煙草の星入り

きし あきら

煙草の星入り

 春の夜みちを歩く。

 ぼくの少し前を、ゆらゆらしながら猫くんが行く。


 さすがにこのころの月というのは、冬のあいだの清麗せいれいな霜のおくり主ではなく、花びらを満載まんさいした灯籠とうろうにも似たかおをしている。

 そのあかりが照らす梅のみちを、ぼくたちは歩いている。

 梅の木はどれも、しなやかな枝を真っすぐ天に伸ばしている。そして、泡だつような愛らしい花を全身に開かせている。


 酒を一瓶空けたところで、散歩に行こうと言いだしたのは猫くんだった。

 目の前の白いシャツが、おぼろげにゆれている。不思議な匂いの煙も流れてくる。たぶん、煙草をくわえているんだろう。

 こんなに青いやみのなかで、やわらかな小花に包まれた梅の木が、どれも珊瑚さんごのように見えて、そうすると、猫くんはさしずめ魚というわけだった。

 水底にいる、まいにち砂をはきながら暮らしている魚。あれにそっくりだ。


 「寒くないの」

 聞いてみたけれど、猫くんはなんにも答えなかった。

 かわりに足をとめて、ゆらゆらとふり返る。思ったとおりに、口には煙草をくわえていた。

 「なんか言った」

 しゃべったと思ったら煙草の先がひかって、はちり、はちりと音がした。

 「……飲みすぎって言ったんだ」

 「ははあ」

 笑ったんだか、いぶかしがったんだか、猫くんは口だけでにやにやして、ひと息んだ。

 軽い発光スパークの音。はちり。はちり、はちり。

 「それなに」

 近づいてたずねる。家を出るまでは『雪降り』とかいう、しろい灯かりが舞っていくのを持ってたはずだ。

 「新しいやつ。『星入り』だって」

 やるよと、もうほとんど終わりらしいそれを、ぼくに差しだしてくる。

 「ちゃんとしたのがいい」

 「これだってちゃんとしてるのに、まだ」

 断られたのが心外だったのか、猫くんは胸のポケットから灰皿をだして、のこりを自分で喫んでしまった。

 『星入り』は最後に音をたてて、金と銀の火花を見せた。


(了)

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