第23話 「ムラマサの知人」

 あれから数日。

 俺達はギルドを立ち上げるためにレベル上げと装備のためにクエストをこなし、モンスターを狩り続けている。

 その甲斐もあって俺はレベル24に上がり、最もレベルの低かったアリスも本人の努力もあってレベル21になったと聞いている。

 俺よりもレベルが高かったルシアやアイゼンはもちろん、βテスト経験者であるムラマサもここ数日でレベル30というところまで来ていた。今日中にレベル30以上になるかもしれない。

 どうして断定できないかというと、今日俺は別行動を取っている。

 理由としてはふたつ。

 ひとつは装備強化に必要な素材が異なること。

 俺の装備している《始剣【黒耀】》と《ウイングコート・ワイバーンプロト》を強化するためには竜種の素材が必要だ。目的の竜種が出現するのはノーズライナから北西に進んだ山岳地帯。

 対してアリスが作りたいと思っている《ヒーリングスタッフ》には、ノーズライナから東に進んだ森に出現する《ヒーリングユニコーン》の素材が必要になる。名前からも分かるだろうが回復効果を高めてくれる装備だ。

 また現状のパーティーメンバーには回復支援できるのがアリスしかいない。

 そこを補うためにルシアが《ヒーリングユニコーン》と契約しようということになった。そのため彼女は必然的に俺とは別行動になったわけだ。

 アイゼンやムラマサは今日はふたりの手伝いという意味で同行している。

 こちらの人数が少ないと思うかもしれないが、モンスターの出現率や一度に出現する数を考えてあちらに戦力を裂くことにしたのだ。今のタイミングでデスペナルティを受けるわけにはいかない。

 それに……


「む……どうした黒いの、わしの顔に何か付いておるのか?」


 俺の方にも同行しているプレイヤーは居る。

 150センチにも満たない背丈に地面すれすれまで伸びているプラチナブロンドの髪。真っ赤な着物を程よく着崩し、手には艶のある紫色の扇。

 数日前にクソ野郎と遭遇した時に現れたロリ+ババァ口調でツンデレ要素もありそうな少女である。

 どうやらムラマサのβテスト時代からの知り合いだったらしく、この度俺達のギルド立ち上げに協力してくれることになったのだ。

 本人曰く、礼などは不要とのこと。ムラマサに紹介された時に


『紹介に預かったエルダリンデじゃ。別に礼などせずとも良い。すでにそこの鍛冶師から今後のメンテなどを割引してもらえるという約束をしておるからのう。すでに報酬はもらっておる。短い付き合いになるやも知れぬが、まあよろしく頼むぞ』


 と言っていた。

 エルダリンデの見た目は子供のそれだが、醸し出す雰囲気に幼さは感じない。平均身長が伸びた現代においても、小柄な女性はそれなりに多い。

 俺の学校にも彼女と同じくらいの背丈の女子は何人も居るし。身長に関しては遺伝的なものもあるだろうから身長のことでとやかく言うのはナンセンスだろう。


「いや別に。こんな早く再会するとは思ってなかっただけさ」

「ふむ、それはについては同感じゃな。まあ縁があったということであろう」


 縁……縁ね。まとも縁であることを祈るよ。

 アイゼンの知り合いであるムラマサの知り合いというだけで若干一般とずれたところがありそうだし。今のところやばいなって思うことはないけども。

 でも何かがきっかけで豹変するかもしれないからなぁ。アイゼンの中なんてアニメ見るだけでぐへへ状態になるし。


「ところで……本当に俺達ふたりで大丈夫なのか?」


 エルダリンデがすでにレベル30以上のプレイヤーであることは知らされているが、竜種は他のモンスターよりもステータスが高めに設定されていることが多い。

 俺はタイプとして軽戦士だから鎧の類は装備していないし、エルダリンデも着物以外に身に付けているものはない。どちらも壁役になるのは無理だろう。

 今日の行動方針を提案したのはエルダリンデであり、全員納得した上で行動している。だが彼女とレベル差のある俺には少し不安があるのだ。死んでしまえばその分だけ装備の強化が遅れる可能性が高まるのだから。


「無謀な提案をするほど、わしはうつけではない。おぬしも知っているだろうが竜というのは他のモンスターよりもステータスが高めじゃ。それ故に群れで出てくる確率は低い。それに……人が少ない方がわしは戦いやすいのじゃ。あまり気を遣わんで良いからのう」


 口ぶりからして嘘を言っているようには見えないが……。

 エルダリンデのスキル構成は熟練度といった詳細までは聞いてはいないが、どんなものを持っているかは聞いている。

 まず見た目で分かるのは《鉄扇》だ。

 このスキルは文字通り鉄扇を用いて近接攻撃が出来るわけだが、それ以外にも舞を踊ることで回復や補助も可能。

 これだけ聞くと万能に思うかもしれないが、色々出来るということはそれだけ特化していないということ。必然的に発生する効果は専門的なものより低い。

 他は魔法主体のスキルだと聞いているが……。

 レベルが30を超えているとはいえ、まだパーティーメンバーを巻き込みかねない大規模なものが使えるようになるのはスキル熟練度が後半に入ってからだ。

 普通にプレイしていれば、レベル30台でその高みに入っている者はいないはずだが……。

 まあ初期から使える攻撃魔法でも射線の確保は必要だ。故にパーティープレイでは気を遣う。

 エルダリンデはパーティーよりもソロでの行動が多いと出発前に言っていたので、単純にその程度の意味で言っただけなのかもしれない。戦闘になれば分かることなのだから今は深く考えないようにしておこう。


「時に黒いの」

「ん?」

「やはりあの眼帯の黒竜使いが本命なのか?」


 本命?


「何の?」


 いや鈍くないから言ってる意味は分かるよ。

 分かるけど、やっぱり俺としてはワンクッション置きたいというか……唐突にこんな話を振ってくる相手に焦るわけにはいかないじゃないですか。


「分かっておるのに惚けるな……本当に分からぬわけではなかろうな?」

「いや分かるけど。何で急にそういう話になる?」

「モンスターが出んと暇ではないか。スキンシップじゃスキンシップ」


 スキンシップ? 暇つぶしの間違いでは?

 まあ竜種はこの山岳地帯の上の方でしか出てこないらしいし、登れば登るほど道も険しくなるから何か話すのは気が紛れていいかもしれないけど。

 でも俺達ろくに話したこともないんだよ。普通もっとライトな話題から話すもんじゃないかな。俺の考えって間違ってる?

 などと人知れず愚痴をこぼしながら1メートルほどの段差を飛び降りる。着地した俺は、振り返ってエルダリンデの方に右手を差し出す。

 ステータス的にこの程度の段差は問題ないとは思うが、このへんは昔京華とかと遊んでる内に身に付いた習慣だ。背が小さいとこの手の段差に苦労したりするからな。

 今は京華も大きくなったし、段差のあるような場所で遊ばないからやらなくなってけど。

 だからエルダリンデが特別だからやっているわけではない。

 むしろ親しくなるほど、こういうことはしなくなるだろう。

 これまでの経験的に気を遣うのがバカらしくなることが多かったし、唐突に色恋の話をしてきたこいつもそうなる可能性が高そうだから。


「冷たい言動が多いと聞いておったが紳士なところもあるんじゃの」

「俺の態度は相手の言動次第で変わるんでな。まともな言動をしてくれるならまともな対応をするさ」

「ふむ、わしは人に冷たくされて喜ぶ性癖は持ち合わせておらんからな。覚えておこう」


 そこでさらりと性癖がどうとか言う奴はまともじゃない気がするんですけどね。まああいつらより今のところマシだから触れないでおくけど。触れたことで加速が掛かったりしたら面倒だし。


「それで黒竜使いがおぬしの本命か?」

「そこに戻るのか」

「おぬしの性癖の話でも良いが?」


 うん、こいつまともじゃない。

 色恋に関してはまだ理解出来るよ。世の中には合コンなんて文化もあるわけだし、好きなタイプがどうのって話は初対面でもするだろうからね。俺は高校生だからそんな経験はないけど、本屋のお姉さんあたりは経験してるんじゃないかな。

 でも……性癖の話はしないよね?

 撫子さんみたいな人達がオフ会とかでその手の話をするなら分かるよ。

 でも俺はああいう人種じゃないからね。これまでにその手の話をしたことがないとは言わないけど、するにしても親しくなってからだし。初対面同然の相手に君ってどういう性癖なの? なんてこと言えませんよ。


「答えたらそっちも答えるのか?」

「おぬし……それはある意味セクハラじゃぞ。まあ別に構わんが」


 今の時代、女が男にしてもセクハラになるんですが。

 それ以上に……そこは構おう。もっと自分を大切にしていこうよ。たとえゲームの中でもさ、俺達は人間なんだから。失うものが何もないわけじゃないのよ。


「いやいい。見ず知らずに等しい人間の性癖聞いても仕方ないし」

「ならやはり恋バナじゃな。どうなんじゃ? どうなんじゃ? あの娘とはどこまで進んでおる?」


 うわ……実に腹が立つにやけ面してるよ。

 出会って間もないからしないけど、もう少し時間が経ったら叩きたくなるレベルだね。


「進んでるも何も友人の域は抜けてないし、抜ける予定もない」

「手を繋いだりしておったではないか?」

「手くらい繋いでも問題ないでしょ」


 気を遣わずに相手出来る奴ならスキンシップくらいあるもんだし。

 大体あんたは手を繋いだ経緯を大まかには知ってるでしょ。いつも繋いでるみたいに言わないで欲しいんだけど。


「も、問題ないじゃと? さ……最近の若い者は色んな体験も早いというが」

「若い者って……あんた俺よりも年上なの?」


 そんなに小さいのに?

 身長を変えてる可能性はあるが、顔は弄っても身長まで弄るプレイヤーは多くない。現実の自分から離れれば離れるほど感覚の違いに苦しむことになるからだ。

 そういう意味で現実とかけ離れたアバターを使っている撫子さんはMかもしれませんね。


「失礼な。わしはこんな成りでもすでに成人しておるわ」

「へぇ……でも恋愛はしてないと?」

「ななな何を言うておる!? そのようなことわしは一言も言ってはおらんぞ!」


 え、手を繋ぐことを考えるだけで動揺してたのに。

 誤解がないように言っておくけど、別に俺は異性に慣れてるわけじゃないからね。身の回りに居る異性は異性意識を持ちにくかったり、保護者的な気分させられるから緊張しないだけで。

 俺だって好きな人と手を繋ぐとかなればそれ相応の反応をすると思います。顔に出るかは分からんけどな。


「はいはい、そうですね」

「何じゃその適当な返事は」

「なら掘り下げるけど? ちなみに俺とルシアは本当に何もないからね。昔から世話焼いてただけで色恋沙汰は何ひとつないから」

「もうよい! そろそろワイバーンが出始めてもおかしくないからの。気を引き締め直せ」


 逃げたな。

 そう口に出さなかっただけ俺は少し大人になったと思う。まあそれ以上にエルダリンデばかりに意識を向けてられなくなった、というのが正解なのだが。

 上空に無数のポリゴンが集まり始めたかと思うと、それは加速的に形を変えて翼竜へと変貌する。

 成長期というだけあって幼体とは比べ物にならないくらいデカい。ざっと見ても5メートル程はあるだろう。

 これで成長期ならば完全体はどれほどのデカさなのだろうか。もしも現実に存在していたならば、腰を抜かすどころか気絶するかもしれない。


「フラグの回収が早すぎないか?」

「ふん、仕事が遅いよりも早い方が良かろうて。さて、無駄口を叩くのもここまでじゃ。黒いの、油断するでないぞ」

「油断できるほどまだ強くないんでね。言われるまでもないさ」



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