第6話 「ダンディな老騎士」

 学校から帰宅した俺は制服から着替えると、すぐさまAMOにログインした。

 明日葉達とは途中まで一緒に下校したわけだが、撫子はアリスにAMOを渡してからログインすると言っていた。それを考えると俺が最初にログイン出来た可能性が高い。

 まあ……撫子の性格を考えると凄まじい勢いで走って即行でログインしてきてもおかしくはない。

 明日葉も地味にその手の行動が予想出来るだけに、すでにログインしているか、そう時間が経たない内にログインしてきそうだ。

 アリスはVRMMOは今回が初めてではないが、キャラメイクなどもあるのでログインするのは遅くなるだろう。


「となると……」


 今の内に剣の補充をしておいた方が良いかもしれない。

 昨日は街に戻ったらすぐにログアウトして補充してなかったし。7本装備に慣れつつあるせいか、7本分の重みがないと落ち着かなくなってきてるんだよな。

 そのへんのNPCの店で買ってもいいのだが……。

 いくら黒字でクエストを周回していたとはいえ、7本分の補充は地味に痛い。

 防具類はこの街で買えるものの中でそれなりのものを買っているが、コートを新調して関節部分を守るピンポイントアーマーを装備しているくらい。

 鎧を着ているプレイヤーと比べたら防御力はかなり劣るだろう。まあ敏捷性は勝っているだろう……剣を7本装備した状態だとそのへんも微妙に勝ってるだけな気もするが。あまり気にしないことにしよう。


「どこかにNPCより武器を安く売ってる店があればいいんだが」

「ふむ、それなら良いところを知っていますぞ」


 唐突に激渋な声が聞こえたんだが……この頬に傷のあるダンディな顔立ちの老騎士は誰ぞ?

 困っている俺に親切なプレイヤーさん?

 それとも善人を装って嘘情報を流そうとしている悪者?

 色々と考えは浮かぶし、そもそも話しかけられたのが俺なのかって疑問は浮かぶが……こっち見てるし、話しかけられたのは俺なのだろう。


「どちら様でしょう?」

「ふっふっふっ……気になりますかな?」

「まあ突然知らない人から話しかけられたら人並みには」

「いいでしょう、ではご期待にお応えして……!」


 落ち着いた物腰の人かと思ったけど、意外とテンションの高い人だな。まあ容姿は自由に変えられるし、中の人は若いのかもしれない。

 ……というか、何かこの手のノリを俺は知っている気がするぞ。しかもついさっきまでそれを間近で見てたような……


「我が名は――」

「もしかして……撫子か?」

「――激渋の老騎士アイゼン……って、また何てタイミングで言い当てちゃうんですか! 零次さんは私の行動を潰す天才ですか、撫子キラーなのですか。というかリアルな名前をさらっと出すのはマナー違反です!」

「それを言うならお前も俺の名前出してるからね。あと素が出てるから」


 迅速に口調を戻して。その顔と声でいつもの口調だと違和感が凄いから。


「……にしても」

「どうかされましたかな?」

「いや……ずいぶん作り込んだというか、何でそうなったのかと思ってな」


 身長とか俺よりも高いし……190センチ近くあるんじゃなかろうか。

 撫子の身長が160前半くらいだし、30センチくらい高くなっているだろう。それだけ体格が違うと操作するのも大変に思える。


「簡単にご説明致しますと、最近私の中で老騎士というのがトレンド入りしてまして。またこのゲームは性別や身長を変えても問題なかったのでやってみたくなったのですよ。慣れるまで少し大変でしたが」

「でしょうね……」

「どこか落胆が混じったような感じがするのですが、気のせいですかな?」

「気のせいです」


 それなりに美人な女子高生がゲーム内ではダンディな老騎士。

 その現実に少し思うところがあるわけですよ。ある意味あの中二病よりも何か患ってんじゃないかって……。

 これでアリスまで何か仕掛けてきたらどうしよう……。

 どういう感じにするのもその人の自由ではあるけど、俺の周りに濃い人間が集まり過ぎてる気がしてくるし。


「もしや……現実の私をベースの方がお好みでしたかな?」

「見慣れてる分落ち着くという意味では否定しないが……まあここがゲームだと再認識する意味ではありがたい存在かもしれない」

「人を見て再認識するのはやめてほしいのですが」


 だったら事前にこういう見た目にしてますって伝えておいてくれませんかね。

 さすがに老騎士で来るなんて予想できないから自分の中に落とすまで時間が掛かるんだから。


「それは置いておくとして、良いところってどこよ?」

「色々と置かれ過ぎな気もしますが……良いところというのは私の知り合いの店です」

「知り合い? 現状で店を出すって……なかなかに茨の道を選ぶ人だな」

「βテストの経験者ですからな。色々とやってみた結果、最高の一振りを作りたいと思うようになったそうです」

「つまり鍛冶師なわけね」

「そうです。なので多少ではありますが、NPCの店よりも安く武器を売っておりますぞ」


 撫子……もといアイゼンの知り合いであるならば信用できるだろう。だが俺のような者が買いに行っても大丈夫だろうか。

 現状だと分からないがNPCよりもプレイヤーが作った武器の方が同じものでも性能が良かったりする。それを市販よりも安い値段で手に入れられるのはありがたいことだ。

 でも……俺は壊して使う用の剣を買うわけですよ。

 鍛冶師からしたら自分の作った物が壊されること前提で使われるわけだから良い気分がしないのでは……。売った後のことは知らんって感じの人なら問題ないだろうけど。まあ会ってみないことには分からんか。


「じゃあ、さっそく案内してくれ」

「それは構いませぬが……アリス殿はしばらく時間が掛かるでしょうが彼女を待たずによろしいのですか?」

「ログインしてきたら連絡が来るだろうから大丈夫だろ。というか、今更だけどお前ログインするの早過ぎね?」

「ゲームのためでしたらこの撫子、何度だって限界を超えてみせますよ!」


 だから素に戻ってるって。

 あと限界っていうのは超えちゃいけないから限界って言うんだよ。

 何度も超えるとかお前は人間をやめるつもりか。実際にやったらやめる前に死にそうだけど。

 などと心の片隅で考えている間にアイゼンとフレンド登録し、彼と共に歩き始める。聞いた限り現在位置から知り合いの店までそれほど離れてはいないようだ。

 まあ正式な店を構えているわけではなく、どこでも商売が行える簡易版の店――商売布のようなアイテムを使って店をやっているそうなので、日によって店の場所が変わるそうだ。故に今日は運良く近くで売っていたのだろう。


「時にナグモ殿、ナグモ殿は何の武器をお求めなのですかな?」

「ん? 別に大したものじゃないさ。ロングソードを7本くらい欲しいなってだけ」

「ほうほう、ロングソードを7本……7本?」

「そう7本」


 普段使うように1本使うならアイアンソードがあるし、壊して使う用は6本でも良いんだけど。アイゼン達とやるなら《長剣》スキルを中心に戦うことになるだろうし、ソロの時ほど武器を壊したりしないだろうから。

 でも……意外とあのゴブリンのクエスト、俺にとっては効率が良いからな。

 レベルは上がりにくくなってきたけど、アーツレベルを上げるには手頃だし。そういう意味では《ブレイカー》用に7本持っておいて損はないよな。


「もももしや零次さんは堕天使の剣帝押しなのですか! いやはや、お目が高い。実に良い趣味をしています!」

「いや、今日借りたばかりでまだ読んでないから。単なる偶然です」

「偶然!? 前知識なしで7本の剣を使おうと考えるとは……零次さんは素晴らしい思考の持ち主です! 私、結婚するなら零次さんのような方とします!」

「結婚の前に彼氏作ろうな。あと人の名前を何度も出すのやめて。マナーがどうのって言ったのはあなたでしょ」


 それに……そんな簡単に素に戻られると違和感が凄いのでもう少しなりきって。

 撫子口調の渋い声はなかなかに強烈だからさ。ある意味あの中二病よりも精神的にきついものがあるよ。


「これは失敬……おや、どうかされましたか? 何やら顔色が優れないように思えますが」

「別に何でもない……ちょっと普段のお前が恋しくなっただけ」

「え……そそそそれは私のことをくくくく口説いておられるのですか!?」

「うん違う。違うから今すぐ素からキャラに戻して。そうしたらすぐに回復するから」



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