第11話 「ゲームでも現実はそんなに甘くない」

 低く唸りを上げて鋭い瞳を向けているのは翼竜の幼体。

 幼体であるが故にまだ上手く空は飛べない。だが竜種に分類されるモンスターだけあって、体長は1.5メートル程ある。

 口には鋭い牙、足には鋭利な爪、勢いに任せた突進でも軽装備の俺やルシア達では大ダメージを受けてしまうだろう。

 だが……もうこいつを相手するのも10体目だ。

 他の出現モンスターよりも高ステータスに設定されているためか、ワイバーンベビィは基本的に単体でしか出現しない。

 そのため攻撃パターンの観察は十分に出来た。

 戦う度にアイゼン達との連携も徐々に上がり、すでに目の前にいる敵のHPも8割減少させている。

 あとは契約を成功させるのみ。

 突進してきたワイバーンベビィをアイゼンが盾で受け止め、半ば強引に弾き飛ばした。


「ルシア殿、今ですぞ!」

「我が名はルシア、人と魔を繋ぐ者為り! 汝が我が声に応えるならば、その証として汝の魂の楔を我が元に――《契約コンタクト》!」


 空中に生成されていた青色の魔法陣から鎖状の光が放たれ、ワイバーンベビィに絡みついていく。

 ある程度絡まると鎖状の光は地面へと突き刺さり新たな魔法陣を生み出す。この魔法陣が完成すれば空へと光が走り契約が完了する。

 しかし――


「グ……グゥ……グゥアァッ!」


 ――無情にも契約の鎖は引き千切られ、ワイバーンベビィは自由を取り戻した。

 この光景を見たのはすでに10回目。見慣れつつあるのと同時にモチベーションがどんどん下がっていっている。


「ルシアさ~ん、いつになったら成功するんですかね?」

「ナグモくん、そのイイ笑顔を向けないで! 私も私なりに頑張っているというか、こればかりは確率だから仕方ないじゃん!」


 うん、そうだね。そうなんだけど……10回も失敗してると嫌にもなってきますよ。

 ワイバーンベビィとの遭遇率は3戦に1回。

 遭遇率としては悪くないだろう……けどさ、3戦に1回ということはすでに30回くらいバトルしてるんですよ。さすがにモチベーションも低下してしますって。

 こう考えるとモンスターを狩るあのゲームって優秀だったんだな。

 確率1%とかの素材もあるけど、10回もやれば大体手に入ってた気がするし。まあ携帯ゲームとVRゲームの差かもしれないけどね。VRゲームは実際に自分が動いてる感覚だから精神的疲労もリアルに近いし。


「ナグモ殿、何をぼさっとしておるのですか! 私が惹きつけてる間に早くこのワイバーンを……マジで早くしてください! 壁役でも死ぬときは死ぬんですから!」


 まだHP半分は残ってるんだからそんなに慌てなくても。

 まあ精巧な作りをしているだけに、目の前に竜の顔がずっとあると圧迫感凄いのは分かるけどね。

 アイゼンの中身も女の子ってことなのかもな。

 そう内心で呟きながらワイバーンベビィの側面に移動。

 羽ばたいている翼の下に潜り込みながら翼の根元にアイアンソードを突き立てる。そこから抉るように刀身の向きを変え、斬り抜く。

 それによってワイバーンベビィは軽く怯み、その隙に俺は剣を返しながら《バッシュ》を発動。赤色のライトエフェクトが発生する。


「アイゼン、合わせろ!」

「了解です!」


 オレンジ色の光がアイゼンの持つ棍棒に灯り、翼竜の頭へと凄まじい勢いで振り下ろされる。《片手棍棒》のアーツのひとつ《ヘッドストライク》だ。上手く頭に直撃させると気絶を狙え、気絶しなくてそこそこのダメージを稼げる。

 通常の攻撃よりも格段に威力のあるアーツを2連撃で受けたワイバーンのHPは全損。断末魔の声を上げたかと思うと不意に固まり、爆発するようにポリゴンへと変わった。経験値を含めた戦果がそれぞれに表示される。

 だがそれ以上に俺には気になることがあった。


「ふぅ……またダメでしたな。ですがこれもあとから振り返れば良き思い出に……どうかされましたかな?」

「どうもこうも……こいつはもうダメだ」


 手にしているアイアンソードの刀身はこれまでの戦闘でところどころ刃こぼれしている。耐久値を確認してみると、あと一撃でも使えば壊れかねない状態。これはメンテナンスするまでもう使えない。

 まあ……よくここまで耐えてくれたというべきか。

 残りの耐久力を考えれば《ブレイカー》を使っても大したダメージは与えられない。

 ここで壊してしまうのも勿体ないだろうし、攻撃力は落ちてしまうがロングソードに交換しておこう。このペースだとワイバーンとの契約はまだ先になりそうだし。


「やれやれ、あと何回で成功するんだろうな……」

「ナグモ、気持ちは分からなくもないけどそういうこと言わないの。ルシアちゃんが余計に気にするでしょ。付き合いは短いけど、この子あなたの言葉には割と敏感なんだから気を付けなさい」


 お前は俺の兄さんか。

 まあ俺は一人っ子だし、兄妹が欲しいと思ったことはあるけどね。

 でもオネェ口調の兄……今は慣れてるからどうも思わないけど、幼い頃から居たら違ったかもな。

 それに……今は従妹である京華も一緒に住んでるから、アリスみたいな奴が家に居たら大変そうな気もする。

 いや普通に女子の会話に付いて行ける奴だし、むしろ俺よりも良い関係になるのでは……仮定のことばかり考えても仕方ないか。


「まあ確かにこうなるかもしれんと分かってて来てるわけだから悪いとは思う……が、正直そう何度もやってる時間はないぞ」

「そうですな。リアルでの時間的にもそろそろ夕食時ですし、装備品なども消耗しています。安全にログアウトするためには街に戻らなければなりませんし、再度またやるとしても次が一旦ラストでしょう」

「それは……そうね。次成功しても失敗しても一度街に戻りましょう。ルシアちゃんもそれで良いかしら?」

「焦りは身を滅ぼしかねない。その案が妥当だろうね……ずっと付き合ってもらってるし、何度も失敗してごめんなさい」


 素で謝罪してくるということは、これは俺が思ってる以上に申し訳ないと思ってるな。付き合ってる身としては中二病チックに突っ走ってもらってた方が気が楽なんだけど……。

 ここで責めるような言葉を言うのはさすがに気が引ける。

 だが優しい言葉を掛けたらそれはそれでこちらが不愉快になる言葉が返ってくる可能性が高い。故にこいつの相手は地味に面倒なんだよな。

 自業自得だって?

 馬鹿野郎、それは昔のこいつを知らないから言えるんだ。

 中二病全盛期のこいつの相手は本当に大変だったんだぞ。会話が成り立ってないことも多々あったし……今振り返ると何で俺はあのときこいつの相手を続けたんだろうね。

 過去の俺は何を考えたのやら……


「ま、自分を責めたところで何も変わらないし……次は成功させてくれ」


 ルシアの頭にポンポンと軽く触れながら言うと、少しの間があったが肯定の返事があった。目を見る限りやる気は出してくれたようである。

 はたから見ていた老騎士とオネェのにやけ面が最高にウザいが。特に老騎士は中身が女だけあって別の顔も想像できるだけに余計に。


「次のを探しに行こう」

「そうですな。街に戻ることを考えれば奥に進むより戻りながら探した方が良い気がしますが」

「でもそれだと会えなかった時にまた戻ることになるわよ?」

「しかし、奥へと進みますと戻る際に再度戦闘を余儀なくされる可能性も増えますぞ? このあたりは障害物も特にありませんからな」


 確かにアイゼンの言うことも一理ある。

 まあワイバーンとの連戦になるかは運次第ではあるし、ここはルシアに決めさせた方が良い気がする。

 ここに来ている目的はルシアの召喚獣を増やすためだし、彼女が決めたルートなら誰もが納得するだろう。


「ルシア、お前はどっちがいい?」

「わ、私が決めるのかい?」

「お前が選んだ方が変に揉めることもないだろうからな。あっちのふたりも顔を見る限りそれでいいみたいだし。そういうわけでお前が決めろ」

「わ、分かった……」


 普通なら腕を組んだりして考えるのだろうが、さすがは中二病が抜けきってない系女子。顔を覆うようにして考える独特なポーズをしている。

 なのに変だと思うよりも様になっていると思うあたり……見た目が良い人間は得だよね。俺がやってたら変人扱いされるか熱でもあるのかって疑われるよ多分。


「はっ……あっちに向かおう」

「……奥じゃなくていいのか?」

「ふ、問題ないよ。私の第六感があちらに行けと告げている」


 あっそう、ならいいけど……。

 遠慮とかしてたならあとで小言言うからね。野良で組んでるのなら分かるけど、身内でプレイしているのに遠慮なんかされても困るから。アイゼン達と引き合わせた意味もなくなるし。


「なら行くか」

「あぁ行こう、我が盟友よ!」

「ルシア殿、元気になりましたな」

「ふふ、あの子も女の子だもの。アイゼンとは違ってね」

「ですな……いやいや、私も女の子ですぞ!?」

「そのセリフを言っていいのは現実のあなただけよ。今言うと素直に言って気持ち悪いわ」


 何やら騒いでるが、アリスがアイゼンをからかっているんだろう。よくあることだし、気にすることはあるまい。

 さてさて、ルシアの選択が吉と出るか凶と出るか。

 まあそれは行ってみなければ分からないことだ。今日は割と不運続きだし、そろそろ良いことのひとつでもあってくれても良いと思う。



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