第18話 「契約せし召喚獣の名」

 中央広場の片隅でルシアとそのへんの出店で買ったドリンクを飲みながら待っていると、こちらに歩てくる人影が見えた。背丈と髪型からしてアリスのようだ。


「ごめんなさいね。あれこれ買ってたらつい目移りしちゃって遅くなっちゃったわ」

「別にいいさ。何時に集合って決めたわけでもないしな」


 それにもう片方の現実と見た目が異なる人物は影すら見せていない。

 稼働を始めた直後は、中央広場は多くのプレイヤーで溢れかえっていた。

 しかし、現在は初回に生産された分のソフトは完売し、次回の入荷は全国で未定となっているらしい。

 そのため日に日にプレイヤー内でのレベル差は広がっており、中央広場を行き交うプレイヤーの数はずいぶんと減少した。

 まあ……それでも《始まりの街》を拠点にしているプレイヤーは多いのだが。

 別の場所に拠点を移したプレイヤーは全体の5分の1もまだいないのではないだろうか。

 各街のプレイヤー数の推移などに興味はないので、攻略サイトを覗いたとしても確認はしていないが。


「それもそうね」

「ふむ……これで我が盟友も残り1人。もうしばらく活動までの時を待つとしよう」

「ふふ、ルシアちゃんは相変わらずみたいね。それにしても……少し合わない間にふたりとも立派になったわね。特にルシアちゃんはずいぶんと雰囲気変わったわ」


 そりゃあそうでしょ。俺もルシアも装備を変えたんだから。ま

 あルシアの方が一気にランクアップした感が強いけどね。見た目も攻撃的というか中二病チックだから人目に留まりやすいだろうし。


「ふ、当然さ。私は天より堕ち力を失ったが、いつまでも無力のままで居るつもりはない。我が契約獣と共に研鑽を重ね、いつしかあの天さえも穿つ……」

「何かどっかで見たような言い回しだな……あっ、堕天使の」

「そんな風に水を差すのは君の悪い癖だぞ。今のくらい気持ち良い言い終わらせてくれても良いだろう!」


 ええ……別に大声で遮ったわけでもないのに。

 そういう指摘されて恥ずかしいなら中二病から卒業したらどうですか。その方が俺も君も幸せになれると思うよ。

 大体君が俺にあのラノベを読ませなければ、こんなことにはならなかったの。大本を辿れば悪いのは君なのだよ。

 まぁ今回は少し俺も反省してるけどね。

 ここしばらく自分を抑えつけることも多かったみたいだし、心の中に留めておけば良かったなって。

 ……これだと若干ルシアに対して甘くなってるような。あのふたりのせいで許容量が上がったせいかな。

 いかんいかん、気を引き締めないと。


「悪かった。だから拗ねるな黒竜使い」

「拗ねてないし、そこであだ名を使われると煽られてる気がしてならないよ」


 失敬な。

 お前が教えてくれたから使っただけなのに。少しは人のことを信用しなさいよ。誰かに信じてもらうならまずは自分が信じないと。

 まあそれで痛い目に遭うこともあるかもしれないけど、人生何事も経験って言うからね。そういう積み重ねで人は成長していくし、汚い大人になっていくのさ。


「でも噂で聞いたけど、最近のルシアちゃんの活躍は凄いみたいね。それを聞くだけであの苦労が良い思い出に変わるわ。……そういえば、前に一緒になったパーティーの中にルシアちゃんみたいに召喚獣を扱う子が居たんだけど、ルシアちゃんもその子みたいに自分の召喚獣に名前とか付けてるの?」


 そのへんどうでも良くない?

 などとは思わない。あの苦労に関わった身としては地味に気になる話題ではあるし、ここでそんなことを言える奴はコミュニケーション能力が低いというか真の意味で空気が読めないタイプだと思う。

 興味がなさそうな言動を俺もよくしているけど、ここでそういうことを言うのがダメだってのは分かりますとも。

 分からなかったらどこか一般とずれてるところもあるこいつらと友達になれてないだろうし。

 あれこれ言えるのも友達だからこそだからね。

 自分勝手なことばかり言ってる人間は、周りの人間から見捨てられるから気を付けるんだぞ。

 ゲームとかで何か協力してほしい時は「~~したいんだけど、手伝ってくれない?」のようにお願いの形で言いましょう。間違っても命令口調で言ったらダメだ。

 俺様キャラのロールプレイをしていると奴は、まあ好きにしたらいい。

 反抗とか無視されてもそれは自業自得なので一切責任は負いません。俺には関係ありませんので。


「名前? ふ……名は体を表す。また名は私とモンスターを繋ぐ契約の証。故に有って然るべきものさ」

「さぞ良い名前なんでしょうね。ぜひとも聞きたいわ。まずフィーブルラビットの名前は何て名前なの? まだ契約しているならだけど」

「契約してるに決まってるよ! あの子は零次くんと一緒に契約した子なんだから。これからもずっと契約したままだよ! ……零次くんに嫌われたりしたら辛くて解放するかもしれないけど」


 うんうん、そうでしょうね。

 嫌な気持ちを思い出す要因は排除したいもんね。それは俺も理解出来るよ。だから……チラチラこっち見るのやめてくれないかな。

 お前の嫌いなところは……まあゼロじゃないけど、だからって別に嫌ったりしてないから。人から嫌われる要因なんて誰もが持ってるだろうし。俺だってそれは持ってるだろうしさ。完全無敵の完璧人間だなんて思ってないし。

 あとね……そういうことされると周囲から誤解されたりするじゃない。

 俺とお前が付き合ってるんじゃないかって雰囲気になるじゃないの。お互いに告白した覚えもされた覚えもないんだし、余計な誤解は面倒臭いだけでしょ?

 だからさ、そう俺との繋がりがどうなんだろうって怯えないでもらえませんか。俺は少なくとも本気で嫌ならはっきりそう言うから。


「直してほしいところはあるけど、嫌ってはいないから気にせず続けなさい。あとこっちで零次くんって言わない」

「うん!」


 元気だけは良いなお前。

 しかも無邪気というか周りの空気が変わりそうな笑顔まで浮かべちゃってさ。普段からそういう顔すれば良いのに。

 そしたら放っておかないんだけどな……他の男子が。

 俺? いやまあ中二病を完治してくれたら嬉しいですよ。可愛いって思うことも増えますよ。

 でもさ、俺は他の連中よりもこいつの悪いところ知ってるわけじゃないですか。逆に良いところもまあ知ってるけども……だけど素のこいつを見たところで他よりもギャップは感じにくいわけで。

 故にそう簡単にときめいたりしないわけです。


「えっとね、フィーブルラビットの方はピョン吉って言うの」

「……ん?」

「ピョン吉」

「うん?」

「だからピョン吉だってば!」


 どうやら俺の聞き間違いだとかそういうのではないらしい。

 はぁそうですかピョン吉ですか。これまたずいぶんと立体から平面になった両生類みたいな名前してますね。

 凄く根性がありそうだよ。まあ最弱の部類なのに召喚されたらどんなモンスターとでも戦うわけだし、そういう意味ではド根性ウサギだけどさ。


「あら良いじゃない。心が跳ね回って楽しくなりそうな名前だし、素直に可愛いと思うわ」

「でしょ! アリスくんは分かってるね!」


 テンションが上がってるせいか、凄く素のまま喋ってるな。

 アリスも今の見た目は女っぽいし、普通に女子と会話できる奴だからこれって暗に女子トークが行われてる?

 俺が居ない方が会話もピョンピョンするのかね~。

 まあピョンピョンし始めたら何か聞きたくない気持ちもあるし、多分俺の方から去るだろうけど。

 だってさ、そういうのって何か聞いちゃいけない気がするじゃない。

 女子トークって正直男が思ってる以上に掘り下げてたりするじゃない。自分の名前が出たりしたらもう気が気じゃないよね。


「それで、この前契約したブラックドラゴンの方は?」

「あの子はね、ガリュウって言うの。我の竜って意味なんだ」


 ガリュウ=我竜ってことですか?

 うーん、何だろうねこの微妙な気持ち悪さ。ガリュウなら頭の方が強くなるのに我竜にすると後ろの方が強くなるんだよね。まあ我流の発音に引っ張られてるんだと思うけど。

 確か……最近アクセントの表記の仕方が変わってルシアが言ったガリュウだと『ガ\リュウ』みたいになるんだっけ。我竜だと『ガ/リュウ』みたいになりそうだけど。


 ちなみに線の部分はその前の音からそのあと音を上げるか下げるかを表しているよ。アクセントは読み方によって最初の音が強くなる頭高、2音目から高くなって最後の音より前で落ちる中高、2音目から高く最後まで変わらない平板という感じで分けられているんだよ。

 他にも尾高っていうのもあるんだけど、これはその言葉だけだと平板と変わらない。でも文になってくると繋がった言葉の前で音が落ちるってことを意味してます。


 ただアクセントにも法則みたいのがあるから一概には言えないんだよね。

 無声化とか鼻濁音みたいに意識しないといけないこともあるし。このへんのことは放送部とかに入ってる人は理解できそうだけど。

 アクセントや無声化といったものがバッチリなのが標準語というやつです。

 方言って呼ばれるものは標準語とはアクセントが違ったりするから、聞いただけだと意味合いが違って聞こえたりするからね。


 いや~日本語って難しい。日本人でも日本語は難しい。そう考えると日本語の上手い海外の人って尊敬できるね。

 近年は声優って職業が若者の夢の上位に入ってるって話を聞くけど、目指している人は標準語を言えるように頑張りましょう。

 まあ標準語を言えるだけじゃダメだけどね。声量に活舌、演技力……他にも色々と必要になってくるし。声優は声だけで表現できる俳優、つまり役者だからね。


「ルシア……お前って割と素直な奴だったんだな」


 ピョン吉とかガリュウとか……名前の付け方が安直だし。

 もっと拗らせたというか漆黒とか崩壊みたいな意味合いの言葉を英語やドイツ語にして、そこから更にもじった名前を付けるかと思っていたよ。

 いや別に悪いことではないけどね。無駄に長くてカタカナの多い名前にされても俺は覚えられる気しないから。絶対略称とか呼んだりしちゃうだろうから。そういう意味でお前のネーミングセンスは正しいよ。


「貶されているように聞こえるのは私が悪いのかな?」

「それは時と場合による」

「ここは良いか悪いかで答えようよ」

「仕方ないな。良いけど悪くもある」

「答えになってない!」


 だって俺にとっては良いと思えたセンスだけど、俺の思考を知ったらお前は馬鹿にされてるって思いそうだもん。それも考慮するなら今の答えになっちゃいますって。


「にしても……アイゼン遅いな」

「君のそういうところ嫌いだ!」

「そうか、まあそれは仕方ないな。俺もお前の全てを肯定しているわけじゃないし、俺は完全無欠のヒーローじゃない。欠点なんていくらでもあるリアルな人間だし」

「うぅ……!」


 あのねルシアさん、言いたいことがあるなら口に出そうか。

 素が出てるせいか知らないけど、ムスッとした顔で抗議の眼差しを向けられると全面的に俺が悪いみたいじゃん。年下を意地悪してるお兄さんみたいになるじゃない。これでも割と俺はお前のこと考えて行動してるんですよ?


「言葉って本当大変よね。出すにしても出さないにしても」

「アリス、お前は意味ありげに何を言っている?」

「あなた達ふたりを見てて思った感想よ。あまり気にしないで」


 いやいや、人って気にするなって言われた方が気にする生き物じゃん。

 やっちゃダメって言われるとやりたくなったりもするしさ。でもこっちに限っては本当にやっちゃダメだよ。やっちゃいけないからダメって言われてるわけだし。触らぬ神に祟りなしですから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る