第22話 「守ってやりたい」
はい、というわけで待ち合わせ時間になりました。
ずっと一緒に居たルシアはもちろん、アイゼンにアリス、ムラマサとちゃんと集合しております。
いや~遅刻者がいないってのは良いことだね。
たとえそれが当たり前のことだとしても、当たり前のことを当たり前に続けるのは難しいことだから。
ただ……今回に限っては少しくらい遅刻したって良かったのよ。
それは何でか。未だにルシアさんの調子が戻っていないからです。
いやね、少しは元気になってくれたんだけどさ。まだ俺の手を握ったままなのよ。
握ってるのが従妹の京華とか後輩ならあれだけどさ、同級生と手を繋いでる状態を見られるのって恥ずかしいじゃないですか。
まあルシアの様子がおかしいのは、みんな分かってるみたいだから生温い目はしてないけどね。
「ルシアちゃんの様子からして……ワタシ達がいない間に何かあったみたいね」
「まあ……ちょっとな」
「もしかして……ナグ坊がいじめたんやないやろうな。もしそうやったら」
「待て待て、普通に考えていじめた相手の手なんか握らないだろ。変な奴に絡まれたんだ」
「変な奴? それはどんな輩だったのですかな?」
正直あのクソ野郎のことを思い出すのは嫌だが、今後もルシアの前に姿を現す可能性はある。いつも俺が一緒に居るとは限らないし、こいつらには説明しておくべきだろう。
「白い鎧を纏ったクレスってプレイヤーだ。多分ルシアが黒竜と契約してから、今日までに組んだパーティーの中に居た奴だと思う」
「クレス……ふむ、確かにそのような名のプレイヤーと一緒になった日があった覚えがあります。始めたばかりの初心者という感じでしたが……」
「今はもうレベル23だってよ……」
「ほぅ、それは凄いですな。あれから必死に情報を集めたとしても大した頑張りですぞ。まあ課金や知り合いに手伝ってもらっただけかもしれませぬが……その彼がどうしたのです?」
あんなクソ野郎のことをオブラートに包む必要にないため、俺は起こったことを全て話した。
ただ念のために言っておくが、別に誇張したりはしてないからな。話してて気分が良くなる奴じゃないから口が悪くなったのは否定しないが。
「何やそれ……何で運営に連絡せんかったんや」
「大事にしたくないし、ルシアも今ほど落ち着いてなかったからな。連絡すれば事情聴取とかもあるだろうし、それが元でトラウマになるくらいなら無視した方が良いと思ったんだよ」
「それはまあ……そうかもしれんけど」
「それより……アイゼン、クレスって奴と前にパーティーを組んだ時はどうだったんだ?」
前回会った時に今日のようなことが起きてなければ、ルシアがここまで怯えるとは思えない。
無論、それでも困惑はしただろうし、不愉快な思いはしただろうが。だが恐怖を抱くというのはそれ以上に気分的に良くないものだろう。
「そうですな……そのときは戦闘にも不慣れでしたし、話にあったような言動はなかったと思います。ただルシア殿に憧れのような視線は送っていた気がしますが」
「憧れ?」
「その日のパーティーは全体的に初心者が多かったので、私やルシア殿があれこれ教えましたからな。それにルシア殿は私以上に大活躍でしたから彼にはヒーローのように見えたのではないかと」
なるほど。
確かに人は自分よりも強い者に対して憧れを抱くものだ。恐怖を抱く場合もありはするが、廃課金のプレイヤーでもない限り、馬鹿げたレベルに達してはいない。ルシアの強さはその次元に達してはいないのだから彼女に対して恐怖を覚えることはないだろう。
故に……あまりこの手のゲームに慣れていない者からすれば、その日のルシアは圧倒的なカリスマに見えたのかもしれない。それならルシアへのあの態度も理解出来なくはない。ないのだが……
「だからといって、一方的に迫る行為は正しいとは言えないわ。ルシアちゃんの様子からして、アイゼンが見ていない時間に似たようなことをされていたかもしれないし」
「それは……申し訳ありません」
「別にあなたを責めているわけではないわ。一緒に居たとしても複数とプレイヤーと一緒に居れば、把握できないことがあっても仕方がないことだし。それに……」
アリスはそこで止まったしまったが、言おうとしていることは分かる。
彼はアイゼンを責めるならば、それ以前に一緒に行動してなかった俺や自分が責められるべきだと言いたいのだろう。
ただ言ったところで過去が変わるわけではないし、口にすればアイゼンが逆に自分を責めるかもしれない。それ故に言葉にするのはやめたのだ。
そう断言できるのは、アリスが人のことをからかう奴ではあるが誰よりも人のことを気遣う性格だと知っているからだ。
「ルシア、悪いとは思うが聞かせてくれ。お前は前にも似たようなことがあったのか?」
「……うん。……と言っても今日ほど怖くはなかった。最初はゲームが上手くなりたいんだなって思うくらい熱心に質問してくる人だったから」
これだけ聞くとアイゼンが気づけなかったのも無理はない。
実際に最初はあのような振る舞いはしていなかったのだろう。ルシアは人によっては人見知りしてしまうところもあるが、撫子の時のように共通の何かがあれば普通に話せることが多いのだから。
「だけど……少し前に始まりの街でばったり会って、一緒にクエストに行こうって誘われたんだ。その日は別の人とパーティーを組む予定だったから断ったんだけど、そのとき腕とか掴まれて……今日みたいに話を聞いてくれないわけじゃなかったからやめてって言ったら引き下がってくれたんだけど」
「ナグモの話を聞く限り、今はもうルシアちゃん以外見えてないって感じだものね。憧れが変異して独占欲とかに変わっちゃったのかしら……まあ当分は接触しては来ないでしょうけど。アカウントの凍結なんて事態はあちらとしても避けたいでしょうし」
ただ……それでも問題が解決したわけではない。
AMOのフィールドは広大だ。時間が経てばさらに拡大していくだろう。故にフレンド同士でもない限り、時間が経てば活動範囲がばらけるので探すのは難しくなる。
ルシアに奴とフレンドになっているかと尋ねると、力強く首を振った。
ならば動きを把握される可能性は低いだろう。まあフレンドになっていたとしても解除したり、サーチ機能をオフにしたりと対策はあるわけだが。何はともあれ一安心だ。
「個人的な予想になるが、おそらく奴は当分ルシアには接触してこない……多分ルシアを見かけても」
「何でそこまで言えるんや?」
「アリスが言っていたことも理由だが……奴は自分のギルドを立ち上げるみたいなことを言っていた。それに自分のレベルをべらべらと喋っていたことから、おそらくあいつは自分の成長を人に自慢したいタイプだ。なら、ギルドを作ってから勧誘してくる可能性が高い」
「なるほど……ナグモの観察眼は馬鹿にできないところがあるし、その可能性は高いかもね。となると……それまでにワタシ達も何かしら対抗策を考えないといけないわ」
そのとおりだ。
今日のようなことがまた起きたならば運営に連絡して対応してもらえばいい。だがそれは再びルシアが嫌な思いをしていることを意味する。
ならばルシアを守るための方法が必要だ。
とはいえ、何かしらの対策をしても奴が踏み込んでくる現実はありえる。だが奴もルシアが相手ならば話を聞く可能性は高い。明確に奴の勧誘を断れる理由があれば、ルシアを守ってやることが出来るかもしれない。
「なら……こっちもギルドを作ったらええかもな。どこかのギルドに入ってるプレイヤーは、そこを抜けるまでは他のギルドに入ることは出来んし、別のギルドが勧誘するも出来へんからな。ただ……」
「ギルドを作るには専用のクエストをクリアしなければなりませんからな。適正レベルはβテスト時と変わってないならば30ほど……今の私達ではクリアは無理でしょう」
「誰かに協力してもらうにしてもあのクエストは人数制限があるからなぁ。1パーティーでしか受けられへんし……」
1パーティーということは、最大で7人ということか。
ここに居る人数は俺にルシア、アイゼンにアリスとムラマサで5人。あとふたりか……
「ムラマサさんってβテスターなんでしょ? その時に知り合った人に協力してもらったりできないのかしら?」
「それが出来たらええんやけど、すでにギルドに入ってるとそのクエストには参加できない仕様になってるんや。新しいギルドを立ち上げるためのクエストやからな。βテスト時代の知り合いのほとんどは、すでにギルドを立ち上げとるみたいやし、期待は出来んで」
「なら他のギルドにルシアちゃんを入れるって策もあるけど……」
ルシアの表情を見る限り、それは望まないだろう。
ギルドにはそれぞれ目的があるだろうし、様々なプレイヤーが集まるだけにふとしたことで揉める可能性も高くなる。またルシアが入れてもらえるかもそのギルド次第だ。
またルシアの性格的に知り合いもいないギルドに入っても楽しめるとは思えないし、俺達もそれが分かっているのに入れたいとは思わない。
「ムラマサは別として……ここに居るメンバーでギルドを作るのがベストだろうな」
「おいナグ坊、そこでうちを省くとはどういう了見や」
「いや、お前ってβテスト経験者だし、βテスト時代の知り合いも居るだろ? 普通に考えたら俺から俺達のギルドに入れとは言えないと思うが?」
「それは……そうやけど。でも試しに誘ってみてくれてもええやん。鍛冶師に転向したことで顔を合わせんくなった人もおるし、今ここに居るメンツとは親しくしとるんやから」
少し恥ずかしそうに唇を尖らせるムラマサの姿は初めて見た。
同い年だの言われても現実で顔を合わせていないだけに実感のない俺が居たが、今の姿を見ていると同年代の女子に思える。
「なら……ルシアのためにも力を貸してくれ。βテスト経験者のお前が居るのと居ないのとじゃ大分変わってくる。あとギルドが出来てからいいから身内割りしてくれ」
「最後のは今は余計や。まあ事が上手く運んだなら考えてやってもええけど」
最初は不安もあったが、ルシアにこいつらを引き合わせて良かったと思う。まあムラマサに関しては俺以外の要因も強くはあるが。
これまでは俺しかいなかったけれど、これからはこいつらも居る。俺に話せないことが出来てしまった時でも、この内の誰かには話すことが出来るかもしれない。ルシアが……明日葉が今後の生活を送る上でそれはとても良いことだろう。
普段はどこかまともなじゃない人間に知り合ってしまうことを憂う俺だが、今だけはこれまでの出会いに感謝だな。
正直……面倒臭かったり鬱陶しかったりすることはあるが、こいつらみたいな奴らと一緒に居るのは嫌いじゃない。自分にないものを持っている連中なだけに一緒に居て飽きない。
「みんな……ありがと」
感極まったのか、安心感を覚えて気が緩んだのかルシアは泣き始めてしまった。ゲーム内は感情表現が現実よりも大げさになりやすいので大粒の涙が次々とこぼれている。
とはいえ、泣き止ませようとは思わない。こういう時くらい好きなだけ泣けばいい。
そういう意味を込めて俺は顔を伏せ気味のルシアの頭を軽く何度か叩く。いつかこのことで茶化されるかもしれないが、それは甘んじて受け入れることにしよう。
「さて、これからの方針だが」
「全員のレベル上げ、それに装備を整えるのは必須でしょうな」
「それと並行して助っ人も探しておきたいところね。最大人数で挑んだ方が成功の可能性は高くなるでしょうし」
「せやな。まあ助っ人の方がうちに任せてくれへんか? ギルドに入ってないプレイヤーは何人か心当たりある。そのへんにちょっと声を掛けてみるわ」
「なら助っ人はムラマサに任せよう」
「話もまとまりましたし、さっそく行動を開始しましょう。レベル上げと装備用の素材集めは今すぐにでも出来ますからな」
「そうだな」
方針の決定した俺達は、クエストや装備に関して打ち合わせしながら移動を始める。
残されている時間がどれほどなのかは分からないが、どれほど残っているとしても急ぐことに越したことはない。
俺個人としてはレベル31以上を目指しスキルの装備数を増やし、愛剣である《始剣【黒耀】》と今着ている《ウイングコート・ワイバーンプロト》は強化するべきだ。
そのためには多くの竜種を狩る必要があるが、今後を考えれば見返りがある行動だ。
それにルシアの不安を少しでも取り除けるならばやるしかないだろう。俺も男だ。身近に居る女の子のひとりくらい守ってやりたい。
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