二人の悪魔
第11話 悲愛なる夢
ザザ……ザ……ザ――
私の思考領域にかなりノイズの入った映像が流れこんでくる。
「ハァ……ハァ……」
アキラの心拍数が100から130に上昇。呼吸の間隔も短く浅いものになっていく。
彼が走っているのはどこか記録にある通路。
これはアキラの夢か……
恐らく『
『アキラっ! 前方60メートル先、右だっ!』
これは私の音声だな。
やはり……あの事件を想起しているのか。
前方は暗闇に閉ざされ、側方と後方から二人分の靴音が聞こえる。
「アキラっ! さっきから800メガパーセク以上の重力波が空間を包んでいるっ! こんなの地上ではあり得ないわっ!」
アキラのすぐ横を走る、この腰まである鮮やかな黄昏色の金髪淑女は、ユラナ=ベフトォン。アキラとはTHAAD時代からの腐れ縁で、顔立は目鼻立ちがきりっとして可愛いというより格好いいという表現がしっくりくる。踏み込む度に揺れ動く豊かな胸は嫌でも男の目を惹く。
「カーナ、大丈夫? 大分苦しそうだけど……」
「……だ、大丈夫」
「アキラっ! ちょっと止まってっ!」
ザザ……
ノイズが走り視点が変わる。明らかに顔色が悪く。胸を抑え、肩で息をしている少女が映し出される。
栗色のボブカットに
カーナは床に座り込み。口許を抑えている。明らかに気分が悪そうだ。
「バカっ! そんな体で無茶するからよっ!」
「ゆっち。それはまだ秘密……」
「あっ! ごめんなさい。つい……」
アキラが駆け寄り妻を労る。
「大丈夫か!? どこか調子が悪いのか!?」
アキラは自分が無茶をさせたと罪悪感からか動揺し、少し声が震え、懇願するかような口調でカーナに語りかける。
アキラの手がそっと手を伸ばしカーナの頬に触れる。
カーナは手がその手に重なり、彼女の温もりが伝わってくる。
「大丈夫……心配しないで。今はお義母さんを早く助けないと」
ザ……ザ……
再度ノイズが走り、今度はアキラの眼前に男女二人が立ちはだかる。一人はダークグレイの髪を短く纏め、190㎝ある長身と完璧といっていいほど気耐え抜かれた肉体をした男と、もう一人はアッシュブロンドの髪を肩に係るぐらいのセミロングに切り揃え、贅肉ひとつなくしなやかで滑らかな曲線を描く身体。刀のような鋭く凛とした雰囲気の女。
その男の足元にはアキラと同じ真紅の髪をした妙齢の女性が鎖に繋がれ、気を失い横たわるアキラの実母、セオリ=シンドウの姿があった。
「レイズっ! てめぇっ! 何でお袋をっ!」
「シルフィアさんっ! どうしてっ!」
レイズ=レヴェナントとシルフィア=レヴェナント。その兄妹は嘗てTHAADの英雄と呼ばれ、二人達の憧れで、二人にとって兄姉のような存在であった。
「「貴様達には関係ない」」
冷たい言葉が心を貫く。
この場所は昔ブラックホールからエネルギーを抽出し、それを利用しようと試みた実験施設。半径十キロにわたり加速器が地中に埋め込まれており、マイクロブラックホールを作り出そうと数々の実験を行っていた。
アインシュタインの質量エネルギー保存の法則からすれば、質量無限大のブラックホールを利用すれば無限のエネルギー供給を可能とし、エネルギー問題を払拭する夢のエネルギーであった。だが宇宙太陽光発電や核融合発電より日の目をみず実験は打ち切られた。
ザ……ザ―……ザ
大きいノイズの後、アキラは地に付していた。辛うじて首から上からは動き、見上げると視界が白く染まっていた。白い景色の中、小柄な人影が彼を庇うように現れる。
その影に向け振り下ろされるレイズの刀。
ヤメロ……
白い景色が吹き出た赤色の液体に染め上げられていく。
ヤメロ…………ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ――
ザ……
アキラに抱き抱えられ、虚ろで生気を失った表情のカーナにアキラの涙が滴り落ち伝う。次第にカーナの体が冷たくなっていくのを感じ、アキラの胸は締め付けられ、止めどない涙が零れる。
ユラナが傷口を抑え、必死に止血を試み、顔をぐちゃぐちゃに歪ませ、止まれ止まれと泣き叫ぶ。
アキラの頬に弱々しく手が伸ばされる。アキラはそれを握りしめる。
イキロ……イキテクレ……
「……私はあなたに会えて……幸せでした……」
アア……ア……
「アキラっ!」
視界が掻き乱されていく。
……うああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!!!――
プツン――
アキラの叫び声と共に回線が切断され映像が途切れる。
「アキラっ! 大丈夫っ!」
暗闇の中、アキラを呼ぶ声が聞こえる。
アキラの瞼が開かれ、体が飛び起きる。
息を切らして、鼓動が音が拾える程高鳴っている。
おびただしい汗が額から首筋を通り胸元に伝う。
アキラの手のひらに滴り落ちる水滴が汗ではなく、頬を伝う涙であることに暫し時間がかかった。
「アキラっ!」
アキラを夢から引き揚げたのはこの声か……
銀髪赤眼のアルビノの少女、マリアが血相を更に白くさせ、不安そうに声をかけ、汗を拭こうと顔を近づける。
「カーナ……?」
震える声で、アキラが問いかける。
「えっ……!?」
マリアの瞳が開かれる。
私にもマリアの姿がカーナと重なって映し出される。似てもにつかわない顔立ちにも関わらず――
「いや……すまねぇ。何でもない」
体が冷え次第に冷静さを取り戻していったのだろう。アキラの声が落着きを取り戻し始める。
「
「ああ……」
空気の抜けるような気の抜けた声。夢に打ちのめされ、気力を失っている。
「凄い汗……早く、着替えないと……」
「大丈夫だ……」
「大丈夫じゃないよっ! このままだと風邪引いちゃう!」
「大丈夫だって言ってるだろっ!!」
「キャっ!!」
アキラがマリアの手を發ね除ける。バランスを崩した彼女はその場で崩れる。
『アキラっ!!』
「!」
しまったと思ったのだろう。アキラの心臓が一瞬羽上がった。
「アキラ……?」
「すまん……暫くの間だけでいいんだ……一人にしてくれ……」
マリアはゆっくりと立ち上がって、自分の両手をぎゅっと掴み、絞るように震える声でアキラに語りかける。
「……でも」
「わりぃ……アンタを見ていると……」
「!」
マリアはハッとして急いで口許を覆い、身を守るように後ろに後ずさる。
「だから……頼む……少しだけ……一人にしてくれ……」
マリアの頬に涙が伝う。彼女は震え帯びた涙声で――
「……ごめんなさいっ!」
一言だけ言い残し逃げるようにアキラの寝室を走り去った。
『アキラ……君は……』
「わりぃ……マジで一人にしてくれ……」
確かに一人にしておいた方が良さそうだな。
私は思考を生体デバイスから艦内制御へと写す。
現在の位置は大西洋上空。目的地到着まで約4時間といったところに来ていた。
私は艦を自動操縦に変更し、到着時刻まで二人に仮眠するように言い渡していた。ところがアキラは仮眠どころか熟睡していたらしい。
空路は天候不安もなく良好。到着時刻に変更はないだろう。
さてアキラは暫く一人にしておくとして、問題はマリアだ。
私は申し訳ないが、マリアに宛がった客室のカメラを動かす。
案の定、マリアはベッドに顔を埋め、肩を震わせ泣いていた。
私はスピーカーの電源を入れる。
『……マリア、すまん。アキラに悪気が合った訳ではないのだ』
私の語りかけに気づき肩が一瞬肩が羽上がる。マリアは鼻を啜る音をマイクが拾う。埋めた顔は上がらなかったが耳を傾けてくれればそれでいい。
『あえてアキラの大事な人というが……アキラはその大事な人を亡くなる夢を見て、気が立って虚勢を張っただけだなのだ。暫くすれば落ち着きを取り戻し――』
マリアは顔を埋めながら激しく首を横に振る。
そして一本調子な声で私の声に返してくれた。
「私……私、あの人の悲しみを知らなかった……私は……あんなに……悲しませて……苦しませて……」
それは君だって同じじゃないか――
喉が震えながらも、答えてくれるマリアは、なんとも表現しがたい。痛々しいというか……
「……私は……バカだ……あの人にまた……会えるって……一人で……はしゃいで……」
この二人の悲しみを払拭する唯一の方法は――
『マリア、アキラに伝えろ。真実を』
マリアは起きあがり、泣き張らした顔で、嗚咽を洩らしながらも答える。
「……出来ない。出来ないよ……だって、それを言ったら……あの人が……死んじゃう……」
なん……だと……!?
どういうことだ!?
マリアは両手で顔を覆い、塞ぎ混んでしまった。
私は何度か理由を訪ねたが、言えないという一点張りで答えてくれなかった。
これ以上何を言っても無駄だろうな。
フォローが全くの裏目に出てしまい、後は時間が解決するのを私は待つ他無かった。
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