『都市シリーズ全体』何故分厚くなった?


「今回の話は、都市シリーズのOSAKA下巻で400ページ台後半となりましたが、どうしてそうなったかということと、当時の”厚さ”状況とか。そんな話ですね」


「今回、とても難しい話だわ……」


「そうなんですか? 印刷所との確認が有るとか?」


「いや、単に私の当時の記憶が薄いってことなんだけど」


「ハイ! 思い出す! 思い出しましたね!? ね!?」


「婆さん、夕食はまだかい……」


「まだ食べてないですから記憶は正常ですね」


「うん、まあ、そういうもんよね……」


「で? どういうことだったんです?」


「話する前に、厚さ云々の話をしないと駄目じゃない?」


「アーまあ確かに」


「ぶっちゃけ、35がそれなりに厚くなる筈だったのよ」


「いきなり昔に話が飛びましたが、記憶は正常だと言うことなので話を続けることを許可します」


「面倒な企画があったもんだわ……」


「まあそれで?」


「ええ。たとえば35って、以下のようなものがあったの。



・オスカーの家族話

・エルゼのガストンに対する感情や愚痴とか

 :それに対するヴァルター達の反応

・マイアーによるヴァルター達との過去話

・沈むブラドリックブルクを救うエルゼと感謝を返す独逸軍


「結構有りますね……」


「当初、360超えてたんじゃないかしら。それで初代担当さんが”300ページ以下にしないと出版しない”という話になって、削ったのよね」


「最終的に本文291(口絵8P含まず)ですから、折でいうと304ページなので300ページ超えてますね……」


「初代担当さんは折の計算が出来てなかったって事よね……。

 なお倫敦も300ページチョイ超えしてるわ」


「実質200ページ台が、初期から無かったんですね……」


「ええ。実は都市シリーズで、実ページ数が300未満って一冊も無いの。つまり私、パワコメ書くまで300ページ以下のものを書いたことがない人だったのよね……」


「パワコメは電書オンリーだから除外! 除外です!!」


「ちょっと話を戻しますが、ブラドリックブルクを救うエルゼって、どういうことなんです?」


「ブラドリックブルク(空中要塞艦)の一艦を、ケーニギン(カイザーブルク第二形態)の攻撃で貫通破砕するの。

 それでブラドリックブルクが落ちる前に爆発するんだけど、乗員が上部甲板に待避するも脱出システムが足りない、という状況になってね」


「アー、一大事」


「そう。それを見たエルゼが、ケーニギンの得意とする凍結術式を紋章装甲に張って吶喊。貫通した穴からブラドリックブルクの破砕部を凍結させ、爆発を阻止。艦が緩やかに下降していく甲板上で、救われた兵士達が顔を見合わせつつエルゼに敬礼をする、というシーン」


「…………」


「……これ、重要なシーンなのでは……?」


「ええ。オスカーが他艦から救助を出すよりも早くそれが済んだことと、その光景を見ることで、オスカーが最終的に判断を変える理由の一つとなるの」


「これが無い現状だと、オスカーが純粋に”未来”を考えて道を譲ったことになってしまいますね……。凄い聖人的というか……」


「それでもいいんだけど、”力”はそれを使う人次第で有ると、あの三人がいたからこその判断になるといいわよね」


「しかし何でこのシーンが無くなったんです?」


「初代担当さんが独逸嫌いで”独逸軍を救ったり、独逸軍が感謝してくるなどおかしいです”って猛反対」


「アー」


「まあページ数の問題ってところが起点だし、当時は独逸って大体が悪役とかブラックな存在多かったからね」


「タミヤとかのプラモに触れてると違うんですけどね……。

 しかしエルゼのガストンに対する愚痴とかへの、ヴァルター達の反応なんかも、あるとキャラが深掘り出来ますよね」


「そうね。父親を失ったヴァルターの反応は、特に意味のあるものだと思うわ」


「でまあ、そういうのを削って今の35になってる訳ですね」


「300ページが”山”って感じよね」


「他にもあったんですか?」


「ええ。たとえば倫敦は登場人物が四人消えてるわ」


「四人……!?」


「そう。元々、倫敦はベースとして、第二回電撃ゲーム小説大賞の最終選考……」


「肩書き長すぎない?」


「ハイ! ハイ! もうちょっと頑張る!」


「まあそんな感じでプロト倫敦があったんだけど、それを流用しようという感じだったのね。でも倫敦の世界観を都市仕様としてハッキリさせて行く内に、ページ数が明らかに400近くなるから、現状の登場人物の形に収まったの」


「どんなキャラがいたんですか?」


「こんな感じ?」



ヴォルフ:人狼神父。両腕を義腕化している。人狼種族の(義腕による)人造的な王。

中条:MURAMASA BLADEの刀精。ヤードの倉庫に”保管”されている。

ボイル:敵方の蒸気式自動人形。現代的な格闘に精通しておりヴォルフと戦う。

ジャック:記録から蘇生された切り裂きジャック。シャドウ。意思無い戦闘精霊として扱われる。


「ちなみに元々はヴァレスも本土側の吸血鬼の血筋で”伯爵”という字名だったんだけど、設定が複雑になるので現状のものとなってるわ」


「アー、ヴァレスがモイラを最後に使役したりラルフと仲悪いのって……」


「正式版では”駕契約”(オーバーコントラクト)でやってるけど、プロト版では”吸血”。その方が”業”感あっていいわよね……。

 ラルフは”幻崩”だしモイラLOVEだからそりゃ仲悪いわって」


「アー……、という処で、香港の場合は?」


「香港はもう初手から上下巻で行くつもりだったから」


「アー、ページ数を分冊で賄う方法ですね。それでどうなったんです?」


「ええ。上巻分を出した処で初代担当さんが内容を理解出来なくて」


「アー」


「初代担当さんとしては、自分の中に有る”今の流行のイメージ”を”自分に解る形”で書いて欲しかったんだと思うけど、私、真逆の仕様の人間なのよね……」


「うちは基本的に理詰めだから、逆に”理由ない否定”は受け入れないんですよね……」


「まあ人それぞれのやり方あるし、そういうのが通るときもあった時代よね」


「その香港って、今の香港なんです?」


「いや、新担当さんになったとき、その香港は禊祓代わりに大きく書き直すことにしたの」


「だとしたら、前のバージョンの香港って、どういうのだったんです?」


「ケッコー違うわよ?

 アキラとガンマルが最初から同棲してるし、ガンマルは人狼」


「人狼好きですね!」


「倫敦で出せなかったものねー……。で、香港は英国の影響で異族達がベースの自由な土地が自治権を主張してて、それに対する本土側の管理派との対決って感じ」


「えーと、それって……」


「ええ。実は香港正式版の過去設定に近い話だったの。だからまあ、開始するとすぐにアキラの身を奪取しようとする管理派が戦闘機の編隊で爆撃仕掛けてきて、それをアキラ達が撃墜するとか、派手派手」


「それが通ってたら、都市シリーズの流れが結構違ったかもですね……」


「いや、あまり変わらなかったんじゃない? 都市は都市で独立性高いから」


「――で、とりあえずこのあたりでは300ページ中ば越えが普通になってますが、OSAKAの下巻で一気に400台になりますね。

 あれはどうしてです?」


「アー、アレなら、既に理由は書いてあるのよね、本文に」


「本文?」


「OSAKA二版の後書きね」




「これですが、……どういうことなんです?」


「いや、コレに書いてある通りよ。

 家の方で原稿を書いてて、池丸vs妙子戦が終了したあたりまで行っていたの」


「最終決戦も終盤中の終盤ですね」


「ええ。OSAKAでは多発する戦闘をなるべく”同時進行”とするため、書き方を変えてるのよね。一戦一戦書くんじゃなくて、それぞれの戦闘をTL上で進んでるような感じで分割し、視点が行き来するの。だから一戦が”終わった”ならTL上の全ての戦闘が終盤って感じになってるわ」


「ちょっと話ズレますが、どうしてそういう書き方に?」


「スピード感を出したかったのが第一ね。次から次へと、という感覚。

 あと、その”次から次へ”の副次効果として、”先を読ませないまま全ての戦闘を終了させたい”ってのがあったの」


「アー、一戦一戦やってると、その一戦が面白くても”全体の推移から、続く戦闘の推測”が出来てしまいますよね……」


「そうそうそう。五戦あったら二戦敗北で三戦勝利かな……、みたいな。だからそういう”御約束の先読み”をさせないために、同時進行性が強い書き方にしたのね」


「それで、どうなったんです?」


「ええ。あと一日あれば書くのは終了でしょ。そこで一息ついて、やってなかったPCのアップデートをしようとしたのね。当時はDOS/Vマガジンだったかしら、それに付属してたアップデートディスク」


「……何のことか解らない若い衆に解説すると、98年当時、インターネットではまだ莫大なデータを遣り取りするのが難しく、ウインドウズのアップデートはPC雑誌などに付録として付いてくるCDROMにそのデータが入ってました」


「時代よねえ。――でまあ、うちのPCはウインドウズNTだったんだけど、アップデート掛けたら、途中でハングしちゃって」


「アー」


「HDを取り出して、予備機のスロット型HDDに突っ込んでみたら、反応しないのよね。――で、予備機はウインドウズ98だったんだけど、会社の自分PCがNTだったから、会社のPCのサブHDとして確認しようと思って、始発で会社に行ったわけ」


「……何のことか解らない若い衆に解説すると、98年当時、ウインドウズは二種ありました。


・ウインドウズ98:95系のOS。軽めでいろいろやりやすい。

・ウインドウズNT:主に業務用。安定度が高い。


「ビミョーに互換性無いんですよね。98のゲームはNTだとほぼ動かなかったりで」


「ストレージの管理法が違うものねえ。うちは安定度が大事だから、仕事用にNT、遊び用に98だったのよね。NTには仕事用のソフトとデータしか入れてないって状態だったわ」


「ちなみに今のウインドウズはNT系からの派生ですね」


「――でまあ、会社のPCのサブHDとして、自宅NTのHDDを繋いだら、会社PCまでハングして、起動しなくなったの」


「……ウイルスですか?」


「いや、それが解らなくて、とりあえず会社のSEにHDDを預けてデータサルベージを依頼。こっちはバックアップとなってるデータを確認したけど、会社にあるデータが古くてねー」


「どのあたりまで残っていたんです?」


「妙子と中村が伊庭と戦うあたり。P182ね」


「池丸戦の終了がP402ですから、一気に巻き戻りましたね……!」


「そう。年末入稿で、残り三日? 昼辺りでHDの解析が終わって、解った事は次の通り」



・起動時にBIOSを書き換えようとして破壊する

・データサルベージは不可能


「どうもアップデートが未完全で”続行中”になってるらしく、HDとしては”アップデートを仕掛けて、いろいろ書き換えては落ちる”をしてるようだったのね」


「ウイルスもビックリですね……」


「まあこっちは仕方ないから、その日の午後から会社のプリンタサーバで書き直しというか、再執筆を開始してね。残りを最後まで三日で書き上げて編集部までディスクを持って行ったわ」


「OSAKA下巻が表記ページ470あたりですから、約300ページを三日で再執筆+加筆したことになりますね……」


「そう。書いてる最中、削れる処は削るという、校正を兼ねた執筆よね。だけどページ数が大体540位になるというのが解ったから、三日目に入るあたりで上中下にすべきか担当さんと話をした訳」


「それでどうなったんです?」


「担当さんが”印刷所と話をしてみます”って言って、三時間くらい? 掛かってきた電話では”ページ数行けるので、とりあえず500よりは少なくしてください”って、そんな感じでアッサリ」


「……止められなかったんです? しかも500以下ならって……」


「ええ。担当さんも結構驚いていたみたいだったけど”印刷可能なページ数だそうで”って感じで」


「じゃあ、それまであった”厚いのはダメよ”的なアレって……」


「そう。つまりそれは”読者が買える金額から想定されたページ数制限”であって、印刷所的な制限じゃなかったのね」


「アー」


「これは極論の一つだけど、”読者が買える金額”で本を買うかどうか判断されるタイプの作家でなければ、ページ数は不問となるということよね」


「読者側で”極まってる”層がついてる作家ってことですよね……」


「まあうちがそうかどうかは自己判断しづらいけど、当時、編集部側も、営業側も、それで行けると判断したということだと思ってるわ」


「なお、リアルな話をすると、文庫の場合、700ページ超えると一回ストップ掛かるわ」


「どうしてです?」


「書店に納品する”質量”が倍になって、書店の倉庫を圧迫するから嫌がられるのよね」


「アー」


「あと、電撃ではホライゾンの11下がページ数限界なんだけど、これは印刷所の機械でカバーを巻ける限界ページだから。

 だから印刷としてはもっと上に行けるんだけど、製本工程”カバー巻きの自動化”の制限ね。今だと、印刷所の機械も性能上がってるだろうから、もっと行けるかもしれないわ」


「しかし、書きつつ不要な部分を削るとか、一回書いたからこそ出来る技ですね……」


「トラブル無くて書き上げた場合、二日間を手元校正に使えたんだろうけど、それでもかなりのページ数になったろうから、現状くらいまでは縮めたと思うわね……」


「ともあれそうやって、書きつつ削減する作り手側と、それを許容出来る印刷所と編集側ということで、ちょっと事故的にあのページ数になったんですね」


「……というかホント、事故ですね」


「三日間、マジで不眠不休だったものねー……。提出したのが12/27? 仕事納めのラストみたいな流れだったと思うわ。書いてるものは途中段階でもディスクに入れて担当さんに送って内容確認して貰ってね」


「インターネットがあまり普及してなかった時代の遣り取りですね……」


「削った中で、面白そうなエピソードありますか?」


「ええ。前にも話をしたと思うけど、最終決戦の直前、西側の代表である法善寺家から、東側に”東西和解と併合”の密書を積んだハリアーが飛び立つの」


「OSAKAの世界では学生抗争によって日本の東西が分裂していて、OSAKAでの事件を分岐点として両者が和解、合流します」


「つまり、密書が最終決戦より前に交換されたということは、最終決戦の結果がどうあれ東西併合が為されるということなのよね」


「これによって最終決戦は政治から離れた私闘となり、それ以上の責任を追及しなくなる訳ですね」


「その前に南大門の繊雅や岩井が動いた意味が、ここで出る訳」


「それをどうして削ったんですか?」


「ええ。折である実ページ480を超えるかどうか、という処でそれが判断に上がってね。

 担当さんに聞いたら、担当さんが”本当にそこはOSAKAの話に必要でしょうか”って言われて」


「どう判断したんです?」


「ええ。OSAKAは、ある意味、この密書のやりとりとは無関係の”私闘”の話だから、じゃあ”政治”を見せるこのパートは削ろうと、そう決めたの」


「意外と大きい部分だったと思いますが、……だからOSAKA下巻は、本編終了の後、年表などが入っているんですね」


「そう。大規模なケズリだったけど、次の折までは削れなかったのね。余った分が年表とかになった訳」


「――でまあ、ここで”折”に気付いたこちらとしては、担当さんと話をして、以後、挿画などの装丁込みの本作りをしていくことになるわけ」


「このあたりから、うちは”固定読者が強い”みたいなイメージがついてくるようになりますが、何となく理由が解りますね……」


「そういう意味では、読者に対して装丁でも応える、という作りになっていく契機なのよね、OSAKAは。折の計算とか、いろいろ勉強になったし」


「しかしOSAKAのページ数が増えた原因って何です?」


「単純に戦闘回数が多いのよ。更に同時進行性を出すために分割するから、量は多くなるわ。そしてOSAKAでは、文章の見直しを始めて写実系に振ったから、短い一文が連続するようになってねー」


「ある意味、以後のページ数確保の基礎ですね、OSAKA」


「コレ、OSAKAの話としても良かったかしら?」


「アーまあ、他の都市も絡んでますから、そんな感じで……!」


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