第24話 「人それぞれ」

 天に向かって放たれる咆哮は、幼体よりも遥かに力強い。

 こちらを射抜く瞳は鋭く、大きく広げた翼は巨大な肉体を易々と空へと持ち上げている。

 ワイバーンはこれまでに何体も葬ってきたが、それはあくまで幼体。目の前に佇むのは成長期だ。

 成長し巨大化した身体はもちろん、口元に生えた牙も足にある爪も格段に鋭さを増している。

 だが最も異なる点は、空を飛べるようになっていること。

 俺のように遠距離攻撃を持たないプレイヤーは、攻撃できる機会が限られる。

 だからといって迂闊に接近すれば、あの巨体を活かした攻撃の餌食になりかねない。攻撃力を始め、機動力は格段に上昇しているだろう。

 幼体の動きは一度忘れるべきだ。

 幼体と重ねては逆に翻弄されかねない。別のモンスターとして認識し、動きを覚え、徐々に動きを最適化して対応しなければ。


「黒いの、確かおぬしは近接特化であったな?」

「ああ」

「低空ならまだしも本気で飛ばれては攻撃が届かぬであろう。わしが奴を地面に落とす。じゃからおぬしは奴の気を引いておけ」


 基本的に近づけば近づくほど敵からのヘイトは上がる。故に誰も攻撃してない状態ならば先に近づいた俺に注意が向くだろう。

 現状の高度では、思いっきり跳んでギリギリ届くか届かないか。

 アーツを使えば命中するだろうが、その一撃で怯むとは考えにくい。

 また空中では回避行動が取れないだけに現状でその行動を取るのは自分の首を絞めるだけだ。

 そのため壁になれる防御性能は俺にないが、どうにかして回避して時間を稼ぐしかないだろう。


「間違っても俺の上に落とさないでくれよ」

「善処しよう」


 善処ね……。

 まあどう落ちるかなんてそのときそのときで変わるだろうし、正しい答えか。

 というわけで、エルダリンデのことはここまでにしておこう。

 自分から狙えと言わんばかりに接近するんだ。一瞬の気の緩みから直撃をもらって、そのまま追撃で死亡なんて笑い話にもならない。

 俺は背中にある愛剣を抜き放つと、地面を強く踏み抜いた。

 7本もの剣を装備しており、一時期筋力寄りの育成をしていたが、始剣【黒耀】が装備できるようになってから別だ。可能な限り敏捷にレベルアップ時のボーナスを振るようにしている。

 また俺の今着ているコートは敏捷性を上げてくれる効果があるため、それなりの速度を出すことは可能だ。

 まあ……あちらも竜種の中では速度が売り。どこまで通用するかは出たとこ勝負なところもあるが。


「グルアアァァァッ!」


 ワイバーンは威嚇するかのように咆哮を上げると、一度大きく羽ばたいてこちらに滑空してきた。

 これまでに戦ってきたモンスターの中でもトップクラスの速度。こちらも前に出ているため、より速く感じる。

 とはいえ、反応できない速度ではない。

 ワイバーンの脇を抜けるように進行方向を調整しながら身体を捻じって踏み切る。翼と地面の間を抜けるように回転しながら剣を振ると、浅くだがワイバーンの翼を傷つけた。それによってわずかばかり敵のHPが減少する。

 ワイバーンは攻撃がヒットしたことで完全に俺をターゲットにしたらしく、羽ばたいて減速するとこちらに振り返った。

 滑空したことで高度が下がっており、今の高さならば剣士の俺でも十分に戦える。

 とはいえ、純粋な地上戦と比べると急上昇で回避される可能性もある。

 故に不利な状況なのに変わりはない。油断はしないようにしなければ……。


「グルァ……!」

「――ッ!?」


 ワイバーンは大きな両翼を後方へこれでもかと反ると、一気に交差させる勢いで前方へ振り抜く。

 すると、それによって発生した強風が砂塵を巻き上げながら襲い掛かってきた。俺は急いで横へと跳んで前転、その勢いを利用して立ち上がる。

 ブレスのように魔法攻撃扱いなのかは定かじゃないが、飛び道具もあるのか。一瞬で距離を詰められない限り、直進で進むのは危険だな。

 直後。

 大きな火球がワイバーンの翼に直撃し爆ぜる。

 それによってHPが目に見える量、具体的に言えば1割ほど減少した。

 飛来したのは《赤魔法》の攻撃アーツである《ファイアボール》だろう。だがそれにしては威力が高すぎないだろうか。

 エルダリンデのステータスがレベル30以上のものであり、魔法主体のスキル編成をしているのは知っている。

 しかし、竜種というのは比較的火属性に対して耐性を持っている種族が多い。初期魔法である《ファイアボール》であれほど削れるものだろうか……。


「翼竜よ、おぬしに恨みはないがどんどん行かせてもらうぞ!」


 エルダリンデは、舞を舞うかのように扇を振り回しながら次々と火球を放つ。

 いくら初期魔法は発動までの時間が短いとはいえ、あそこまで連続で放つのは普通は無理だ。《詠唱短縮》や《連続詠唱》といったスキルは存在する。

 だが、あれほど連射するにはスキルだけでなく、そのアーツ自体の熟練度も相応のレベルが求められる。少なくともレベル30台に出来る回転率ではない。

 ……なんて考えるのは後だ。

 火球の連射がワイバーンの翼に命中したことによってHPは減少し、耐えきれなくなったワイバーンは地面に落ちた。しかい、すでに怒りを宿した眼光をエルダリンデへ向けながら立ち上がろうとしている。

 いくら連続で魔法を放つことが出来ても、撃ち終わりのタイミングはある。ワイバーンの敏捷性を考えれば一気に距離を詰めることも可能だろう。

 エルダリンデの顔に焦りは見えない。

 むしろ最後まで自分がやっても良いのか? と言いたげな視線を俺に向けている。

 楽が出来るのは良いことだとは思うが、それだとレベルが上がってもスキルが育たない。何より……あの女に全て任せるのは――


「――癪に障る!」


 地面を思いっきり蹴り抜くと一直線にワイバーンへ向かって行く。

 通常ならばこの選択は危険だが、今のワイバーンは体勢を崩し意識も他へ向いている。迎撃を受ける可能性は低い。

 愛剣を握り直すと赤色の光が刀身に宿る。


「ッ……!」


 無声の気合と共に剣を振り下ろす。

 ワイバーンの頭部目掛けて放ったのは愛用したことで熟練度も上がった《バッシュ》。

 このアーツは元から発動速度も早く、使用後の硬直も短い。

 また熟練度が上がったことで威力の上昇はもちろん、《硬直短縮》の効果も得ている。

 そのため、ほぼ連続で発動することも可能になっており、構えを変えながら発動し3度ズシリとした手応えが返ってきた。それと同じ分だけの赤い軌跡が描かれ消えていく。

 叩き込んだ3発の内の1発がクリティカルで入ったこともあり、ワイバーンの残りHPは2割にも満たない。

 ここで剣を入れ替えて《ブレイカー》を撃ち込めば削りきれそうだ。

 だが必要とする素材の数を考えると、最初から飛ばしていくのも理に適わないのではないか。

 そんなことが脳裏を過ぎった瞬間――


「な……!」


 灼熱の炎槍がワイバーンを貫き、残っていたHPを吹き飛ばしてしまった。

 おそらく《赤魔法》のひとつである《フレイムランス》だろう。《ファイアボール》よりも格段に威力があるアーツなだけに弱っていた敵を吹き飛ばすのは当然だ。

 だがそんなことより……

 追撃していたら巻き込まれてもおかしくないコースのように思えたんだが。

 それは俺の気のせいなのか。それともわざとやったんですかね。わざとならパーティーを組んでる相手とはいえ文句のひとつくらい言いますよ。


「おい……最後の俺ごと仕留めようとしてなかったか?」

「いやいや、そんなことするはずないであろう。おぬしなら迂闊な追撃はせぬだろうと信頼しての攻撃じゃ……何じゃその目は。わしが嘘を吐いておるとでも言うのか?」


 そこまでは断言しないが、嘘を吐いている可能性があるとは思う。

 自分が面白いと思ったなら、ついやってしまいそうな雰囲気がこのロリババアにはあるから。確信がないので言葉には出さないでおくが。


「別に……それより疑問があるんだが」

「わしのスリーサイズか?」

「質問じゃなくて疑問だって言っただろ」


 そもそも質問するにしたって突然スリーサイズなんて聞かねぇよ。ロリ体型のを聞いても全く興奮しないし。

 俺は貧乳より巨乳の方が好きだからね。大きすぎるのはちょっとあれだけど。形とか綺麗な方がグッと来るし。


「レベルやステータスが俺よりも高いのは分かるが、それにしたってスキルやアーツのレベルが高すぎないか? 普通にやってたらあのレベルになるのはまだ先だと思うんだが」

「まあそうじゃろうな。今日はともかく普段は普通の育成はしておらぬし」

「それって……つまり」

「そう、課金じゃ課金。課金でスキルの成長速度だけブーストしておるんじゃ」


 素直に認めたよ。

 いや変に言い訳されるよりは良いけど……どうしてそんなにやけ面をする必要がある。そのせいでイライラするんだが。


「何じゃ? 課金に文句でもあるのか?」

「別に……」

「その言い方からしてあるじゃろ。別に多少の課金くらいええじゃろうが。大人は子供ほど趣味に使える時間がないんじゃ。それを自分で稼いだ金で補うことの何が悪い」


 だから課金に関して文句はねぇよ。

 あんたの言ったように自分の稼いだ金をどう使おうがそれはあんたの自由だし。

 撫子とかなら大人ってずるい! とか言うかもしれないけど、少なくとも俺はそれに関してとやかく言うつもりはないから。


「俺が苛立ってるのはそこじゃないから」

「なら何じゃ?」

「あんたの人をおちょくるようなにやけ面に腹が立ってるだけだ。仮にあんたがアイゼンとかなら張著せずぶん殴ってる」

「黒いの、男が女性に手を上げるものではないぞ」


 だからその顔が腹が立つって言ってんだよ。

 それに俺だってそれくらい分かってるから。これまでに暴走を止めるために叩いたことはあるが、間違っても殴ったことはねぇよ。あくまで例えだよ例え。

 大体性別も見た目も偽れるゲームなんだからお前が女だて保証がどこにあるってんだ。現実で会うまで俺は100%信じるほどお人好しじゃないぞ。


「はぁぁ……」

「そのような大きなため息を吐いておると幸せになれぬぞ」

「あいにく俺は不幸だからため息が出るって考えなんでね。それよりも先に進むぞ」


 まだワイバーンを1体倒しただけだ。

 強化に必要な数にはまだ大量に狩らなければならない。それに愛剣の強化のためには黒竜の素材も居る。

 確か黒竜は山頂付近にランダムで出現するらしい。

 ランダムである以上、黒竜が出現するまでは色んな奴を狩らなければならない可能性がある。

 それに一度で目的の素材が取れるかは分からない。運が悪ければ相当の苦労をすることになるだろう。

 まあレベルやスキル上げも兼ねてるから無駄な時間にはならないんだが。

 ただ……一緒に居る奴があれなだけに早めに終わることに越したことはない。まだどういう奴かはっきりしてないからあいつらと居るより疲れるし。


「戦闘前の比べるとずいぶんと紳士的でなくなったように思えるのじゃが?」

「戦闘前に言っただろ。俺の言動は相手の態度によって決まるって。紳士的に振る舞って欲しいならまともな言動をしてくれ。というか……そうするって言ってなかったか?」

「いや、覚えておこうとは言ったがそうするとは言っておらぬぞ。それに多少ふざけた方がおぬしの素が見えそうだからな。距離を縮めるためにも真面目に接し過ぎるのも良くないじゃろ?」


 いいや真面目でオッケーだから。

 真面目にしててもそのうち距離は縮まるから。むしろその方が早いと思うよ。素がどうのって言うけど、それはただ口が悪くなってるだけでしょ。

 なんて言っても効果は薄そうだし、真面目に相手するだけこっちが疲れるだけな気がしてきた。もうある程度好きにさせた方が良いかもしれない。


「……好きにしてくれ」

「うむ、好きにさせてもらおう。では行くとするか……黒いの、ぼんやりするな。置いて行ってしまうぞ」

「はいはい」

「はいは1回じゃ」

「お前は先生かよ」

「そんなわけないじゃろ。だが人生の先輩ではある。よいか、今後のために言っておくが返事というのは……」

「頼むから……話すならせめて世間話にしてくれ」



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