第12話 地熱の都市

『アキラ。分かっているな』


「わーてるよっ! 謝るっ! それでいいんだろっ!」


 まるで分かっているようには見えないが、全く本当に反省しているのだろうか。

 アキラはマリアの部屋の前に訪れる。その場で意味もなく屈伸などし始め、どうも落ち着かない。


『アキラ、一つ私の考えを伝えよう』


「なっ……なんじゃいっ!?」


 声が裏返って、さらにつっかえている。


『私はカーナの事を忘れて、新しい恋に走るのも結構だと思う』


 アキラの足取りが止まった。


「……テメェ、本気で言っているのか?」


 彼の声のトーンが下がる。苛立ちに震える手のひらに、爪が食い込んで血が滲んでいった。

 たが私は話を続ける。


『アキラ、過去は戒めるものであって、未来への歩みを遮るものであってはならない。君は過去に捕らわれ過ぎている。果たしてカーナもそれを望んでいるのか?』


「だから忘れろってかっ!! ふざけんなっ!!」

 

 壁に私ごと拳を打ち付ける。鈍い音が廊下に反響する。


『彼女が君の重荷になることを望んでいない』


「てめぇに何が分かるっ!」


『カーナはそういう性格だ。自分が傷つくより、自分以外の人が傷つくことを何より嫌う。君が悲しんでいると知れば彼女は深く傷つくだろう。そんなことは君の方がよく分かっているだろう?』


 アキラは言いかけた言葉ごと息を飲み込み、唇を噛む。

 

 彼が抱える苦悩と罪悪感がありありと顔と仕草に現れる。


 アキラも自覚は合ったし、理解もしていたのだろう。ただ彼は、彼の心は自分を許せなかったのかもしれない。

 私は人工意識だ。これも演算により導いた答えにすぎず、真の意味では理解出来ていない。ただ私は今のアキラの状態が……そう、堪らなく嫌なのだ。


「だげど……それでも俺は助けられなかったあの時を、いくら悔やんでも悔やみきれねぇんだ……」


『カーナは幸せものだな。君にそれほどまでに想われて』


「……小っ恥ずかしい話だけどな……まだ俺はアイツを愛してんだ……」


 アキラを怒らせる小芝居を打ったのだ。しかも、わざわざ聞こえるように。

 これで何も無かったら、どうしたものか……


 扉が開いた。足取り重く、ゆっくりとマリアが部屋から出てくる。顔には泣き張らした跡、表情はまだ暗いが、どこか垢抜けたようにも見えた。


「うるさいよ……人の部屋の前で何をやってるの……」


 マリアの焦点を失ったような空虚な目は決して彼と目を合わせようとしない。


 アキラは腹をくくり、間髪いれず深々と頭を下げた。


「さっきは悪かったっ! 八つ当たりみたいなことをしちまってっ!」


 マリアは小さい嘆息をつき、首を横に振る。


「……別に気にしてないよ……ただ」


 少しだけ嬉しかったとマリアの唇の動きだけが無言で語っていた。


「えっ? 今なんて?」


「何でもないよ。そんなことより手が傷だらけじゃないっ! それに唇も切ってるっ! まったく何してたのっ! 手当するから、ちょっとこっち来てっ!」


 アキラはマリアに腕を捕まれ、引っ張られるというより引きずり込まれる。


「ちょっ! 待てって! あっ! お前っ! またっ!」


 マリアにまたしても自動ドアが抉じ開けられ、従動プーリーが放物線を描いて飛んでいく。


 今回も私が直す訳ではないので別に構わないが。

 

 ともかく彼等の関係が少しだけ回復出来て何よりだ。


 やれやれ。まったく世話の焼ける。


 14:42――


 目的地の都市リアレートの上空へ到着する。


 この都市は地熱エネルギー利用による電気・熱供給事業により急成長を遂げた。大地溝帯の崖の真上に建設され、送電・熱供給ケーブルの太い支柱が谷底まで伸びている。

 その支柱に支えられた円形の台座の上に幾つもの巨大なタワービルが立ち並ぶ。内部は適切な空調管理がなされ、快適な空間を演出しているという。


 だが、その都市で生活できるのは比較的豊かな中堅層以上の人々で、崖の下には貧しい人々がスラムを形成していた。


 今回の仕事は都市のスラム対策担当議員と経済支援に関する打合せ。具体的には現状を確認し、経済支援の計画案を提供する。


 私は都市の周囲を旋回し、管制塔からの連絡を待ち、やがて連絡を受け案内通り飛空挺を専用の着艦場に着陸させる。

 

 アキラ達は到着前に軽く食事を済ませていた彼等は、着陸と同時に正装に着替え、乗降ユニットであるボーディングブリッジが取り付けられると、飛空挺をでた。

 

 飾り気のない白い外壁と白いソファー、人も疎らな到着ロビー。

 

『二人ともARグラスを装着しろ。ここは拡張現実情報だらけだ。電脳化していない者には殺風景で仕方がないぞ』


 アキラの視界に案内板や広告塔が表示され、華やかなものに変わる。


「マリア、その格好目立たねぇか?」


「? これ? そうかな? でもこれ、医師団の正装だよ」


 マリアは純白の白衣ではなく、背中に杖に蛇が巻き付いた絵柄、アスクレピオスの杖が刺繍された白衣を羽織っていた。


「それにしてもさ……」


 マリアはアキラをじーと見つめる。


「どうした?」


「そのネクタイ、短くないかな?」


「そうか?」


  アキラは自分の格好をみるが、ネクタイの長さはベルトのバックルに半分かかる長さ。適切だと思うが。


「ちょっと直してあげる」


 マリアはアキラのネクタイを結び直し始める。

 結び目を引き絞られるとマリアの顔が眼前に近づき、息遣いが聞こえるほどの距離となり、アキラは明後日の方向へと視線をずらす。


「はい。できた」


「お、おう、ありがとう」


 うーむ、1㎜長くなったぐらいで殆ど変わっていないのだが。


 アキラ達は入国手続きを済ませ、モノレールに乗り、役所へと向かう。


 モノレールの車窓からは綺羅びやかな風景が広がり、車両はLEDライトの尾を引く風景の中を進んでいく。


「へぇ~ カジノなんてのもあるんだ」

 

 一際綺羅びやかな外装をしていた施設があった。

 都市が成長すればカジノなどといった娯楽が生まれてくる。

 それは水や食糧供給などが十分にみたせれいるという証拠でもある。あくまで都市部に限ってだが。

 

「……アキラは阿頼耶識を使って、あいうところで稼ごうなんて思わなかったの?」


「あー、無理無理。あっちもその手の対策してんだ。そうは問屋がおろさねぇよ、それに……」


「それに?」


「それに賭け事って好きじゃねぇし、この仕事していて賭博で散財する人間ってどう思うよ」


「うん! その理由は私的にポイント高いよ!」


「そりゃどうも」


 いつも通りアキラは免疫の無い男であれば勘違いしそうな言葉を眉ひとつ動かさず軽くあしらい。

 またしても一向に靡かないアキラにマリアは口を尖らせる。

 

 ふと、アキラは何かに気づいたかのように眉を潜める。


「……そういえば俺、マリアに阿頼耶識が使えるなんて言ったか?」


「えっ!? えーと、うーん……」


 マリアの肩がピクリと跳ね上がる。顔が赤くなり、額に汗が滲み始めた。

 

「そういや、あの時も、俺の目には運命を断ち切る力があるとか言っていたよな?」


 人間にしてはよく覚えているな。確かにV.Vという男との戦闘の最中、そう言った場面があった映像が残っている。


 アキラは首を傾げ思案を続ける。


 完全に墓穴を掘ったな。仕方がないフォローするとしようとしたが、マリアが突如何かを閃いたようだ。

 

「あ、あれだよ。ほら、同系統のオブジェクトに〈ホルスの瞳〉っていうオブジェクトがあるじゃない?」

 

 ホルスの瞳か、確かに存在するな。


 戦術戦況予測オブジェクト〈ホルスの瞳〉。阿頼耶識より一世代前のオブジェクトで、阿頼耶識との違いは、この手のオブジェクトには通称「オッカムフィルター」と呼ばれる取捨選択プログラム群が存在する。これは使用者の脳の負担を軽減する為に設けられいて、ある特定の事象の結果を求めるため、不要な情報を消去する。そうでなければ人の脳などあっという間にパンクしてしまう。故にホルスの瞳は巨大なホストコンピュータに外部委託を行っていた。通常の演算デバイスで行おうものならフリーズする。オッカムフィルターを強めすることによりなんとか起動することは可能だが、その場合、予測しきれない事象が必ず生じる。その点阿頼耶識は私という人工意識用に改良を施し、私が演算を引き受けることで大容量演算の携帯化を可能にした。

 ただし、これ等のオブジェクトには――


「あれって虹彩が特有のパターンに変形するから、それと同じ変形が見られたから」


 虹彩に通信用のイーターセプトを施すため変形することがある。個人差はあるものの失明に至ったケースも少なくない。

 成る程、いい切り返しだ。


「ああ、それでか……」


「うん。それで軽量さから見て阿頼耶識なんかじゃないかなと……」


「成る程、そうだったのか。別に他意あったわけでもねぇんだ。ただ気になっちまってな」


 マリアはホッとして胸を撫で下ろす。

 こう言ったことは此っきりにしてもらいたいものだ。無駄な演算を行ってしまう。これは人間における焦りといった感情なのだろう。


 15:25―― リアレート役所前


 我々は役所へ到着する。役所の前でビジネススーツを纏った一人の女性が出迎えていた。

 褐色の肌にストレートの長髪。括れるところと膨らむ所がはっきりとした体つきで一見モデルのようにも見える。


「TwelveTinkerのアキラ=シンドウさんとシャロン医師団のマリア=スミスさん。それと人工意識の紅さんですね?」


「あんたは?」


 マリアが肘でコツいた。もうちょっと言葉遣いが何とかならないものか。

 それにしても私の事も知っているとは正直驚いた。


「申し遅れました。私は都市議員のアイシャ=アスレスと申します。スラムの経済支援を担当させて頂いております。本日は宜しくお願いいたします」


 アイシャ嬢に微笑みかけながら握手を求められ、二人はそれに答える。爪の手入れが行き届いておりとても綺麗だ。

 

「こちらこそ宜しくお願いいたします」


「……よろしくお願いします」


『よろしくお願いする』


 我々は彼女に役所内へと案内される。フロアは2階を筒抜き開放的な空間が広がり、中では職員達と女性型アンドロイド達が仕事をこなしている。

 

 手書きで書類作成する職員や旧式のコンピュータに向かう職員と電脳化した職員が混在し、今昔犇めき合う異様な光景。

 恐らく過去の食糧戦争の影響を引きずっているのだろう。戦争時、ドローンやロボット兵器が主流で、対抗するため多くの電磁波爆弾などの所謂EMP兵器が使われた。それは一般の電子機器も破壊したため、今でもその対応に終われ、未だ復旧出来ていない地域も少なくない。


 アイシャ嬢に連れられ会議室へ向かう途中、ペルシャ猫を抱き抱えた男性とすれ違う。

 

「これは知事。どうも」


「やあ、アイシャ君、これから会議かい? まぁ君に任せていば心配する必要もないだろう。頑張りたまえ」


「はい。えー、こちらの方々は――」


「紹介には及ばないよ。報告は受けているからね。TwelveTinkerのシンドウ君とシャロン医師団のマリア君だね。私は知事をしているアルマズ=タメスゲンだ。これからよろしく頼むよ」

 

「こちらこそ宜しくお願いいたします」


「宜しくお願いします」


 知事は挨拶もそこそこに足早に去っていった。

 終始猫を癒し続ける可笑しな男性であった。


 14:32――リアレート役所、2階会議室。


 我々は会議室に招かれ、早々に打合せを始める。まずはスラムの現状について、現在スラムの人口は約200人。彼等は崖に横穴を掘りそこを住居としている。彼等の収入源は、男手の出稼ぎによるものの他、廃品回収などで日々の小銭を稼いでいるという。スラムには場所によって有毒ガスが吹き出る場所もあり、注意喚起を行っているが、退去を命じているが一向に応じないということだ。

 次に感染症についてだが、感染源の特定には至っておらず、症状としては手の震えと軽度の言語障害が見られるという。


「以上がスラムの現状報告になります」


 丁寧な説明であったが、残念ながら彼女の説明は艦内で受けたラスティの説明に毛が生えた程度の情報でしかなかった。

 これ以上の情報を手に入れるには直接現場を見るしかないな。出なければ具体的な対策を打つことが出来ない。


「大体話は分かった。一先ず信頼関係を築かないと何も始まらねえな」


 貧困地域への経済支援には先ず信頼関係の構築が何よりも大切だ。アキラの言う通りそれがないと何もかも始まらない。いきなり経済支援に訪れたとしても、彼等は疑心暗鬼という色眼鏡を我々に向けるだろう。それを払拭することが第一歩だ。


「というと?」


「スラムの人達と寝食を共にして、具体的な対策を模索する」


「それはっ!」


 アイシャ氏が立ち上り声を荒らげる。彼女の額に汗が滲んでいるように見える。

 妙な反応だ。その反応は我々がスラムへ訪れることを拒んでいるかのようだ。

 

「アイシャ議員はいるかっ!!」


 突如けたたましい音を立てて会議室の扉が開かれる。

 中肉中背の一人の男は血相を変え、ずかずかと会議室へと足を踏み入れる


「パトリック=ビキラ議員っ! 何ですか貴方はっ!? いきなりっ! 今は会議中ですっ!」


「防衛担当である私に断りもなくっ! スラムに経済支援だとっ!? テロリストをみすみす助長させる気かっ!」


 パトリック=ビキラと呼ばれた男。歯を剥き出しにして、怒鳴り散らす。


 テロリストだと? アイシャ氏が先ほど声を荒らげた理由はこれか。


「貴方の承諾は必要ないでしょうっ! それに知事の許可は得ていますっ! それに彼等はレジスタンスですっ! テロリストなんかではありませんっ!」


「あの馬鹿知事がっ! そんなものっ! 言葉遊びに過ぎんっ! 奴等の対策は彼等に任せてあるっ! 勝手な行動は慎んでもらおうっ! 入ってきたまえっ!」


「はい」


 一人の男が会議室に招かれる。カーキ色の軍服を纏う金髪碧眼の青年。輪郭が整った中性的な顔立で、物腰も穏やか、きちっとした身だしなみからして、誠実な印象を受ける。胸元に階級章が鈍く輝き目につく。

 アキラは立ち上がり、会議室に入ってきたその人物を見て言葉を失う。


「やぁ、久しぶりだね。アキラ」


「お前はアースか!」


 ああ、アース=ラウレンティか。アキラのTHAAD時代の同僚だ。声紋データと顔認証データが一致した。


「なんだね。知り合いかね?」


 アースがパトリック氏の言葉に頷く。


「こちらはTHAADのアース君だ。治安維持のため彼等を私が依頼した」


「何てことをっ! 武力行使なんてしたら、反感を買うだけですっ! 彼等とはしっかりと話し合うべきですっ!」


「悠長なことをっ! そんなことをしていてるから食糧庫を狙われ続けるのだっ! 奴等には断固とした態度で望むべきなのだっ!」


 どちらの言い分も状況や立場によって、正しく或いは間違っている話だ。決定するものがいなければ平行線で終わるような話で結論得ない内容だ。


「それは――」

 

 マリアが反論しようと立ち上がろうとしたところをアキラは肩を掴み遮る。


「というあんたは、知事の許可を得たのかよ?」


 アキラは口を開き、パトリック氏を睨み付ける。アキラの視線に圧倒され彼の喉元が上下に動く。


「な、なんだね君はっ!? 私は知事から防衛について全権を委ねられているっ! 部外者は引っ込んでいて貰おうっ!」


 アキラは臆することなく話を続ける。


「アイシャさんからの依頼で来てるんだ。部外者なんかじゃねぇよ。あんたの言い分なら、経済支援に関して全権を委ねられたアイシャさんを兎や角言う権限なんて、アンタにはねぇよな?」


「ぐっ!」


 パトリック氏はぐぅの音も出ないようだ。たが言い換えそうと顔を真っ赤にしながらも口を開く。


「とにか――」 


 突然の外からの爆発音。

 パトリック氏の言葉を遮るように耳を聾する炸裂音が室内に響き渡る。


 次の爆発音で全員が一斉に外をみる。


 立ち上る二本の煙。1つは役所から5キロメートル離れた場所、もう1つは目の前役所入り口だった。


「この役所が襲撃されているっ!」


「こんなことってっ!」


「皆さん、落ち着いて自分の指示に従い、非難を開始してください」


 さすがと言うべきか、アースは一般人であるアイシャ氏とパトリック氏の安全を確保するため、冷静に対応を開始する。


「さあ、君も――」


 マリアにアースが手を差しのべるのをアキラが遮る。


「こいつは俺が連れていく。守るって決めたんでな」


「アキラ……」


 マリアから羨望の眼差しを向けられる。


「そうかい。なら彼女のことは頼んだよ。早くここから逃げるんだ」

 

 アースの口もとが緩み、アキラに不敵な笑みを向ける。

 その微笑みにアキラは苦笑で返した。


 我々は硝煙と賊が跋扈ばっこする役所からの脱出を開始した。

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