第4話 「日進月歩な撫子さん」

 次の日。

 俺は自室で、昨日買い足した漫画やラノベを読みながら穏やかな時間を過ごしている。

 読み終わればAMOにログインし、モンスターと戦う。

 それによって更なる気分転換が出来るだろう。ささやかながら1週間あいつら相手に頑張ってきた自分に対するご褒美だ。


「零次さん、私やっぱり気になります!」


 故に……好奇心に満ちた瞳をこっちに向けている女子高生なんてこの部屋には存在していない。

 そう、これは俺が作り出した幻影だ。

 見慣れた顔のひとつが傍にあるわけだが、それはきっと昨日ずっと見ていたからだろう。

 これは現実ではない。

 俺が顔の向きを変えても、すぐさま真正面に移動してくるが気のせいだ。二次元に触れたことで高まった想像力によって生み出された虚構の存在に過ぎない。

 そう思いながら読書を続けていると、勢い良く手にしていた本を取られてしまった。

 ページが破れたりしたらどうするんだ、と言いたくもあったが、先に相手が口を開く。


「無視するのもいい加減にしてください。私と読書、どっちが大切なんですか!」


 あなたは俺の彼女さんか何かですか?

 そのセリフを京華に聞かれたりすると勘違いが起きる可能性があるのでやめてね。今はあの子、部活に行ってるから大丈夫だけどさ。


「読書ですが?」

「それが何か? みたいな顔しないでもらえますか! 零次さんはいつからそんな省エネ主義の男子高校生になってしまったんですか!」


 お前もいつから古典部に所属してそうな好奇心旺盛な女子高生みたいになったんですか。

 大体……俺がインドア派なのはあなたも知ってるでしょう。

 それに省エネとは言うけどね、肉体はともかく脳の方は活発に働いてますよ。俺はアニメや漫画で泣けるくらいには感受性豊かなんだから。

 特に高校生くらいになってからというもの、未来の猫型ロボットとかクレヨンな幼稚園児が活躍する映画を見ると泣いちゃうよね。昔は泣いた覚えはなかったのに。あれは子供だけじゃなく大人も楽しめる作品だよ。


「はいはい、分かりました。分かりましたよ。撫子さんは何しに来たんですか? というか、誰の許可を得て家の中に入ったんですか?」

「部活帰りで一緒になった京華ちゃんに許可を取りました」


 え……つまり京華さんこの家に居るの?

 時間的についさっき出て行ったような……うん、もう昼過ぎてますね。

 集中してたから気づかなかったけど、どおりでお腹が空いているわけですよ。それに京華さんも1週間ずっときつい練習しててもあれだから、身体の休めるために早めに切り上げる日もありますよね。

 そっか、京華さんこの家に居るのか。

 しかも撫子さんと一緒に帰ってきたのか……すでに誤解が生じていそうな状況だ。どうしてこうも俺の安らぎの時間は奪われるんだ……


「次に何をしに来たかと言いますと、昨日のアリスさんの一件が気になったからです。まあ別件もありますが」

「え~別件まであんの?」

「そんなに嫌そうな顔をしないでくださいよ。零次さんにだって関係のある話なんですから。アリスさんの方は円滑に進まなさそうなので、先にそっちの話をしちゃいましょう」


 うん、それは良い選択だと思うよ。

 そう思うんだけど……アリスの件に関しては、俺はすでに結論出てるから。撫子みたいに気になってないの。だから話し合うだけ時間の無駄だと思います。


「ふぅ……適当に聞いたら余計にぐだぐだしそうなので聞きましょう。俺に何の話をしたいんですか?」

「それはですね……これです!」


 嬉々とした声と共に現れた数枚のプリント。そこには黒い竜と7本の剣を用いた紋章が描かれている。数枚あるのは別角度やラフ画バージョンもあるからだ。

 同人活動の何かかと思ったが、それでは俺に関係はない。

 絵についての感想や話の流れについて個人的な見解は言えるが、俺にも関係がある話とは言えないだろう。

 俺にも関係があって紋章的な絵を見せられる理由。

 また紋章が黒竜と7本の剣を基調としたデザインになってることからして……ギルドに関することと考えるのが妥当か。


「ふむ……なかなかに良い紋章だな。竜と剣のデザインもなかなかグッと来るものがある。素直に言ってカッコいい」

「そんなのに褒めないでくださいよ~、恥ずかしくなるじゃないですか」

「何故お前が照れる?」

「え、そんなの私が書いたからに決まってるじゃないですか」


 零次さんは何を言ってるんですか?

 みたいな顔をしないでもらえますかね。確かに似たようなことをさっき俺は君に対してやったけども。俺の時と違って君の場合は何か違うじゃん。比較するものが違うじゃないですか。


「……マジで言ってる?」

「マジで言ってますよ。ギルドが出来てから毎日書いてたので日進月歩し、完成したものがそれです」


 なるほど……あの死んだような顔はそういう理由だったのね。まあ君のことだから他のこともやってそうだけども。

 それと日進月歩なんて言葉を使わなくてよろしい。

 唐突に四字熟語使われても分からない人は分からないんだから。ちなみに日進月歩ってのは、日ごと月ごとに絶えず進歩するって意味です。


「なるほど……多分だがギルドのマークにしようとして作ったんだよな?」

「ですね。無印のままなのも味気ないですし」


 AMOにおいてプレイヤーの名前の横には、ギルドに所属していればそのギルドに設定されているマークが表示されるようになっている。

 その方が他人から見てギルドに入っているかどうか分かりやすく、有名ギルドに入っていれば畏怖の象徴として扱われるだろう。

 ちなみに話の流れで分かるだろうが、俺達のギルド《True×Friends》にはまだマークの設定はされていない。現状ゲーム内での俺達の名前の横は空白になっているわけだ。撫子が味気ないと言うのも分かる。

 しかし……何故俺に相談するのだろう。

 俺がこの手のことにうるさく言うタイプではないのは、撫子なら理解していそうだが。

 さすがに他人の気分を害しそうなデザインだったりすれば文句は言うが、ギルドマスターである明日葉に直接オッケーをもらう方が早い気がする。


「これ、明日葉には見せたのか?」

「いえ、零次さんが初めてです」

「あいつに見せた方が早くないか? 多分これなら文句は言わないだろうし、あのギルドもあいつのために作ったようなもんなんだし」

「それはそうなんですが……その、明日葉さんには言わないでくださいね」


 こやつ……いったい何を言うつもりだ。

 まあ聞くに堪えない罵倒が出てくる可能性は低いだろうし、聞くだけは聞いてやろう。


「善処しよう」

「善処ではなく約束です。……あの……これは私の個人的な見解なんですが、明日葉さんの感性って独特というかスペシャルじゃないですか。私にはよく理解できない部分がありまして」


 言い回しはともかく感性はそこまで特殊では……。

 フィーブルラビットの名前はピョン吉。まあウサギ型のモンスターだし、跳ねて移動したりもするからピョンピョンしそうだから理解は出来る。安直だけど可愛らしい名前だ。

 ブラックドラゴンの名前はガリュウ。我の竜という意味で付けたようだが、これも理解は出来る。時としてシンプルな名前はカッコ良さを引き立たせるからな。

 そして、今回で初公開であろうヒーリングユニコーンの名前はヴァイス。名前の由来は白いから。なるほどね、白いからヴァイスか……


 ――何でそいつだけドイツ語なの!?


 そう叫びそうになったからユニコーンの名前はよく覚えているよ。まさか最も中二病チックな名前が黒竜ではなくユニコーンに付くとはね。さすがの俺も予想外でした。

 何でヴァイスがドイツ語だって分かったかって? そんなの色んな二次元を嗜んでるからに決まってるじゃないですか。

 古の鉄の巨人とか凶鳥の眷属とかが出るゲームは好きだからね。

 好きになると名前の意味とは気になるし、割とストーリーでさらっと教えてくれるから覚えちゃいますよ。

 話を戻そう。

 うん、確かに常人にあいつの感性は理解できそうにない。理解できる部分はあるけど、どういう法則性なのかが分からないと言った方が正しいかもしれないが。ともかく撫子の考えは理解出来た。


「なので先に零次さんに見せて高評価をもらえば、そのまま明日葉さんに見せても押し切れるかと」

「撫子さん、その論理は少しおかしくない? 俺が良いと言ったからって明日葉さんが認めるとは限りませんよ」

「でも明日葉さんって零次さんには素直というか、零次さんが好きだと言えば大体肯定するチョロインじゃないですか」

「友達をチョロインだとか言うのはやめなさい」


 確かに剣帝の真似とかしたら凄くテンション上がりそうだし、その状態の時にお願いしたら割と聞いてくれそうだけどさ。

 でもさ、撫子だってある意味チョロインだと思いますよ。

 二次元で釣れば大体釣れるし。まあ明日葉や撫子がヒロインをしているかというと怪しいところではあるが。

 そもそも、誰のヒロインなのだろうか。ヒーローの女性版という意味でヒロインだとしても筋が通らない気がするし。普通にチョロいだけで良いのでは?


「まあ……俺はそのデザインで良いと思う。明日葉に見せる時に俺の名前を出すのも良しとしよう」

「ありがとうございます。そうさせていただきますね……時に零次さん、何でさっきからドアの方を気にされてるですか?」

「京華がドアの向こうで聞き耳を立てているからです」


 俺の言葉に撫子が驚きの声を漏らすのもつかの間、ゆっくりとドアが開き始める。

 現れたのはタオルを首に掛けているラフな格好の我が従兄。髪が湿っているようだが、状況から察するにシャワーでも浴びていたのだろう。

 最近は暑くなってきているし、部活に励めば汗も掻くだろうからな。しかし、悪びれた様子もなく堂々と入ってくる奴だな……まあ別にいいんだけど。


「レイ兄、よく分かったね」

「聞こえてた足音が部屋の前で止まれば何となく分かる。盗み聞きするなら足音を立てないように気を付けろ」

「零次さん、気を付けるのはそこじゃありません。それだと盗み聞きを助長させるようなものです」


 撫子さんが真面目なこと言ってる。これは明日は雨かな……。

 口に出すと怒られそうなので言わないけどね。それと京華にも注意はしません。その程度の注意でしなくなるなら今もしてませんし、俺の部屋に異性でもいない限りはこういう真似もしないだろうからね。


「ところでレイ兄達は何してるの?」

「撫子がぐへへってなりながら書いたものを見せられてたの」

「え……」


 京華の顔に露骨なまでの嫌悪感が浮かぶ。間違いなく引いている状態だ。


「ちょっ、零次さんそういう悪ふざけはやめてもらえませんか!? ち、違いますよ京華ちゃん。確かに私は零次さんに自分の書いたものを見せてましたけど、決して如何わしいものではなくてですね……!?」


 撫子は必死にギルドマークを見せていただけと弁解する。

 だが逆にその必死さが京華の不安を掻き立てているらしく、なかなか彼女の顔から警戒心は消えない。

 そのことに心を痛めた撫子がこちらを睨んできたので、俺は撫子の書いたギルドマークを手に取り、京華の方へ向けた。


「お……おおっ! いいね、これ凄くカッコいいよ。黒い竜に7本の剣ってレイ兄達のギルドを象徴するかのようなデザインだし!」

「ぐへ、ぐへへ。そうですか~、いや~照れますね」


 撫子さん、やばい笑いが出ちゃってます。今すぐ引っ込めないと京華ちゃんに嫌われちゃいますよ。

 まあ京華が気が付いたけどスルーっていう大人な対応してくれてるけど。撫子や、年下に好かれたいなら尊敬される先輩になれ。

 お前の何かを作ったりする時の熱量は尊敬するけど、それ以外は今のところ微妙だから。


「良いな~……こういうの見るとあたしもレイ兄達のギルドに入りたくなるよ」

「ぜひ! 私達はいつでも歓迎ですよ!」

「あぁうん、ありがと……考えとくね」


 撫子がいなければ京華は素直にうちのギルドに入っているのではないか?

 今のやりとりを見て、そう思わずにいられなかった俺は間違っているのだろうか。

 まあ間違っていても間違っていなくても、別に俺がどうこうするつもりはないの。京華がギルドに入るのか、それとも作るのか。それは京華自身が決めることなのだから。


「京華、俺少し疲れたから撫子の相手よろしく」

「え……いやいや、撫子さんはレイ兄のお客さんでしょ。ここであたしに振るのはおかしくないかな!?」

「ふ……」


 何のためにお前をこの部屋に招き入れたと思っている?

 その言葉は視線によって京華に伝わったらしく、驚愕の顔を浮かべながら口を開く。


「レイ兄……謀ったな。レイ兄!」

「そこはレイ兄よりも零次の方がしっくり来るのでは?」

「別にそこへのダメ出しは求めてないから! 撫子さんも何か言ってよ。レイ兄に用があって来たんでしょ!」

「零次さん……ありがとうございます!」


 深々と頭を下げる撫子を見て、京華は「ダメだこの人……」と言いたげな顔を浮かべる。うちの従妹もいつの間にか顔芸が達者になったものだ。

 さて、しばらく本でも読んでリフレッシュしよう。

 従妹が「あたしの身が危ない……」みたいなオーラ出してるけど、さすがに撫子の俺の前でおっぱじめることはないだろう。そんな度胸があるなら彼氏いない歴=年齢にはなってないだろうし。


「デュフフフ……さあ京華ちゃん、お姉さんとお話をしましょう」

「撫子さん、その顔はキモい、キショい、気持ち悪い。話すにしてもせめて普段通りの撫子さんに戻ってくれないかな?」

「私は普段どおりですぞ。さあさあ京華たそ、そこに座って座って」


 その口調のどこが普段どおりなんだろうね。普段からそんなだったら俺もちょっと戸惑うよ。

 まあ何も言わないけどね。こっちに飛び火したら休めなくなるし。京華が睨みながら助けを求めている気がするけど、撫子を連れてきたのはあなたでしょ?

 故に少しくらい責任取りなさい。骨は拾ってやるから。



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