第10話 「仲が良いのか悪いのか」

 さあ、やってまいりました渓谷エリア。

 位置で言えば、《始まりの街》から2キロくらい歩いた場所になります。

 序盤にしては地味に多いように思えるけど、広大な世界がこのゲームの売りのひとつだからね。そこに文句の言うのはやめておきましょう。

 しかし、駅から徒歩何分……ってのは分速80メートルで計算されていると習った覚えがある。

 ただそれはあくまで基準なので、若い人間なら分速100メートルほどになってもおかしくない。

 まあ何が言いたいかというとさ……本来は20分も移動すれば到着するはずだったわけですよ。

 そりゃあ道中はモンスターも出るから予定よりも時間が掛かるのは分かる。

 分かるけどさ……何で今日に限ってモンスターが凄く出現するのかな。

 しかもノンアクティブじゃなくてアクティブモンスターばかり。経験値にはなるし、アリスのレベルも上がったけどさ……何か地味に疲れたよ。


「おや? どうしたのですかなナグモ殿。何やら疲れた顔をしておりますが」

「いや普通に疲れてんだよ。ここに来るまでに何度戦闘があったと思うの?」

「いや~運が良いのか悪いのか、実にモンスターラッシュでしたな。ふむ……日に日にプレイヤー層も開けてきますから、今日はこちらを狩場にするプレイヤーが少なくなっておったのかもしれません」


 冷静に分析してくれてどうもありがとう。ポーションのひとつでもくれたなら尚良かったけど。

 でも……ポーションの味って微妙なんだよな。

 前にやってたVRMMOよりはマイルドで飲みやすい味にはなってるけど、回復薬ということもあって少し薬っぽい味だし。

 まあジュースみたいに飲みやすくてもそれはそれで違和感あるけど。


「まあナグモが愚痴をこぼしたくなる気持ちは分かるわ。実際に戦っているのはナグモとアイゼンのふたりだけなんだし」

「アリスさん、私だって召喚と指揮で戦いに貢献しているよ」


 ルシアさん、カッコいいポージングしてるところ悪いけど現実を見ようよ。

 あなたが召喚したウサギさん、与えるダメージがショボすぎてあまり役に立ってないからね。

 敵の注意もアタッカー担当の俺か壁役のアイゼンにしか向いてなかったし。


「ワイバーンと1回で契約できたらいいんだけどな……」

「こういうのは悪い方向で考えておいたほうが身のためよ」

「そうですな。幼体とはいえ竜種、それにルシア殿のスキル熟練度も今のプレイヤー内では高くても熟練度の最大値から見れば雀の涙程度……それ相応の回数は必要になるでしょう」

「みんなの気持ちは分かるけど、分かるけどさ……もう少しプラスに考えていこうよ。運が良ければすぐに終わるんだし……まあ回転数が全てだけど」


 ポジティブ維持できなくなって最後に余計なことを言うんじゃないよ。

 回転数が全てなのはガチャとかだけ。ゲームでそういうのは考えたくないです。ガチャと違ってお金は飛ばないけども……。

 だけど……まずはワイバーンの幼体を見つけるところから始まるんだよな。

 そいつしか出ないならともかく、確かコボルト系も出るみたいだし。岩に化けてるモンスターも居るとか居ないとか……ここまでの流れを考えると出会えるまでに時間が掛かりそうな気がする。


「……まあ話してても仕方がない。とりあえず進むか」

「そうね。少なくともすぐに契約できなくても私達のレベルやスキルは上がって行くわけだし。その一環で来てると思えば精神的にも楽になるし」

「我が盟友たちよ、真実ではあるが若干後ろ向きなまま進むのはどうなのだろう? ……はい、すみません私のためにありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」

「ルシア殿、あまりあちらのふたりの視線を気にしていては身が持ちませんぞ。運というものは収束するものですし、悪いことがあれば良いこともあるはず。張り切って参りましょう!」


 良い励ましのように思えるが、俺には何かのフラグに聞こえてならない。

 でもまあ……ルシアのために頑張りますかね。一緒の遊ぶ機会は多い方だろうし、あまり不貞腐れたり拗ねてる顔は見たくないからな。

 何よりいつまでも頼られるのも困る。

 こういうのは同じくらいの力量の奴とああだこうだ言いながらやるのが楽しいんだから。

 たまに頼ったり頼られたりするのはいいけど、今のルシアは戦力にならん。つまり戦力の上昇は俺のためにもなる。頑張るしかあるまい!


「あぁ言い忘れておりましたが、ワイバーンベビィが出るのは渓谷の奥と言いますか高度の高いエリアになります。それまではコボルトなどしか出ませんが、これまでよりも高レベルなのでお気を付けて」

「……もう契約するのコボルトで良くない?」

「ナグモ、人知れず気合入れ直したんだからそれは言っちゃダメ。ここまで来たら最後までやらないと男が廃るわ」


 気合入れ直してたのがバレてる時点で、もう人知れずじゃないんですけどね。まあそっちの言ってるのことは正しいから何も言わないでおくけど。

 小さめに溜め息を吐いて気持ちを切り替えると、張り切った様子で先頭を歩いているアイゼンに追いつくように歩き始める。

 基本的にモンスターと剣を交えるのは俺とアイゼンなので先頭の方にいないと不便なのだ。

 アリスの《白魔法》がもう少し育てば攻撃系の魔法も覚えるんだろうが……まあ今は回復だけで良しとするか。

 レベル的にもまだ火力は期待できないし。

 装備の方は準備金と俺やアイゼンが持ってた魔法使い向けのもので補強はしてるけど、ここのモンスターレベルは道中よりも上。俺でも油断すればすぐに落ちかねない。より連携を大切にしないとな。

 などと考えていると、前方に2つの人影が見えた。

 二足歩行ではあるが、頭や手足などは獣の染みている。手には手入れがあまりされてなさそうな得物を持っており、身体には申し訳ない程度の防具が確認できる。

 それらの情報から推測するに、この場所に出現する《コボルトファイター》の一種だろう。一種と表現したのは出現する場所によって多少名前が変わるからだ。


「見たところ1体のようですが……こちらから仕掛けますかな?」

「我が新たな力を手にするためにも、迅速に壁となる者は破壊するべきだ」

「まあ倒す方向性でいいんじゃないかしら。今のところ一本道だから見つからないように進むのは無理でしょうし」


 アリスの言うように見つからないようにするのは無理だろう。

 誰も《隠蔽》などの発見されにくくなるスキルは所持していないし。仮に所持していても道中に隠れられるところはない。

 モンスターごとに視覚・聴覚・嗅覚などによる索敵範囲は異なるが、この道の狭さでは何にせよ索敵範囲に引っかかる。

 とはいえ……コボルトやゴブリン、ウルフや一部の虫や植物系のモンスターは《仲間を呼ぶ》ことがある。

 この手の行動は昔からあったことだが、敵の戦力が増えるのだから厄介な行動のひとつだ。

 今の俺達のようにレベルにバラつきがあり、攻略する上で戦力が十分だとは言えないパーティーだと特に……。


「と言っておりますがナグモ殿」

「お前も戦うつもりなら多数決で決まりだと思うんだが?」

「それはそうですが、ナグモ殿は我らのまとめ役。リーダーではありませぬか」


 うそーん、リーダーなんて俺は向かないのですが。

 個人的にやたらと突っ走ろうとするリーダーに制止を掛けたりするサブリーダーの方が向いてると思うし。

 まあそれって結局は最終的に決定することが多いのは、俺だと言ってるようなものでもあるけど。

 ただ……それでも言いたい。

 リーダーなんて肩書きは要りません。欲しい人にあげます。具体的に言えば、少し羨ましそうにしている片目を隠した少女とかにね。


「リーダーなんて役割は担いたくないが、まあ進むしかないんだから戦うしかないだろう。仲間を呼ばれたら面倒だから即行で片を付ける。というわけで……行けアイゼン、君に決めた!」

「私はお手頃サイズなモンスターではないのですが、役割的に断れませんな。承知しました!」


 棍棒と盾を構えながらアイゼンはコボルトファイターに突貫。

 鎧を着ていることもあって動きは鈍重だが、注意を惹きつけることが第一の目的なのでそこは問題ない。

 カウンターで一撃もらって袋叩きにあって死亡、なんて流れになったら笑い話にもならないが。

 さすがにそんなことにはなるまい。

 アイゼンはこの中で最もAMOをプレイしているのだから。


「行くぞ亜人の兵士よ! このアイゼンがお相手仕る……はあぁぁぁぁ! ウォォォォォクラァァァイ!」


 カッコ良いことを言っていたような気がするが、アイゼンが取った行動は敵の注意を惹きつけるアーツ《ウォークライ》。

 このアーツは《盾》スキルで使えるアーツのひとつだが、他のスキルでも使うことが出来る。

 近接武器スキルのほとんどで使える《バッシュ》ほど汎用性があるわけではないが。まあ何にせよ壁役になりたいなら《盾》以外にも選択肢はあるということだ。


「そんじゃ俺も行きますかね。援護よろしく」


 そう言い残し俺は背中に装備している《アイアンソード》に右手を伸ばす。

 ロングソードを7本購入し、腰に6本装備してはいるがパーティーでの戦闘では《ブレイカー》を連発する必要はない。《長剣》スキルのみで戦うならば、少しでも性能が良い剣を使うべきなので今はアイアンソードも装備しているというわけだ。

 もしも《ブレイカー》を使う機会があれば、腰にあるロングソードに持ち替えて使うつもりだ。金銭的なことを考えれば、可能な限り使わない方が良いのだが。


「我が言霊は戦火の歌、《攻撃陣・蛍火》!」


 ルシアの《指揮》スキルを発動させ、パーティー全体の攻撃力が上昇する。

 スキル熟練度的に使えるアーツで得られる効果は微々たるものだが、ないよりはあったほうが良いのは間違いない。

 必要のない詠唱を自分で作って言うあたり無駄ではあるが、そこはロールプレイということでとやかくは言わないでおこう。

 アイゼンがコボルトファイターの注意を引いてる内に俺は背後へ回る。

 モンスターのサイズが大きければアイゼンと同じ方向から攻撃することも可能ではあるが、あいにくコボルトファイターは小型。同じ位置から攻撃するなら入れ替わる必要が出てくる。

 ただ俺はアイゼンのように壁役をする仕様ではない。正面から攻撃していくのは悪手だ。

 そのため多少時間は掛かっても敵の背後へ回るのがベスト。無防備なところへ攻撃出来れば、それだけ弱点も突きやすくなる。

 コボルトファイターに接近しながら剣を水平に構える。すると刀身が赤く発光し始め――


「せあッ!」


 ――一瞬で横向きに走り抜けた。

 赤い剣閃はコボルトファイターの首に直撃。人型のモンスターは首や心臓の位置が弱点に設定されていることが多いため、《バッシュ》の一撃だけで5割近くHPを減少させる。

 大量のHPが減少したことでコボルトファイターは怯んでおり、《バッシュ》の硬直時間は短いため追撃を行うチャンス。

 もう一度バッシュを撃ち込んでもいいが、HPを全壊させるならあちらを使うべきだろう。

 手首を返しながら剣を左肩に引きつけるように構える。


「ッ――!」


 刀身が青色の光を発し始め、地面を蹴るのと同時に青光を纏った剣は凄まじい勢いで横向きに撃ち出された。

 その一撃は再びコボルトファイターの首を捉え、残っていたHPを全て削りきる。

 今回使用したアーツは《サークルスラッシュ》。

 勢い良く1回転しながら攻撃する序盤で覚える範囲技だ。

 範囲技は単体技よりも消費APが多めに設定されていることが多い。なので不必要に使うのは危険だ。

 なので今回の場合も《バッシュ》による追撃で良かったのだが、まあそこはその場の気分ということで。

 それにソロでプレイする時のことを考えれば範囲技の熟練度も上げれるときに上げておきたいじゃないか。


「さすがはナグモ殿、見事な剣捌き。本音を言えば、私にも出番が欲しかったですが」

「盛大に注意を惹いてた奴が何言ってんだ」

「こらこら、ふたりで盛り上がらないの。姫様が少しムスッとしてるじゃない」

「アリスさん、別に私はそんな顔していないよ」


 確かに涼しい顔して中二病チックポーズしてるけど……俺としては姫って呼ばれたのに普通に反応したことに驚きだよ。

 お前って意外と自意識過剰なのね。まあ姫様って呼ばれても違和感ない容姿はしてるけども。


「なら前髪も上げてみて。じゃないと顔がちゃんと見えないから」

「そ、そこで何で君は私に対して意地悪な発言をするかな!」

「ふふ、男の子は好きな相手には意地悪したくなる生き物だからよ」

「ぇ……~~~~~~~っ!?」


 おいそこのオネェ、世の中にはそういう奴も居るだろうが俺も一緒にしないでくれますかね。

 ちょっかいを出すのはまあ普段のノリというか、スキンシップというかストレス発散みたいなものだから。

 だからねルシアさん、あなたもそんなにテンパらないの。君のこと別に嫌いじゃないけど、好きでもないからね。


「アリス、お前今度余計なこと言ったらあっちのアイゼンとデートさせるからな」

「ほぅほぅ、デートですか……え? 何で私がアリスさんとデートするんですか!? しかも罰ゲーム的な扱いで!」

「うーん……デートの内容が二次元中心になりそうだし、そういうときのアイゼンは嫌なくらいテンションが高いのよね。お守りをするのも大変だし、出来れば遠慮したいところね」

「人を厄介な子供みたいに言うやめてもらえます! 何ですか何ですか、人のこと事あるごとに馬鹿にして。私だってデートのひとつやふたつ出来ますよ!」

「そんなことより……時が惜しい。新たな力を得るために出来れば先に進みたいのだが」

「みんなして私の扱いがひどすぎますぅぅぅ!」


 それはアイゼンもとい撫子の魂の叫びだった。

 まあ誰ひとりまとも受け止めた者はいなかったが。

 だって渋い小父様が撫子口調で叫んでるんだよ。はたから見ればシュールな光景だし、時間は有限だからね。ワイバーンベビィを探しに先に進まないとでしょ。


「無言で行くのやめてもらえませんかね! 壁役でも何でもしますからちゃんと相手してくださいよぉぉ。寂しいと私死んじゃうんですぅぅ!」


 うわぁ……泣いて走ってくる老騎士のインパクトって凄ぇ。

 あまり見たいものでもないし、もう少し優しくしてやろうかな。俺だけ心がけても意味のないことだけどね。



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