氷結世界のマリア

朝我桜(あさがおー)

白銀の聖女

第1話 凍結の摩天楼

 二人が出会ったのは、雪煙舞う白き平原。


 その女性は目の前の光景にただ茫然と座り込んでいる。


 我々の存在に気付き、振り向き様見開かれる瞳。


 紅い――


 血のように紅い。

 

 残骸から立ち上る炎。


 雪原に溶け込むような白い肌を赤く染め上げる。


 その神秘的な光景に相棒の息を飲む喉の音が全てを物語る。


 私の相棒――


 アキラ=シンドウ。


 そして彼のパートナーとなる――


 マリア=スミス。


 これが彼等の最初の出逢いである――



 

  空を覆い尽くすように廃れた高層ビル郡が高く聳え立つ。


 栄華を極めた都市は深い雪と氷に閉ざされ、まるで刻が切り取られたかのようだ。


 そこにはかつての溢れんばかりの人集りも、我が物顔でのさばる権力者も、愚かに蔓延る犯罪者もいない。


 都市は静寂が支配していた。


「ハァ……」


 白い息と共に感嘆の念が吐き出された。


 私の相棒、神藤アキラはコーディネーターを生業にしている。

 自治組織に掛け合い復興支援を企画し実行する。

 この町に訪れたのも州の行政府からの依頼による自立支援が目的だ。


 今までに数回訪れているが、まるで時間さえ凍りついたような幻想的な雰囲気は私をいつも魅了させる。

 アキラは飛空挺から食品が詰め込まれたコンテナを降ろす。

 私達はこの飛空挺で各地を点々としている。依頼があれば何処にだって飛んでいく。

 かつては航空機が主な空の移動手段であったが、今や飛空挺にとって変わった。要因としては主に重力波推進機構の発明と階層性問題の解決にある。これにより人類は超音速の移動手段を安価で手に入れたのである。


「……あの……」


「?」


 アキラは不意に背後から声を掛けられ、振り返ると年端も行かない少年少女がいた。顔つきからして兄妹だと推測できる。

 アキラは目線を合わせるように、その場に屈み、彼等の頭をそっと手を置く。


「よう!坊主ども!お使いか?」


 アキラは豪快な笑みを向け、彼等を頭をグシャとフードの上から乱暴に撫でる。


『君達、長を呼んできてくれるか?』


 少年達は目を丸くさせ何かを探すように辺りを見回す。まぁ今に始まったことではないので、私は再び彼らに声をかける。


『どこを向いているんだ? こっちだ。そう、こっち。私だ』


「赤い玉が……しゃべった」


 無口だった彼等の口がようやく開いてくれた。

 少年達は不思議なものを見るような目を私にむける。好奇心で満ち溢れた眼差しだ。

 私を初めて見て驚くのは無理かもしれない。私はアキラの右手首に埋め込まれたる生体デバイスだ。


「こいつは紅っていってな。俺の相棒だ。」


 アキラは右手を上げ、埋め込まれた私を彼らに晒し、彼らに歯を剥き出しにして再び微笑みかけるようだ。飽くまで彼なりにだが……


「それと俺はアキラだ。お前達、名前は?」


 アキラとは分子マシンにより視覚を共有しているおり、少々ひきつり気味の少年達の顔が映像として流れ込んでくる。


「ウィル……」


「……メルヴィナ」


 なるほど、心優しそうな男の子がウィルで、その後ろに隠れているおさげの女の子がメルヴィナか――


「ウィルに、メルヴィか……よろしくな!」


 また、犬歯を剥き出しにしてウィルの頭を乱暴に撫でる。


「相変わらず、粗暴な振る舞い……なんとかならんか?」


 杖を突き徐に現れる高齢の男性。年相応だからだろうか、それとも立派に蓄えた髭がそうみせているのか、雰囲気に相反する威厳と包容感が滲み出ているように見える。


「ようっ! じっちゃん! 久しぶりじゃねぇか? 元気してたかよっ!」


『リアム老師。お久しぶりです。お元気そうで、なによりです』


 リアム=テイラー氏。この街の纏め役であり、長を勤めている。齢八十となっても衰えを感じさせない。アキラとともに随分世話になっている。私にとって尊敬できる人間の1人だ。


「申し訳ないが、今は再会を祝う暇もないのだ。すまないが薬はあるかね?」


「薬?」


『何の薬を所望でしょうか?』


 風邪薬、傷薬程度ならあるが、至急で薬を求めるということは恐らく感染症か何かだろう。そうなれば素人の俄医術は反って危険だ。


「何かあったのか?」


 老師は手招きをすると、いつの間にか集まっていた人だかりの中から一人の女性を招き私達に引き合わせる。

 ひどい隈だ。何日も寝ていないのだろう。


「……娘の熱が下がらないんです。それと手に紅斑が……」


「お兄ちゃん。エル姉ちゃんを助けて……」


 ウィルがアキラの服にしがみつき、顔を歪ませ悲痛な嗚咽を漏らす。


 我々には医学の心得が無い。

 症状だけで処方することもままならない。


 さて、どうしたものか……このままでは感染が広がる恐れがある。


「実は医師団の方が昨日到着する訳だっただが、まだ来ていないのだ。この街の周辺にはドローンの溜り場もある。もしかすれば……」


 なるほど、襲われている可能性があるということか……

 

 ドローンは、かつて戦争で国土防衛のため配備されていた機械兵器だ。戦争が終わり大半は破棄されたが、AIにより自律稼働しているドローンの内、停止命令を受け付けず暴走しているものがあった。それらは集団を作り、現在空の旅を脅かしている。


「そういうことなら任せておけっ!俺が医師団の奴をつれてきてやるよっ!」


 それが今我々が出来る最良の選択肢だろう。


『老師。因みに医師団が来るという旨はいつ頃連絡があったのですか?』


「うむ、一昨日の今頃だっだか……」


『それで、その医師団の方の所在などは言っていませんでしたか?』


「そうだな、MSYにいると言っていたような……」


 その情報が確かなら最短で20時間といったところか、そうすると今日か昨日の内には到着しても可笑しくはないが……


「MSYか……分かった。ちょっくら、行って連れてきてやるからよ。安心しな」


『しかし、MSY付近にはドローンなどの報告は無かったが』


「紅。ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと行くぜ! 餓鬼の命が危ねぇんだ!そんな御託はどうでもいいだろ?」


 やれやれ、毎度毎度もう少し慎重さをもってもらいたいものだが、確かにアキラの言うことにも一理ある。時間とともに生存の可能性が下がっていく以上、すぐにでも行動に移すべきだろう。


『了解した』


 アキラは膝を付き、ウィルとメルヴィナの頭にそっと手を置いた。


「心配すんな。俺が必ず医者を連れてくる。だからお前達は姉ちゃんを頼んだぜ」


 何も飾り気の無い言葉を言い残し、我々は飛空挺に積んでおいたバイクを卸し、MSY方面へとむかう。


 町を出るとそこは白き平原。


 草ひとついないその光景は雪原というよりもはや砂漠。

 澄んだ青い空の下、一両のフロートバイクが駆け抜ける。

 エンジンが唸りをあげ車体を震わせる。マフラーより吹き出る排気ガスと巻き上げられる雪煙は最早見分けがつかない。


 前後に取り付けられた高出力の回転翼により揚力を得て、左右に取り付けられた可変翼により舵を得る。前後の回転数を操作することにより前後の移動が可能となる。

 アキラはガソリンなど最早手に入れることさえ困難な時代において、今だこのガソリンエンジンの骨董品のフロートバイクを愛用している。一重に彼の趣味である。私には理解しがたいが……

 

 町を出て5分、10kmほど進んだ辺りで私は周囲の熱源の探索を始めた。バイク周辺20km。


『赤外線スキャン開始。PPIスコープ展開。3時の方向、約3km先、生物と思われる熱源を感知』


「あいよっ!」


 私はプログラムを走らせ、可変翼が緻密に動き姿勢制御を行う。車体を傾き雪煙を上げ雪上を滑るように進む。後部が振られながら急速旋回する車体。私が車体を制御しているからこそ出来る芸道で、通常、雪上でドリフトをしようものなら制御を失い墜落するだろう。


 さて熱源の移動速度は時速4km前後といったところか。


 正確なことは言えないが、町とは全く違う方向へと移動していることから、ドローンに追われているのだろう。


 ドローンには熱源が無い、正確には限界まで抑えられている。

 熱源の原因たる動力と回転翼に排熱するための機構が備え付けられ。

 兵器として致命的であった熱源を持たなくなったドローンはかつて主力兵器であった。


「見つけたっ!」


 アキラの目視と同時、私は 銃声に似た音波を拾った。

 前方約10km先、滑空するドローンとその先に人影を確認。やはり追われていたようだ。


『対象とドローンとの距離3km、対象の移動速度時速4km、ドローンの移動速度時速100km』


 このままでは30秒で追い付かれてしまう。


 アキラは更にアクセルを踏み込む、しかしドローンとの距離は10km、時速300kmにしても3分かかる。とても間に合わない。


「紅。操縦頼む……」


『うむ……それしかないな……』


 私はプログラムを思考を分割し複数のプログラムを走らせる。


〈並列処理開始〉

〈オートパイロットプログラム起動〉

〈姿勢制御、速度制御問題なし〉

〈左後部収納解放〉


 アキラは後部収納に納められた銃を手に取る。鈍く黒く輝くアサルトライフル。弾倉から銃口まで刃渡20㎝の鋭利な刃が取り付けられ、ハンドガードを妨げないように指一本分の肉抜きが施されている。

 銃床には外枠を残して穴が空けられ、グリップが取り付けられていて柄のようにの切れるようになっている。まるで東洋の刀とアサルトライフルを一つにしたような銃剣「天羽々斬」。

 

〈姿勢制御プログラム良好〉


 バイクのジャイロが正常に作動している事を確認する。

 ドローンに追い付くためには4秒間で10kmを移動しなくてはならない。その手段としてオブジェクトを実行する。

 オブジェクトとは現時点における人類の科学技術の境地。人類は空想とサブカルチャーとオカルトの産物であった魔法と言われるものを体現させた。科学技術により生み出された私としては魔法と表現するのは非常に不本意である。しかしながら分かりやすい表現として私は『魔法』という単語を使用している。


〈階層性ディスバランサ起動〉


 私は最初の手続きを実行する。秒速4.4kmまで加速するため、人体を摩擦から保護しなければならない。それに使用するのはグルーオンという量子。陽子や中性子など構成しクオークを結び着ける世界を支える重要な粒子の一つだ。

 しかしグルーオンは単独で取り出すことは出来ない。

 それはグルーオンが電磁気力より100倍の強さがあり、影響範囲は10の-15乗という途轍もなく短い距離でしか作用しない。各ゲージ粒子の強さと影響範囲の差は階層性問題と言われていた。

 それをとある科学者がそのバランスを崩す技術を開発した。


 それが『階層性ディスバランサ』というオブジェクト。


 10次元下におけるカルツァクライン粒子を何らかの方法で、そのままのポテンシャルで4次元時空に現出させる技術らしいが、その科学者が公表することなく死亡したため、現状未知の技術だ。

 

〈膠着子相対強度修正、影響囲拡大〉


 私は特別な容器に保存されたグルーオンと八種のクオークの散布を開始する。


〈凝縮膠着子展開、トレース成分固定、膠着開始……透過率30%。保護完了。スパン60〉


 私達とバイクの表面に半透明のバリオンの壁が覆う。放射線や電子をほぼ完全遮断するが、とても不安定な状態であるため逐次崩壊を起こし、青白い火の粉のような鱗粉を撒き散らす。持って1分、摩擦から保護するには十分だ。


〈重力子相対強度修正、影響範囲拡大〉


 今度は重力子の展開を始める。現在の飛行艇に使われている技術。重力波推進を行うためだ。重力波とは時空の歪みの波動。波乗りのような感覚だ。正直私はこのオブジェクトは好きではない。人間やバイクなどの低質量の物体を運ぶには大量の重力子を使う為、燃費が悪いからだ。


〈凝縮重力子解放〉

〈重力波放射開始〉


 バイク後方が蜃気楼かのように景色が歪む。光子の相対強度まで修正された重力子が重力波を形成しする。重力の波がバイクを推し進める。本来光速に達する波は極限に押さえられ、波と言えども細波程度、しかしその速度は約マッハ9.7、秒速3.3kmに達し、まるでドローンとの距離を縮め、4秒の間に滑り込む。


〈重力波出力最大。逆放射開始〉


 重力の波を横滑りするバイク。湾曲した空間が、雪を巻き上げ、分厚い氷を隆起させる。

 アキラはドローンに銃口を向ける。


 5.56㎜口径が火を吹いた。


 フルオートで発射されるM955徹甲弾がドローンの装甲を貫くかに見えた。


 劣化ウラン装甲の前には、衝撃が熱量に変換される。徹甲弾は貫くどころか容易く弾かれ、激しい火花と跳弾音を打ち鳴らす。アキラは舌を打ち、苛立ちを見せる。


 攻撃対象がアキラに移り、金属の巨体が突っ込んでくる。

 巻き上げられる雪煙が轟音と共に津波のように押し寄せ、アキラの視界を白く塗り潰す。


『アキラ!飛び降りろ!』


 アキラは雪煙の舞う中バイクから飛び降りる。体勢を建て直すも束の間。ドローンは反転。再び対峙する。

 私はバイクを急加速させ、何とかアキラの愛車を守ることに成功する。


 後で五月蝿いからな……


〈並列処理開始〉


 思考を分割し私は医師団の元へとバイクを進める。

 カメラを作動させ医師団の状態を確認する。肩で息をして、その場に頽れているが、命には別状ないようだ。


『君、怪我はないか?』

「えっ? 誰?」


 白い少女であった。白兎を思わせる白い肌、銀髪、そして紅い眼。11番常染色体上のチロシナーゼ遺伝子の変異による色素欠如。見たところ眼皮膚白皮症1a型 。所謂典型的なアルビノの少女。


『怪我は無さそうだな。被弾面積を少なくしたい。そのまま伏せていてくれ』


「……バイクが、話しているの?」


『端的に言えばそうだ。申し訳ないがこちらも余裕がない、詳しい説明は省略する。説明は後程しよう』


 彼女は素直にバイクの影に隠れて正直助かった。

 思考を分割し並列処理をすることなど造作もないが、これ以上は処理能力に遅滞がでる。人間的に言えば面倒臭い。


「紅。後どのくらい使える!」


 私は量子残量を確認する。


『15秒だ』


「十分!」


〈凝縮重力子解放〉

〈重力波推進機構起動〉


 急加速し再びドローンが突っ込んでくる。金属の巨体の20㎜機関砲から火の雨が放たれる。

 弾丸の雨と跳弾の雪煙が私達の行く手を塞ぐが、私達に逃げる気など毛頭ない。


〈オブジェクト「醜娘脚絆≪|しめこきゃはん≫」起動〉


 私は演算能力の全てと残存する重力子を注ぐ。


〈醜娘脚絆〉重力系移動型オブジェクト。重力波による推進力を人体に安定作用させる。

 これは本来余りにも危険なオブジェクトだ。重力子の強さと影響範囲を高く設定しまうと、重力がクーロン力上回り電磁相互作用で連結された人体が分子レベルまでバラバラになってしまう。その為予め計算され組み上げられたオブジェクトが必要になる。


 さっきまでの火の雨が唐突に止んだ。弾け飛ぶ火花が、まるでスローモーションが掛かったかように、この空間にあるもの全てが遅延する……かのようにアキラには見えている事だろう。ローレンツ収縮によるものと相対速度の上昇にともない私が彼の情報処理能力を肩代わりして、映像を脳に送っているからだ。


 15秒という時間の中、アキラは火の雨を掻い潜り、ドローンの上部に取り付く。


「終わりだ……」


 振り下ろした銃剣が巨体の装甲を貫く。


〈量子残量ゼロ、オブジェクト「醜娘脚絆」終了〉


 刻が再び動き出す。アキラは引き金を引き絞った。


 反動によりアキラの身体を震わせ、引き裂かれた装甲の隙間へ放たれる弾丸は、巨体を貫通し内部からcpu共々破壊する。

 制御を失い、右往左往と旋回し始める。墜落の瞬間。アキラは飛び降り難を逃れた。


「よっと、うぉ!?」


 激しい爆音と炎の柱が澄みきった青い空を輝きで包んだ。

 ミサイルなどの火器に引火し爆発したのだろう。


「一体……何が起こったの……それに彼は……」


 少女には理解が追い付いていないようだ。人間の認識速度を超えた超高速の出来事だ。瞬きをする間に事は終わってる。


『彼はオブジェクト使い。アーティストだ。』


「あれがオブジェクト!? あんなの誰も見たこと無いよ!?」


 しまったな……今使ったオブジェクトは全部最新技術オンパレードだ。

 オブジェクトとはエネルギーを使用しプログラムを現実に現象として実体化させる技術。


 例えば火を起こす時、通常ガスや枯木など燃料となるものに火花や電気を使って起こすが、オブジェクトは理論上エネルギーからプログラムを用い物質を産み出し火を起こす。必要なものはエネルギー源、演算装置、出力装置。本来なら増幅装置として加速器なども必要だが簡単に述べるとそういうことだ。


 それらを開発し操るものを人はアーティストと呼んでいる。


「あんた怪我はねぇか?」


 アキラが徐に近づき少女に手を差しのべる。


「ええ……貴方は……」


「俺はアキラ=シンドウ、医師団の人間を探しに来たんだけど、それはあんたか?」


 華奢な白い指先がアキラの手を取る。


「ええ、私はマリア=スミス、シャロン医師団の医師よ」


「悪いけど、急いで町に行くぜ。子供が熱を出して倒れてんだ」


「分かった……聞きたいことは山程あるけど、今は詳しい症状を移動しながら聞かせてくれる?」

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