第29話 5日目①

 目が覚めた。まだ空は暗い。でもこれは、朝の暗さ、いまから日が昇るとわかっている暗さだろう。

 とはいえ、まだ、早い。魔界でなければ朝4時ぐらいだろう。さすがに、三人を起こすのは憚られる。でも、動きすぎても、起こしてしまうだろう。幸いにも三人はよく眠っているようだ。ベッドで着替え終わり、食卓の椅子に座りながら確認する。

 昨日は、クマノミがしゃべりだして、話をしたがってたけど、暗くなってきてたから、僕はご飯作って、その間も椎名さんはレーダーを作ってた。その間に二人が話を聞いてくれてたんだった。晩ご飯の時間にはクマノミは話し終わって、普通に戻ったらしい。だから、食卓の話題に上がっても、椎名さんは信じられなかった。

「だから、クマノミがしゃべったの。ほんとだよ。」御紋さんが必死に訴えている。

「初ちゃんたちが嘘ついたりはしないと思ってるけど、クマノミが話すのは信じられないんだよ。」と椎名さん。

「でも、ほんとだよ。魔界ならしゃべるクマノミがいても不思議じゃないだろって言ったんだよ。」と三谷さん。

「う、うん。他になんか言わなかったの?」まだ半信半疑、というか四信六疑ぐらいだろう。

「色々教えてくれたんですよね。私は聞いてませんけど。」僕が言うと

「そうなの?じゃあ、教えてよ。」と椎名さんが前のめりになる。

「始めからそのつもりだよ。」三谷さんが諭すように言う。

 たしか、こんな感じでクマノミの話の復習、というか僕と椎名さんは一回目だった、をしたんだった。結局内容はまとめると、この『忘却の海』には魔界に住んでいる人や魔物などが、忘れたいと願ったものが、溶けているらしい。はじめはその思いは、形を保っていて、どんな思いかがわかるけど、時間が経つにつれて、他の思いとも混ざり合って、判別がつかなくなる、らしい。この海の青は何かを強く忘れようとする深い悲しみの青だなんてことも言っていたらしい。まあ、「忘却」の意味についてはそれぐらいだったらしい。鍵を、宝箱に入ってる鍵を探してるという会話が聞こえたから、自分はしゃべりかけてみようと思ったとか、海底にしか宝箱はないだろうとか、パッと見た感じよりこの海は深く広いとか、色々教えてもらったらしい。ホントにこいつがいろいろと教えてくれたのか、と思ってクマノミの水槽の前に立つ。ちょっと、どこか変わってる雰囲気をまとってる、普通のクマノミと言われることを避けようとしているニュアンスは感じるが、きのう、僕にあんちゃんと言ってきたクマノミとは到底思えない。

 しばし、クマノミを見ていた。僕が見てると知っているのか知らないのか、くるくる動き回るのだ。こいつは。だんだん空も明るくなってきた。太陽が顔を出したのだ。

「おはよ。」太陽が出て来たからなのか、椎名さんが起きて来た。パジャマのままこっちに来て、

「ねぇ、本当にこのクマノミがしゃべったの。」と訊いてくる。

「ホントですよ。」

「じゃあ、着替えるね。」あ、どうぞ、と深く考えずに言おうとしたら、椎名さんの服装は切り替わっていた。

「え。」と僕が言うと、

「黒魔術でできるようになっちゃったんだよね。」と返ってきた。

「織屋、なんで起こしてくれなかったの。」とも言われた。

「あまりにも目が覚めるのが早すぎたんで、まだ起こさなくていいかなと思って。気持ちよさそうに寝てましたし。」と言うと、

「なに寝てるとこ見たの。」と言われた。

「別に雰囲気で思っただけですよ。ベッド上ったりはしてませんよ。」というと

「あ、そう。」と安心したようだ。寝顔を気にするあたり女子っぽい。

「じゃ、朝ごはん準備しときますね。」そう言って、キッチンというかかまどに向かっていると、

「私も手伝うよ。いっつも手伝えてないし、二人はできてから起こせばいいよね。」と言う椎名さんがついてきた。

「手伝えてないっていうか、他のことしてくれてるんでしょ。レーダーもすごいですよ。」そう言うと

「それはどうも。」と返ってきた。

 かまどにくべた火が燃えて来た。

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