第2話 白銀の少女

 重力子を使いきりカセットにチャージを開始する。グルーオン同士を衝突させ生み出す。フルチャージまで約1ヶ月かかる。だから重力系オブジェクトは一度使うと暫く使えなくなる。


  話は変わって案の定時速200kmのバイクの騎乗では会話するにも儘ならなかった。


 数分後、町に到着する。またしても横滑りするバイク。吹雪を撒き散らし病人の家の前にとめる。


 飛び降り駆け出す二人を尻目に、横倒しになっている車体を操縦し止め直す。


「じっちゃん!待たせたな!連れて来たぜ!」


「遅くなりました!患者は!」


「待っておったぞ、こっちだ!」


 例の子供が横たわるベッドに赴き、マリア嬢は手早く白衣に着替え、診察を始める。


「……痛いよ……痛い」


「どこが痛いのかな?お姉さんに教えてくれる?」


 力なく悲痛な声がなんとも痛ましい。マリアは穏やかに優しく声をかけ、問診をする。


 どうやら女の子は全身と特に頭が痛いらしい。


 マリア嬢は先ほど無造作に置いたバックを手に取る。


 次々と出てくる機材の数々、バイタルモニターにAED、どこに入っていたんだという折り畳み点滴スタンド。中でも驚いたのは謎の金属の円筒、小型人工心肺装置だという。


「体温38度、それと紅斑。目の奥と筋肉や間接の痛みがあるみたいね。お母さん、症状が出たのはいつ頃?」


「ええと、二日三日前だったと思います……」


 マリアは目を細め、険しい表情へと変わる。マリアは少女の腕を取り、軽く皮膚を押している。一体何をしているのだ。


「これは、点状出血ね……ちょっと血液検査するね……」


 マリアは次に取り出したのは真空パックされた金属性の注射器。後で伺ったのだが円心分離機搭載の注射器で、取り付けられたスクロール状の有機ELディスプレイを引き伸ばすと検査結果が出るだとか。


「やっぱりヘマトクリット値20%高い。血小板100000/㎜3以下……NS1、IgM抗体の検出……でも、どうして……そんなことって」


 驚愕な表情を浮かべるマリア。周囲に動揺が走る。


『マリア嬢、どうした?』


「話してくれねぇと、みんな不安がる。それとも、そんなにヤバイのか……」


 マリアは首を横に振り否定する。


「少なくとも適切に処置出来れば命の心配は無いかな」


「そうか! 良かったじゃねぇか!とりあえず一安心だな!」


 しかしマリアの深刻な表情は晴れる気配が無い。

 リアム老師がアキラの背後から杖で軽くこつく。


「馬鹿たれ小僧……先生。一体何の病気なんだ? 医者としてそれが何の病気であれ、告知する義務があるではないか?」


「……そうですね。分かりました。皆さん聞いてください」


 流石はリアム老師。医師としての判断能力を呼び起こすとは、年の功と言ったところか、マリアは意を決した様で立ちあがり、診断結果を告げる。


「……この子はデング熱に感染しています……」


 ここに集まった人々は唖然とする。意味が分からなかったという訳ではない。なぜならその病気は……


「いや、ちょっと待て、その病気は氷河期以前に根絶しただろ。蚊のゲノム編集をして」


 口火を切ってくれたのはアキラであった。


 2020年代後半、デング熱、マラリア、黄熱、西ナイル熱などの蚊を媒介する感染症はゲノム編集技術により抗ウイルス耐性を持たせる事により、人類は根絶することができた。世界的なニュースになり、天然痘根絶に次ぐWHOの偉大な実績として評価を得たことは人々の記憶に新しい。


「確かにアキラ君の言う通り、だけどこの子の症状、血液検査の結果を見る限りデング熱なのは確か、そして今はこの子を助けることが最優先。感染経路は後でも調べられる」


 当初の目的を失ってはいけない。先ずは目の前の事を、私のように並列処理など出来ないのだ。


「だから皆さん発熱、頭痛などの何らかの症状がある方は申し出てください。また子供は症状が現れない子もいます。子供達は全員診察します」


 しかし、響動めきは収まらない。パンデミックの可能性があるのだから仕方がないのかもしれない。

 そんな喧騒の中、リアム老師の杖を打ち付ける音が響く。


「そういう事だ。皆、先生の指示に従うんだ、ほれっ、お前もだ」


「いてぇなっ、ケツを叩くんじゃねぇよっ!」


 アキラは尻を叩かれ顔をしかめる。リアム老師も腰を痛めているのだから、彼の為とはいえ、無理はしないで欲しいものだ。



「アキラ君。まずアセトアミノフェンを用意して貰いたいの」


「アセトアミノフェンって、痛み止めだよな……たしか」


『艇の倉庫の一番右奥の棚だ。在庫リストにもあるが、痛み止めならもう少し強いものもあるが?』


「出血を伴うから、ロキソニンなどの非ステロイド系抗炎症薬はリスクを増加させるから使えないの、後は経口補水液はある?」


「……経口補水液か」


 アキラは腕を組み思案する。彼が悩むのも無理はない。


 どうしたものか。


「もしかして、無いの?」


『有るにはあるが……とりあえず見てもらった方が早いな』


 私達は彼女を飛行艇の中に案内する。問題の経口補水液だが実は前に訪れた町に殆ど配給してしまい。残りは僅かだったのだ。


 飛行艇の倉庫内を漁る二人。


 確認できた経口補水液の数は……


「500mリットルが100本……全然足りない」


 やはりか、子供は助けられるかもしれないが、他に感染者がいた場合、十分とは言えない。


「アキラ君、砂糖と塩はあるかな?」


「まさか作る気かよ? けどここには綺麗な水が殆ど無ぇ。雪は汚染されていて飲めたもんじゃねぇぜ?  この船にも多少積んであるが、せいぜい1人分の飲料水しかねぇぞ?」


 砂糖と塩は十分ある。ただ真水は今の時代大変貴重。つい3カ月前に欧州で小規模な紛争があったほどだ。寒冷化に伴い、旱魃と氷雪により深刻な水不足に陥っている。降り積もった雪を溶かせばいいと誰もが思っただろうが、雪は偉大なる先人の付けによりpm2.5などで汚染されている。飲料水にするには浄化プラントが必要だ。しかし私達がこの町に訪れた本当の目的をアキラは忘れている。私はそれを思い出させてやらなければならない。それが相棒としての私の勤めだ。その前に確認しなければならないことが一つある。


『マリア嬢。水というのは限りなく純水でも問題ないか?』


「?……ええと、出来ればカルシウムなどが入っていた方が良いのだけど、別段問題はないかな」


 怪訝な表情で首を傾げられたが、しかしこれで、我々の本来の目的が現在有効な対策に成り得ることが分かった。


『アキラ。私達が今日この町に訪れたのはあの装置を届ける為じゃなかったか?』


「ああ、そうかっ!変香式水素発生装置ならっ!」


「……えぇと……変香式……なに?」


『変香式水素発生装置だ』


 この装置は何も無いところから水素を作り出すことが出来る。仕組みは『変香』という弱力系オブジェクトを使用する。このオブジェクトは凝縮したウィークボソンを階層性ディスバランサで調整し、大気中を飛び交う中性子とニュートリノを陽子と電子に変える。しかし問題なのは人体に有害な重水素を産み出してしまうことであるが、生成物を固定化するためエネルギーダイアグラムを固定化するオブジェクトが演算装置にインストールしてある。


「つまり、その水素を燃やせば水が出来るってこと?」


「そういうことだな」


「なんか貴方のオブジェクトってデタラメというか、何でもありというか……」


 驚嘆にも似た呆れ顔で反則じゃないかと問われたが、オブジェクトは物理現象であり、実態が事象として発生している以上。それは反則でも奇跡でもない。


「俺のじゃねぇよ。そいうことは発明した奴にいってやれ」


『これで解決したということでいいか? そうしたらアキラ装置を外に運ぶんだ』


「人使いが荒れぇな?」


『君はAC使いが荒いがな』


「それはそれとして……問題は貴方よ」


「えっ?」


 皮肉の言い合いの最中、突如景色が一回転した。

 

 照明の光に包まれる視界。


 冷たい床に後頭部を打ち付けられ、アキラは悶絶した。


「ってーなっ!! 何しやがるっ!!」


 どうやら、何故かマリア嬢に投げ飛ばされたようだ。


 アキラの激情を無視し、マリア嬢が覆い被さってくる。両腕を抑えつけられ、女性の腕とは思えない凄い力で、アキラは身動きが取れない。


 文字通り目と鼻の先ほどの距離にマリア嬢の顔。白い肌の肌理キメまでよく見える。澄みきった赤い真剣な眼差し。先ほど見せた医師としての顔つき。しかしこの行動は医師とはとても思えないが。


「さっきの火の粉のような光は何かな?」


「さっきの?」


「ドローンと戦っていたとき、火の粉のようなものを纏っていたよね。前に見たことがあるだけど、あれはチェレンコフ放射だよね?」


 チェレンコフ放射。真空では一定の速度である光は、物質内での伝播速度は非常に遅くなる。物質内を電子が元の光速で動くとき物質を激しく振動し、元に戻ろうとするときに光子を放出する。音波ではソニックブームに例えられるだろう。


『その見解は間違いだ。あれはグルーオンの崩壊により生じたトップクオークが崩壊したことによる電子とニュートリノの放出によるものだ。オブジェクトにより電子の周波数は可視光まで抑えている、人体への影響はほぼ無いだろう。青白い光はただの火花だよ』


「……本当に?」


『仮にチェレンコフ放射というだけで、被爆というのは安易ではないか?』


 ぐっと息を飲む仕草。自分が如何に早とちりな行動をしたか気づいたようだ。気不味そうに目をそらす。


「疑うんなら、診て貰ってかまわねぇよ」


 とはいっても内部被爆測定器などがなければ診断できるはずもない。


 やがて、観念したかのように重いため息をついた。


「……まぁいいわ。一応暫く経過観察させてもらうからね」


 ため息をつきたいのはこちらの方だ。淑女たるものが男に股がるとは、はしたない。


「それなら早く退いてくれねぇか?」


 アキラに指摘され、ようやく現状を正しく認識したらしい。


 赤面するくらいなら、押し倒さなければいいものを、耳まで赤らめているではないか……


「ごっ! ごめんっ!!」


「そんな飛び上がるように起き上がったらっ!」


「キャッ!」


 言わずもがな。可愛らしい悲鳴が溢れる。案の定足を滑らせ尻餅をついた。涙目になるほど痛かったのか、尻を摩っている。


 体勢が悪かったのだ。まあ転んだのは必然だな。


「おいおい、大丈夫かよ?」


「だ、だいじょうぶ……」


「ほら、掴まれ……」


 早々に起き上がったアキラが手を差しのべる。


 触れる指先。俯いた顔が含羞の色に染まり、気恥ずかしさを滲ませたような瞳がアキラに向けられる。


「そんな顔すんなら端からやらなきゃ良かったんじゃねぇか?」


「誰のせいよ」


 君の早とちりのせいだと思うが、あえて音声に出さないで置こう。

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