第21話 「男は色んな意味で女に弱い」
「なっ……」
決闘の申し出を断られると思っていなかったのか、クレスもといクソ野郎は固まっている。
逃げるなら今かもしれないと思った俺は、袖を掴んでいたルシアの手を握り締め、手を引く形で歩き始める。
これで上手く逃げれるといいんだが……。
「って……貴様逃げる気か!」
まあさすがに気づきますよね。
さてさて、どうしましょうかね。いい加減相手をするのも面倒になってきたし。でも何かしらしないとずっとついて来そうだよね。
ルシアさんの何がそこまで良いのやら、なんて思う前にこいつストーカーかよって思っちゃいますが。
「ルシアさんに好かれようと堕天に出てくる剣帝の真似をしているくせに。それでも貴様は剣帝か、この卑怯者!」
「結果的にそうなってるだけで真似してるつもりは全くないんだが……」
風貌こそ似てるかもしれんが戦い方はまるっきり違うわけだし。
俺は剣帝のように7本の剣を持ち替えながら戦ったりしませんよ。俺の7本中6本はブレイカーするための剣だし。あの剣帝が正道なら俺は邪道でしょう。剣なんて消耗品って勢いで必要なら強力な一撃のために破壊していくんだから。
「大体貴様は何も分かっていない! 剣帝は白のコートだろう。なのに黒だと? 剣帝を馬鹿にするのも大概にしろ。ルシアさんに失礼だろう!」
いやいや、それはお前の思い込みだから。
君の言うルシアさんは、今の俺を見て剣帝みたいですんばらしい! ってはしゃいでましたよ。いつか剣帝になれるって断言してましたよ。
勢い余って私の剣帝だから、みたいなことまで言われたけど……こいつに向かって言うのは悪手中の悪手だよな。火に油を注ぐようなものだし。
「……さい」
「ルシアさん、どうかし」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 堕天使の剣帝とコートの色が違ってもいい、戦い方は違ったっていいんだ。彼は……剣帝なんだ、私の剣帝なんだ!」
あー本人が油注いじゃったよ。
いやこれで良かったのかもな。人の話を聞かないこのバカもルシアの言葉なら聞きそうな感じだし。問題があるとすれば……
私の……とか言われるとドキッとしちゃうよね。
周囲で見物していたプレイヤーの中には変なテンションになってる奴も居るみたいだし、おかげで恥ずかしいよ。余計に恥ずかしく感じてますよ。
何この公開処刑。
まあこれで目の前から奴が消えてくれるなら喜んで受け入れるけど。だってそれくらい鬱陶しいもん。
よほどルシアの言葉はクリティカルヒットしたのか、イケメン野郎は俯いて身体を震わせている。
うんうん、実にいい気味だ。少しだけすっきりしたぞ。残ったストレスはあとでモンスターでも狩って発散しよう。
「……した」
「ん?」
「貴様、ルシアさんに何をした!」
何もしてませんけど!?
え、俺がルシアを脅して言わせたとでも思ってるの?
そんなわけないでしょ。こいつとの付き合いもそれなりに長くなってきたけど、ラッキースケベの類なんて何もないし。
まあ……性的思考は知らなくもないけど。
だってほら、こいつの部屋には何度も行ったことがあるわけで。同人誌とか見たら、何となくどういうのが好きか分かっちゃうじゃないですか。
そのときは顔を真っ赤にして狼狽えてましたよルシアさん。
同人誌なんて撫子の家で何度も見てたから気にしないのにね。
でも……BL系のものを勧めてきた撫子にはニッコリしちゃったね。俺はノーマルだし。普通その手の同人誌を異性に勧めますかね?
なんて現実逃避してる場合じゃないよね。
とはいえ、まともに相手するだけ無駄なのも分かってるし……無視して先に行こう。
「人の話を聞け!」
お前がそれを言っちゃう!?
などとツッコんでいる場合ではない。何故なら目の前のクソ野郎は腰にある剣を握り締めているからだ。
安全圏である街の中では《
よって普段なら攻撃を受けても問題はない。
いや、問題がないというのは語弊があるがダメージだけで考えれば問題はない。もしも俺ひとりであれば何もする必要はなかっただろう。
「しかし……」
今はルシアと一緒だ。
ダメージは発生しないとしても衝撃は発生する。
奴の言っていたレベルは本当ならステータスは俺の方が低い。また俺は重量級装備ではないため、攻撃を受ければ体勢を崩す可能性が高いだろう。
もしも体勢を崩した間にルシアに何かされでもしたら問題である。
セクハラなどをされた場合に備えて運営に連絡を出来る仕様になっているが、今の彼女は平静を欠いている。
まともな対応が出来るとは思えない。下手をしたらトラウマになって現実にも影響が出かねん。
――間に合うか……!
ルシアがまた暗黒時代に逆戻りしたら俺の数年間が無駄になる。
俺はいつまでもルシアの面倒を見てやるつもりはない。俺には俺の、彼女には彼女の人生があるのだから。
俺はルシアの腕を引きながら身体を回して奴に向き合いながら右手を背中にある愛剣に伸ばす。
タイミングはかなりシビア。
だが過去に他のVRMMOをやっていた経験があるからか、先天的なものかは分からないが反応速度は俺の方が上のようだ。迎撃が間に合う可能性は十分にある。
「ッ――!?」
何かこちらに向かってくる気配がした。
俺は反射的に動きを止めてしまったが、奴はそんなことを気にしている様子はない。このままでは斬られる。
そう思った直後――。
風切り音と共に俺とクレスの間を回転した何かが通る。
クレスは突然のことに驚いて慌てふためくと尻餅を着いた。先に察知していた俺は飛来した何かを目で追う。
それは俺の立っている場所から数メートル進むと上昇し始め、弧を描きながら反対側へと戻って行く。
その先に見えたのは、血のように赤い着物に若干着崩して纏っている小柄な女性プレイヤー。煌びやかなプラチナブロンドの髪は地面に着きそうなほど長く、手には先ほど投擲されたと思われる扇が握られている。
「ふむ……黒い方は多少見どころがありそうじゃな」
何か呟いているようだが口元を扇で隠していることもあって上手く聞き取れなかった。
小柄なプレイヤーはこちらに歩いてくると視線を俺からクレスの方へと移す。
その瞳は愉快そうにも見えるが、どこか冷ややかな色があるように思える。
近づいてみると遠目よりさらに小さく感じる。俺よりも頭ひとつほど小さいということは、おそらく150センチもないだろう。女性というよりは少女と言うべきか。
「君、急に何をするんだ!」
「さえずるな」
決して大きな声ではないが、鋭い視線を送られたクレスは口を閉じる。
女性には優しいのか逆らえないのか定かではないが、少なくとも男相手ほど強くは出れないらしい。
まあ……あんな目で見られたら大抵の奴は黙りそうだが。晴乃さんとは別の意味で有無を言わせない迫力があるし。
と思った直後、金髪の少女の目から鋭さが消えた。
「何をしたかなぞ明白であろう。おぬしが犯罪者にならぬように助けてやったのではないか……まあわしが何もしなくても良かったかもしれぬが」
ちらりと少女の視線がこちらに向く。
確かにタイミング的に迎撃が間に合っていた可能性はあるが、可能性があるだけで確実に迎撃出来ていたわけではない。面白いものを見つけたような目を向けられる理由はないと思うのだが。
「まあそのへんはどうでも良いだろう。時に白いの、大人しくこの場を立ち去らんか?」
「な……ふざけないでくれ。僕はこいつから……!」
「熱くなるな。わしも全て聞いていたわけではないが、はたから見た分にはおぬしの方に非があるように見えた。運営に連絡されてアカウントが凍結でもされたらおぬしも嫌であろう?」
「それは……」
「ここで立ち去るのなら黒いのも運営には連絡せぬだろう。連絡するならばもっと早いタイミングでしておろうからな。じゃがここで立ち去らぬなら……」
さて、どうする?
そう言わんばかりに少女は流し目で問いかける。クレスというクソ野郎も冷静さが戻ったのか、歯を食いしばって両手を握り締めているがこれ以上突っかかってくる気配はない。
「……いいだろう。今日は見逃してやる。僕もギルドの立ち上げで忙しいからな」
そう吐き捨てるとクソ野郎は踵を返して去って行った。
ギルドを立ち上げるなんて言ったいたが、正直あいつのギルドに入りたい奴なんていないのでは?
ここに他のプレイヤーが居たならば、きっと俺と同じようにそのような感想を抱いたことだろう。
「黒いの、災難じゃったな」
「まあな。おかげで助かった」
「礼などよい。見ていて不愉快だっただけよ。だから勘違いするでない、別におぬしのためにやったわけではないのじゃからな」
勘違いしないでよね、別にあんたのためにやったんじゃないだから。
今の言い回しでそんなツンデレセリフが浮かんでしまったあたり、俺も二次元に毒されているのだろう。さすがにあの中身が残念な美人ほどではないが。
というか……この子属性盛り過ぎじゃね?
見た目はロリだし、言い方が悪いかもしれんがババァ口調。それにツンデレのような言い回しまでするし。
ただ……別に攻めるような語気もなければ、照れ隠しみたいな可愛さもあったわけではない。
故にツンデレと言えるかは不明だ。だがそれでも、俺の知り合いに負けないくらい濃い人間だとは思う。
「ただこれだけは言っておくぞ。寛容なのは良いことだが、時として冷徹になるのも大切じゃ。あのような手合いは少なからずおるのじゃからな。気軽に運営に頼るのもあれじゃが、時として利用するのは良いだろう……まあ今回はそっちの
若干にやけながら言ってくるあたり、根っからの善人というわけではなさそうだ。まあ悪人でもないのだろうが。
「さて、わしはこれで失礼するぞ。これから知人に合わせばならんのでな。では黒いの、機会があればまたどこかで会うとしよう」
個人的にあなたは関わると面倒な手合いにも思えるので再会は望まないです。
ただこれだけは言おう。助けてくれてありがとう。本当に助かった。だってあいつ、俺の話は全く聞いてくれないんだもの。
みんなは、絶対あんな人間になっちゃダメだからね!
「……このあとどうする? 気分が悪いならログアウトしてもいいぞ」
ルシアは黙って首を横に振る。
「なら適当に歩くか?」
これにも首を横に振る。
まあまたあいつに出会ったら最悪だからな。
「じゃあ待ち合わせ場所で待つか?」
「……うん」
「了解」
待ち合わせ場所に向かって歩き出そうとすると、ルシアに手を握られた。
別に振り払ったりはしないが、一応俺の精神的に一度こう言わないと落ち着かない。
「手を繋ぐ必要あるか? せめて袖で良くない?」
「…………」
「あーはいはい、分かった。手を繋いでていいからそんなに強く握り締めないで。お前を置いてどこかに行ったりしないから」
周囲からの視線が気にならないわけではないが、先ほどまで今以上に注目を集めていたのだから今更だろう。
それに……泣き虫の妹の面倒を見てるようなものだからな。
故にあまり恥ずかしいとか気まずいという感情は湧いていない。しばらくすれば落ち着くだろうし、今はルシアの好きなようにさせることにしよう。ダメなことをしたらダメと言うけど。現状ある意味保護者みたいなもんだし。
「んじゃ……行くか」
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