買い食い女王陛下と剣道部の死神(86―エイティシックス―学園if)
だって、こうでもしないと零れちゃうから仕方ないのだ。
こっそり裏門から抜け出して買ってきた、高校裏手のコンビニの秋限定ミルクチョコまん。はしたないと知りつつあーんと大口開けてかぶりつ……こうとしたところで、隣のナナカマドの藪ががさりと音を立てて、レーナはぎくりと身動きを止める。やたら広い高校の敷地の一角の、見事な銀杏並木に寄り添う武道場の裏手。
現れたのは藍染めの剣道着に袴、黒髪に印象的な血赤の瞳をした少年だ。
人気のない武道場裏手の、金色の落ち葉に半ば埋もれるような木のベンチで人目をはばかるように買い食いをしているレーナを見とめて、普段は感情表現の薄い紅い目がさすがにきょとんとなる。
それからふっと面白がるように、少し意地悪げに笑った。
「校則違反だな、生徒会長」
「シン……! どうして、こんなところに!?」
どうしても何も、片手に竹ぼうきを持っているあたり掃除の途中だ。武道場は見事な銀杏並木の横にあって、つまり秋のこの時期は見事なまでに落ち葉が多い。それこそ毎日掃除をしないと道が埋まってしまうくらいに。
予測できない遭遇では、なかったはずなのに。
シンがそれ以上何を言うより先に、早口にレーナは言い募った。普段、校則を無視して買い食いに勤しむシンを取り締まっているのがレーナだ。見つかったのは大変に気まずい。
「賄賂に一口あげますから、黙っててください!」
「……とはいえ、これはもらいすぎじゃないか?」
「いいんです。どうせ食べきれませんから」
レーナが渡した肉まんに、ベンチの隣でシンは怪訝な顔になり、開き直ってレーナは言う。
食べきれないのになぜ買ったのかという当然の疑問は、レーナ自身は思いつかない。
怪訝な顔をしつつもシンは肉まんを二口くらいで平らげてしまい、チョコまんをもふもふ食べながらレーナはその様子を横目に伺う。やっぱり男の子なんだなぁ、とふと思った。頭半分違う身長差もひくい声も、この距離ならわかるくらい高い体温も。
ブレザーから伸びるプリーツスカートの、ちょっと乱れていた裾が突然無性に気になってこっそり直した。
幸いというべきか残念ながらというべきか、シンは裾の乱れには気がついた風もなかったが。
「こんな時間に珍しく間食なんてしてるってことは、今日は生徒会か」
「ええ。学園祭の前準備が大詰めで。帰りが遅くなりそうなので」
毎年大掛かりで盛大なのはいいのだが、そのために裏方の準備やら調整やらも、色々と大変なのである。
少し考えてシンは言う。
「送ろうか? 帰り」
「えっ」
不意打ちにレーナは思わず、変な声を出してしまう。だって。遅くなるのに、送っていこうなんて。それはつまり。
帰り道、本当に。二人きりということで。
クラスメート(女子)なら普通のことだし、意識することでもないのかもしれないが。
それでもなんとなく赤くなってしまうレーナに、シンはやはり、どうやら気づいていない。
「特にこの辺りは、夜は人通りがなくなるから。女子が一人で帰るのはよくないと思う」
「でも……悪くありませんか?」
「別に。練習で元々遅くなるから、待ったとしてもそう待つわけじゃない」
赤くなったまま見上げた先、シンは小面憎いくらい淡々と肩をすくめた。
「うちの部は学園祭だからって、特別に準備することもないし。もらいすぎた賄賂の、礼代わりに」
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