第20話 「迷惑な人間」
さて、やって参りましたよ《ノーズライナ》。
今日からここが拠点となる街です。
だけどね、今俺の隣にはルシアしかいないの。
何故なら街に着くなりムラマサは鉱石の買出しや店の出す場所を見てくると駆け出し、アリスは服を見たいとのことで優雅に去り、ならばとアイゼンはクエストなどの情報を集めてくると返事を待たずに旅立ったから。
うん、一言で言えばみんなフリーダム。一緒にこの街に来る必要あったって疑問を抱いちゃうね。
まあ1時間したら街の広場に集まろうってことにはなってるが。《始まりの街》と比べれば小さな街なので待ち合わせもしやすいし、1時間後には無事に集まっていることだろう。
「……何事もなければいいが」
「ナグモくん、君が何を考えているかまでは断定できない。けど、その言葉は何かのフラグに聞こえてくるよ」
「あのねルシアさん、そう思っても口に出さないのが優しさってもんだよ」
ただでさえ、普通とはズレてるメンツが集まってるんだから何か起きそうじゃん。フラグに聞こえたのならそれを折る努力をするべきでしょ。
仮に存在そのものがフラグになってしまう奴が居るのなら……もうどうしようもないかな。そんなレベルだとさすがに俺には何もできないし。
「君に優しさを説かれてもね……」
「その言い方だと俺が優しくないみたいに聞こえるんだが?」
「その言い方だと君が優しいみたいに聞こえるんだけど?」
いやいや、自分で言うのもなんだけどそれなりに優しいと思うよ。
だって昔からこの子の相手をしてきたわけだし。この子がダメなことをしたらダメって言ってきたんだよ。
だからこの子の中二病要素は言動と眼帯以外はなくなったし、髪型とかにも多少は気を使うようになったんだからね。まともに制服を着るようになったり、洋服とかに意識を向け始めた時は親御さんに凄く感謝されたんだから。
「十分に優しいと思いますが?」
「ならもっと優しくなっていいと思うよ。君は私やアイゼンさんに厳しいところがあるから」
「あのね、厳しくするのも優しさだよ」
悪いことしてるのに何も言わないのは優しさとは言いません。ダメなことにはダメって言えるのが本当の優しさなんです。
まあ時として長い物には巻かれろ精神も大切だけどね。
どっちだよって言う人も居るかもしれないけど、正論ばかりじゃ上手くいかないこともあるのも事実だから。
清濁併せ吞む人間になりましょう。法律を犯すところまで濁るのはアウトだけど。
「仮に厳しくしないでいいならお前達の相手とか多分しないし」
「私はそういうことを平然と言ったりするところが優しくないって言ってるんだ」
「ならもう少しまともな人間になろうな。そしたら俺は優しくなれる気がする」
おいおい、何だよその疑いの目は。
まともになっても君が優しくなるとは思えないよ、みたいな目で見ないでくれるかな。まともな人間を相手している時の俺はまともでしょ……こいつの前でまともな人間の相手したことあるっけ?
うーん……京華くらいのような気がする。
でもあいつも割と茶目っ気があったりするからなぁ。まともに相手をしているかというとそうでもないような……よし、考えるのやめよう。
「そんなことより俺達も適当に回らないか? 突っ立って待つのもつまらんし」
「それには同意かな。どっちに行く?」
「お前の好きな方でいい」
こういうことをデートとかで言うと少しは考えてよね、なんて言われるのかもしれない。
だがしかし、今はデートをしているわけではない。
ただ一緒に居るだけだ。それに俺とルシアでは彼女の方が引っ張るタイプである。正確には振り回すというべきかもしれないが、まあそこは置いておこう。
そんなことを考えている間にルシアがあっちに行こうと口にする。少し迷ったようにも見えたが、最後は直感で決めたのだろう。
だって……パッと見だと、この街どこに向かっても大差がないように思えるんだよな。作った人に言ったら失礼なんだろうけど、それが直感的に思うことだから仕方ない。
けど、個人的には嫌いじゃない街並みだ。
始まりの街と違って新参プレイヤーがいないこともあり人混みが少ない。まずそこが良い。
また北に進むと寒いイメージがあるせいか、少し寒色の色彩になっている。人によっては寂しげに見えるかもしれないが、落ち着きがある感じで俺が好きだ。
『あれ? あれって最近噂になってる黒竜使いの子じゃ……』
『隣に居るの誰? 顔を見た感じリアルベースに思えるけど』
『いやそれ以上に武器装備し過ぎじゃね? いくら何でも7本はネタでしょ』
『クソ……何であんな奴があんな可愛い子と。……落ち着け、落ち着けオレ。あの子だって作られた存在かもしれないんだ』
うん、前言撤回しようかな。やっぱり少し嫌いかもこの街。
なんて言ってはみたけど、別に街並みが嫌いってわけじゃないよ。ただここに居るプレイヤーはそれなりに情報収集したりするようになってるだろうし、始まりの街以上に俺達に視線が集まってる気がする。
いや、視線だけならいい。
人目を惹くような恰好をしている自覚はあるから見られるのは仕方がない。でもさ……人が少ないせいか独り言とかも聞こえるものは聞こえちゃうよね。
陰口言われてるような気分にもなるからやめて欲しいよね。現実でもあることだから気にしないようにするしかないんだろうけど。
故に甘んじて受け入れましょう。
気にしても隣に居るルシアが責任を感じかねないし。とりあえず何か問題が起きなければそれでいい。
「おや? 誰かと思えばルシアさんじゃないか」
背後から聞こえたその声に俺とルシアの足は止まる。ちょうど何人かとすれ違ってすぐのタイミングだったので、その内の誰かがルシアの知り合いだったのだろう。
振り返ってみると、そこには爽やかな顔立ちのイケメンが立っていた。白を基調とした派手な印象の鎧を身に纏い、腰には装飾の多い剣がある。
何というか……勇者みたいな恰好をしている奴だな。
イケメンだから違和感はないけど、違和感がないのが逆に違和感というか……この手の装備に合うようにキャラメイクしたのだろうか。
どういう風にゲームを楽しもうとその人の自由。
それは分かっている。だから外見や装備にとやかく言うつもりはない。だけど……俺はこいつとは相性が悪いと思う。好みとかが正反対な気がするし。
「君もこの街に来てたんだね。僕もつい先日来たばかりなんだ。いや~実に運命的だね」
うん、間違いない。こいつ、俺の苦手な部類の人間だ。絶対に相容れないと思う。
「僕のこと覚えているかな?」
「えっと……」
「まあ覚えてくれているとは思うけど、挨拶は肝心だからね。改めて名乗らせてもらおう。僕はクレス、君と出会った時はその日にパーティー内で最もレベルが低かったけれど、あれから僕なりに頑張ってね。今はレベル23になったよ」
聞いてもないのに何でレベルまで言っちゃってるの。いやまあそっちが良いなら別にいいんだけどさ。
でも俺とは初対面のはずだよね。
初対面かつパーティーも組んでない相手に情報を漏らすのはどうなのかな。俺はどうもしないけど、その手のことで痛い目に遭うこともあるわけだし気を付けた方が良いと思う。
それ以上に……こいつと出会ってからルシアの調子がおかしい。
隣に立っていたはずなのに少しずつ後ろに下がってるし。なかなかに濃い奴みたいだから下がりたくなる気持ちは分かるが。しかし、それだけでないようにも思える。
「ルシアさんは今どうなのかな? もしよければこのあと僕と一緒に……」
「――ッ」
クレスというプレイヤーが1歩踏み出した瞬間、ルシアは半歩下がりながら悲鳴のような声を漏らすと、俺のコートの袖を握ってきた。
何事かと思って首だけ回して確認してみたが、身長差と彼女が顔を俯かせているため、今どういう表情をしているか分からない。ただ怯えにも似た雰囲気は感じた。
基本的に他人とは中二病チックに接するだけに、このような状態になることはないはずなのだが……この男はルシアに何をしたのだろう。何もしてないのにこんな反応をするわけないだろうし……
「……おい貴様、何を軽々しくルシアさんに触れている。さっさとその手を離せ」
……は?
何でこいつ俺のこと睨んでんの?
いやまあ仮にルシアに気があるとして、俺に触れてることに嫉妬しているのだとしたら睨むの分かるよ。
でもさ、手を離せってのはおかしくない?
だって掴んできたのはルシアだよ。俺からは何もしてないんだけど。
それなのに離せってのはおかしいんじゃないかな。もしかしてこいつの見えてる景色にはバグでも発生してるの?
とはいえ、今の状態のままで居るとさらに面倒臭くなりそうだと思った俺は腕を動かそうする。
だがその素振りを見せた瞬間、ルシアが掴んでいる袖に込める力を強くした。どうやら離したくないらしい。
「……本人がこのままいいと言ってるんですが?」
「ふざけるな。ルシアさんはそんなこと言っていないだろう。さっさとルシアさんから離れろ!」
えー……確かに口にしてはないけど、どこからどう見ても離さないって意思表示はしてたじゃん。
お前視力大丈夫かよ。もしくは本当にバグでも発生してるんじゃないの。
「何をしてる。さっさとしないか!」
あぁ…………こいつダメな奴だ。
自分勝手で自己中なところは誰にでもあるけど、こいつはそれが飛び抜けて強い。しかも自分のやってることが正しいと思って微塵も疑わず、相手の話を聞かないどころか聞こうともしないクソなタイプだ。俺が最も嫌う人間の類だよ。
「さっさも何も……握ってるのはルシアの方だし、そもそも何か問題でもあるわけ?」
「問題があるかだと? 大ありだ! 貴様のようなどこの馬の骨とも知らない奴とルシアさんを一緒にさせられるわけないだろ」
俺からしたらお前の方がどこの馬の骨だよ。
黒竜と契約する前はほぼ一緒にプレイしていたし、こいつがルシアと知り合ったとすれば黒竜との契約後。ルシアがアイゼンと一緒に野良でパーティーを組んでた時だろう。
アイゼンが遠い目をしておかしな奴が居たみたいなことを言っていたが……まさかこいつのことか?
だとしたら……凄まじく面倒くせぇ。
「いや、こいつとは前から知り合いだから」
「嘘を吐くな! 前にパーティーを組んだ時に従者のような老騎士は居たが、お前のような奴は見なかったぞ」
だから何だよ!
その日は別々で遊んでただけでしょ。
俺には俺の、ルシアにはルシアの都合もあるんだから365日一緒に遊ぶなんてことないんだし。
それくらい小学生でも分かることだよ?
何でそんな言葉が出てくるんですか。あなたバカなの?
「見られてても逆に怖いわ。その日は別行動してた日だろうからな」
「ごちゃごちゃうるさい! 言い訳ばかりしてないでルシアさんから離れろ!」
お願いだからキャッチボールしてくれないかな!
俺はお前のを受け取ってるのに、お前が俺のを受け取らないせいで全く会話が成立してないよ。
どんだけ自分勝手なの。
どんだけ甘やかされて育ったの。
ここはゲームの中だけど、プレイヤーの中身は生身の人間なのよ。最低限の礼儀や常識は弁えようよ。
厄介な人間の相手を人よりしてきた覚えがあるが、目の前に居る奴はその経験が役に立たないほど異常だ。
そのため……俺は気が付けば、動かせる方の手で顔を覆ってため息を吐いていた。
「はぁ……面倒臭い」
中二病のルシアよりも、中身が残念なアイゼンよりも、笑顔の怖い大学生より格段に面倒臭い。
いや……比べるもんじゃないな。
だってこいつに限っては面倒臭いというか話したくもないし。ここまで生理的に無理な奴に出会ったの初めてだ。
正直まともに話すのがバカらしくなってきた。わざわざ相手してやる義理も理由もないし、ルシアを連れてどこかに行こう。
「ルシア、別の場所に行こう」
「どこに行く気だ! 貴様がどこへ行こうが勝手だが、ルシアさんを巻き込むな。この下郎!」
下郎って言いたいのはこっちだから。
というかさ、マジで勘弁してくんないかな。自分のことしか頭にないお前には見えてないんだろうけど、ルシアさん泣きそうになってるからね。こいつは俺以上にお前みたいなの苦手なんだから。
詳しく聞いたわけではないが、前にルシアが昔いじめに遭ってたみたいなことを彼女の両親から聞いたことがある。
それは俺が出会う前の話だが、これまでの接してきた時間から推測するにルシアが中二病チックに振る舞うのは本当の自分を隠したいからだろう。
人と繋がりたいと思うけどそれが怖くて、繋がりが出来たら出来たでその繋がりが切れるのを恐れている寂しがり屋で臆病な弱い女の子。
それが本当のルシア……本当の明日葉だと俺は思っている。
だから俺は鬱陶しいと思って邪険に扱うこともあるが、拒絶しようとは思わない。
誰かに泣かれるのは嫌いだ。
何で嫌いなのかはっきりとはしないが、普通の人間なら人の泣いてる姿を見て嬉しいとは思わないだろう。それが嬉しさから来ている涙ではない限り。
誰かに泣かれるくらいなら俺は、鬱陶しくても面倒臭くても馬鹿みたいに騒がしくて疲れる方がずっと良い。
「ルシアさんを置いてさっさと立ち去れ!」
…………今こいつは何て言った?
ルシアを置いて? 置くっていうのはどういう意味だ。単なる勢いで出た言葉の綾かもしれないが、ルシアは人であって物じゃない。
ルシアが誰と遊ぼうが付き合おうがそれはルシアの自由だ。ルシアのためにも多くの人と触れ合うのは良いことだと思う。
だが……目の前に居るこいつは本当に人か?
珍しいモンスターと契約しているルシアを装備品か何かと思って欲しているだけなんじゃないのか?
フィーブルラビットとしか契約してなくてもお前はルシアに同じ態度を取っていたのか?
というか……何で相手の気持ちも考えようとしなければ、会話もしようとしない奴に俺達の貴重な時間を邪魔をされないといけない。
「立ち去るのはそっちだろ」
「何?」
「お前が何を言おうが、今日は俺がこいつと遊ぶことになってるんだ。それを偶然現れた一度パーティーを組んだことがある程度のお前に邪魔される覚えはない。何より……こいつの友人として、お前みたいなクソ野郎と遊ばせるわけにはいかない」
初対面の相手にここまで言ったことはこれまでになかったが、まあ後悔はない。
俺からすれば、こいつはクソ野郎では生温いことをしてきたのだ。本音を言えば、もっとボロクソに言ってやりたい気持ちはある。
が、それ以上にさっさとこの場を立ち去りたいという気持ちが強い。
「いいだろう。なら僕と勝負しろ!」
「……は?」
「僕と《
どういう思考をすれば決闘で勝負なんてことになるの?
大体さ、勝った際の条件が釣り合ってないんですが。よくもまあ次々とそういう発言が出来るね。
ある意味、感心するよ。
迷惑な奴を徹底的に演じてるのかと思った俺も居たけど、今はもういない。こいつは間違いなく演じもせずに人に迷惑を掛けられるクソ野郎だ。
そんなことを思っている間に《決闘》の申請が行われ、目の前にそのウィンドウが表示された。
正直……こいつを叩き斬ってやりたい気持ちはある。
それほどのストレスをこの短時間で俺は受けた。見方を変えればこれはチャンスだろう。
故に……俺は迷うことなく《NO》のボタンを押した。
付き合う義理もなければ利点もない。そんな勝負を受けるくらいなら強引にでも立ち去った方が賢明というものだ。
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