第14話 「癖のある人間は風の如く」

 和装の女性プレイヤーの登場に、今にも剣を打とうとしていたムラマサは動きを止めた。


「心底驚いた顔やめてくれへんかな? これでも馴染みの客は、無銘はん以外にも居るんやから」


 無銘。

 それが女性プレイヤーの名前のようだ。

 名前がないという意味の言葉が名前というのは、名前があると言っていいのか問答できそうなものだが気にしないことにしよう。どんな名前でプレイするのも人の自由なのだから。


「それは失礼した。あたしが来たときは、毎度客がいなかったものだからつい」


 涼し気な声でさらりと言えるあたり、ムラマサの知り合いのようである。

 まあ彼女はβテスト経験者であり、また鍛冶屋でもあるのだから知り合いが多くても不思議ではない。

 知り合いからお前の店って自分以外にも客居たんだな、と言われるのに知り合いが多いのはおかしい。

 そう思う人間も居るかもしれない。

 でも、だとしてもだ……それでもきっと俺よりは知り合いが多いはずさ。俺なんてムラマサを除けば、リアルでの友人くらいしか知り合いはいないんだから。


「どうやら先客もいるようだし、あたしはまたしばらくしてから来るとしよう」

「あーええよ、どうせ今日もメンテナンスに来たんやろ? さっきに無銘はんの刀を仕上げたる」

「いやしかし、それでは」

「大丈夫大丈夫、うちとこの人の仲や」


 問題あらへんやろ?

 と言いたげな視線を向けてくるムラマサ。俺としては優先してもらいたい気持ちはある。

 だが剣を6本打つのと刀を1本メンテするのとでは、どう考えても後者の方が早く終わるだろう。

 ようやく装備できるようになった《始剣【黒耀】》を使って早く戦いたい。

 だが、それをするために他のことに時間を使えないかというと使えないわけではない。

 逸る気持ちはあるが、焦る必要はないのだからここは順番を譲ってもいいだろう。その方がムラマサの機嫌や俺への印象も悪くはならないだろうし。


「まあいいけど。特に予定もないし」

「だそうや」

「何やらムラマサ殿が言わせたようにも思えるが……ここで遠慮するのも失礼か。ありがたく先にさせてもらおう」


 無銘は背負うために長刀に結んである下げ緒を左手で下げると、せり出した柄を右手で掴んだ。

 今度は左手で下げ緒を上げて鞘を下げながら右肩、右肘と順番に連動させ、刀の反りを利用しつつ背中で円を描くように刀を抜いていく。

 VRMMOではシステムの補助もあるので右背負いでも問題なく抜けるようになっている。

 このようになっている理由としては、武器の抜き方までリアルさを求めると苦情が出るからだ。

 過去に発売されたVRMMOの中にそこまでリアルさを求め、その結果ストレスが溜まると多くのプレイヤーから苦情が殺到したものがある。

 それ以降、リアルさを追い求めながらも快適にプレイできるような仕様を心がけたゲーム作りが行われているというわけだ。

 だが彼女の抜き方は、仮にシステムの補助がなくても抜ける現実的な抜き方。もしかすると現実で刀剣を扱った経験があるのかもしれない。


「ではムラマサ殿、よろしく頼む」

「任せとき……いつものことやけど、無銘はんは本当ギリギリまで使い込んでくるよなぁ」


 ムラマサは長刀の状態を見ながらしみじみと呟く。

 確かに俺の眼からしても大分使い込まれているのが分かる状態だ。耐久値もかなり減っている状態だろう。

 ムラマサの口ぶりからして頻繁にメンテナンスを行っているようだし、無銘というプレイヤーはずいぶん戦闘に明け暮れているようだ。


「時に……」

「ん?」

「貴殿とは初対面なわけだが、ただ待っているのもお互い暇だろう。少し話し相手になってはもらえないか?」


 戦闘狂……ストイックな部類のプレイヤーと思われたが、意外と気さくな性格をしているようだ。

 ストイック=寡黙なイメージは俺の偏見かもしれないが、グダグダと語っても仕方がないので掘り下げないでおく。


「まあ……別に構わないが」

「では、お言葉に甘えて。あたしは無銘と言う。少々古臭い喋り方をするかもしれないが、そこは勘弁してほしい」


 自慢じゃないが俺の知り合いには、中二病チックな言い回しをする奴やハイテンションな奴、オネェ口調まで居る。だから多少のことでは動じない。

 故に好きに話してください。耳心地の良い声色だから聞いててストレスもないし。


「俺はナグモ。話し方は好きにしてもらっていいんだが……いったい何を話すんだ?」


 俺とあなたってさっき今ここで会ったばかりの関係だし、共通の話題とかないよね。

 まあAMOに関してのことなら話せる気はするけど。だってここAMOの中だからAMOのことで話せないわけないし。


「ふむ、そうだな……貴殿は今背中に一振り剣を装備しているが、腰に6本の鞘がある。今でこそ剣は納められてないが7本の剣を扱うのだろう……つまり七刀流だと推測できる。故に問おう……貴殿は堕天に出てくる剣帝のファンなのか?」


 この人も《堕天使ノ見つめるセカイ》を読んでるのね。

 いやまあ俺もルシアこと明日葉に貸してもらった(正確には押し付けられた)ので読みましたよ。全巻読破しましたよ。

 正直に言って……面白かった。

 明日葉があそこまで語るのも分かるくらい面白かったです。

 剣帝に関しても理解したよ。

 誰でも救ってみせる。魔王は俺が倒す。

 そんな綺麗事を平然と吐く正義感の強い奴……ではなかったところが実に好ましかった。

 最強と呼ばれる力量を持ちながらも救えない命がある。

 時として小を切り捨てなければ大を救えない。その責任から逃げずに背負い、非難も言い訳せずに受ける。

 そんな感じに清濁併せ吞む良き男だったよ。実に俺好みのキャラさ。しかし……


「今はまあファンかもしれんが、それ読んだのつい最近だから憧れてやってるわけじゃないよ。俺が装備制限緩いならやろうってやり始めたわけだし」

「そうか……貴殿はまともそうに見えて割と癖のある男なのだな」


 あれれ~今俺って変人扱いされてる?

 おいおい、7本の剣を装備しているだけで変人扱いはやめてくれよ。

 装備できるなら一度はやってみたくなるじゃないか。今の時代、本数は違うけど6本の刀を扱う隻眼の侍やおっぱいの大きい忍者さんとか出てくる作品もあるわけだし。

 それに俺が癖があるならさ……


「そういうそっちも大分癖があると思うんだが?」


 羽織袴に身の丈ほどある刀。

 それから予想するにこのプレイヤーは、《無銘の目指し剣の頂》というラノベを読んでいると思われる。

 これは以前から俺が読んでいる作品であり、簡単に言えば剣だけを振り続けて一生を終えた剣士が全盛期の姿で転生。

 名の無き剣士《無銘》として、自身の気の向くままに旅をしながら強者と真剣勝負をしていくという内容になっている。

 話が複雑ではなく、また戦闘描写が鮮明に想像できるので俺は面白いと感じているよ。


「その恰好に得物……俺の知っているとあるラノベの主人公にそっくりだし」

「ふむ、貴殿も読んでいたのか……ならば隠す必要はないな。確かにあたしはその剣士を真似ている。彼の使うような剣技を放ってみたいと思っているからな」


 こいつ……なかなかに難しいこと言ってるぞ。

 俺の記憶が正しければ、作品内で主人公が使う唯一の剣技《燕返し》。一瞬にして3回斬る絶技だ。

 それを使いたいなどと……まあAMOの中でならレベルを上げてスキルもその手のものに特化すれば出来なくもないとは思うが。それでも果てしない道のりになるだろう。

 ちなみに……分かる人間には分かるだろうが、この作品の作者は佐々木小次郎とか宮本武蔵とか大好きらしい。

 作品内に出てきた登場人物を見る限り、割と戦国時代の武将も好きなようだ。まあ創作の中だから史実通りのキャラなんてほぼいないけど。


「今言ったことを本気で考えていそうなあたり、君は俺の知り合いと同じかそれ以上に変な奴だよ」

「ほぅ? 貴殿の知り合いにはあたしのような人間が居るのか。なら貴殿が七刀流を使うのも道理だ」

「そうやって括るのやめてもらっていい? 俺は常識人だから」

「鍛冶師のところにブレイカーする剣を毎日のように買いに来る人が常識人? いやいや、そんなわけないやろ。うちはそんな人が常識人とは思えへんで。変人や変人」


 おい鍛冶師、お前は余計なこと言ってないで仕事してろ。

 あまりグダグダ言うつもりなら店を変えるぞ。ブレイカー用の剣なら他のところで買ってもいいんだから。愛剣になるであろう一振りだけはここでメンテしてやるけど。


「ふふ、あたしが思う以上に貴殿は面白い男のようだ。……ふむ、今後貴殿のことは剣帝殿と呼ぶことにしよう」

「何故そうなる?」

「かの剣帝のように貴殿が強くなってくれたら嬉しい、という気持ちもありはするが……まああたしの気分の問題だ。故に反論は受け付けない」


 呼ばれるの俺なんですよね?

 なら俺にも意見を言う権利はあると思うんです。反論を受け付けてくださいよ。

 トップクラスのプレイヤーでもないのに剣帝とか呼ばれるの恥ずかしいじゃないですか。トップクラスになっても恥ずかしいと思うだろうけど。

 こいつは変人だよ。

 下手したら俺の知り合いよりも変人かもしれない。気さくなように見えて意外と自己中みたいだし。

 そうこうしているうちに刀のメンテナンスが終わる。


「よし、終わったで。どないや?」

「……うむ、今日も実に良い仕事をしてくれている。これでまた更なる高みを目指せそうだ」


 無銘は新品同然になった愛刀を一通り見終えると、流れるような動きで鞘に納める。その姿は実に様になっていた。

 何だろう……あの中二病とは違うけど、似たような苛立ちを覚えている俺が居るぞ。まあ言い回しはともかく、似ているものは感じるのでそのせいだとは思うが。


「では、あたしはこれで失礼する。ムラマサ殿、剣帝殿……またどこかで会おう」

「まいどあり~、またのご利用お待ちしてるで」


 和風の剣士は颯爽と去って行った。

 何というか、掴みどころがあるようでない風のみたいな奴である。あれが更に進化して嵐にでもなったら堪ったものではないが。

 またどこかで会おうとか言われたけど……個人的には当分会いたくはないな。

 フレンド登録もしてないし、会うにしてもムラマサの店でバッタリ、なんてくらいだとは思うが。

 でも何か嫌な予感がする。あの手のタイプって唐突に現れてもおかしくないし。


「ふぅ……今日もええ仕事したなぁ」

「何で満足気な顔してる? まだ俺の注文した分が残ってるでしょ。それが終わってから一息つきなさい」

「え~、少しくらい休憩してもええやん」

「あのね、俺も一応客なんだよ?」


 待たせてたんだから仕事しようよ。

 仕事が終わってから一休みしようよ。

 現実でもゲームの中でもこういうところは大事だと思うんだよね。


「仕方ないな……壊されると分かってるだけに乗り気はせんけど。適当でええ?」

「いい加減じゃなくて適切で妥当って意味でならオーケイだよ。というか、お前はいい加減な仕事をして満足するの? 最強の一振りを作ろうと思って鍛冶師になったって聞いたんだけど?」

「それはそうやけど……うちも人間やから」

「仕事なんだから割り切って」

「そんな人間になりたくない! うちには自分の納得できるものを打って、それを売って商売したいんや!」


 それを叶えるために今があるんだろ。金とスキル上げのために頑張って客の要求に答えんかい!


「そろそろ満足したでしょ? 剣の製造に取り掛かってもらっていい?」

「あんなナグモの兄さん……急かす男と心の狭い男は嫌われるで」

「割と待ってるよね? そっちの茶番にも付き合ってるよね?」

「分かった、うちが悪かった。だからその純度の高い作り笑顔はやめてくれへん? うちはアイゼンさんみたいにそういうの慣れてへんから」


 分かればいいんだ分かれば。

 ただひとつ言っておく。別にあいつも慣れてはいないと思うよ。M疑惑はあるけど、まだ確定はしていないし。時々本気で怖がってることもあるから。


「んじゃ……さっそくやりますかね」

「俺、そのへんで飲み物買ってくるから」

「じゃあうちのもお願い」

「貴様……俺を客だと思ってないだろ?」

「何言うてるんや。大切なお客様って思ってるで。でもそれ以上に友達やないか」


 友達の友達のような気もしますがね。

 まあこれ以上面倒な展開になっても困るし、今後も付き合いのある奴だから買ってやるけど。

 ……こうやって諦めるというか、甘やかすから俺の周りはあんな奴らばかりなのかね?



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