2章 ~???~

第1話 「お疲れな撫子さん」

 ギルド《True×Friends》が始動して1週間程が経過しようとしている。

 とはいえ、ギルドに所属しているメンバーは基本的に自分のしたいことをしているのが現状だ。


 まあそれが原則的なルールだったりもするので、これといって問題があるわけではない。

 マスターである彼女にとっても、普段からまとまって行動される方がプレッシャーも強いだろう。


 ただ俺だけは基本的にルシア……明日葉をひとりにしないようにしている。

 理由は単純。この前の自分勝手な奴が自分のギルドに勧誘に来るかもしれないからだ。

 明日葉はあいつに苦手意識を持っているため、誰かしら一緒に居た方が良いと思ったが故の行動である。


 しかし、今のところあの男は現れていない。

 明日葉はゲーム内では黒竜の使い手としてそれなりに目立っていた。

 その彼女がギルドを立ち上げれば、多少なりとも噂になる。《炎の舞姫》として認知されているエルダもその傘下に居るのだから。


 故に……すでにあの男が自身のギルドへの勧誘を諦めた可能性もなくはない。思い込みが激しいだけに自分勝手にあれこれ考えて挫折……、なんてパターンは起こりえるからだ。

 だから今は明日葉もあまり不安がることなくゲームを行っている。

 いやはや、気楽にゲームが出来るというのは素晴らしいことだ。新しい問題が起きないことを願いたいものだね。


「ハハハ……やっと終わりました。……これで……家に帰れる」


 帰りのHRが終わるのと同時に、今にも死にそうな声を発しながら突っ伏している知り合いが居るけども。

 顔もやつれ気味で目の下には隈、髪はところどころ乱れている。最近まともな生活を送っていないのが丸わかりだ。

 この前、夏コミがどうのと言っていたのでその制作で毎日頑張っているのだろうが……それ以外にも色々やっていそうなのがこの美人の残念なところである。

 もう少し趣味に掛ける時間を見た目に使えば、彼氏のひとりやふたり出来るだろうに。そう思わずにはいられない。


「零次くん、撫子さんの様子がやばいよ。ここ最近ずっとあんなだよ、どうしよう!?」


 心配なのは分かるが……俺に隠れるようにしながら撫子の様子を窺うのはどうなのだろう。単純に現実での距離感に迷っているだけかもしれないが。

 少しではあるが素で話すことも増えてきているようだし。まあ……こういう時だけではあるが。

 何の不安も心配もない状態で話す時はまだまだ中二病チックだし。その象徴たる眼帯も未だに付けているし。


「どうもしなくていいんじゃないか?」

「さらりとよく言えるね! 尊敬も憧れもしないけど。君には良心っていうものがないの?」


 良心は人並みにはあると思いますよ。

 でもさ、撫子さんがこんな状態になってるのって十中八九、自業自得ですよね。義務的にやらなくちゃいけないことなんて現状ないに等しいわけだから。

 趣味に没頭して睡眠不足です、なんて言われても同情出来ないでしょ? 故に俺も適当なこと言っちゃいますって。


「明日葉さん……ご心配なく。ただの……寝不足なだけなので。でも……それでもこれだけは言わせてください! 零次さんは……やっぱり冷たいです」


 残り少ない体力をそんなことを言うために使うなんてバカなの?

 大体この子は、1日に1回はそういうことをしないと存在を保てないのかね。芸人を目指してるのなら仕方ないのかもしれないけど。

 でも……前にお前は芸人かって言ったら


『ノリが良いだけです。芸人になるつもりなんてありません。私の身体はそんなに安く触れたり見れるものじゃないんですから!』


 と言っていた。

 つまり……面倒臭いからここまでいいよね。俺だって撫子って存在を完全に理解しているわけじゃないし。知りたいと思わない部分もあるさ。


「逆に聞くけど、撫子さんは俺に優しくされたいんですか?」

「そりゃあ……冷たい方が優しい方が良いですよ。……零次さんが相手だと身構えそうですけど」


 お前、普段以上に本音が口に出てる気がするんだけど。さすがに今は追撃しようとは思わんけど。


「明日葉、というわけで今のままで問題なさそう……お前は何をしている?」

「――っ、なななな何って帰る準備をしているだけさ。別におかしなことではないだろう?」


 うん、確かにおかしくはないよ。

 でも……何でそんなに動揺してるんですか。何か隠してます? 隠してますよね? じゃないとそんな風に狼狽えたりしないもんね。もしや……


「貴様、俺に撫子を押し付けて逃げるではなかろうな?」

「に、逃げるなんて人聞きが悪いな。今日はその……買出しに行かないといけないのさ。だからこのへんで失礼させてもらおうかと……じゃあね零次くん、それに撫子さんも!」


 突風のような勢いで走り去った明日葉に対し、俺は絶対に別の目的があると疑ってしまった。

 買出しって……何の買出しだろうね。

 夕飯に使う材料の買出しなら良いことだけど、俺にはゲーム、漫画、ラノベといった二次元何でもござれの《ゲーマーケット》って大型店に行ったようにしか思えないよ。


「撫子、今日も一段と疲れてるわね。あんま無理しちゃダメよ」

「アリスさん……ありがとうございます。でも好きでやってることですから……頑張れます」


 学業を疎かにして頑張ることなんですか?

 別に学業だけが全てとは言わないけどさ、赤点取ったら趣味の時間は減るんだよ。最低限の学力が身に付けないとダメでしょ。

 それに……あなたは明日葉みたいな勉強しないでも結果を残せる天才肌じゃないんだから。

 世の中不平等だって?

 そんなの当たり前ですよ。みんな違うから違う価値観が生まれて、成長に繋がったりするんだから。

 破滅にも繋がりかねないけど、そこは置いておこう。

 俺みたいな高校生が語っても説得力に欠けるし、ゲーム内で毎日のようにモンスターをぶっ殺してるから。


「そう? ならいいんだけど。でもちゃんと食べて、ちゃんと寝ないとダメよ」

「はい……アリスさんは私のお母さんですね」

「母性は人よりもある気はするけど、ワタシは間違いなく男。あなたのお母さんにはなれないわ。というか、いつまでもそんなだらしない恰好しないの。これあげるから元気出しなさい」


 アリスが渡したのは、一口サイズのチョコ。こういう女子を見かけたときのために常備しているのだとすれば、凄まじいほどイケメンである。まあ顔立ちは間違いなくイケメンだけどね。

 でも彼女のいないんだよな。オネェ口調を除けば話しやすい部類のイケメンなのに。


 やっぱりオネェ口調がダメなのかな。

 今の世の中、オネェ口調なんてたくさん居るだろうに。顔よりも中身とかなのかな。それなら世の中の男子の多くが救われるかもしれない。

 可能ならそうあってほしいものだ。

 そしたら……クラスの男子から嫉妬めいた視線を受けなくなりそうだし。明日葉や撫子と話してるだけでそういう目に遭うの。ひどいと思わない?


 そりゃあ見た目の良い女子と話してるわけだから気持ちは分からんでもないけど……お前らも明日葉や撫子がどんな奴か何となく知ってるじゃん。

 こいつらは、高嶺の花なんて呼ばれる存在ではないよ。妬むくらいなら話しかけなさいよね。あなた達も男の子でしょ!

 まあ……大抵の奴らは話しかけても耐え切れずに元の距離も戻りそうだけど。変人と絡むのって体力だけでなく精神力も必要になるから。


「アリスさんは優しいですね。どこかの誰かさんと違って」

「一言余計なんですが」

「誰も零次さんとは言っていません……というか、人の髪の毛弄るのやめてくれませんか? 零次さんはファミレスで働く金髪ヘタレさんですか?」

「ヘタレ言うのはやめなさい。あの人もあの人なりに頑張って幸せ掴んだんだから。それに……俺にあの人のような髪を弄るスキルはない」


 ヤシの木なんてどうやってるんだろうね。しかもあんな短時間で。

 まあ……いくらムカついたからといって女子の頭を弄ってヤシの木にしようなんて思わないが。そんな労力を使うくらいなら別のことに使った方が有意義だし。


「……ところでアリスよ」

「何かしら?」

「何故お前はは帰ろうとしている?」


 この疲れ切った人を俺ひとりに押し付ける気がですか?

 もしそうなら許さないぞ。絶対この女はひとりで帰るのは嫌だと駄々をこねてくるだろうし、ひとりで相手するのは嫌だ。

 大変なことは助け合おうよ! 俺達友達じゃないですか!

 別にふたりで帰るというのもありだけど。


「これからちょっと予定があるのよ。だから撫子のことは零次に任せるわ」

「いやいやいや、何で俺に任せるの? あの子ももう高校生ですよ。ひとりで帰れるに決まってるじゃないですか。それに僕、あの子の彼氏でもないんで」

「ならひとりで帰して何かあったも良いの?」

「それは…………良くないけども」


 高校2年生女子、帰宅途中で事故に遭い死亡!?

 なんてことになったら最悪だもの。そう簡単に起こることでもないだろうけど、誰だって事故に遭いたくて遭ってるわけじゃないし。

 自業自得とはいえ……具合が悪そうなのは確かだし。家まで送ることで精神的安定が得られるならそれもありなのかな。帰ってもゲームくらいしかやりたいこともないし。


「あと……今日のお詫びってわけじゃないけど、これあげるわ」


 アリスが渡してきたのは、今上映されているアニメ《この青春する生徒会は間違っている!?》の割引チケット。しかもペア招待券である。

 作品がラブコメなのでペアなのも分からなくはないけど、俺の記憶が正しければこのアニメはギャグもあれば、R15くらいのエッチぃシーンもある作品だったはず。確かに見に行きたいとは思ってたけど……


「……渡すということはアリスは一緒に行ってくれないんだよな?」

「ごめんなさい、しばらくは予定が埋まっちゃってるの。というわけで、ワタシの代わりに撫子とでも行ってきて」

「何故そこで撫子さん?」

「撫子もその作品好きなみたいだし、最近元気ないというか趣味に没頭し過ぎだから。たまには別のことをさせないとね」


 綺麗なウインクですね。でも全くときめきません。

 男からされているってのもあるけど、それ以上に休日に撫子の面倒を見ろって言われてるんだもん。

 映画は見たい。見るなら安く見たいですよ。

 でも休日まで問題児の面倒を見るのはね……


「じゃあ、あとはお願いね」

「ちょっ……俺、まだオッケーって言ってないんだけど」


 こういう時のアリスってなかなかに強引だよな。

 どうしようかな……映画は見たいけど、あの死人のような女子高生を誘うんでしょう。仮に映画館ではしゃがれたら注目の的になるわけだし、下手をすれば出禁だよね。

 でも……いつまでもあんな疲れ切った顔をされても辛気臭いだけだし、何か別のことをさせないといけないとは俺も思うわけで。

 仕方ない。今週は休みを返上して頑張ることにしましょう。


「撫子さんや」

「何でしょう?」

「お前さんは今週の休みは暇か?」

「暇なわけないじゃないですか~。色々とやることはありますし……人から見れば暇だと言われるでしょうが。急に予定の確認なんてどうかしたんですか」

「実はこういうものを手に入れてな」


 撫子の前に先ほどもらった映画の割引券を見せる。

 すると、アリスの言っていたことが真実らしく撫子の顔がみるみる生気を取り戻していく。彼女は勢い良く俺の手を握り締めながら立ち上がり


「こ、これは私が見たいと思っていた映画じゃないですか!? しかもペア割、零次さんはこれに私を誘ってくださるんですか!」

「お、おう……お前が好きだって聞いたから。でも暇じゃないんだろ?」

「暇です、暇ですよ、暇に決まってるじゃないですか!」


 ですの三段活用か何かですか?

 というか……これはガチで好きなやつですね。俺のようにただ見て楽しんでる部類の奴とは相性が悪いかもしれません。これは選択を間違ったかも……


「行きましょう、ぜひ一緒に行きましょう!」

「うん、分かった……分かったから少し落ち着いてくれない?」

「これが落ち着いていられようか。いや、いられるはずがない!」


 反語。

 はどうでも良いから。ここはお前の家でなければ、俺の家でもないの。学校の教室なの。

 まだクラスの連中だって帰り終わってないんだから大声出したら注目されちゃうでしょ。俺達がデートの約束しているように思われるでしょ。

 だから落ち着いて。ね?


「はいはい、そうですね。詳しい話は帰りながらすることにしましょう。家まで送ってやるから」

「なるほど、待ち合わせだけでなく作品についても語り合いたいのですね!」

「あぁうん、そういうこと」


 実際は違うけど、否定したところで意味はなさそうだ。このまま進んだ方が色々と手っ取り早いだろう。

 このテンションに休日も付き合うかと思うと今から疲れてきた。さっきまでの覚悟が揺らぎまくってるよ。どうか当日だけでも普段くらいのテンションでありますように。



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