第5話 「人は見た目では判断できない」

 今俺の目の前には通常のゴブリンの倍ほどの体躯を誇るモンスターが居る。

 名前は《フォレストゴブリンリーダー》。街で受注できるクエスト《森の中のお騒がせ者》で討伐対象になっているボスモンスターである。

 序盤のクエストだけあってレベルは6と高くはないが、クエスト内でのボスモンスターだけあって他の同レベルモンスターよりHPや攻撃力は高く設定されている。

 だが俺に恐れといった感情は存在していない。

 低く唸りながら右手にある武器を肩に担ぎ腰を落とす。何度もこのクエストを受けたことで見慣れつつある強攻撃の予兆だ。


「グオァァッ!」


 雄叫びと共に敵は跳躍。最上段からの一撃が振り下ろされる。

 しかし、事前にそれを読んでいた俺はすでに後方に跳んでおり、敵の攻撃は地面を抉るだけに終わった。

 それを見届けた俺は着地と同時に体勢を整えて前進。右手に握る長剣は、すでに散り際の星のように力強く白く発光していた。


「せあっ!」


 上段から一撃。

 長剣に纏っていた白光は斬撃の威力を表すかのようにゴブリンの身体を数メートル突き抜ける。

 それとほぼ同時に、俺の手にあった長剣の刀身にヒビが入り砕け散り無数のポリゴンへと変わった。

 俺が習得しているスキルのひとつ《破撃》。そのアーツである《ブレイカー》を使用したのだ。

 このアーツはアーツレベルと武器の残り耐久力に応じてダメージボーナスが得られる。

 まだゲームを始めて間もない俺の熟練度は微々たるものだが、それでも武器を犠牲に放つアーツなだけにそれ相応の威力は出る。目の前にある敵のHPが目測で全体の7分の1減少しているのが証拠と言える。

 ボスモンスターであるフォレストゴブリンリーダーは今の一撃で怯んでいる。いくら強大なモンスターといえど、強力な一撃をもらえば動きが鈍るのだ。

 こちらもアーツを使用しているため発動後は硬直時間が課せられるのだが、武器が壊れることもあってか《ブレイカー》の硬直時間は比較的短く、消費するAPも低めに設定してある。

 故に……敵の怯みより一瞬だが早く行動できる。

 怯む時間はモンスターによって変わるのであれだが、少なくともこのモンスター相手ならば一撃入れられれば有利に運ぶことが可能だ。


「じゃ……2発目行くぞ」


 腰にある長剣を引き抜きながら再度アーツを発動。使用するアーツはもちろん《ブレイカー》だ。

 怯みから回復した瞬間に再び強力な一撃を浴びたゴブリンリーダーは体勢を崩す。そして、俺の手に握られていた剣は砕け散って光へ。

 今の一撃でまた7分の1削ったことで敵の残りのHPは全体の7分の5。俺の腰と背中には残り5本のロングソードが残っている。

 つまり……あと5回同じ作業を繰り返すだけだ。

 ダメージも乱数があって変動するので運が悪いと微妙に残ってしまい危険だが、今回もどうにか倒しきることが出来た。

 経験値とゴールド、ドロップしたアイテムが表示される。またそれと同時にレベルアップを知らせるファンファーレが響いた。


「状況だけ見れば辛勝なんだろうな」


 武器は壊れて装備してない状態になってるわけだし。

 鞘は残った状態だから他のプレイヤーに見られたら何本装備してんの? と思われるだろうが……。

 まあそんなことより……これでレベル7か。

 AMOを買ったのが3日前と考えるとそこそこハイペースなのかもしれないが、すでにレベル10以上のプレイヤーは数えきれないほど居るだろう。

 あっちは基本的に効率の良いクエスト知ってたり、パーティーで行動してるだろうしな。

 昨日までは休日でルシアに付き合わされる形で一緒だったけど、今日はソロでやってるしな。

 明日も学校があるし、今日はこのへんにしておくか。寝不足で授業受けるのもきついし、万が一寝坊でもしたら朝から面倒なことになる。


「でもその前に……」


 レベルアップで手に入ったボーナスポイントはちゃんと振っておかないと。

 AMOではレベルアップの際に3ポイントのボーナスポイントがもらえる。これで《筋力値》、《敏捷値》、《魔力》の3項目に好きなように触れるのだ。

 他のゲームだともっと細かく分けられていたりするのだが、スキルの細分化により個性は出せる。

 そのためベースとなるステータス面の育成は分かりやすいようにしているのかもしれない。

 俺は《筋力値》に2ポイント、《敏捷値》に1ポイント……と、ボーナスを振る。

 現状魔法に関わるスキルを持たない俺には《魔力》を上げても恩恵はないし、今後も魔法関連のスキルを取る可能性は低い。何故なら俺は魔法よりも物理で殴りたい派だからだ。


「さて……街に戻るか」


 ダンジョン内でログアウトは可能だが、安全圏でない場所ではしばらくの間アバターが残る仕様になっている。ここで落ちてしまってはモンスターやプレイヤーキラーなどに倒されてしまう可能性が高いのだ。

 ログアウトは安全圏に入ってから。または頼れる仲間と一緒の時だけ。それが鉄則である。

 だが移動を始める前に装備を整えなければならない。

 ここは街からそれほど離れてるわけではないが、帰り道にモンスターと遭遇する可能性はある。

 不意打ちを受ける可能性はゼロではないし、死んでしまってはアイテムがロストしたりするデスペナルティもあるのだ。やれることをやらずに死んでは後悔しか残らないだろう。

 俺はメニューを開くと、アイテム欄にあった《アイアンソード》を装備する。

 これは今回倒したフォレストゴブリンリーダーを何度か討伐して時に手に入ったドロップ品だ。性能で言えば、街で買えるロングソードよりも優れている。

 普段から装備すればいいじゃん、と思うかもしれないが……俺は武器を犠牲に戦うこともあるのだ。

 うっかりこの剣で使っちゃったら後悔しかしないじゃない。

 だから基本的に装備してないの。ロングソード×7で大体倒せるし……1400Gの出費は地味に痛いけどね。クエスト報酬と不必要なドロップ品で少なくとも黒字にはなってるけど。


「……さっさと帰りますかね」


 ✟


 やあ皆さん、おはようございます。いやもう昼だからこんにちわですね。

 俺は今通っている高校に来ております。ちょうど先ほど授業が終わって昼休みになりました。あと2限終わったら家に帰ることができますよ。あ~早く帰りたい。モンスターをぶち殺したいよ。


「零次さん、どうかされたんですか?」


 声を掛けてきたのは友人のひとりである藤堂とうどう撫子なでしこだ。

 彼女について簡単に説明するなら、それなりに美人でそれなりにスタイルが良くそれなりに男女から人気のある女子である。

 髪に関しては栗色の長髪。この手のタイプが好きそうな男子はそれなりに居そうだが、未だに彼氏が居たことはない。


「零次さん、今何か私に対して失礼なこと考えていませんか?」

「いや全然まったく。事実なことしか考えてない」

「零次さんの場合、その事実が失礼なことだったりするんですが……まあ良いですけど。それでどうされたんですか? 今日は一段とお疲れなようですが」

「早く帰ってゲームがやりたい。ただそれだけです」


 なっ……学生の本文は勉強ですよ。零次さんは何を考えているんですか!

 などと撫子のことをよく知らない者なら言いそうだなと思うだろう。明日葉と違って彼女の見た目は至って真面目だからな。だがしかし


「あっ、もしかしてAMOですか? いや~良いですよね。私も発売日に買ってから徹夜レベルでずっとやってますよ! 今日も仮病で休もうかと思いましたし。さすがに親に怒られるので登校しましたけど」


 現実はこうである。

 撫子は俺以上にゲーマーなのだ。いやゲーム以外にもアニメや漫画、ラノベと大体の二次元の話は行けるので、オタクと言った方が正しいかもしれない。

 俺も人から見ればオタクなのだろうが、撫子と比べるとさすがに劣る。アニメとかを見て「ぐへへ……○○ちゃん堪らん」などと言う人間にはなれん。


「零次さん、また失礼なこと考えてません?」

「考えてない考えてない。こういう時の撫子の顔は輝いてるなって思っただけ」

「ちょっ零次さん、急にそんなこと言わないでくださいよ。突然綺麗だなんて言われたら照れちゃうじゃないですか~♪」


 言ってない言ってない。

 勝手に自分の都合の良いように変換するのやめてくれる? 正直なこと言ったら輝いてるって言葉もどちらかといえば悪い意味だからね。


「あら、何だか楽しそうね。何の話をしてるのかしら?」


 すっと流れるように会話に入ってきたのは、俺達の中でアリスと呼ばれている生徒だ。

 本名は有栖ありす秀吉ひでよし。オネェ口調なのを除けば普通の優男である。

 オネェ口調な段階で普通と言っていいのか分からないが、まあクラスで浮いたりしていないどころか、女子からはよく恋愛相談されているようなので問題のある人物ではないだろう。


「聞いてくださいよアリスさん、私いま零次さんに口説かれてしまいました!」

「あら! ついに彼氏いない歴=年齢の撫子にも春が来たのね」

「その言い方は何だか腹が立ちますがついに来てしまったようです!」

「うん、盛り上がってるところ悪いけど口説いてないからね」

「がはっ!? ……零次さん……あなたは乙女心を何だと思っているんですか」


 勝手に口説いてると思ったのはそっちじゃないですか。

 というか、あなたが彼氏できないのはそうやってすぐに芸人並にリアクションしちゃうからですよ。

 あとスカート履いてるんですから四つん這いになるのはやめなさい。


「まあ撫子のことは置いておくとして……何の話をしていたの? 撫子が騒いでたから二次元のことではあるんでしょうけど」

「正解。最近出たAMOの話をちょっとな」

「あー今凄く人気の。ワタシもしようか迷ってたのよね。発売日には友達と予定があったから買いに行けなかったのだけれど……零次がやってるならワタシも買おうかしら」

「買いましょう! ぜひ買いましょう、一緒にやりましょう!」


 唐突に割って入ってきたなこのオタク……本当に彼氏が欲しいとか思ってるのだろうか。二次元に囲まれてたら幸せ感がハンパないんだが。


「う~ん……でも人気あるのよね? すでにどこも売り切れてるんじゃないかしら」

「大丈夫です! 誰かに布教しようと思って私もう1本買ってあるので。アリスさんにはそれをあげます!」

「あ、ありがと……あのね撫子」

「何でしょうアリスさん!」

「元気なのは良いことだけど、こういう時のあなたの顔はあまり見てて気分が良いものではないわ。だから気を付けた方がいいわよ。そんなんじゃいつまでも彼氏できないから」

「ぐほぇあ……!?」


 うん、だからそういうのをやめなさいって言ってるんだけどね。

 あとこっちをチラチラと見ない。俺がもらってくれるとか考えるのは無駄だからやめなさい。

 正直に言えば、それなりにお前のことは好みだから本気なら考えるよ。でもノリでやってるうちは可能性ゼロだから。


「ところで零次」

「ん?」

「さっきからお姫様があなたのこと見てるみたいよ」


 お姫様?

 そんな存在が俺の知り合いに居ただろうか……あぁうん居たね。眼帯を付けた中二病チックなお姫様が。

 凄く俺に話したそうなオーラ出してるけど……相手したら面倒臭そうだな。

 でも数日前にあいつに友達を増やしてやろうと思った気がしないでもないし……とりあえず手招きしてみるか。


「ふ、どうしたのかな我が盟友よ。私に何か用かな?」

「用があったのお前だよね? ふざけたこと言うと話聞いてあげないよ?」

「ごめんなさいすみません謝るので許してください私が悪かったです」


 素直でよろしい。

 早口で言われると謝罪されてる気分があまりないけど、まあそこまで突っ込むのは勘弁してやろう。


「で?」

「えっと、その……」

「あのノリで近づいてきたんなら今頃恥ずかしがるなよ。こっちのお兄さんも俺もさっきまである意味お前よりひどい奴の相手してたから。なので気にせずに言ってみなさい」

「ちょっ零次さん!? 悪口ならせめて面と向かってか、聞こえないように言って欲しいんですけど!」


 君の相手はこの子が終わったらしてあげるから少し黙ってて。

 素が出てくると萎縮しちゃったら話せなくなったりする子なんだから……泣いてもダメです。君の涙は軽すぎて心に響かないので。


「あの……今日の夜……仮想なる世界で我と共に戦場を駆けてほしいんだが」

「言葉はともかく勢いがないな」

「まあ仕方ないんじゃない? ワタシや撫子とはあまり関りがないんだし。そんなことより早く返事してあげなさい」

「まあそうだな。別に良いぞ、特に予定もないし……ただし」

「ただし?」

「あそこで仲間になりたい目で見ている奴も一緒で良いならな」


 撫子さん、確かに黙っててと視線で伝えたけど……そのアピールもうざいよ鬱陶しいよ。

 そういう目遣いは男に何かせびる時だけにしなさい。多用するとぶりっ子認定されて女子に嫌われるのでオススメはしないが。


「えっと……」

「お願いしますよ立石さん! 私、前から一度立石さんとは話してみたいと思っていたんです。その眼帯、ずばり《堕天使ノ見つめるセカイ》の堕天使ルシアがしている眼帯をモチーフにされてますよね!」

「――はっ……そう、その通り! 私の中で最もイチ押しのラノベのひとつ。だから零次くんに貸そうと思って全巻持ってきた!」


 急にテンション上がったなこの子……というか、最初から全巻持ってきちゃったの。

 今確か合計で7巻くらい出てるよね?

 明日葉の趣味が俺に合うとは限らないわけだから、出来れば1巻だけが良かったんだけど。かばんも重くなるし……アリス、諦めなさいって感じに何も言わずに肩に手を置くのやめてくれない。悲しくなるだけだから。


「何と……!? それは良いですね。あの作品は読まないと損ですから。ちなみに私は……」

「はいそこ、盛り上がるなら別の場所でやるか道を開けて。俺は今から昼飯食べに行くから」

「ぐぬぬ……絶妙なタイミングで邪魔するなんて零次さんは私のことが嫌いなんですか!」

「うーん、まあ……そういうノリを向けてくるお前は割と嫌い」

「私だってそういうこと平気で言っちゃう零次さんが嫌いですぅぅぅぅッ!」


 ……すげぇ勢いで走って行ったけど、方向的に学食かな。

 徹夜レベルでゲームやってたんなら弁当とかも作ってないだろうし。つまりこのまま移動すれば何気ない顔でまた話しかけてくるに違いない。


「零次くん……君がどのような器なのかは知っているつもりだが、もう少し優しき光を出しても良いと思うよ」

「ねぇ零次、立石さんの今のセリフは簡潔に言うと……零次のことは知っているつもりだけど、もう少し優しくしてもいいじゃない? って意味合いで良いのかしら?」

「ああ、大体それで合ってる。さすがはアリス、こいつの良き理解者になってくれそうだ」

「あなたの周りには個性の強い子が多いからね。この子くらいなら優しいものよ」


 それは直接的にウザさをアピールされてないから言えるんじゃないかな。

 というか、俺の周りには変な奴が多いって暗に言ってるよね。そんなことな……ないとも言えないのかな。

 アリスはオネェ口調だし、撫子はガチなオタクだし、明日葉は中二病抜けてない痛い奴だし……


「自己紹介が遅れちゃったけど、ワタシは有栖秀吉。気軽にアリスって呼んでちょーだい」

「えっと、あの……」

「ふふ、別に零次と同じように接してくれてもらって構わないわ」

「……ふ、ならば覚悟するんだね。我と盟友であることは容易いことではないのだから」


 微妙にキャラがブレているというか、安定してない気がするが……まあそれは割とよくあることか。

 見た感じアリスや撫子ともどうにかやれそうだし、これからは俺の負担が減るかもしれない。

 そう思うと実にハッピーだ。

 まあまずは昼食を食べに行くとしよう。さすがに何か食べないと午後の授業が持たん。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る