第15話 灼熱の銃弾

 深淵がアキラを覗き込んでいる。

 マズルブレーキから垣間見える渦巻く空施ライフリングはまるで全てを呑み込み闇の淵に落とすようだ。


 そんな連想させている原因は、アキラの眼前に突き付けられる対物ライフル、の銃口のせい、いや――

 

「さて、ところで貴方は一体何をやっているのかしら?」


 むしろユラナの表情のせいだろう。口元こそ笑ってはいるが、彼女の目は氷のように冷めきっている。


「なっ、何って……」


 声が裏返り狼狽えた様子のアキラ。その様子にユラナは一切動ずる事なく、銃口を顔面に押し付けてくる。

 

「痛てぇって! やめろっ!」


「やめろって何の事かしら? そんな事より私は何をしているのかって聞いているのだけれど?」


 何をしているといえば、そうか。そういえばマリアと抱き合っているな。


 マリアは未だ怯えたように肩を震わせ、眼をきつく閉じ、アキラの懐にしがみつき踞っている。


 冷笑を浮かべ凍える瞳のユラナの目許が小刻みに引き攣った。


 ライフルのボルトが引かれ、金属音と共に12.7x99㎜NATO弾が装填される。


「やっ! やめろっ! シャレになんねぇぞっ!」


「TQX素体といっても頭部は再生できないのよね……」


 まさか本気で撃つ気ではないだろうな……


 いい加減止めて貰いたいものなんだが――

 先程からユラナの生体デバイスに通信を送っているのだが、彼女の山吹色の右目は眼球のフリをし続けている。


 そのデバイスは彼女に悪乗りし、絶対零度とも言える殺意にも似た冷やかな眼差しを、アキラと私に向けている。


 悪巫山戯が過ぎないか。


 アキラは顔面が凍り付いて微動だにしないぞ。


「……この声」


 アキラの懐の中で突然、マリアが跳び跳ねるように身を起こす。


 ユラナの姿をそのマリアの瞳が大きく見開かれた束の間――


 ユラナの姿に影が落ちる。


 彼女の背後に何かが両手を大きく広げる。


 巨大な翼と鉤爪が鈍色の輝きを放つ。


 オリアーヌのランスに地に落ちたハーピーが、彼女の背後に忍び寄る。


 振り上げられるハーピーの鉤爪。


「ユラナっ! 後ろっ!」


 アキラの叫びにユラナは淡々とした口調で呟く。


「分かっているわ」


 振り向き様、ユラナが引金を引く。


 凄まじい炸裂音を放つ弾丸と共に放たれる灼熱の業炎。


 弾き出される空気の衝撃に身が震え、

焼き付ける輻射熱の熱量が肌を焦がし、網膜に突き刺さる閃光に目が眩む。

 

 直径凡そ3メートル、2000℃を越える火炎がハーピーを呑み込む。

 熱を帯びて赤く染まった弾丸が風穴を空け、爆風が外皮を弾き飛ばし、骨格を灰塵と化していく。


 情報操作型熱量操作系〈インフェルノ〉。


 このオブジェクトの仕掛けはユラナが持つライフルにある。

 

 バレットM82A3を基礎に改良されたオブジェクトデバイスSHVJ-06〈ドラゴンイーター〉

 

 世界屈指の技術者デバイスアーティストと謳われるショウイチ=ハセガワとヴィクトリア=ジョーンズの共同製作による汎用型デバイス。


 アキラの持つデバイス〈天羽々斬〉も彼等の作品であり、ハセガワ氏が東洋の神話に登場するある武器をイメージしたという発言により、その名前が定着しているが、SHVJ-04〈ドラゴンスレイヤー〉が正式名称だ。


 〈ドラゴンイーター〉の銃床と銃口は出力装置となっており、銃床は取り込んだ粒子を取り込む構造になっており、オブジェクト〈コキュートス〉は取り込んだ粒子を観察、フィードバック制御し、ブラウン運動に変換することで周囲を冷却していく。

 

 取り込んだ粒子のブラウン運動は本来デバイスの電力に利用されるが、〈インフェルノ〉は仕事を再び熱量として蓄積、制御し放出する。


 〈インフェルノ〉による膨大な熱量の前に残されるものは、所々赤く輝く融解した床と、燻る黒煙だけだ。


 踵を反し、全長約1.5m、重量凡そ3㎏の〈ドラゴンイーター〉をユラナは軽々と振り上げ肩に担ぐ。


 皮肉を極めた冷笑を浮かべユラナは陰険な流し目をオリアーヌに向ける。


「相変わらず、詰めが甘いのね。オリアーヌ」

 

 彼女の視線の先には今にも噛みつきそうな目付きでユラナを睨み付けるオリアーヌがいた。


「ユラナ=ベフトォンっ! ぬけぬけと私の前に現れられたものだなっ! 私は貴様を絶対許さないっ!」


 案の定やはり噛みついてきたオリアーヌをアースが体を張って制止に入る。


「止めるんだ! エスラン少尉っ!」

 

『ユラナ、全く貴方はいつまで意地の悪い態度をとっているの? いい加減に話してあげたら?』


 丸みのある暖かく優しい女性の音声を拾う。その声はユラナの右腕に嵌められた黄金色のバングルからのものであった。


 人工意識〈ケェリィア〉。私と同型の人工意識で兄妹機に当たる。パートナーであるユラナの失った右目として彼女を支えている。


 先程まで私の通信を無視し続けていたケェリィアから突然返事が返ってきた。


 なになに――


〈五月蠅い。人間の女に現を抜かす紅なんて知らない〉


 ……意味が分からん。



 私達の通信を他所に話は続く。


「いいのよ。ケェリィア。あの子は知らない方がいいのだから」


 ある事件でユラナはTHAADを抜けた。


 それも最悪の形で――


 とある事情によりTHAAD内でスパイ行為を行っていたユラナは、本来収容所送りであったが、護送中ある協力者の手を借り脱走。


 協力者と共に南半球を経済圏とする地球環境保全連合、通称ERCUエルク、そこに所属する国家MUに亡命する。


 詳しい内容は省くが、THAADの拠点及びスポンサーのアジア・太平洋人類種保護連合、通称APHRPAエーピーハープとは、互いに法的不可侵であるERCUに身を置くことでユラナは法的に守れている。


 現在、THAADはユラナに手を出す事は出来ない。


 同じ部隊に所属していた彼女等は姉妹のように慕い合っていたが――


 生真面目なオリアーヌにとってそれは裏切られたようなものなのだろう。


 ユラナに対するオリアーヌの態度は無理も無いのかもしれない。


 あくまでも事情の知らないオリアーヌにとってはだが――


「皆そろそろ仕事をしたほうが良いんじゃないかしら?」

 

 ユラナがアイサインと親指で指し示す先に、アイシャ氏とパトリック氏が怯えた様子でこちらを窺う姿があった。



 ――飛行艇艦内コックピット、13:42――


 我々はアイシャ氏を連れ、今後の事を話し合うため飛行艇へと戻っていた。パトリック氏の方はアース達が護衛しながら彼等の拠点に案内していった。


『それで彼女達はどちらに?』


 我々は今後について話し合うべく、ホログラムディスプレイを立ち上げアース達と連絡を取っている。


 映像に写るアースの背後が慌ただしく隊員達が走り回っている。

 

「シャワー中」


 マリア、ユラナ、アイシャ氏の三人は先程の戦闘での汚れを落とすためシャワー室を占領中だ。ユラナは自分の飛行艇があるのだからそちらを使えば良いものを。


『美女三人に囲まれて羨ましい限りだね?』


「じゃあ、変わるか?」


 肩を竦めてアースが首を横に降る。


『遠慮しておくよ。内にも怖いのがいるからね』


 アースの背後から睨み付けるオリアーヌの姿が横切る。アキラに一瞥すると不機嫌に皺を眉間に作り歩き去っていく。


 雑談も程々に我々は本題に入る。

 

 現状、THAADは都市防衛強化のため、外周部に防衛線を引くとのことだ。当然と言える対応だ。


 ただし気になるのは、テロリスト達の侵入経路についてだ。


 今回の襲撃についてだが、THAADは既に警戒網を敷いていた矢先の出来事であったという。


 彼等の警戒網を掻い潜り、都市中心部で襲撃が行われたということは、彼等の警戒が手薄であった事は考えにくい、故に中心部へと続く何らかの経路があると言うことだ。


 現在、アースは別部隊を編成し、その経路を捜索する算段を始めている。


 更に分かったことは、役所を狙ったのは陽動部隊であった可能性が高いこと、同時刻、食品加工会社の工場や食品貿易会社の倉庫などが数件襲撃され、商品が強奪されたという。


 食糧の為に獣化ビーストライズを使用し、三人を犠牲にするとは、割に合わないというよりは、スラムがそこまで困窮しているということか――


 一方、我々は正直手こまねいている。現状、リアレートが危険地域になった以上、本来我々は民間人という立場であるため、アースから早々に撤退を要請してきている。


 要請に従い撤退するのが懸命なのだが、アキラの気持ちはそうではないらしい。


 所謂放っておけない病という奴だ。


「俺は支援に来たんだ。今苦しんでる奴を放って帰れるかよ」


『危険だ。今更君たちに何が出来る。さっさと帰るんだ』


 アキラの意思は尊重したいのは山々だが、命の危険がある以上、支援活動をすることは懸命とは言えない。

 テロリスト達と緊張状態にある今、彼等の拠点であるスラムに訪れて無事である保証は何処にも無いからだ。

 我々だけでは判断が難しいという訳ではないのだが、アキラが渋っている以上、ここは上に相談すべきだろう。


『アキラ、クロウに相談してみてはどうだろうか? 報告しなければならない事象もある。アース、その話は一旦其れを行った後でも遅くないだろう?』


『……民間人を巻き込むと世論とか色々問題が出るから正直今にも撤退して貰いたいのだけど……仕方がない、少しだけだよ。彼がなんと言おうと帰るんだ』


 そう言い残しアースとの通信が切られた。


 世論など気にしなければならない立場になるとは彼も出世したな――


 まぁ、何にせよ一先ずアースが甘くて助かったな。


『さて、これで時間は稼いだ。後は――』


「クロウの奴、アイツ連絡つくかぁ?」


『分からん、しかし取るしかあるまい。この状況の打開は彼で無いと無理だ。今のラスティでは難しいだろう。TwelveThinker現代表クロウ=ワイズマン、相変わらず多忙な様子であったが……』


 指揮官兼参謀として非常に優秀であるのだが、相変わらず交渉や会談で立場上何かと忙しい、昔から交渉事が苦手なカーナに変ってやっていた。現状実務はラスティに任せきりだ。


「まあ、アイツは嫌がるだろうが、駄目なら緊急連絡手段を取るさ、取り敢えず女性陣が出る前に食事を用意しないと五月蝿そうだ」


 艦内カメラ越しに、アキラの肩を竦め戯けてみせる姿が映る。

 彼は淑女レディ達の為に食事の支度をすべくコックピットを後にした。

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