夏祭り・裏(86―エイティシックス―学園if)

「……ねえ」


 七夕の夏祭りは、河川敷の広い草地を会場に開催されている。宵闇の風に夜店と提灯の灯りと、笹と短冊と行きかう人の影。

 その中をあちこち夜店をひやかして歩く、白銀色のポニーテールに桔梗色の浴衣と、夜目にも黒い髪と浴衣の背にやたら目が行ってしまうのは、果たして二人ともが知り合いなせいだけだろうか。


「なんでこの組み合わせなわけ?」


 そんなことをぼんやり考えつつ、喧騒を外れた土手の斜面で祭り名物、妙にタコの小さいたこ焼きをぱくつきながらアネットは言い。


「なんだろうな。俺もよくわからん」


 こちらも祭りの夜店の定番、ほぼ具の入っていないやたら味の濃い焼きそばをかっこみつつキリヤが応じる。

 キリヤはシンの四つ年上の従兄で、その関係でシンの幼馴染であるところのアネットとも顔見知りだ。家もまあまあご近所なため、今日は偶然祭り会場に行く途中で行き会って、そのまま何となく一緒にきた形である。

 アネットは涼しげな薄い水色に朱い金魚の柄の浴衣で、キリヤは濃紺の古風な浴衣を、やや崩し気味に着こなしている。別に恋人同士でも何でもないので、互いに褒め合うでもからかうでもない。むしろ顔を合わせた時など、似合わなくもないが少々可愛らしすぎるなとか無粋なことをしかつめらしく言いやがったので、軽く巾着で背中を叩いておいた。

 二人の視線の先では、件の桔梗色の浴衣と黒の浴衣の人影が、後ろ姿でもわかるほど楽しげにそぞろ歩いている。

 食べ物の屋台を冷やかして、いまさら飼いもしないくせに金魚すくいなんかやってみたりして。ブルーハワイのかき氷を食べたせいで舌が変な色になってしまったレーナにシンが噴き出したり、それにレーナが思いきりむくれたり。ぬいぐるみ釣りに挑戦したレーナが思いの外に大きなぬいぐるみを引いてしまい、持とうかとか悪いですからとか、そういう感じでごちゃごちゃやりあった果てに結局シンが小脇に抱えた。可愛らしい、何故か軍服の白い仔ブタのぬいぐるみ。

 まあ。

 何というか。

 遠目にもはっきりとわかるくらい。すれ違う人たちが微笑ましげに振り返ってしまうくらい、大変初々しく甘酸っぱいイチャイチャっぷりだ。二人とも慣れていなくて少々ぎこちないところがまた、何ともいえずくすぐったい。

 あっバカ人込みから庇ってもらったんだからそこは可愛く悲鳴上げてしがみつくとこでしょなにやってんのとアネットは思い。

 人が来たところで庇うくらいなら最初から手でも繋いでいろエスコートの仕方も知らんのか、修行が足りんなとキリヤは思う。

 なお、小姑かとつっこむ者はここにはいない。


「ラムネ。いるか?」

「ありがとう」


 たこ焼きを食べ終わったところでタイミングよく差しだされた特徴的な形の瓶を、礼を言ってアネットは受け取る。傾けると炭酸のきつい、特有の清冽な味が喉を滑り落ちていく。からからと鳴る、瓶の途中にひっかかった硝子玉。

 これ、取り出そうとしたこともあったわよねとふと思う。幼馴染の少年と二人、まだ背も伸び始めない小さな頃に。


「ふぅ。ごちそうさま。やっぱりお祭りといったらこれよねー」

「俺はもう、こういう時はビールとかの方がいいんだが。一応お前でも女だからな」


 女性連れの時は飲まない主義らしい。

 甘いものは今はもう好きではないらしく、微妙に眉をひそめているその横顔を、アネットはちらりと見上げる。

 シンとキリヤは従兄だが、その割にはよく似ている。年齢に加えて目の色が違うから、見間違うほどではないけれど。

 四年後には、シンも。

 このくらい精悍な大人のおとこのひとに、なるんだろうか。

 アネットにはちょっと想像もつかない。だいたいもっとずっと小さかった頃からの知り合いとしては、今のシンだって想像はつかなかったのに。

 喧嘩をしたわけでもないのに、まだ友達のままなのに。いつのまにか一緒にいるひとは、自分ではなくなってしまったことも。

 さくさくと、軽い足音が駆け寄ってくる。長い黒髪に、花火の模様の浴衣と蝶々結びの兵児帯。キリヤの妹、フレデリカだ。


「キリヤ。キリヤ」

「お嬢。どうした」


 応じて立ち上がるキリヤに、アネットは胡乱な目を向ける。


「えっ何兄妹じゃなかったのあんたたち。何その呼び方」

「何だか知らんが、最近この呼び名にはまってるんだ。そう呼ばないと怒って面倒くさい」


 だからってそこまで甘やかす……? と、内心更に引いたアネットをよそに、多分自覚のないシスコン兄は駆け寄ってきたちいさな妹を抱きとめている。


「キリヤ。りんご飴が食べたい」

「食べきれないだろ。あんず飴にしろ」

「いいから早う」

「はいはい。……ほら、アネット」


 言いながらキリヤは当然のようにアネットに手を差し出す。恋人ではない。ただ妹分の世話を焼く仕草で。

 四年後にはきっとシンもこうなるんだろうなという、大人の男性の顔で。


「お前も食べるだろ」

「……そうね」


 だからアネットは、その手を取らずに立ち上がった。そう、恋人じゃない。幼馴染のあの子とあたしは。

 ちらりと見やった先、りんご飴の屋台に銀髪と黒髪の二人を見つけて納得する。妙にフレデリカが急かしているのはそれでか。


「でも、あたし先にチョコバナナが食べたいわ。おごるからつきあってよ、キリヤ」


 ええ!? と愕然となるフレデリカに、キリヤも事情を察したらしい。応じてにやりと口の端を吊り上げる。


「了解、お嬢さま。ご相伴にあずかろう?」


 ええー! というフレデリカの抗議は、どちらからも流された。

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