで何よりだったな』


「元気というか何て言うか……」


 アキラはげんなりした様子であったが、ともあれ兄妹仲がいいというのは良いことだ。


 アキラは小型端末を操作し、地図アプリケーションを起動させる。プロジェクターから写し出される町の3D地図。


「紅、ウィル達の話から遊んでた場所を表示してくれ」


 私は地図上に赤い点を表示する。そこは少し開け、平屋の建物が並ぶ場所。


「下水道路を表示してみてくれ」


 成る程、蚊は水場に卵を産むが、しかしこの環境下では凍結して機能していると思えないが。


 下水道路の投影を開始した。3D地図の下部に張り巡らされる水路が表示される。


「ここと、ここの建物の情報を表示してくれ」


 アキラは二ヶ所の建物を指で触れる。1つは赤い点から北2km離れた場所。もう1つは皿に北10km離れている。何れも河上にあたるようだ。


 私は建物情報の検索し、地図に表示する。


『前者は研究所ようだ。ここはかつて動物の感染症など衛生研究を行っていた施設のようだな。後者は……成る程そういうことか』


「ここと、ここは水路で繋がっているな」


『そうだ。研究所の河上にあたるこの施設は、昔、常温核融合の研究を行っていたベンチャー企業の所有であった建物だ』


 これで合点がいった。ベンチャー企業の建物には投棄された放射性物資があるものと推測される。これは放射性レベルを調べれば分かることだろう。


「ということは、そこで放射線により融解された水が下水道に流れ、水場を作り、研究所には処分されていなかった蚊があった。それが水場で繁殖した」


『あくまでも仮説だがな。調べる価値はあるだろう』


 廊下に人が近づくのを検知し、私は監視カメラを動かし人物を確認する。


 ふむ……マリア嬢か、両手にコップを持っているな。


 ふとマリアがカメラに視線を写し、笑顔をみせる。


 視線を感じたからかもしれないな。感の良い子だ。


『暖かい飲み物を持ってきてくれたのだな。アキラに代わり感謝する。今開けよう』


「ありがとう」


 カメラに向かって頬笑む。私は扉を開き彼女を招き入れる。


『アキラ、マリア嬢が茶を淹れてきてくれたぞ? 少し休憩がてら、さっきの話を聞いてもらおう』


「ああ、そうだな」


「じゃあ、はい」


「あんがと」


 アキラはマリア嬢から、マグカップを受け取り、黒色の液体に満たされたカップをまじまじと見つめる。


「……こ、これは……」


「あれ、苦手だった?」


 ああ……


 苦手だとかそういう意味ではないのだよ。


「もしかしなくても、あの豆を使ったのか?」


 アキラの顔を見る限り、香りで直ぐに分かったのだろう。アキラが祝いの時に使おうと大事に保管しておいた豆。今となっては希少品中の希少品であるブラックアイボリーを使ったのだ。象の糞から採取できる豆で、生存する象はもう数頭である現在。この豆をもはや作ることは不可能と言われている。さてオークションで出品したら幾らの値がつくだろうか。

 あと一、二杯分であったから全て使ったのだろう。


「だって、代用品があったけど、あれって不味いし、いい豆があったからね。淹れてみたの。私、珈琲コーヒー入れるの得意なんだ」


 自分以外の人間が台所に入ることを想定していなかった結果だ。仕方がないと言う他ない。


「凄くいい香り。珈琲じゃないみたい。これなんて言う豆? キリマンジャロかな? コナかな? それともブルーマウンテン?」


 ありきたりな銘柄を列挙する。


 世界三大コーヒーを列挙すれば当たると思ったのだろう。


「ブラックアイボリー」


 その場が外気に触れたかのように凍りつく。


 その豆の価値に気づき、白い顔が更に青白くなっていく。


「……………………ごめん、もう一度言ってくれる?」


 聞こえてない筈無いだろうに。


「ブラックアイボリー」


「キリマンジャロか……さすがいい香りだね」


 現実逃避をし始めた。


「ブラックアイボリー」


「………………」


 沈黙。


「ブラックアイボリー」


「連呼しないでよっ!! 悪かったわよっ!! 知らなかったんだからしょうがないじゃないっ!! 」


 逆ギレ。


 これを愉快極まりないというのだろうか。


 何にせよ。一息ついたところで本題に入ろうとするか。


 マリア嬢がコーヒーを半分飲み終えた頃、私は先程調べた蚊の発生源について彼女に見解を求めた。


「なるほどね。蚊の放射線耐性がどれ程のものなのか分からないけど、昆虫って放射線にかなり強いから、調べてみる必要はあるかな」


 と曖昧な解答。


 そのことを彼女に伝えるが


「仕方がないじゃない。専門外なんだから」


 と一蹴された。


 まぁ、予測していたことであるが。


 生物学のことで大体のことは分かっても、昆虫学などの狭い分野のことになると分からないことも出てくるだろう。


「じゃあ、俺等は明日ここに行ってみるから」


「え? なんで? 私も行くよ?」


 この娘は何を言っているんだ?


「はぁっ!? 何言ってやがるっ 危険だっ!」


「貴方こそ何言ってるのっ! 貴方がもし感染して倒れたら誰が治療するのっ!」


「……!」


 アキラは鳩が豆鉄砲を食らったような表情をする。一方マリアは狐に摘ままれたような顔をしている。


「ごめん、そんなに驚くとは思わなくて……」


「違うんだ。前にそれと似たような事を言われて、そいつを思い出しちまっただけだ。気にすんな……」


 アキラが驚いたのはてっきり彼女が声を張り上げたせいだと思ったんだが違うようだ。


「……そっか、私も悪かったね」


『付いてくるといっても、あの子はどうする』


 心配なのはエルという少女の容態だ。さっきの話では二、三日すれば熱が引いてくると言っていたが。


 マリア嬢は少し考える素振りを見せて。


「私はこれで遠隔で診察出来るから大丈夫だと思う」


 マリアの右手甲をゆるりとアキラの目の前に掲げる。


 白く淡い色の光の粒子が、彼女の手の甲から、綿毛のように揺蕩いながら現れる。


「これが私のオブジェクト、ニュンフェ」


 聞いたことの無い名のオブジェクトだ。


「初めて聞くが、それ自作なのか?」


「まぁ、そんなところかな」


 話によると彼女が自らゲノム編集を行った光合成細菌によるバイオコンピュータ兼汎用デバイスだそうだ。


 彼女は光の粒子を人の手の形に構築する。プログラムを走らせることで、それは正しく人の腕の如く、滑らかな動きを見せた。しかし容体が悪化した場合、彼女自ら遠隔操作を行わなければならない様で、それだと集中力を欠いてしまうだろう。


 エルの容体が回復するのを待ってからでも遅くは無い。ここは一つ。


「しゃぁねぇ、エルの容体が回復してからにすっか」


 私が提案する前にアキラの口から、その言葉が聞けるとは思っても見なかった。

 アキラも彼女のオブジェクトの難点に気づいたか


「いや、ちょっと待ってよ。大丈夫だって」


「そのオブジェクト、細菌があんたと接触してないと使えないだろ。しかも広範囲に広がれば演算能力が落ちる」


 オブジェクトの三要素。エネルギー、演算装置、出力装置。彼女のオブジェクトの場合、演算装置と出力装置が一体化している。出力装置として通信領域に割けば、それだけ演算能力は落ちてしまう。私の推測だが10km離れてしまえば、さっきの人間のように繊細な動きは出来なくなってしまうだろう。


「でも、このままだと感染が広がる恐れが――」


「今は目の前の事に集中しろよ。まったくあんたは俺の知っている誰かさんそっくりだ」


「……」


 マリアはアキラから視線を反らし、俯き沈黙する。唇の動きから何かを呟いたように見えたが、音声は認識出来なかった。動きを見る限り彼女は「ごめんなさい」という言葉を発していた。

 

 しかし、妙な娘だ。


  ただアキラの琴線に触れたと思っていても、声を殺す必要はあったのだろうか。


「すまん、湿っぽくなっちまったな。そう言うことだから、出発は3日後にしよう」


 アキラはコーヒーカップを手に取り立ち上がろうとするのを、マリアはカップを抑え制止させる。


「ちょっと待って、一つ約束して」


「何だ?」


 交換条件にしては随分一方的かつその目的も意図も不明瞭な気がするが。


「絶対一人で行くなんて、無茶な事をしないで」


『問題ない。私がさせないよ。君は虫除け対策を考えてくれ』


「……」


 最初は何を言われたか分からない様子だったが、合点言ったようで、口許に少し笑みが見えた。


「そういうことだ。頼んだぜ」


「うんっ! 分かった! 任せてっ!」


 意気込みや充分で何よりだ。


『……ところで具体的な計画として、蚊をどうするかだが、絶滅危惧種であるからして、許可なく殺傷すると罰則を受けるぞ』


「人命が懸かっているだぜ? そんなこと言ってられるかよ」


『しかしだな……』


「ダメよ。 無闇に殺すなんて、蚊だって生きているんだから」


 他者の思想を口を出すつもりはないし、殺生禁断も結構なことだが、この場合感情を挟むべきではなく、被害が広がる前に駆除する以外の方法しか無い。更に問題はその許可をいかに短期間に取り付けるかなのだが……


「でもな、実際駆除するしかないだろう。今から手続きして、どれくらいで下りるか」


「私に考えがあるから、任せてくれないかな。無害化できれば殺す必要ないよね?」


「……まぁ、そりゃあそうだけど」


『……』


 どうやって無害化するのか、興味に尽きないな。


「手続きは医師団を通じて許可を取り付けておくから、既に疫学調査の許可は取り付けてあるし、消毒とかの許可は直ぐ下ろせると思うよ」


 意外に根回しが早いな。感染症の治療を行うに当たって許可を取り付けておいたのだろう。


「分かったよ。頼りにしてるぜ、先生」


「任せなさい!」


『倒壊の危険もある。その他の危険は我々に任せてくれ。君の身の安全は保障しよう』


「頼りにしているよ。アキラ君。紅」


 頼りされたからには仕方がない。期待に応えてみせよう。

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