第29話 「ボス戦だろうといつもの如く」

 無事に着地した俺は、意識をゴーレムに向けながらも脇に抱えている従妹の様子を窺った。

 目の錯覚だろうが、色がなくなり魂が抜けかけているように見える。俺の記憶が正しければ、別に高所恐怖症ではなかったと思うのだが。

 それより……耳がキンキンする。

 まあ跳ぶ前から隣で大声を出されていたのだから当然と言えば当然なのだが。

 ただそれでも、現役体育会女子の声量を舐めていたよ。リアルでゼロ距離射撃されたら鼓膜が破れるかもしれん。

 今回のことで恨まれたかもしれないので警戒しておくことにしよう。


「おーいキョウカ、大丈夫か?」

「…………」


 返事がない。まるで屍のようだ。

 お前がそんな状態のままだと周囲からの視線が地味に痛いんだけど。

 何か「なかなか鬼畜だなあいつ」みたいな視線が刺さってる気がするし。

 仕方ない。あまりこういうことを従妹にしたくはないのだが、元気を取り戻すためにやるしかないか。

 覚悟を決めた俺は、脇に抱えていたキョウカをそのへんに放るように腕の力を抜いた。必然的に彼女の身体は地面に落下し……


「へぶっ……!?」


 おぉ……うちの従妹が女の子らしくない言葉を。

 なんて感想を抱いたのもつかの間、指先が微かに動いたかと思うと一瞬にしてキョウカが立ち上がる。鋭い視線を向けるのも忘れずに。


「落としたね! お父さんからも落とされたことないのに!」


 それを言うなら殴っただからね。

 お前と一緒にあのアニメを見た覚えがあるけどさ、ここでネタ染みたセリフを使うのはどうかと思うよ。

 アイゼンと一緒に居たせいで撫子化しちゃったの?

 そもそもさ、父親が娘を落とすわけないじゃん。小さい頃に高い高いしてたらうっかり……、なんてことがない限り。

 というか、周りの視線が痛いな。

 非情な奴だと言いたげな視線が集まっているし。優しくしていたらシスコンだとか言い出しそうなのにね。キョウカは従妹であって妹じゃないって何度も言ってるのに。


「ちょっとナグ兄、人の話を聞い……!」

「あ、危ない」


 思いっきりキョウカを突き飛ばしながら後ろに1歩跳ぶ。

 何でこんなことをしたのかって?

 だってキョウカが大声出してたせいか、ゴーレムさんが腕を振り下ろして衝撃波放ってきたんだもん。

 距離があるから大した威力にはならないだろうけど、目の前で従妹が傷つくのは見たくないからね。

 まあ……俺が突き飛ばしたのに加えて、ちょうど背後を衝撃波が通ったせいで余計に吹き飛んじゃったんだけど。

 ゲームの中って凄いよね。人が身体を反った状態で地面を滑って行くんだから。


「……あぁもう、ナグ兄嫌い!」

「はいはい、ごめんごめん。あとでアイス買ってやるから」

「いや、さすがにそれでは……」

「300円の2個!」


 それでいいんだ……。

 そんな雰囲気を感じるけど、まだまだうちの従妹は花より団子な奴ですからね!

 ただ……約ラノベ1冊分の出費は地味に痛い。でも部活頑張ってる労いも兼ねてると思えば安いもんです。そう納得しておきます。

 どこか緊張感に欠けつつあるが、もうじきビルドゴーレムのHPバーが最後の1本に切り替わる。そうなれば行動パターンにも変化が起きるかもしれない。気持ちを切り替えて行かねば。


「あ……」


 その声が誰が発したものだったのか。

 いや、そんなことはどうでもいい。巨大な火球がゴーレムの胸部に直撃したことで、HPバーが切り替わってしまった。

 これ自体は別に問題はない。倒すことが目的である以上、必ず訪れることなのだから。

 ただ問題なのは……うちのメイン火力と支援組が何やらバタバタしていることだ。おそらくAPが切れてしまい、慌ててポーションを飲もうとしているのだろう。

 いったい何をやってるんだろうね……AP管理は大切なことでしょうに。特に魔法主体の人達はさ。


「黒いの、冷ややかな眼差しを向けるな! 元はと言えば、おぬしが従妹とイチャイチャ漫才するからじゃろ。それで気が散ったんじゃ!」


 えー……それは言いがかりじゃないですか。

 あなたも巻き込んでいたなら分かりますけど、キョウカとしか絡んでないんだし。

 というか……あのゴーレムさんは何をしようとしているのかな?

 少しずつ上に両腕を上げて力を溜めているように思える。先ほど地形を変えた一撃よりも更に強力な一撃を繰り出そうとしているのだろうか。

 もしそうなら……このエリア全てに判定のある攻撃もありえるのでは。


「おいエルダ、あの攻撃は何だ?」

「知らん!」

「お前、βテスターだろ!」

「βテスターだろうとわしはギルドを作った覚えもなければ、入った覚えもない! 故に知らん!」


 使えないなお前!

 でも何かぼっちだったのかなって可哀想な気持ちも芽生えちゃったから何も言わないよ。何たってβテスト経験者は他にも居るんだから。


「ムラマサ」

「いや~危なそうな攻撃やな」

「そんなのは見れば分かる。欲しいのは具体的な情報だよ」

「βテストで見た覚えはない。だから分からん」


 せめて現状に対する対応策くらい言ってくれませんかね。経験則に基づいたものでいいからさ!


「気を付けてくだされ! あれは正式稼働後に追加された行動パターンで超絶広範囲の叩きつけです。私やムラマサ殿はともかく、ナグモ殿達の防御力では即死もありえますぞ!」

「アイゼン……何でもっと早くしゃしゃり出てこない! いつもはもっと早いだろ。空気を読まずに色々とやるだろ。というか、あの攻撃の解説じゃなくて今必要なのは対応策だ!」

「私にだけ当たり強くないですか!? でもまあ……最近それも良いかなと思う自分もいますが」


 どうしよう……俺の友人の変態度が上がってしまっている。

 これって俺のせいなのかな? でも責任は取りたくない。


「対応策は至って簡単、攻撃して怯ませれば良いのです!」

「呑気にポージング決めながら言うことちゃうやろ!」

「ほら、アイゼンさんも突っ込むよ! ナグ兄も!」


 ムラマサに厳しい注意されて凹んだのもつかの間、アイゼンは嬉々とした顔でキョウカの後を追い始める。

 攻撃を阻止しなければクエスト失敗の確率が高くなるので俺も即座に動き出した。

 だがその間、先を走るアイゼンを見て、従妹に関わらせるかどうかを本気で考えてしまったのは仕方がないことだろう。あんな奴にはなって欲しくないのだから。


「どんどん腕振り上げてる!? このままじゃドーン! ドバーン! ビシャーンだよ!」

「まだ語彙力が落ちるほど諦める状況やない!」

「語彙力落ちたキョウカちゃん可愛い……ぐへ……ぐへへ」


 おいそこの老騎士、お前だけ反応がおかしいぞ。

 後方組には見えてないだろうし、聞こえてないだろうが俺にはバッチリだからな。渋い小父様が変態じみた顔をするんじゃないよ。犯罪者にしか見えなくなるだろ。


「受けてみい! これがうちの全力全開!」


 桃色に光った両手斧を大きく引き、腰の回転と共に全力で叩きつけるまさに全力全開の一撃。その名も《スタークラッシュ》。

 発生するライトエフェクトとムラマサのセリフのせいでとある魔砲少女を連想してしまう。

 いや、今はこんなことを考えている場合ではない。


「雷鳴一撃! プラズマァァァボンバァァァァッ!」

「ええっと……刈り取れ、終末の刃! デスシザース!」


 電気を纏った黄色の一撃と、闇のエフェクト付きの白き刃が次々とゴーレムに叩き込まれた。これらには麻痺効果と即死効果があったのだが、どちらの効果も不発に終わった。それよりも……

 何なの、お前達本当に何なの。

 脳内に魔法少女が物理的にぶつかりながらも友情を育む某アニメが浮かんだんだけど。劇場版2期のあのシーンが浮かんできたんだけど。

 君たちは物理版の魔法少女にでもなりたいのかな。

 物理版の魔法少女って何ぞってなるけど、適切な例えが出てこないんだから仕方がないよね。

 ちなみに……俺はまだ劇場版3期を見ていない。

 運悪く見に行けなかったんだよね。それとキョウカ、空気を読んだのか知らないけど、そのふたりのノリに付き合わなくていいから。あれは真似したらいけない人達だから。


「そんなことよりもだ……」


 まだゴーレムに怯んだ様子はない。

 このままでは馬鹿げた一撃が俺達に襲い掛かってくる。そうなれば一巻の終わりだ。

 現状での俺の最大コンボはアレだけど……この流れでやったら完全にネタ扱いされかねないんだよね。

 でもそれくらいしか怯ませられない気がする。

 あとは頼んだ! と言いたげな3人の視線もあるし……分かりました、分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば。

 俺も覚悟を決めますよ……何度覚悟を決めてるんだろうね。

 愛剣を納めながら腰にある剣を2本引き抜く。

 それを前方に高さが異なるように投げながらさらに1本引き抜く。思いっきり地面を蹴って加速し、アーツレベルの上がった《ブレイカー》をゴーレムの足に叩き込んだ。手に持っていた剣は跡形もなく壊れる。

 先に落ちてきた剣を手に取り、再び《ブレイカー》。

 剣が壊れた直後に体勢を整えながら、落ちてきたもう一振りを手に取って三度ブレイカー

 まさか……剣帝っぽく戦えるかなってことで隠れて練習したこの技をここで使うことになるとは思わなかった。

 まあそのおかげで脚部に怯みが発生し、体勢を崩したゴーレムは片膝を着いた。これで強力な攻撃を回避できたことになる。だが……


「ナグ兄、凄い! けどやっぱり変、何ていうか普通の人の動きじゃない!」

「ここゲームの中だから」

「さすがはナグモ殿、ここでトリプルブレイカーとは分かっていらっしゃる!」

「トリプルって表現はやめてくれる?」

「容赦ない破壊っぷりやな。まあでも今回は許す!」

「あぁうん、ありがと」


 何で一安心を通り越して緊張感がなくなるんだろうね。

 後方からは俺の名を現実での呼び方で言っている声も聞こえるし。何を言ってるかは言わないでおくけど、凄くテンション上がってるみたいだよ。恥ずかしいからやめて欲しいよね。今まだ戦闘中だし。

 大体攻撃を叩き込むチャンスなのに無駄話してたらダメでしょ。楽しもうとしてるのは分かるけど、こういうのは手を動かしてないと怒られるから。

 などと思った俺は、敵が膝を着いたことで狙える高さに来た核を攻撃しようと腰にあるブロードソードを引き抜く。


「――っ!?」


 迅速に狙いを定めつつ足腰に力を込めていると、いざ突貫! というタイミングで赤い何かが視界のほとんどを包み込んだ。

 まるで熱線である。

 その威力や凄まじく敵のHPをゴリゴリ削る。

 エフェクトの派手さも魔砲少女の砲撃を生で見ているかのようだ。目の前にあるのは炎だから、彼女に瓜二つなあの子の方がイメージには合うかもしれないけど。

 巨大な熱線はゴーレムを押し込みながら最終的に爆ぜる。

 爆風とゴーレムが倒れた衝撃で砂塵が舞い上がり視界が一時的にゼロになる。

 おい、ロリババア! こっちに倒れたら危ねぇだろうが。下手したら死んでたぞ!


「おぬしら、そんな地味な連携であのシーンを再現とか舐めとるじゃろ! これくらい派手な演出をせんと白い魔王に失礼じゃろうが!」


 こっちが文句を言う前によく分からんダメ出しが飛んできてしまった。

 だがこれだけは言わせて欲しい。別に俺はあのシーンを再現しようとか思ってない。怯ませるために3連続でブレイカーしただけ。

 というか、現状で《インフェルノイレイザー》なんて高レベルのアーツ撃てるの俺達の中じゃお前だけだから。同等の演出を求めないでくれませんかね。

 それに白い魔王って呼ぶ方が失礼だと思うんだけど。あとその呼び名が使われるのアニメの3期じゃん。あいつらがやってたのは2期の話ですよ。


「ねぇねぇナグ兄」

「ん?」

「ナグ兄も含めてこのパーティーって変な人ばかりだね」


 真顔でとても傷つくこと言われたんだけど。俺もこの変人達に含まれるとかありえないでしょ。バカな言動したら注意する立場なのに。


「俺はお前の方が毒されてると思うよ」

「毒されてないよ。この人達の前ならあれくらいやってもいいかなって」


 ごめん叔父さん達、すでにあなた方の娘さんはダメなラインまで踏み入れちゃってたみたい。

 でもあいつらレベルには間違ってもさせないから。それが従兄である俺が果たすべき最低限度の責任だし。


「そんなことはいいからさっさとボスを殴りに行きなさい。ラストアタック決めた方がボーナスもあるんだから」

「確かに!」

「ふ、残念ですがラストアタックは私がもらい受けます! こればかりは、たとえキョウカちゃんだろうと渡したくありません。だって私、ゲーマーですから!」


 若干口調が撫子化してるから戻しなさい。気持ち悪い。


「何言ってるんや。鍛冶師がこんなところまで出張ってきたんやで。ラストアタックはうちがもらって帰らせてもらうわ!」


 あなたって確か高校生だよね。アイゼンもだけど少しは中学生に優しくなりなさいよ。やってること大人気なく見えるよ。

 というか……ゴーレムが倒れてるから核を狙いに行くのは分かる。分かるけど……そこって逆に危険じゃないかな。だって後ろにはそこを狙っている魔法使いが居るわけだし。下手したらさっきみたいに魔砲が飛んでくるよ?


「しかし……」


 若干このゴーレムが哀れに思えてきた。

 真面目な目的で倒しに来たのに、どんどんネタを言うために利用されてるんだもん。HPはまだあるけど、その分だけネタに付き合わされるのかと思うと気の毒だ。

 よし、早めに殺してあげよう。それが俺に出来る唯一のことだ。

 あと可能な限りラストアタックも狙って行くぞ。さっき大人気ないとか言ってただろって?

 ふ……いつまでも子供扱いしてたらダメじゃないか。

 何よりアイゼンやムラマサ、エルダに渡すのって何か癪じゃないですか。俺に迷惑を掛ける3トップなんだし。邪魔をしたっていいじゃない byナグモ。


「よし……全力で行きますか」



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