第3話 「暴走する撫子さん」

 皆さん、こんにちわ。

 少しずつ夏が近づいてきているわけですが、どのようにお過ごしでしょうか?

 私? 私は……撫子さんっていう美人だけど残念なお友達と遊んでます。ちょうど今、今日の本命だった映画を観終わって外に出てきました。

 いや~劇場版はテレビよりも製作費が掛けれたりすることもあるので、ギャグもエロも本編より増して凄く面白かったです。

 面白かったんですけど……それが原因で今凄く困ってます。


「零次さん零次さん、凄く面白かったですね。あれはもう今期、いや今年に放送予定のものを含めても上位に食い込む面白さですよ。ツッコミと思わせてボケ、下ネタに下ネタで返すハイセンスな言葉のやりとりも面白かったですが、特に中盤で出てきたパンツの食い込みといったら非常に堪りませんでした! ぐへ……ぐへへ」


 隣に居る方が凄まじく気持ち悪い笑みを浮かべながら共感を求めてきてるんです。

 確かに面白かったし、君の言った部分は特に光っていたと思う。

 思うけどさ……女の子がパンツだとか食い込みだとは大声で言うんじゃありません。周囲の視線が大変なことになってるでしょ。

 あと……その顔だけでもやめれませんか?

 お前が自分よりも年下の女の子に萌えやすいのは理解しているつもりだし、笑い方も上品にしなさいとか言うつもりはないよ。

 でもね、ここは公共の場であってお前の自室じゃないんだから。それに俺も隣に居るわけ。もう少し配慮を持とう。それがきっとお互いのためだからさ。


「ちょっと零次さん、私の話を聞いてるんですか!」

「聞いてます聞いてます。凄く面白かったね~」

「投げやりな返事も嫌ですけど、そのあとのあやすような言い方はさらに嫌です!」


 ひどいなぁ……普段通りにしても冷たいだとか文句言うくせに。

 だからって反応しなかったら今度は反応しろと怒りそうだし。やれやれ、撫子さんは俺にどうしてほしいのかね。


「ならどうしろと言うんですか?」

「それは……その……あの」

「解決策が浮かばないのに文句を言うのはどうなのでしょう?」

「ぐぬぬ……」


 普通に問いかけたのにそこまで睨みますか普通。

 まるで毛先を逆立てた狼……なんて言えるほどの迫力はないな。せいぜい秋田犬の子供くらいか。

 そう考えると少し可愛く思えてくる……頭でも撫でたら機嫌直るかな。

 撫子にはやったことないから効果があるか分からんが、まあ試しにやってみますかね。


「零次さんは何でそういつもいつも意地悪な発言を……発言を……なななな何をしてるんですか!?」

「ご機嫌取り?」

「小首を傾げながら言わないでください。それは女の子の大切な武器なんですから! って、そうではなくてですね。何で急に人の頭を撫でるんですか!」

「そこに……頭があったから」


 ただ俺の背丈でちょうど良いのって150センチくらいの子なんだけどね。手を上げる高さ的に楽な位置だし。

 まあこれは俺の個人的な見解だから異論は認めるけど。でも否定はさせない。俺にとってはそれくらいの高さがちょうど良いんだから。


「私の頭は山なんですか! 小さな子供ならまだ分かりますが、零次さんの方が私よりも背は高いんですよ。登る必要なんてないですよね。そもそも、気軽に女の子に触れるものではありません!」

「俺と撫子の仲じゃないですか」

「どういう仲ですか! 私達の関係は友達以上、友達未満ですよ!」


 え……友達よりも上だけど友達より下?

 それってどういうことですか。明日葉より上だけどアリスより下ってそんな感じ? まあ勢いで言っただけで大した意味はないんだろうけど。


「そんなに怒ること? 友達なら多少のスキンシップくらいあるでしょ?」

「あります、ありますけど! 零次さんのそういうのはアウトなんです。不意にそんなことされたら女の子はドキッとしちゃうんですよ。キュンってしちゃう生き物なんですよ。妹とかにするのとは訳が違うんです!」


 うん、言ってることは分かるんだけど……撫子さん、俺に頭撫でられてドキッとしたの? キュンとしちゃったの?

 まあ彼氏いない歴=年齢ですし、妄想する力は一般的な女子よりも上だろうから心が動きやすいのかもしれない。

 でも俺だよ?

 何年も付き合いがあって、バカみたいな言動を散々見せてきた相手にされてそんなに恥ずかしがることある?

 どう考えても普段の言動の方が俺は恥ずかしいと思うんだけど。

 もしかして意外と純情なの?

 二次元によってそのへんの男子より性知識も持っていそうなのに純情なのに。そうだったら……ごめんなさい。君のこと分かってなかったよ。


「だいたいですよ、私達は手だって繋いだことがないんです。なのに頭を撫でるなんて何を考えてるんですか! 私の彼氏にされたいランキングトップ5に入ってる行為ですよ!」

「そ、そうなんだ……ちなみに1位は?」

「そんなのキスに決まってるでしょう! まあ……夜の営みと悩みどころではありますが。しかし、あのときはセットのようなものでしょうし……って、何を言わせるんですか!?」


 えー……。

 会話が成立するかと思って聞いた俺も悪かったとは思うけどさ、完全に今のは自爆だよね。

 例えるなら……手榴弾で足りるところを、それを投げただけでなくロケットランチャーまで取り出して爆発させたようなものだよね。ロケランによる追撃は完全に撫子さんの責任でしょ。

 まあそれはいいとして。

 撫子さん……夜の営みがしたいんだ。

 まあ分かるよ。だって経験はないだろうけど、知識だけは豊富そうだもんね。多分俺よりも詳しいよね。下手したら四十八手とか全部言えちゃうかもしれないレベルだよね。

 故に色々と試してみたいのかな……考えるのやめよう。

 ドツボに嵌ったら週に何度も自分でやってるのか、なんて友達の域を脱してしまうことまで考えてしまうかもしれないし。


「余計な口を挟まないでください! いくら相手が零次さんとはいえ、いやむしろ零次さんだからこそ想像が捗ってあれこれ考えてしまうんですよ。乙女の妄想力を舐めないでください」

「いや、別に舐めては……」

「シャラァップッ! 撫子さんはあなたが思ってるよりも打たれ強くはないんです。あなたの迂闊な発言が撫子さんの心をズタズタにしたり、ギュンギュンさせてしまうかもしれないんです。それ以上何か言うつもりなら撫子さんは零次さんを撫子キラーと認定しますよ!」


 認定されるとどうなるんですか?

 もしかして……今以上に激しい言動が来るようになって、心身共に俺をダメにするつもりなのか。何て恐ろしいことを考える奴なんだ。

 あとさ、一人称が変わったことは置いておくとして……ギュンギュンって何ぞ?

 キュンキュンなら分かるんだけど……言葉の流れから判断するに心が激しく動く的な意味かな。まあそれなら理解はできるけど。でも確認はできないよな。そんなことしたらさらに撫子さんが暴走するし。


「分かった、分かったから落ち着け。機嫌直るかなって試しにやった俺が悪かった。今後二度とお前にはしないから許してくれ」


 最近はっきりと気が付いたけど、俺は人の頭を撫でることが好きなようだ。

 キョウカ――つまり京華の頭を撫でるようになってからというもの、不意に頭は撫でたくなってくるのだ。

 髪質や撫で心地にもよるが、撫でるという行為で父性的なものが刺激されて心が穏やかになっているのかもしれない。

 個人的に撫子の撫で心地は好きだったのだが、する度に暴走モードになっては逆にストレスが溜まってしまう。俺からしなければ未然に防げるのだから時折京華を撫でることにしよう。しかし……


「撫子よ……何故お前はそんな釈然としない顔をしている? 俺は謝ったし、今後二度としないとも言ったはずだが……」

「確かに零次さんは謝りましたし、今後二度としないとも言いました。言いましたが……自分だけハブられるのかと思うと、それはそれで癪に障る自分も居ると言いますか」

「それはつまり……撫でて欲しいと?」

「そうは言ってません! ただまあ……私も人に甘えたくなる時はありますし、たまにお願いする可能性はあるかもしれませんが。ただあくまで可能性、そう可能性であって絶対ではないですよ。大体ああいうのはきちんと段階を踏んだ上でする行動であってですね……」


 そこから教育ママや真面目な委員長のように撫子はペラペラと話し続ける。

 恥ずかしさを紛らわせるためなのか、それとも話すことで自分を落ち着けようとしているのかは分からない。だがこれだけは言える。何やら変なスイッチが入ってしまった、と。

 最初こそ相槌を打っていた俺だが、これはただ一方的にしゃべっているだけだと分かってからは話半分で聞くことにした。さすがに全部聞き流すのは唐突に聞かれた時に困るからな。


「……つまり、私が何を言いたいかというと親しき中にも礼儀ありってことです。零次さんは、その……自分で思っている以上に……い、良い人なんですよ。だからちゃんと節度を守った付き合いをしていただきたいと申しますか……」

「……なあ撫子」

「何ですか? まさか、また突拍子もないことを言うつもりではないでしょうね」

「俺が今回言うことはひとつだ……あれを見てみろ」


 俺が方向を指し示す。

 撫子は微妙な顔でしばらくこちらを見つめた後、少しずつ示された方角へ視線を移す。


「……む? ……むむ! ……むむむ!?」


 どうやら撫子も発見したようだ。むの活用形に関しては、今はそれよりも優先事項があるので触れないでおく。

 俺達の視線の先に居るのは、オシャレな服装の優雅に着こなしウィンドウショッピングを楽しんでいる美男美女の二人組。

 美女の方はどこかで見たような気がしないでもないが、美男の方は間違えようがない。我が友であるアリスである。

 アリスには女子の友人が多いこともあって、別にその内の誰かと休日に一緒に居たとしてもおかしくはない。

 ただ……今隣に居る美女と発している雰囲気は、ただの友達が出すものとは違って見えなくもない。


 まあアリスにあのような綺麗な彼女が居たとしても別に驚きはしない。

 だが彼女が出来たのなら別に隠さずに言ってくれても良いのではなかろうか。俺は嫉妬して罵倒なんてしないだろうし……撫子達には隠してもらいたいが。

 だってさ、撫子達って多分二次元で疑似恋愛くらいしかしたことがないのよ。

 そんな彼女達に実は彼女居たんだなんて言ったらさ、刺激が強いというか荒れたり落ち込んだりしそうじゃないですか。


「零次さん零次さん零次さん!」

「はいはい、零次さんですよ。どうしたの撫子さん?」

「どうしたもこうしたもありますか! というか、先に見つけておいてどこまでクールなんですかあなたは。もう少し感情を動かしてもいいんでじゃないですかね。あのアリスさんがデートしてるんですよデート!」


 逆にあなたはもう少し感情を動かさないでもいいんじゃないでしょうかね。

 それと……別にアリスがデートしてても良くないですか? アリスにはアリスの時間があるわけですし。

 お前がアリスの彼女なら止める権利はあるだろうけど、今のところそれはないわけだしさ。

 むしろ俺とお前がデートしているように思われる……思われたところでどうだった話だよね。

 元々撫子を映画に誘って気分転換させろって言ってきたのアリスだし。

 そのアリスに見つかったところで何もならんでしょ。分かってて弄ってきそうではあるけども。


「しかも相手は、うちの学校の3大美女である伊集院さんですよ! 伊集院レオナさんなんです。零次さん、分からないとか言いませんよね!」

「さすがに分かるよ」


 俺は他の男子よりもそういうのに興味は示さないけど、伊集院レオナって言えばうちの学校のアイドルみたいなものだし。容姿端麗、頭脳明晰の金髪さんでしょ。

 まあうちの学校に3大美女なんてものが設定されているのは初めて知ったけどな。何で男子の俺が知らないのに女子であるこいつが知ってるんだろう。おかしくないと言えば、おかしくないことではあるけど。


「でも、それがどうした?」

「ど、どうした? 零次さん、伊集院さんですよ伊集院さん。あの伊集院さんとアリスさんが一緒に居るんですよ? こう……アリスずるい! だとか、きぃぃー! って感情にならないんですか?」

「別に。だってアリスはオネェ口調を除けば普通にイケメンだし、美女と一緒に居たところで違和感ないし。それに俺はあの人よりお前と一緒の方が良いから」


 話してみたら違うのかもしれないけど、俺の中の伊集院レオナって完璧人間なんだよね。

 同じ学校かつ同級生なわけだから話すことにそこまで緊張はしないだろうが、会話の質が必要に思えるから気は遣いそうだ。

 それに人って多少隙があった方が可愛げがあるもんだし。

 そういう意味では、一緒に遊ぶなら適当に話しても問題ない撫子の方が良いって思うわけですよ。


「だ、だだだだからそういうことをさらりと言うのやめてくれませんか! 付き合いの長い私じゃなかったら勘違いするところですよ!」

「それは悪かった。今後は言わないことにしよう」

「それもダメです。私はこう見えて純情なので多少そういうセリフに慣れておく必要があります。そうしないと悪い男に黙らされるかもしれませんので。いつでも言っていいわけではないですが、たまには言ってもらわないと困ります」

「乙女ゲームでもしとけば?」

「あれは乙女の理想なんです! あれに出てくるようなイケメンが世の中にポンポンと居るわけないでしょう。そもそもですよ、二次元は二次元、三次元は三次元なんです! 混合して考えるのはダメです!」


 何だろう……言ってることは正しいはずなのに釈然としない。

 三次元が大切とは言いつつ、本当は三次元の人間が二次元の理想に敵うわけないだろ。比較しようとしてんじゃねぇ!

 とか根っこの方では思ってるんじゃね? そんな風に思えるからだろうか。

 うん、多分それが理由だろうな。二次元相手に「ぐへへ」ってなる奴は、それに対する熱や愛も凄いだろうし。よし、結論も出たからこの話は終わろう。

 でも皆さんはオタクの相手は慎重に。ふとしたことでケンカになったりするもあるから。自分の考えが絶対と思うのではなく、相手の考えを認められる人間になりましょう。


「……って、零次さんと話してたら見失っちゃったじゃないですか!」

「別にいいだろ。アリスを見かけたのはただの偶然だし、大体こういうのは詮索するもんじゃない」

「それはそうですが……やっぱり気になるじゃないですか~」


 子供のように駄々をこねないで。

 多少は可愛らしいと思うけど、そんなことをされても俺はアリスを追いかけたりしないから。あと周囲の視線も集まって恥ずかしいから今すぐやめて。まあ今更だけど……


「なら別のことに注意を向けましょう」

「どうやってですか? 今の私は大抵のことでは揺らがない自信がありますよ」

「そんな意思表明は要らないんだが……まあ策はある。なあ撫子」

「何でしょう?」

「今日ってお前の愛読してる漫画やラノベの発売日じゃなかったか?」


 撫子の読んでいる漫画やラノベの数は俺より遥かに多いので全ては覚えていないが、それでもいくつかは俺の読んでいるものと被っている。

 故に映画の後はゲーマーケットにでも行こうと考えていた。撫子も楽しめるというか、撫子の方が楽しめる場所でもあるし。、


「零次さん、何をやっているですか。さっさとゲーマーケットに行きますよ! もし特典があった場合、それがもしもなくなってしまったら一大事です!」

「効果は抜群……いや、この場合は一撃必殺か」

「確かに今の零次さんの言葉は、まるで心の眼からの絶対零度でした。でもこれだけは言わせてください。こんなやりとりをしている場合じゃないんです。さっさと行きましょう、二次元が私を待っているんです!」


 よほど待ちきれないのか、興奮している撫子は俺の手を掴むと先導するように歩きだしてしまった。

 先ほど俺に対して、異性に気軽に触るのはどうのと説教をしていたはずなのだが……まあアリスへの興味は消えたので良しとしよう。

 友達を守るのも友達として当然だからな。

 別の友達から自分が苦しめられることになっても……撫子さん、語りだすと止めらないから。

 でも俺、頑張る!

 だって今日頑張って乗り切るって決めてたから。



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