第15話

 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 魔覇神ゲズマとの戦いは、すでに六時間を超えていた。

 状況は信彦と洋子がやや押され気味だが、ここは我慢のしどころだ。

 長期戦になればなるほど、二人が有利となっていく。

 ラピスラズリで敵の魔力を吸収し、それが少しでも上回ればいい。

 そこで形勢は逆転する。

 ただ夫婦にとって悔やまれることがひとつあり、それは敵の超古代魔法をスティール(盗む)することができないということだ。

 ゲズマはなんらかの超古代魔法発動させ、スティール対策を講じているものと思われた。

 それでも魔力さえ吸収できれば、じゅうぶんに勝算はある。

 攻守のすべてにおいて、MP切れの心配のないRPGのようなものなのだ。


「母さん! 敵の魔法攻撃がくるぞ! シールドで防御だ!」

「わかったわ!」


 ゲズマの口元がわずかに動いたのを見逃さず、信彦は迅速に警告をうながした。

 そして二人はピタリと横に並び立ち、そろって剣先を前方に突きつける。


「「ブリザベストクリスタル!」」


 夫婦は同時に詠唱し、各々の眼前にシールド魔法を発動させた。

 それは幾何学模様に輝く円形のクリスタルシールドで、氷属性に分類される。

 地下三十階層ほどに出没したクリスタルガーゴイル。

 その魔物からスティールした古代魔法であり、レベルはもちろんMAXだ。


「ナギラ――」


 冥界から絞り出したような野太い声で、ゲズマは超古代魔法を発動させた。

 敵のすぐ目の前に、小さな太陽のごとく火球がふたつ浮かんだ。

 ゲズマが両手を前に突き出すと、それは弾丸的な速さで信彦と洋子を襲った。

 シールドに着弾し、爆炎を起こす火球。

 ガラスが砕け散るように破壊されるシールド。


「くっ、あの魔法、『ナギラ』はやっかいだ! 一発でシールドが破壊される!」

「でもシールドを続けるしかないわ! こちらの魔法攻撃はあまり使えないもの!」


 洋子の言うとおり、こちらは攻撃3に対して防御7、それが攻守の割合だ。

 敵にダメージを与えるほどの魔法攻撃は、魔力の消費がとても激しい。

 いくら相手の魔力を吸収しながら戦っているとはいえ、無駄打ちはできなかった。

 今は少しずつゲズマの体力を奪いながら、防御に回る。

 敵の魔力を上回ったときに、攻守の割合を逆転させ畳みかけるほかはない。

 そして幸いなことに、ゲズマは俊敏な動きを見せることはなかった。

 大きな体躯のためか、立ち位置を動かず魔法を解き放ってくる。

 この距離を保ってさえいれば、いつか形勢はこちらにかたむく。


「ヨズモ――」


 ゲズマはまたもや魔法を発動させた。

 敵の面前に、五体のリザードマンが足元より形成されていく。

 それはまるで魔法の3Dプリンターのような、超古代魔法による魔物召喚である。

 五体のリザードマンは、中華包丁のような幅のある曲刀も携えていた。


「母さん! ゲズマの魔法攻撃に警戒しつつ、あのリザードマンを切り倒すぞ!」

「わかったわ!」


 スピードだけならこちらが優位だ。

 信彦と洋子はかいくぐるようにして、襲いくるリザードマンの首、そのすべてを跳ねた。

 二人の限界まで高められたこの敏捷性、それは常人の目には止まらない。


「母さん! ゲズマの魔力はどれぐらい吸収した! 鑑定してくれ!」

「もう半分以上は吸収したわ! 私たち一人ひとりの魔力は、もうじゅうぶんに敵を上回ってるわ!」

「よし、なら攻撃に出るぞ! 敵の回復魔法が追いつかないほど、ガンガン魔法をぶっ放す!」

「わかったわ!」


 信彦と洋子は左右に散った。

 敵を挟み込む形で、魔法攻撃を繰り出すためである。


「デスサンドラ!」


 信彦は剣を腰に収め、両手で稲妻をチャージする。

 バチバチと放電しながら、手の中で稲妻の玉が膨らんでいく。

 これはチャージされた稲妻の玉より、雷龍が敵に襲いかかる古代魔法だ。


「デスレイン!」


 洋子は剣先をゲズマの頭上に向けた。

 すると敵の頭上に、何千という黒光の矢が、矢尻を下にして現出された。

 この古代魔法は、剣を振り下ろせば矢がいっせいに敵一点へと降り注ぐ。


「母さん! 準備はいいか!」

「バッチグーよ!」

「なら同時に攻撃を――」


 と、そのとき、信彦に異常事態が発生した。

 チャージされた稲妻の玉が、どんどん小さくなっていく。


「あなたどうしたの――はッ!」


 洋子もまた同じだ。

 敵の頭上に出現させたすべての黒光の矢が、ぼんやりと消え去っていく。


「こ、これはどういうことだ……」

「あ、あなた……私たちのペンダントが……」

「な、なんだと……」


 信彦は胸元のペンダンを持ち上げた。

 ラピスラズリの青い光はなくなり、黒炭のように黒ずんでいた。

 魔力吸収の効果はもう感じられない。

 自身に魔力が転化される気配すらない。


「母さん! いったんこっちにくるんだ! これではまずい!」

「わ、わかったわ!」


 はなれた距離を元に縮め、二人は防御に備えた。


「ナギラ――」


 ゲズマより火球がふたつ解き放たれる。

 信彦と洋子は、自身に残る魔力を使いシールドを発動させた。

 むろん、敵の魔法一発でシールドは破壊される。

 敵にダメージを与えるほどの魔法攻撃はもうできなかった。

 残された魔力で防御に徹するしかなかった。

 それが意味することは――。

 やがて訪れる死だ。


「どうして……どうしてペンダントの効果がなくなったんだ……」

「わからないわ……でもこれで私たちは終わりよ……」


 シールドを展開しつつ、夫婦はその場でヘナヘナと膝をついた。

 ラピスラズリで高められた魔力があったからこそ、これまで敏捷性を発揮できたのだ。

 その宝石の効力が失われた以上、もはや逃げることもままならなかった。

 いや、現状の疲労困憊を鑑みれば、立ち上がることすらむずかしい。


「母さん、浩太に会えずに死ぬのが残念だ」

「そうね。最後にもう一度、あの子の顔を見たかったわ」


 信彦と洋子は愛する我が子を想い、ともに涙した。

 幼稚園、小学生、中学生、高校生と、成長していく息子の姿が、走馬灯のように二人の脳裏に過ぎ去っていく。


「母さん、死ぬそのときまで、浩太のことを想っていようじゃないか」

「あなた、私はあの子が生まれてきてくれて、本当に幸せだったわ」


 敵の魔法攻撃が続く中でも、二人は親としての気持ちを忘れなかった。

 たまに親の財布から金をくすねるが、愛おしい我が子に変わりはない。

 そんなとき――。

 フロアに通じる上層階からの階段、その昇降口にも似たような場所から、


 コツ、コツ、コツ、コツ。


 と、悠然たる足音を響かせ、何者かの人影が――フロアに降り立った。

 信彦と洋子から見て右斜め後ろの位置だ。

 二人はその人影を目にし、心臓が爆発しそうな勢いで言葉を失った。

 そこに――。

 すぐそこに――。

 なんと、あろうことか――。

 こんな危険な場所なのにもかかわらず――。


「オーホホホ! オーホホホ! オーホホホ!」


 見たこともない少女が、口元で手の甲をそり返し、イカれたように高笑いを決め込んだ。

 金ピカの鎧に身を包む、髪の色まで金ピカの少女だ。

 その掘削ドリルのような髪が、地面スレスレまで伸びている。


「わたくしはランテリア王国、第三王女! エリル・ランテリアでしてよ! 魔剣王ガウスと守護聖レピアの血を受け継ぐこのわたくしが、助太刀として参りましてよ! オーホホホ!」


 おまけに彼女の周囲には、少女漫画のごとく謎の花が咲き乱れていた。

 信彦と洋子は思わず目をこすった。


「エリルさま! やはり戻りましょう! このようなことが国王陛下に知れたら、我々第三近衛部隊、すべての兵の首が飛びます! その言葉のとおり、首を飛ばされて死罪となるのです! それに今はバブリエル王朝期のような戦乱の世ではありません! 一国の王女が戦場へ赴くなど、決してあってはならぬことなのです!」


 少女の傍らでは、解説者のように多弁な男がひどく慌てていた。

 端正な顔立ちをした金髪の青年で、銀ピカの鎧を身につけている。

 さらには階段通路より、鉄兜をかぶった兵がゾロゾロとなだれ込んできた。

 その百名ほどの兵は、青年が口にした第三近衛部隊だと思われる。


「だまらっしゃいギニス! 王女のわたくしには、民を守る大義名分があるのでしてよ!」

「しかしエリルさま! これはただの戦とはわけがちがうのです! 敵はあの魔覇神ゲズマなのです! 我々がどうこうできる相手ではありません!」


 ギニスという青年の言うとおりである。

 仮に王国軍総出で立ち向かったとしても、ゲズマを倒すことは不可能といっていい。

 信彦と洋子も冒険者ギルドで耳にしたことがある。

 王国軍の十傑ですら、地下二十五階層で戦えるかどうかの実力なのだ。

 ましてやここは地下五十階層であり、対峙する敵は太古より目覚めし底知れぬ怪物。

 ラピスラズリの力がなければ、万が一にも勝ち目などはない。

 死を恐れず戦場へ赴いた王女としての覚悟、それは甚だ感服に値するのだが、ここは身を引くことこそが、彼らにとって最善の策である。

 そんなとき――。


「ルギア――」


 ゲズマが超古代魔法を発動させ、大きく開かれた口より光線弾が放たれた。

 それはまるで戦艦大和の頭に宇宙が付くぐらいのカノン砲。

 強い波動を周囲にまき散らす、嵐のような閃光弾である。

 その悪魔のいかずちが――。

 ランテリア王国、第三王女、エリル・ランテリアに目がけて襲いくる。

 その瞬刻――。


「ブイーバ! ロタ! デンマラーラ!」


 エリルが謎めいた言葉を口走り、手にしたショートワンドで空に円を描く。

 すると彼女の眼前に、円形のシールドらしきものが顕現された。

 直径およそ十メートル。

 優美で妖艶なピンク色、そんなエフェクトに包まれた、花びらを模した光の壁である。

 コンマ何秒と待たずして、ゲズマの魔法攻撃がそれに着弾。

 閃光弾とシールドが相殺されるようにして弾け飛び、衝撃波をともなう爆音が轟いた。

 信彦と洋子はすかさず被害状況を確認。

 すると――。

 エリルは生きていた。

 というか、勝ち誇ったように高笑いを連発している。

 その背後でひと塊となる、ギニスをふくめた近衛兵、彼らもみな無事だ。

 もしあのシールドがなければ間違いなく彼らは死んでいた。

 骨の欠片ひとつ残さず、跡形もなくこの世から消え去っていた。

 ひとまず死人が出なくてよかったものの、夫婦に疑問が残るのは否めない。

 戦闘経験もないであろう王女が、なぜあのシールド魔法を展開できたのか。

 それも普通のシールドではない。

 ゲズマの超古代魔法を跳ね除けただけに、現存する魔法としては最強クラス。

 しかし、信彦と洋子が知り得る限り、あのような魔法は見たことがない。

 彼女にはどのようなカラクリがあるのか、と夫婦が首をかしげていたところ――。


「エリルさま! 今のはもしや、守護聖レピアが得意としたシールド魔法なのでは! バブリエル王朝期の古代言語で、『ブイーバ』は王! 『ロタ』は神! 『デンマラーラ』は守護の光! その古より伝えられたご先祖さまからの魔法を、お使いになられたのですね!? そうなのですね!?」


 ギニスが解説付きで驚愕と称賛を織り交ぜた。


「そのとおりでしてよ! これは直系の王族にしか使うことのできない、秘伝中の秘伝でしてよ! オーホホホ!」

「しかしエリルさま! 今の王族方は魔力を有しておられないはず! 長きに渡る世代交配を繰り返した結果、その血脈が薄まり、魔力が枯渇したものと聞いておりますが!」

「これのおかげですわ!」


 エリルはサイドヘアをかき上げ、自慢げに両の耳たぶを見せつけた。

 そこにはイヤリングがぶら下げられている。

 青く光る、小さな丸い石のついたもので、信彦には見覚えのあるアクセサリーだ。

 それは――。

 ノルマ達成のために、信彦が自腹で購入した開運グッズ。

 ラピスラズリのイヤリングである。


「わたくし、城の考古魔学者から聞いたのでしてよ! このイヤリングの宝石が、魔物の魔力を吸収すると聞いたのでしてよ! あの魔覇神とやらから、魔力がどんどん吸収されていくのを感じますわ! ビンビン感じますわ!」

「ということはエリルさま! 魔剣王ガウスと守護聖レピアの最強魔法が、湯水のごとく使い放題ということなのでは!」

「そのとおりでしてよ! オーホホホ! オーホホホ! オーホホホ!」


 あのサディスティックな目で笑う王女が、なぜ開運グッズ、つまりイヤリングを着けているのかはわからない。

 それでも、起死回生のスーパミラクルが訪れたことだけは確かだ。


「エリル王女! 我々夫婦はもう戦うことができない! どうかその力でゲズマを闇に葬り去ってくれ!」

「そこのお嬢さん、よく聞いて! 私の甥っ子のけんちゃんがね、もうすぐ離婚しそうなの! もしそうなったら、あなたにけんちゃんを紹介してあげる! だから敵を倒して!」


 信彦と洋子はすべての命運を王女に託した。

 魔覇神ゲズマを無理矢理叩き起こし、この現状を招いたのは自分たちだが、そこはたいした問題ではない。

 今はエリルの勝利を願うことこそが、サポーターとして一番重要なことなのだ。

 ギニスや近衛兵たちも、


「エリルさま、ばんざーい!」

「ランテリア王国は不滅なりー!」

「俺、この戦いが終わったら、彼女と結婚するんだー!」


 などと余計なフラグを立て、地鳴りのような歓声を響かせている。

 ついでに言えば、誰一人として戦闘に参加しようとはしていない。


「オーホホホ! わたくしさまに任せておくのでしてよ! このわたくしさまが全世界の支配者でしてよ! オーホホホ!」


 どんどん暗黒面に堕ちていく王女は、背中からロングソードを引き抜いた。

 刀身に紫のオーラをまとう、なんとも怪しげな剣である。

 解説者のギニスいわく、王家に代々伝わる家宝、魔剣王ガウスの妖剣であるらしい。

 エリルが城の宝物庫よりかっぱらってきたとのことだ。


「いきますわよ! 魔剣王ガウスの最高位魔法! 剛強無双にして当代無双の魔法攻撃をぶちかましてあげましてよ!」


 背丈とほぼ等しい長剣によろけながらも、エリルは中段の構えを見せた。

 そして彼女は魔力を貯め込むかのように大きく息を吸い込み、小宇宙(コスモ)の宿る両眼をギラリと光らせ――。

 刹那の狭間に口を開く。


「オナ! ホルス! ドル! ラブーバ! エクス! デビオ!」


 古の神からの御言葉、そんな厳粛で神秘的な文言が唱えられた直後――。

 妖剣のまとうオーラが翼竜に姿を変貌させ、それがエリルの頭上で力強く羽ばたいた。

 翼を広げた大きさはおよそ二十メートル。

 全身から眩いアメジスト色の威光を放つ――ドラゴンである。

 光の集合体によって具現化された翼竜は、首をひねりながら顎を大きく開き、エネルギーの源を口の中へ蓄えた。

 それは爆発寸前の超新星にも似た、プラズマのフレアをともなう光の玉だ。

 そしてドラゴンは見下ろすように首を突き出し、魔覇神ゲズマへと照準を定める。

 次の瞬間――。

 思いもよらぬアクシデントが発生。

 翼竜の光彩が急速に霞んでいき、見る影もなくその姿が霧散した。


「これはどういうことですの! どうしてドラゴンがいなくなったのですの! まだ一撃すらぶちましてないのでしてよ!」


 電池の切れた懐中電灯さながら、エリルは何度も剣を振りうろたえている。

 しかし、剣のオーラさえも消失しており、回復の兆しは見込めそうにない。

 まさか――。

 と思い、信彦は慌てて口を開いた。


「エリル王女! あなたのイヤリングを見せてくれないか!」

「ど、どうしてですの!?」

「宝石の色がどうなってるか、確かめたいだけなんだ!」

「ど、どうしてですの!?」


 また同じことを訊いてきた。

 かなりパニクっているらしい。


「今はそれを説明してる場合じゃない! いいから早く見せてくれ!」

 そこでようやくエリルはサイドへアをかき上げた。

 すると――。

 左右のイヤリングとも、ラピスラズリが炭のように黒ずんでいる。

 自分たち夫婦のペンダントと同じく、青い光が失われていた。


「これはもしや! もしかしてもしかすると!」


 それを目にしたギニスは、泡を食ったように頭を抱えはじめた。


「おい、そこの解説者! 君はなにか知っているのか!」

「これは聞いた話なのですが、 瑠璃石は魔力を吸収すればするほどくすんで輝きを失い、やがてそれはクソにも役に立たない、真っ黒な石コロへと変わってしまうのです! しかも、エリルさまのイヤリングの瑠璃石はとても小さいゆえ、その寿命が著しく早かったものと思われます!」


 謎現象は解明されたものの、ここに万策は尽きた。

 信彦と洋子はガクンと首を折り、膝をついたまま枯れ果てた。

 起死回生のミラクルと期待していただけに、夫婦の失望感は計り知れない。

 エリルはギニスが止めるのもきかず、魔覇神と肉弾戦を挑もうとしている。

 家宝をかっぱらってきた負い目からか、特攻もやむなしと決断したらしい。

 近衛兵の彼らもまた同じだ。

 どうせ首が飛ぶのならここで死んでやると、泣き震えながら剣を手にしていた。

 彼女と結婚するんだ、とフラグを立てたあの彼は、今なにを思うのか。

 そして信彦と洋子は胸の前で十字を切り、今生と息子に別れを告げた。

 ちなみに吉岡家は仏教徒である。

 そんなとき――。

 夫婦はデジャブを目の当たりにする。

 フロアに通じる上層階からの階段、その昇降口にも似たような場所から、


 コツ、コツ、コツ、コツ。


 と、悠々たる足音を響かせ、何者かの人影が――フロアに降り立った。

 今さら説明するまでもないが、信彦と洋子から見て右斜め後ろの位置だ。

 二人はその人影を目にし、脳ミソが爆発しそうな勢いで言葉を失った。

 そこに――。

 すぐそこに――。

 なんと、あろうことか――。

 こんな危険な場所なのにもかかわらず――。


「父ちゃん、母ちゃん、あきらめるのはまだ早いぜ」


 浩太が得意げな顔でたたずんでいる。

 そして信じられないことに、息子は成金ババアのような身なりを装っていた。

 首からジャラジャラと幾重にもぶら下げた、宝石が眩いペンダント。

 両の五指、そのすべての指先から根元にまではめられた、宝石付きのイカツイ指輪。

 左右の手首を何十にも覆い隠す、数珠のように宝石が繋がれたブレスレット。

 おまけに頭には、宝石がゴテゴテしたティアラまで載せていた。

 その宝石とは――。

 すべてがラピスラズリである。

 ノルマ達成のため、信彦が自腹で購入したアクセサリー類だ。

 そのどれもが、くすみひとつない瑠璃色の輝きに満ちていた。


「おいおい、エリルまでいるじゃねーか。金魚の糞とたくさんの兵隊も連れてよ」

「殿下、かろうじて間に合ったみたいですね」

「チャム、おまえがこいつらの足跡を辿ってくれたおかげだ。俺一人じゃ迷子になってたところだぜ」


 浩太は見知らぬ女の子も同伴させていた。

 さらにその子は息子のことを殿下と呼んだ。

 すべておいて理解が及ばず、信彦と洋子は互いの頭をぶつけ合いっこした。


「つーか、あれが魔覇神って奴かよ。うーこえー。ションベンチビリそうだぜ。早いとこズラからねーと、こっちがやばそうだな。なら膳は急げだ。父ちゃん、母ちゃん、受け取ってくれ! これは脇役から主役へのプレゼントだ!」


 浩太は身に着けたアクセサリー類を投げ放つ。

 それらが信彦と洋子の元にキラキラと舞い落ちて、言葉のとおり宝石の雨を降らせた。

 天の恵みとはまさにこのこと。

 魔覇神ゲズマを倒すには、じゅうぶんなお釣りがくる秘宝の山である。

 夫婦の装いもまた、物の見事に成金ババアと化した。


「おい、エリル。これは王女のおまえにくれてやるよ」


 浩太はティアラをウンコみたいにぽいっと放り投げた。

 エリルはそれを喜色満面でキャッチし、頭にカポっと装着。

 口元に手の甲を添え暗黒面が返り咲く。


「オーホホホ! わたくしさまこそが全知全能の神でしてよ! この世のすべては、わたくしさまのためにあるのでしてよ! オーホホホ!」


 この上なくゲスに笑うと、エリルは再び光のドラゴンを具現化させた。

 一連の流れを見届けた浩太は、「よし」とひと言、女の子を連れ上層階へ立ち去っていく。

 そんな息子の勇ましい後ろ姿を目に、夫婦は手を握り合い熱い涙をこぼした。

 そして二人は秘宝の力を全身にみなぎらせ、大地に根を張る大樹のごとく立ち上がる。


「さあ母さん! もう一度、戦おうじゃないか!」

「ええあなた! 復讐ではなく、浩太のために戦いましょう!」


 それから一時間とかからないうちに――。

 魔覇神ゲズマはいっさいの痕跡を残さず、この世から葬り去られた。

 


 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る