第13話 荒ぶる獣
アースに誘導により役所からの退去が開始される。エレベータはすでに停止し、非常階段から一階へと下ることを余儀なくされた。問題なのは非常階段がこの一ヶ所しかなく、玄関ホールへと繋がっている事だ。この場に設計士が居たなら文句を言いたい。
「自分が注意を惹き付けているうちにアキラは三人を外に非難させるんだ」
一階非常階段出口に到着するや否やアースがテロリストから逃れる算段を始める。
非難口は扉を真っ直ぐ行ったところにある。
扉からは複数の音の銃声。交戦でもしていなければあり得ない音が聞こえる。
「ちょっと待て、紅、阿頼耶識、30セコンドで」
『成る程、了解した』
阿頼耶識を起動する。視界に投影される。扉の向こう側。銃声と空気の流れ、足音、反響音から人数と配置を割り出していく。
「4……5人が二組、分隊規模の同士の戦力が衝突しているな」
「恐らく1つは自分の部隊だね」
「というと、もう1つはテロリストか」
「自分の部隊はやはり入り口側?」
「残念ながらな」
建物を占拠しているテロリスト達の背後を通らなければ出口に出られないということだ。見つかる可能性も流れ弾に当たる可能性も高い。
「まず女性を逃がしたまえ、それが賢明な判断だろう?」
パトリック氏の意外な紳士的な側面に一同言葉を失う。
「なんだねっ! その顔はっ! 私をなんだと思っているんだっ!」
一同視線を反らす。残念ながらパトリック氏の方法では全員の生存率は30%だ。
「いえ、ここは敵を殲滅してからにすべきですね」
『私も同感だ。流れ弾の被弾確率は90%だ。出たら即死か致命傷は必死』
「というわけでアキラ。君に支援要請したい」
「……ったく、しゃーねぇな」
アキラは懐に手を入れ、ホルスターから拳銃を取り出す。最早骨董品であるベレッタM92を銃剣仕様に改良した一品。銃身に埋め込まれたナイフが鈍色に輝く。
「ちょっと待って」
今まで静かだったマリアが口を開く。物悲しげな面持ちで祈るように両手を顎の下で合わせる。
「……人を殺すの?」
口角を上げ、額に悲痛な曇りを帯び、アキラに懇願する。
彼女の性格からして殺し合わなければならない状況に胸を痛めているのだろう。
「マリアさんと言ったね。人を殺さず無力化して戦うには三倍の労力が必要になるんだ。ここは最早戦場で君達を守りながら戦うとなると、そういった情は命取りになるだ――」
故に到底聞き入れられないと――
アースの言葉は現実的で辛辣で、マリアの理想的で慈愛に溢れた想いを切り捨てる。
「……そんな……それでも私は……」
自分の身の危険より、他人への情け。思想こそ尊いものだが、この状況では愚かと言わざるを得ない。
「私からもお願いしますっ! ここで彼等の誰かが手にかけられたら、対話への道が遠退いてしまいます。私は彼等との対話の道を出来る限り残したいんですっ!」
アイシャとマリアの二人から切望と悲哀で潤んだ瞳を向けられ、アキラは頭を掻き困惑する。
戦場では情けや一瞬の油断は命取りにになる。アキラにもそれは分かっていた。だがマリアの想いを無視出来なかったようで、長いため息の後、やはり。
「……分かったよ。正直俺も気が進まなかったしな。なんとかやってみるか」
その言葉はマリアとアイシャの顔が晴れやかなものへと変えた。
しかしアースは浮かない顔でアキラに訴える。
「アキラっ! 君が何を言ってるかわかっているのかいっ!」
「悪りぃな。アース。俺はもう殺しはしないことを決めてんだ。まぁ、安心しろ、三人は俺が護るからよ」
アースがさも仕方がないといった表情で肩を竦め、苦笑する。
「分かったよ。君に任せよう……パトリック氏。そういう訳ですので、その身に危険が及ぶかも知れませんが、この男が護衛を務めますので」
「し、しかし、この男は軍人ではない唯の一般人だろう? 信頼できるのか?」
「ご安心ください。このアキラという男は元THAADです。
「君がそう言うなら……」
パトリック氏は終始怪訝な表情をアキラに向けていたが、渋々といった様子で頷いた。
話もまとまり、我々はアースの指示の指示で非常階段から飛び出した。
そこは死の臭い舞う戦場だった。弾丸の豪雨が飛び交う。鼻につく硝煙に混ざった鉄の臭い。床に散らばる薬莢と弾痕。そして、かつて生きていた人間と云う事実を疑われるほど、微動だにしない無数の骸が床の上に転がっている。
戦況はTHAADが優勢。
THAADが防御オブジェクトを展開しながらテロリスト達を追い詰め。
テロリストは崩れた家具を盾に身を潜ませ、必死に応戦している。
我々は身を低くしてテロリストの背後を駆け抜ける。僅か20メートルの距離であるが、数秒が命取りとなり、死の恐怖が寄り添う戦場では100メートル、200メートルにも感じる。
一人の男が我々の存在に気づいた。不意をつかれ、激しく動揺し恐怖に彩られたような青ざめた表情で銃口を向ける。
アキラは男が発砲する前に引き金を引く。
阿頼耶識で弾道予測し、テロリストが持つAk-47の銃口に向け弾丸を打ち込む。
銃口に吸い込まれく弾丸はAk-47の銃口をひしゃげ、めり込み。テロリストの手から後方へ弾き飛ばした。
それがまさしく引き金となったのだろう。テロリスト達の銃口が向けられる。
「先に行けっ!」
アースの援護射撃が、テロリストの肩や脚が撃ち抜く。
その隙にアキラは三人を押し込みように送り出した。
アキラとアースはテロリストが浴びせる集中砲火の中を掻い潜り、それぞれ瓦礫に身を潜める。
アキラの顔を一筋の水滴が伝って滴り落ち、床を濡らす。
横目で周囲を見渡す。索敵とTHAADの配置を確認、更に三人の無事を確認すると、アキラはアースを見て、ハンドサインを送る。THAAD時代に使っていたサインで援護を頼むというサイン。
了承というサインが帰ってくる。アキラは指折りでタイミングを指示する。3、2、1、GOサインと同時、アキラとアースは飛び出した。
テロリストは現在十人。
先ずは前方3時の方向の二人、銃弾の雨をスライディングで掻い潜り、銀色に煌めく一筋が、二人のAk-47を銃身から真っ二つにする。
一人目、呆然とした顔をした男の顎を蹴り飛ばし昏倒させる。
二人目、小銃を取りだそうと狼狽えている男の顔に立ち上がり様の回し蹴りを喰らわせ顔を歪まさせる。
三人目は女だった。血相を変えAk-47を乱射するが、照準の定まらない弾丸などアキラは阿頼耶識を使い、するりと躱した。傷つけることに忍びなかったアキラは引き金を引く。Ak-47の銃口に弾丸をめり込ませ弾き飛ばす。
その隙、アースが発砲。女の肩と太股を撃ち抜く。
たが、残り七人は既にアキラとアースを取り囲んでいた。
背中を付き合わせる二人。警戒し隙を伺う。
十二時の方向より飛来するTHAAD達の弾丸の雨に七人の内二人、頭を撃ち抜かれ、鮮血と呻き声を撒き散らしながら絶命する。
アキラとアースは動いた。THAAD達の発砲がテロリスト達の動揺を誘った事で、隙が生まれ、次々とテロリスト達を昏倒させていった。
僅か30秒で鎮圧に成功する。
「隊長っ! ご無事ですかっ!」
一人の女性隊員が部下を引き連れ駆け寄ってくる。
典型的なコーカソイドの女性。金髪に
蒼い瞳、カールのかかった髪をアップに結っていてほつれ髪が艶かしい。
「ああ、問題ないよ。エスラン少尉。それより負傷したテロリスト達を拘束してくれ。尋問を行う」
「了解しましたっ! 直ちに捕縛いたしますっ!」
規律正しく敬礼し、手際よく部下に指示を下し、負傷したテロリストを拘束していく。
「へぇ~ 少尉になったのか。オリアーヌ」
「!……その声と赤髪……き、貴様はっ!」
背中からM4カービンの銃口を突きつけられ、アキラは降参というように両手を上げる。だらりと力なく上げる姿は明らかに挑発だ。
「久しぶりだってーのに、随分な挨拶じゃねぇか? 少尉殿?」
「黙れっ!」
「止めるんだ」
アースは彼女の銃を掴み静止させる。オリアーヌは唇を噛みしめ渋々銃を降ろす。
オリアーヌ=エスラン。
アースと同様にかつてアキラと同じ部隊に所属し、アキラより1年後に入隊し彼の後輩に当たる。
アキラは緊張から解放され一息ため息を吐き、二人に向き直った。
「なぜこんなところに貴様がいる!」
アキラは手に腰を当て肩を落とし項垂れ、面倒臭そうな態度をとる。
「仕事だ。仕事。お前らこそ少尉とか将校が現場に出てんじゃねーよ。デスクワークしてろ」
「
アースはTHAADも人手不足なんだと肩を竦めて弁明する。
巫山戯てもいないし、至って真面目に真実を伝えているのだが、再び銃口を突きつけられる。確実に態度が悪かったせいだ。
「止めないか」
「ですが、隊長っ!」
「本当に彼は仕事に来ているんだ」
アースはオリアーヌに今までの事の経緯を説明する。アキラは現在TwelveThinkerとしてのこの都市に経済支援活動に来ていたこと、その打ち合わせの最中にテロリストの襲撃を受けたこと。
オリアーヌは終始怪訝な表情でアースの話を聞いていた。
「お前達っ! 暴れるなっ! 大人しくしろっ!」
「……我々は決してお前らに屈しないっ! 全て報われない者達に平等と安らぎをっ!」
テロリスト達の一人が拘束の最中に抵抗し始めたようで、大層な思想を叫び始んでいる。
アースの部下の一人の怒鳴り声が私のマイクを打つ。
話の腰を折られ言葉に詰まったアースが彼女に確認するよう指示をする。
「どうしたっ! 何があったっ!」
オリアーヌが敬礼の後、アキラに睨み付けられ状況確認に迎う。
「随分嫌われたもんだ」
アキラは肩を落とし嘆く。
「今更何を言ってるんだい? 彼女に例の事を伝えるなと頼んだのは君じゃないか?」
「そういやぁ、そうだった」
オリアーヌの方へと視線を写す。
どうも状況がおかしい。
揉めているというより、テロリストを必死に押さえつけいるように見える。
『アキラ、アース。彼等を下がらせるんだ』
テロリストの一人が拘束を振りほどき、白目を剥き、口から泡を吹き出し、のたうち回る。
「っ! 少尉っ! その男から離れるんだっ!」
アースが叫ぶ。その声が合図となり、部下達は一斉に距離を取り、銃を構え金属音が一斉に打ち鳴らされる。
アキラも再び銃を構えた。緊張が走り、額に汗が滲み出る。
「アキラっ!」
不意に背後から声を掛けられ、反射的に振り返った。
「バカっ! こっち来んじゃねぇっ!」
安全が確保されたと勘違いしたマリアがアイシャ氏とパトリック氏を連れ駆け寄ってきたのだ。
異変は更に続いた。テロリストの体が急激に膨張し、衣服を引き裂いていく。
一人だけでは無かった。負傷したテロリスト男女二人が立て続けに異状行動を取り始める。
テロリスト達の体組織が次第に変質していく。軈て色素、体格、形状が人間とは明らかに異質なものへと変貌を遂げていく。
女は羽毛で覆われ、半人半鳥の姿へ、脚は鋭い爪に、腕は全長2メートル超える翼へと変わる
男達の内一人は半人半狼へ、全身毛皮で覆われ、歯を剥き出し涎が滴り落ちる。もう一人は筋骨隆々の半人半牛の姿へ、鼻息を撒き散らす。
三匹の獣と成り下がったテロリスト達の咆哮。
大地と大気を揺さぶる雄叫びは、THAAD達の心を震わせ、後退りさせた。
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