第14話 氷結の悪魔
「そんな……これって……もしかして〈
「はぁっ!? 何だってっ!?」
マリアが目の前の光景に衝撃を受け、眼を丸くし、口許を両手で覆い隠している。
〈
分子マシンを用いて、人間の体組織を操作し、別の生き物へと変貌させる。脳脊髄まで変質させ、本能に従い周囲を破壊、殺戮の限りを尽くす。
食糧戦争以前よりテロリスト達が良く自爆テロとして用いられた。
人間の十倍から二十倍の膂力を持ち、強靭な外組織で覆われ、小銃やライフルの弾はもはや豆鉄砲に成り下がる。
その生命活動が停止するまで破壊と殺戮の限りを尽くすため、爆弾より被害額が大きく。人道的見地から国際条約で禁止兵器とされている。
「ハーピー、ミノタウロス、ウェアウルフ……アクション映画と思ったら、特撮映画かよっ!」
アキラは悪態を付く。
これが映画であったらB級以下だろうな。
アースが叫んだ。
「通常兵器から、オブジェクトでの戦闘に変更するっ! これから二班に分かれろっ! エスラン少尉は二班を連れ、あのハーピーをっ! 一班は私と共にミノタウロスの殲滅に当たるっ!」
アースが部下達に指示を送る。緊張の中、冷静さを失わず統率を維持する部隊は、指揮官の力量もさることながら、よく訓練されていることがよく分かる。
「アキラっ! 君はウェアウルフを頼むっ!」
「了解っ!」
ハーピーがその巨大な翼を羽ばたかせる。
旋風を撒き散らしながら、天窓のガラスを割り、市街地へと飛び立つ。
「第二班いくぞっ!」
オリアーヌとの号令で二班が市街地へとハーピーを追いかけていく。
そこへミノタウロスの拳が二班へ振り下ろされた。
噴煙を上げ、立ち込める煙の中から、白く光輝く鋭利な円錐形の武器、ランスを手にしたオリアーヌの姿が現れる。
恐らくグルーオンをランスの形に成形、膠着させたのだろう。白く輝いているのは可視光を一切透過させず、スペクトルの全領域を反射させているからだ。
「邪魔だっ!」
ランスと共にミノタウロスの腕を振り払い、ミノタウロスはバランスを崩し尻餅をついた。
悠長に他人の戦闘を眺めている場合ではなかった。
アキラの視界に影が落ちる。
いつの間にか距離を積めていたウェアウルフが腕を振り上げていた。
「!……」
アキラは紙一重でウェアウルフの爪を躱す。
ネクタイが
「マリアっ! 二人を連れて下がってろっ!」
「うんっ!」
1脚、2脚ほどで一瞬にして距離をつめるウェアウルフの脚力。
振り下ろさる爪に、アキラは宙を舞い躱す。
反転する天地。
銃剣でウェアウルフの顔を切り裂くが、太い腕に阻まれる。
「しまったっ!」
〈
ウェアウルフの拳が襲いかかる寸前、グルーオンによる障壁を展開、直撃を防いだものの、アキラの体は数メートル先へと吹っ飛ばされる。
「イテテ……」
ほぼ無傷のようだ。
またしてもアキラの視界に影が落ちた。
飛び上がったウェアウルフが踏み潰そうと襲いかかる。
「少し休ませろっ!」
アキラは転がって、起き上がり寸でで躱す。
距離を取り走るアキラの視界の片隅に、マリアの姿が横切る。
胸元で手を組み、青ざめた表情でこちらを見守っていた。
「心配そうな顔しやがってっ!」
アキラは踵を返し、銃剣の頭身に手を添え十字に構える。
「紅っ!
『了解っ!』
〈
〈水素生成開始……燃焼開始〉
階層性を破ったウィークボソンにより大気中を飛び交う中性子とニュートリノの香りを替え水素を作り出す。
発生した水素が着火し銃剣に蒼い炎纏い、刀身が光輝く。
襲いかかるウェアウルフの両爪が眼前へと迫る。
黒い何かが宙へと舞った。
巨大な物体が2つ、床に鈍い音を立て落ちる。
それは鋭利な切断面をしたウェアウルフの両腕だった。
オブジェクト、火産霊之太刀で灼熱を帯びた刃がウェアウルフの強靭な皮膚を切り裂き両腕を切断したのだ。
ウェアウルフの絶叫にも似た雄叫びが空気を震わす。
腕を落とされ、頭が血が登ったのか、
余りの痛みからだったのか、ウェアウルフの巨大な口が開き鋭利な牙がアキラを襲う。
〈
重力波による身体加速、ローレンツ収縮により全てがスローモーションとなる。
アキラは懐へと飛び込み、火産霊之太刀を振り下ろした。
〈醜女脚絆終了〉
アキラはウェアウルフの背後で足を止めたところで、私は醜女脚絆を終了した。
ウェアウルフの肩から脇腹にかけて、一筋の蒼い炎が上がり、ウェアウルフの胴体が滑り落ちる。
ウェアウルフの肉体が蒼い炎に包まれていく。
アキラはため息をつき、汗を拭う。
「アキラっ!」
耳を揺らす甲高い声に振り返る。
マリアが躓きながら駆け寄ってくる。
「怪我は……無ぇみたいだな」
「怪我してるのはそっちっ! バカっ! その手っ!」
アキラは自分の銃を持つ手が焼け爛れている事に気づいた。
火産霊之太刀の至近距離での燃焼によるものだ。
「直ぐに治療するからっ! そこに座ってっ!」
マリアがアキラを座らせようと肩を押した瞬間。
地鳴りに似た重い衝撃が地面を揺らす。
傷ついたミノタウロスが口から血を流し仰向けに倒れていた。
心臓には十字架のようなものが突き立たれ、白く光輝いている。
オリアーヌと同じくグルーオンで出来たアースの光剣だ。
アースは光剣を引抜き霧散させる。あくまで最初から単調な作業であったかのように至って冷静に表情一つ返ることもなく。
アースが軽々とした身のこなしで、3メートルもある肉塊を飛び降りていく。
「アキラ。無事かい?」
「おうっ!」
「おうっ! じゃないっ! 深度二度の熱傷だよっ! 大丈夫な訳ないでしょうっ!」
マリアがニュンフェでアキラの熱傷した手を再生し始める。
「オリアーヌはどうなった?」
「彼女なら、そろそろ……」
再び床を揺らす轟音と衝撃。
破壊された天窓から何かが飛来してきた。
煙の中から現れる光輝くランスを手にしたオリアーヌ。
血反吐を吐きハーピーとかした女が横たわっている。
「終わったかい?」
「申し訳ありませんっ! 少々、
かすり傷は有るものの 五体満足で敬礼する彼女の姿は、苦戦していたように丸でみえないが。
アキラは火傷を治療するマリアを見つめ、徐に口を開く。
「悪りぃ……彼奴の命を奪っちまった」
マリアは首を横に振り、アキラの手に自分の手を重ねる。
「……獣化は使用者の体組織だけじゃなく、脳脊髄組織さえ変質させるの。だから例え脳脊髄を切り離し義体化しても、人の心は完全に失われていて、今の医学では助けられない。このまま廃人として生きるよりは……」
マリアの手が小刻みに震えている。
「泣いているのか……」
「ううん。ただ彼らがどうしてそんな事までしたのか……」
全て報われない者達に平等と安らぎを……か。
それは彼等にも信念というものが有ったからだろう。信仰にも似た揺らぎないものが。
「……!」
アキラの視界を黒い影が過った。
「アキラっ!」
アースが叫んだと同時、アキラはマリアの手を掴み抱き寄せる。
丸焦げとなり、絶命したかと思われたウェアウルフの首が、アキラとマリアに迫った。
アキラの銃を握り、ウェアウルフに銃口を向ける。
視界が歪んだ。戦闘の反動か。
発砲――
照準が合わないまま放たれた弾丸はウェアウルフの首の真横を掠め外れる。
「くそっ!」
眼前に迫り来る牙。
アキラはマリアを自分の顔に埋めさせ、覆い被さるように庇う。
突然凍える程の冷気と白煙が流れ込んだ。
黒い固まりのウェアウルフの首が白く染まる。
凍結し霜に覆われたのだ。
凍りついたウェアウルフの首はアキラの足元に滑るように転がり止まった。
ウェアウルフの首だけではない。このフロア一体が霜で覆われている。
『これはっ!? 情報操作系熱量操作型オブジェクト〈コキュートス〉っ!』
「ったく、遅ぇじゃねぇか……」
全くだ。
白い煙の彼方からヒールの音と灰色のシルエットが写し出される。
次第に晴れ行く煙の中から、一人の女性が現れる。
狙撃銃を片手に携え、黄昏色の深い腰まである金髪を靡かせ、黄色と碧という不自然に左右異なる色の瞳。露出度の高い服を好んで着込み、そして揺れ動く豊かな胸。そんな特徴の人物は私の記録に一人しかいない。
「遅かったじゃねぇの? ユラナ?」
「あら? ヒーローという者は遅れて登場するものじゃないかしら?」
アキラのTHAAD時代からの腐れ縁にして、THAADの二人の悪魔の片割れ「マクスウェルの悪魔」
ユラナ=ベフトォンがそこに不敵な笑みを浮かべ佇んでいた。
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