第28話 「ボス戦開始」

 奥地へ足を踏み入れると、そこには色の違った荒野が広がっている。

 ざっと見た限り形は円形状のようだが、段差は思った以上に少ない。空中に居る敵を攻撃するのに使えそうな場所が数か所あるくらいだ。

 即行でボス戦に入るかと思ったが、敵影はなく物音ひとつしない。

 それがかえって緊迫感を生む。

 自然と警戒を強めながら中央の方へ進むと、朱色の巨大な結晶を見つけた。

 その結晶はまるで俺達の来訪を歓迎するかのように一度強く瞬くと、天へと昇り心臓のような鼓動を打つように輝き始める。

 直後――。

 強い力が働いて結晶の下方にある地面が砕け始める。それを見た俺達はそれぞれの獲物を構えた。

 砕けた地面の欠片は、まるで結晶の方へ重力が集中しているかのように吸い上げられ、結晶を中心に徐々に人型へと変わっていく。


「……おいおい」


 嘘だろ。ちょっとやり過ぎじゃね?

 そんな意味合いが込められていそうな言葉が誰かの口から漏れた。まあそれも無理はない。

 現れた巨人の大きさは頭部までおよそ10メートル。弱点である核がある胸部までも最低でも8メートルはあるだろう。

 AMOの現在のレベル上限は100のはずだ。

 このクエストの推奨クリアレベルは30。つまり全体で見れば、10段階の3段階目の難易度に分類されるクエストに挑戦していることになる。

 3段階目にして10メートル程の巨人を出すとは、このゲームの運営は何を考えているのだろう。

 最終的に50メートル以上の超巨大モンスターでも出すつもりなのだろうか。それとも最前線では。すでにそのようなモンスターと対峙しているのか。

 AMOは、これまでのVRMMOよりも進化しつつ自由度を上げたと謳っているわけだが……。

 運営さん、色々と今作でぶち込み過ぎじゃね?

 今後に出てくる新作を潰しかねない勢いを若干感じるんだけど。


「ヴゥォォォォ……!」


 ワイバーンの咆哮より強烈な雄叫び。まるで地響きだ。

 それにスタンなどの効果はないが、気弱い人間ならば竦むには十分な迫力がある。こちらに向いている目のような不気味な光には、確かな視線のようなものを感じた。

 本当この運営、何から何まで良い仕事をする。これまでやってきたどのゲームより良いVRMMOを作ったと素直に認められるよ。

 俺達がこれから挑むのは、複数のHPゲージを持つボスモンスター《ビルドゴーレム》。

 動きは速くないが、高い攻撃力を持つだけに一撃でも直撃すれば危険だ。

 そんな一撃をまずは1発と言わんばかりに、ビルドゴーレムは巨大な腕を振り上げ、地面を突き刺すように拳を振り下ろしてきた。

 予兆が分かりやすく直線状の攻撃だったこともあり、俺達は素早く回避行動を取った。

 先ほどまで俺達の立っていた場所が痛烈な一撃でひび割れる。

 こちらのダメージはゼロに終わったが、敵の一撃の重さは十分に伝わってきた。

 また巨人の両翼にウェアウルフが1体ずつ出現。ボスの取り巻きだけあって、これまでの個体より一回りほど大きい。加えて、手には鋭い曲刀型の武器が確認できる。HPだけでなく攻撃力も高くなっていると考えるべきだろう。


「キョウカ、お前は右の奴な」

「え、あぁうん。でも何か強そう……」

「大丈夫、今のお前なら頑張れる」

「ナグ兄……そこは大丈夫って言うところじゃないかな!」


 あのね、軽々しく大丈夫なんて言葉言えるわけないでしょ。

 推奨レベルくらいでこのクエストには挑んでるわけだし、そこにキョウカは達してないんだから。

 大丈夫なんて言ってさ、そのあとに死なれたりしたら……あのとき俺がどうのって言われかねないじゃないですか。そんなのは嫌ですよ。

 そんなことを思ってる間に、アリスが自分達をサポートするとフォローしてくれた。

 何だかキョウカさん、キラキラした顔で返事して敵に向かって行ったけど……アリスのような男が好みなのかしら?

 でも今のアリスは女みたいな外見……もしかしてお姉さまが欲しいの?

 まあ人の恋愛観にどうこう言うつもりはないけど、叔父さん達としては普通の恋をして欲しいと思うよ多分。


「グルルゥ……!」


 自分が貴様の相手だ。

 そう言わんばかりにウェアウルフが唸り声を上げながら近づいてきている。正式名称は《ウェアウルフ・エリート》と言うらしい。

 何とも意識が高そうな名前である。俺を倒したところであのゴーレムから評価されることはないだろうに。


「ま……そもそも負けるつもりもないが」


 あのゴーレムを倒すために今日まで自身と装備を鍛え上げてきたのだから。

 とはいえ、普段は禁物。得物を持っているモンスターはその獲物を使ったアーツを使用してくる。直撃をもらえば大ダメージは避けられない。

 特にマイナーな武器スキルになるほど、プレイヤー側もそのモーションを見慣れてないので先読みが難しくなる。目の前のウェアウルフが持つ曲刀は、そこそこ使われているので問題はないが。


「グルァッ!」


 死ね、と言いたげにウェアウルフは、曲刀を上段に振り上げる。

 アーツではないが、それなりに予備動作が大きい。アイゼンのような重量級装備を好む前衛ならばともかく、軽戦士タイプのプレイヤーには十分な隙だ。

 7本も剣を装備している奴が軽戦士かって?

 それは人によって違いそうだけど、これでも最近は敏捷値にレベルアップボーナスはぶち込んでますから。

 それに着ているコートも敏捷性を上げてくれるもの使ってますからね。故に個人的には、軽戦士であると言わせてもらいます。


「ふ……!」


 地面を強く蹴り抜き、脇をすり抜けるように一閃。ウェアウルフは驚きの混じったような悲鳴を微かに漏らす。

 さすがにボスの取り巻きだけあってHPの減少は微々たるものだ。

 とはいえ、敏捷性はこちらが勝っている。このタイミングならば追撃は可能だろう。

 足に力を入れて制止を掛け、振り返りながら横なぎに剣を振る。

 そこから手首を返して振り上げ気味に一閃。振り返りつつあるウェアウルフと視線が重なったので、無理せずいったん距離を取る。

 ……思ってたより敏捷性の補正が凄いな。

 これまで着ていたのは《ウイングコート・ワイバーンプロト》だったが、強化したことで《ウイングコート・ワイバーン》に変化している。

 強化によって防御力が上がったのはもちろんだが、それ以上に敏捷値への補正が上がっている。補正の掛かる装備は他にもあるだろうが、伊達に竜種の素材を必要としてないということか。


「さて……」


 あまりこいつの相手をしているわけにはいかない。

 俺の立場は遊撃に等しい。状況に合わせてゴーレムへの攻撃に参加したり、キョウカの方へ助っ人にも行くことが必要なのだから。

 これは誰かに言われたわけではないが、魔法&支援メンバーをゴーレム側に集中させる。これがこの戦いでは大切なことだろう。そのために俺は俺の仕事を考えて動くべきだ。

 今のところゴーレム戦は順調みたいだな。大きなダメージをもらった気配はないし、エルダが順調にダメージを与えている。

 キョウカの方は……競り合いになってるな。

 ステータス的に考えて、俺のように優位になる部分が少ない。

 それだけに時間が掛かるのは仕方がないことだ。助っ人に行くかは、目の前の奴を倒した時の状況次第だが。


「グルァ!」

「そう吠えるなよ。別にお前の相手を忘れてるわけじゃないだから」


 ただ他にも気にしないといけないことがあるだけで。

 まあそんなことをモンスターが理解してくれるはずもなく、短い雄叫びを上げながら凶器を振り回してくる。

 だが敏捷値で勝っていることもあり、気を抜かなければ回避できないものはなかった。

 直撃がないことに苛立ちを覚えたのか、ウェアウルフは一際大きな雄叫びを上げると、跳躍しながら得物を最上段に振り上げる。

 俺の記憶が正しければ、《バスターエッジ》と呼ばれるアーツだったはずだ。

 予備動作が大きめではあるが、そのぶん威力は高く防御力を減少させる効果も持っている。

 が、体勢を崩してもいない状態で直撃するはずもない。

 1歩後ろに跳ぶと、元居た場所に紅の閃光が走り地面へと駆け抜けていった。ひび割れた地面がその威力を物語っている。

 それを一瞥しながらも剣を構え直した俺は地面を蹴る。

 赤色のライトエフェクトが発生した刀身が的確にウェアウルフの首元に直撃し、HPを大きく削る。

 俺が今使用したのは愛用しているアーツの《バッシュ》だ。

 だが最近獲得した《剛剣》というスキルを獲得した。これは刀剣カテゴリのアーツ威力を上昇させる。

 また俺が愛剣としている始剣【黒耀】は魔剣に分類される。強化したことで元から高かった攻撃力と耐久値はさらに上昇した。

 だがそれだけではない。

 強化したことでアーツの威力を上昇させる効果が解放されている。

 魔剣に分類される武器には強化でこのような効果が解放される場合があるのだ。

 このふたつの補正によって使い込んだでレベルの上がった《バッシュ》は、更なる威力を発揮し、敵のHPを大きく減らしたというわけだ。


「まだ……!」


 異なる構えから再度バッシュを放つ。

 その一撃によってウェアウルフには更なる怯みが発生し、反撃が来ないと踏んだ俺はさらに追撃していく。

 剣を持ち替えて《ブレイカー》を撃ち込もうと思ったが、結局バッシュの連打で削りきった。

 あのエルダと共に行った辛い竜狩り……本当に耐えて良かった。

 そう思える程に感慨深い気持ちが湧いて立ち止まりそうになるが、気持ちを入れ直して周囲の様子を観察する。


「行くでッ!」


 ゴーレム側は、ちょうどムラマサが《フルスイング》を発動させたところだった。

 このアーツは高威力であるが、予備動作が大きいために命中率が低い。

 だがあの動きの鈍重なゴーレム相手ならば気にすることでもない。水色のライトエフェクトを纏った一撃がゴーレムの脚部に直撃する。

 ただボスのHPは膨大であるため、減少した幅は微々たるものだ。

 しかし、エルダの《ファイアボール》や《フレイムランス》が次々と胸部へ命中。課金によって同レベルのプレイヤーより高い熟練度に達している彼女の魔法は、明確にHPを削っていく。

 アイゼンがスキルを駆使して注意を引き、ダメージをもらってもアリスやルシアが回復させている。

 ゴーレム戦は順調に推移していると言えるだろう。

 というわけで、キョウカを助けに行きましょう。良い戦いをしていると言えば聞こえはいいけど、倒すべきはゴーレムだからね。


「ヴゥオォォォ……ォォン!」


 ビルドゴーレムは両腕を組んで振り上げたかと思うと、渾身の力で振り下ろしてきた。地面が大きく揺れ、傍に居たアイゼンやムラマサは動きを阻害され、発生した衝撃波で後退させられた。

 パーティー内でも防御力の高いふたりのHPが半分近くまで一気に持って行かれたことを考えると、直撃すれば即死もありえる。ボスだけあって実に馬鹿げた攻撃力だ。

 だが問題はそれだけではない。

 今の一撃で地形に変化が生じ、中心付近が陥没してしまっている。

 俺やキョウカの居る場所との段差は数メートル規模に達しているため、広範囲技が来てしまうと回避が難しいだろう。

 だがダメージを受けたふたりには、アリスとルシアの召喚しているヒーリングユニコーンがすでに回復を施している。焦って援護に行く場面ではない。

 むしろ援護に行くべきはキョウカの方だ。

 あちらの方がゴーレムに近い場所で戦っていたこともあり、先ほどの揺れで均衡が崩れ押され気味だ。

 現状で直接助けに行けるのは俺だけ。なら迷うことなく進むべきだ。しかし……


「地味に遠いんだよな……」


 高さを考えるとここから回って進むしかない。

 直線に進んだ方が距離として短くはあるが、段差の高さを考えると今のステータスでは思いっきり跳んでも少し足りない。足りないのは1メートルくらいなのでちょうど良い踏み台でもあれば行けそうなのだが……


「……あ」


 よく見ればちょうど良い踏み台があった。ただ実行するにはリスクが伴う。

 まずゴーレムの近くを横切る形になるのでラッキーパンチが怖い。俺の防御力でもらうもの次第ではワンパンも考えられる。これがひとつ。

 もうひとつは……多分ステータス的には大丈夫とは思うんだけど、緊張感を霧散させる可能性があるんだよな。何かあればすぐやらかす奴だから。

 でもキョウカが死んだらそれはそれで問題だよね。

 拗ねられたら地味に面倒臭いし。誘ったの俺だし。同じ家に住んでるわけだから顔を合わせる機会も他より多いわけで。

 というわけで、覚悟を決めて行きたいと思います。


「む……さすがはボス。ひとつの油断が命取りになりませんな。しかし! このアイゼン、命を懸けて皆様を守る所存。さあ掛かってくるがいい、巨大ゴーレムよ!」

「アイゼン、ちょっと肩借りるぞ!」 

「はい?」


 アイゼンの顔は実に困惑しているが、そのへんは気にしない。

 強く地面を蹴ってアイゼンの方へ跳ぶと、可能な限りその勢いを殺さないようにしながら思いっきり彼を踏み抜いた。

 俺の身体は空高くへと舞い上がる。


「なっ……私を踏み台にしたぁ!?」


 ほら、やっぱりふざけたよ。

 踏み台にして微塵も揺らがない筋力値は素晴らしいと思うけどね。

 というか、そのネタ分かる人っているの?

 ロボット好きくらいしか分からないと思うんだけど。俺は昔からロボットアニメは見てきたし、色んなロボットが登場するシミュレーションRPGやってたから分かるけどね。

 などと考えていると俺も集中が切れそうだったので、意識を眼下のウェアウルフに移す。


「え……!?」


 何やらキョウカが驚いた顔をこっちに向いているが、目の前のモンスターに集中しろと言いたい。目の前にいるのに相手にされなかったら悲しくなるでしょ。

 お願いだから現実の男子にそういうことしないでね。思春期迎えたばかりの男子ってナイーブな子が多いから。

 着地した瞬間、ウェアウルフがこちらに気づいたのか視線が重なる。

 背中から斬りつけるのは気が引ける、なんてことはないので俺は容赦なく剣を構える。

 戦いというものは非常なものだからね。

 相手が人間ならよほどのことがない限りフェアプレイを心がけるけど、モンスター相手にそんな気遣いをするつもりはありません。


「せあッ!」


 赤色に輝いていた刀身を躊躇することなくウェアウルフの後頭部に撃ち込む。大ダメージと共に怯みが発生したのは言うまでもない。


「もらったぁッ!」


 大鎌の刃が紫色に輝くと、バツの字を描くように高速で二度振られる。

 大鎌スキルのアーツのひとつ《シザークロス》だ。動くことでダメージを受けてしまう《出血》という状態異常を与えることがある。

 そこからは一方的な展開だった。まあ挟まれた形でアーツを撃たれまくれば当然のことなのだろうが。

 ウェアウルフが消滅した後、キョウカは一息吐いて呼吸を整える。

 俺もそれを見ながら意識をゴーレムの方に向けようとすると……


「ナグ兄って時折突拍子もないことするよね」


 なんて言われてしまった。助けに来たのにひどいと思わない?

 俺、別におかしなことしてないと思うんだけど。アイゼンは大声でネタを叫んでいたけどさ。まったくこの従妹は……


「ぶつくさ言ってないで俺達もゴーレム戦に参加するぞ」

「あたし下手したら即死するよ?」

「それは俺も一緒」

「でも段差が……」

「そこはお兄さんがどうにかしよう」


 一瞬ポカンとするキョウカだったが、何かしら想像したのか露骨に嫌そうな顔になる。

 だがしかし、ここで傍観していては仲間から罵倒が来てしまう。

 なので……嫌がろうと連れて行きます♪ あとで文句言われるかもしれないけど、強引にでも連れて行きます。

 どうやってかって?

 そんなのキョウカを担いでに決まってるじゃないですか。

 そして、段差は飛び降ります。現実ならアウトだけどゲームの中なら問題ないからね。


「え、あ、ちょっ……ナグ兄、嘘だよね? 何か雰囲気的に一気に下まで降りようとしている気がするんだけど? 何個か段差あるんだし、順番に下りて行けばいいんじゃないかな?」

「大丈夫大丈夫」

「軽っ!? 自分で降りるからナグ兄だけ先に行こうよ! というか、何でこんな不安定な体勢で連れていかれるの? せめてお姫様抱っことかもっと安定した運び方をあたしは所望します!」

「面倒なので却下します」


 お姫様抱っことかするなら右手の剣を一度納めないといけないし。

 それにさ、どうせ下に降りたらすぐに抜かないといけないんだからこのままで良いでしょ。その方が手っ取り早いし。人生何事も経験って言うじゃないですか。

 というわけ……


「参ります!」

「鬼か! 人の話を……って、あっ、ちょっまだ心の準備が……ナグ兄のバァァァカァァァァァァァァァァァッ!」



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