第15話
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魔覇神ゲズマとの戦いは、すでに六時間を超えていた。
状況は信彦と洋子がやや押され気味だが、ここは我慢のしどころだ。
長期戦になればなるほど、二人が有利となっていく。
ラピスラズリで敵の魔力を吸収し、それが少しでも上回ればいい。
そこで形勢は逆転する。
ただ夫婦にとって悔やまれることがひとつあり、それは敵の超古代魔法をスティール(盗む)することができないということだ。
ゲズマはなんらかの超古代魔法発動させ、スティール対策を講じているものと思われた。
それでも魔力さえ吸収できれば、じゅうぶんに勝算はある。
攻守のすべてにおいて、MP切れの心配のないRPGのようなものなのだ。
「母さん! 敵の魔法攻撃がくるぞ! シールドで防御だ!」
「わかったわ!」
ゲズマの口元がわずかに動いたのを見逃さず、信彦は迅速に警告をうながした。
そして二人はピタリと横に並び立ち、そろって剣先を前方に突きつける。
「「ブリザベストクリスタル!」」
夫婦は同時に詠唱し、各々の眼前にシールド魔法を発動させた。
それは幾何学模様に輝く円形のクリスタルシールドで、氷属性に分類される。
地下三十階層ほどに出没したクリスタルガーゴイル。
その魔物からスティールした古代魔法であり、レベルはもちろんMAXだ。
「ナギラ――」
冥界から絞り出したような野太い声で、ゲズマは超古代魔法を発動させた。
敵のすぐ目の前に、小さな太陽のごとく火球がふたつ浮かんだ。
ゲズマが両手を前に突き出すと、それは弾丸的な速さで信彦と洋子を襲った。
シールドに着弾し、爆炎を起こす火球。
ガラスが砕け散るように破壊されるシールド。
「くっ、あの魔法、『ナギラ』はやっかいだ! 一発でシールドが破壊される!」
「でもシールドを続けるしかないわ! こちらの魔法攻撃はあまり使えないもの!」
洋子の言うとおり、こちらは攻撃3に対して防御7、それが攻守の割合だ。
敵にダメージを与えるほどの魔法攻撃は、魔力の消費がとても激しい。
いくら相手の魔力を吸収しながら戦っているとはいえ、無駄打ちはできなかった。
今は少しずつゲズマの体力を奪いながら、防御に回る。
敵の魔力を上回ったときに、攻守の割合を逆転させ畳みかけるほかはない。
そして幸いなことに、ゲズマは俊敏な動きを見せることはなかった。
大きな体躯のためか、立ち位置を動かず魔法を解き放ってくる。
この距離を保ってさえいれば、いつか形勢はこちらにかたむく。
「ヨズモ――」
ゲズマはまたもや魔法を発動させた。
敵の面前に、五体のリザードマンが足元より形成されていく。
それはまるで魔法の3Dプリンターのような、超古代魔法による魔物召喚である。
五体のリザードマンは、中華包丁のような幅のある曲刀も携えていた。
「母さん! ゲズマの魔法攻撃に警戒しつつ、あのリザードマンを切り倒すぞ!」
「わかったわ!」
スピードだけならこちらが優位だ。
信彦と洋子はかいくぐるようにして、襲いくるリザードマンの首、そのすべてを跳ねた。
二人の限界まで高められたこの敏捷性、それは常人の目には止まらない。
「母さん! ゲズマの魔力はどれぐらい吸収した! 鑑定してくれ!」
「もう半分以上は吸収したわ! 私たち一人ひとりの魔力は、もうじゅうぶんに敵を上回ってるわ!」
「よし、なら攻撃に出るぞ! 敵の回復魔法が追いつかないほど、ガンガン魔法をぶっ放す!」
「わかったわ!」
信彦と洋子は左右に散った。
敵を挟み込む形で、魔法攻撃を繰り出すためである。
「デスサンドラ!」
信彦は剣を腰に収め、両手で稲妻をチャージする。
バチバチと放電しながら、手の中で稲妻の玉が膨らんでいく。
これはチャージされた稲妻の玉より、雷龍が敵に襲いかかる古代魔法だ。
「デスレイン!」
洋子は剣先をゲズマの頭上に向けた。
すると敵の頭上に、何千という黒光の矢が、矢尻を下にして現出された。
この古代魔法は、剣を振り下ろせば矢がいっせいに敵一点へと降り注ぐ。
「母さん! 準備はいいか!」
「バッチグーよ!」
「なら同時に攻撃を――」
と、そのとき、信彦に異常事態が発生した。
チャージされた稲妻の玉が、どんどん小さくなっていく。
「あなたどうしたの――はッ!」
洋子もまた同じだ。
敵の頭上に出現させたすべての黒光の矢が、ぼんやりと消え去っていく。
「こ、これはどういうことだ……」
「あ、あなた……私たちのペンダントが……」
「な、なんだと……」
信彦は胸元のペンダンを持ち上げた。
ラピスラズリの青い光はなくなり、黒炭のように黒ずんでいた。
魔力吸収の効果はもう感じられない。
自身に魔力が転化される気配すらない。
「母さん! いったんこっちにくるんだ! これではまずい!」
「わ、わかったわ!」
はなれた距離を元に縮め、二人は防御に備えた。
「ナギラ――」
ゲズマより火球がふたつ解き放たれる。
信彦と洋子は、自身に残る魔力を使いシールドを発動させた。
むろん、敵の魔法一発でシールドは破壊される。
敵にダメージを与えるほどの魔法攻撃はもうできなかった。
残された魔力で防御に徹するしかなかった。
それが意味することは――。
やがて訪れる死だ。
「どうして……どうしてペンダントの効果がなくなったんだ……」
「わからないわ……でもこれで私たちは終わりよ……」
シールドを展開しつつ、夫婦はその場でヘナヘナと膝をついた。
ラピスラズリで高められた魔力があったからこそ、これまで敏捷性を発揮できたのだ。
その宝石の効力が失われた以上、もはや逃げることもままならなかった。
いや、現状の疲労困憊を鑑みれば、立ち上がることすらむずかしい。
「母さん、浩太に会えずに死ぬのが残念だ」
「そうね。最後にもう一度、あの子の顔を見たかったわ」
信彦と洋子は愛する我が子を想い、ともに涙した。
幼稚園、小学生、中学生、高校生と、成長していく息子の姿が、走馬灯のように二人の脳裏に過ぎ去っていく。
「母さん、死ぬそのときまで、浩太のことを想っていようじゃないか」
「あなた、私はあの子が生まれてきてくれて、本当に幸せだったわ」
敵の魔法攻撃が続く中でも、二人は親としての気持ちを忘れなかった。
たまに親の財布から金をくすねるが、愛おしい我が子に変わりはない。
そんなとき――。
フロアに通じる上層階からの階段、その昇降口にも似たような場所から、
コツ、コツ、コツ、コツ。
と、悠然たる足音を響かせ、何者かの人影が――フロアに降り立った。
信彦と洋子から見て右斜め後ろの位置だ。
二人はその人影を目にし、心臓が爆発しそうな勢いで言葉を失った。
そこに――。
すぐそこに――。
なんと、あろうことか――。
こんな危険な場所なのにもかかわらず――。
「オーホホホ! オーホホホ! オーホホホ!」
見たこともない少女が、口元で手の甲をそり返し、イカれたように高笑いを決め込んだ。
金ピカの鎧に身を包む、髪の色まで金ピカの少女だ。
その掘削ドリルのような髪が、地面スレスレまで伸びている。
「わたくしはランテリア王国、第三王女! エリル・ランテリアでしてよ! 魔剣王ガウスと守護聖レピアの血を受け継ぐこのわたくしが、助太刀として参りましてよ! オーホホホ!」
おまけに彼女の周囲には、少女漫画のごとく謎の花が咲き乱れていた。
信彦と洋子は思わず目をこすった。
「エリルさま! やはり戻りましょう! このようなことが国王陛下に知れたら、我々第三近衛部隊、すべての兵の首が飛びます! その言葉のとおり、首を飛ばされて死罪となるのです! それに今はバブリエル王朝期のような戦乱の世ではありません! 一国の王女が戦場へ赴くなど、決してあってはならぬことなのです!」
少女の傍らでは、解説者のように多弁な男がひどく慌てていた。
端正な顔立ちをした金髪の青年で、銀ピカの鎧を身につけている。
さらには階段通路より、鉄兜をかぶった兵がゾロゾロとなだれ込んできた。
その百名ほどの兵は、青年が口にした第三近衛部隊だと思われる。
「だまらっしゃいギニス! 王女のわたくしには、民を守る大義名分があるのでしてよ!」
「しかしエリルさま! これはただの戦とはわけがちがうのです! 敵はあの魔覇神ゲズマなのです! 我々がどうこうできる相手ではありません!」
ギニスという青年の言うとおりである。
仮に王国軍総出で立ち向かったとしても、ゲズマを倒すことは不可能といっていい。
信彦と洋子も冒険者ギルドで耳にしたことがある。
王国軍の十傑ですら、地下二十五階層で戦えるかどうかの実力なのだ。
ましてやここは地下五十階層であり、対峙する敵は太古より目覚めし底知れぬ怪物。
ラピスラズリの力がなければ、万が一にも勝ち目などはない。
死を恐れず戦場へ赴いた王女としての覚悟、それは甚だ感服に値するのだが、ここは身を引くことこそが、彼らにとって最善の策である。
そんなとき――。
「ルギア――」
ゲズマが超古代魔法を発動させ、大きく開かれた口より光線弾が放たれた。
それはまるで戦艦大和の頭に宇宙が付くぐらいのカノン砲。
強い波動を周囲にまき散らす、嵐のような閃光弾である。
その悪魔のいかずちが――。
ランテリア王国、第三王女、エリル・ランテリアに目がけて襲いくる。
その瞬刻――。
「ブイーバ! ロタ! デンマラーラ!」
エリルが謎めいた言葉を口走り、手にしたショートワンドで空に円を描く。
すると彼女の眼前に、円形のシールドらしきものが顕現された。
直径およそ十メートル。
優美で妖艶なピンク色、そんなエフェクトに包まれた、花びらを模した光の壁である。
コンマ何秒と待たずして、ゲズマの魔法攻撃がそれに着弾。
閃光弾とシールドが相殺されるようにして弾け飛び、衝撃波をともなう爆音が轟いた。
信彦と洋子はすかさず被害状況を確認。
すると――。
エリルは生きていた。
というか、勝ち誇ったように高笑いを連発している。
その背後でひと塊となる、ギニスをふくめた近衛兵、彼らもみな無事だ。
もしあのシールドがなければ間違いなく彼らは死んでいた。
骨の欠片ひとつ残さず、跡形もなくこの世から消え去っていた。
ひとまず死人が出なくてよかったものの、夫婦に疑問が残るのは否めない。
戦闘経験もないであろう王女が、なぜあのシールド魔法を展開できたのか。
それも普通のシールドではない。
ゲズマの超古代魔法を跳ね除けただけに、現存する魔法としては最強クラス。
しかし、信彦と洋子が知り得る限り、あのような魔法は見たことがない。
彼女にはどのようなカラクリがあるのか、と夫婦が首をかしげていたところ――。
「エリルさま! 今のはもしや、守護聖レピアが得意としたシールド魔法なのでは! バブリエル王朝期の古代言語で、『ブイーバ』は王! 『ロタ』は神! 『デンマラーラ』は守護の光! その古より伝えられたご先祖さまからの魔法を、お使いになられたのですね!? そうなのですね!?」
ギニスが解説付きで驚愕と称賛を織り交ぜた。
「そのとおりでしてよ! これは直系の王族にしか使うことのできない、秘伝中の秘伝でしてよ! オーホホホ!」
「しかしエリルさま! 今の王族方は魔力を有しておられないはず! 長きに渡る世代交配を繰り返した結果、その血脈が薄まり、魔力が枯渇したものと聞いておりますが!」
「これのおかげですわ!」
エリルはサイドヘアをかき上げ、自慢げに両の耳たぶを見せつけた。
そこにはイヤリングがぶら下げられている。
青く光る、小さな丸い石のついたもので、信彦には見覚えのあるアクセサリーだ。
それは――。
ノルマ達成のために、信彦が自腹で購入した開運グッズ。
ラピスラズリのイヤリングである。
「わたくし、城の考古魔学者から聞いたのでしてよ! このイヤリングの宝石が、魔物の魔力を吸収すると聞いたのでしてよ! あの魔覇神とやらから、魔力がどんどん吸収されていくのを感じますわ! ビンビン感じますわ!」
「ということはエリルさま! 魔剣王ガウスと守護聖レピアの最強魔法が、湯水のごとく使い放題ということなのでは!」
「そのとおりでしてよ! オーホホホ! オーホホホ! オーホホホ!」
あのサディスティックな目で笑う王女が、なぜ開運グッズ、つまりイヤリングを着けているのかはわからない。
それでも、起死回生のスーパミラクルが訪れたことだけは確かだ。
「エリル王女! 我々夫婦はもう戦うことができない! どうかその力でゲズマを闇に葬り去ってくれ!」
「そこのお嬢さん、よく聞いて! 私の甥っ子のけんちゃんがね、もうすぐ離婚しそうなの! もしそうなったら、あなたにけんちゃんを紹介してあげる! だから敵を倒して!」
信彦と洋子はすべての命運を王女に託した。
魔覇神ゲズマを無理矢理叩き起こし、この現状を招いたのは自分たちだが、そこはたいした問題ではない。
今はエリルの勝利を願うことこそが、サポーターとして一番重要なことなのだ。
ギニスや近衛兵たちも、
「エリルさま、ばんざーい!」
「ランテリア王国は不滅なりー!」
「俺、この戦いが終わったら、彼女と結婚するんだー!」
などと余計なフラグを立て、地鳴りのような歓声を響かせている。
ついでに言えば、誰一人として戦闘に参加しようとはしていない。
「オーホホホ! わたくしさまに任せておくのでしてよ! このわたくしさまが全世界の支配者でしてよ! オーホホホ!」
どんどん暗黒面に堕ちていく王女は、背中からロングソードを引き抜いた。
刀身に紫のオーラをまとう、なんとも怪しげな剣である。
解説者のギニスいわく、王家に代々伝わる家宝、魔剣王ガウスの妖剣であるらしい。
エリルが城の宝物庫よりかっぱらってきたとのことだ。
「いきますわよ! 魔剣王ガウスの最高位魔法! 剛強無双にして当代無双の魔法攻撃をぶちかましてあげましてよ!」
背丈とほぼ等しい長剣によろけながらも、エリルは中段の構えを見せた。
そして彼女は魔力を貯め込むかのように大きく息を吸い込み、小宇宙(コスモ)の宿る両眼をギラリと光らせ――。
刹那の狭間に口を開く。
「オナ! ホルス! ドル! ラブーバ! エクス! デビオ!」
古の神からの御言葉、そんな厳粛で神秘的な文言が唱えられた直後――。
妖剣のまとうオーラが翼竜に姿を変貌させ、それがエリルの頭上で力強く羽ばたいた。
翼を広げた大きさはおよそ二十メートル。
全身から眩いアメジスト色の威光を放つ――ドラゴンである。
光の集合体によって具現化された翼竜は、首をひねりながら顎を大きく開き、エネルギーの源を口の中へ蓄えた。
それは爆発寸前の超新星にも似た、プラズマのフレアをともなう光の玉だ。
そしてドラゴンは見下ろすように首を突き出し、魔覇神ゲズマへと照準を定める。
次の瞬間――。
思いもよらぬアクシデントが発生。
翼竜の光彩が急速に霞んでいき、見る影もなくその姿が霧散した。
「これはどういうことですの! どうしてドラゴンがいなくなったのですの! まだ一撃すらぶちましてないのでしてよ!」
電池の切れた懐中電灯さながら、エリルは何度も剣を振りうろたえている。
しかし、剣のオーラさえも消失しており、回復の兆しは見込めそうにない。
まさか――。
と思い、信彦は慌てて口を開いた。
「エリル王女! あなたのイヤリングを見せてくれないか!」
「ど、どうしてですの!?」
「宝石の色がどうなってるか、確かめたいだけなんだ!」
「ど、どうしてですの!?」
また同じことを訊いてきた。
かなりパニクっているらしい。
「今はそれを説明してる場合じゃない! いいから早く見せてくれ!」
そこでようやくエリルはサイドへアをかき上げた。
すると――。
左右のイヤリングとも、ラピスラズリが炭のように黒ずんでいる。
自分たち夫婦のペンダントと同じく、青い光が失われていた。
「これはもしや! もしかしてもしかすると!」
それを目にしたギニスは、泡を食ったように頭を抱えはじめた。
「おい、そこの解説者! 君はなにか知っているのか!」
「これは聞いた話なのですが、 瑠璃石は魔力を吸収すればするほどくすんで輝きを失い、やがてそれはクソにも役に立たない、真っ黒な石コロへと変わってしまうのです! しかも、エリルさまのイヤリングの瑠璃石はとても小さいゆえ、その寿命が著しく早かったものと思われます!」
謎現象は解明されたものの、ここに万策は尽きた。
信彦と洋子はガクンと首を折り、膝をついたまま枯れ果てた。
起死回生のミラクルと期待していただけに、夫婦の失望感は計り知れない。
エリルはギニスが止めるのもきかず、魔覇神と肉弾戦を挑もうとしている。
家宝をかっぱらってきた負い目からか、特攻もやむなしと決断したらしい。
近衛兵の彼らもまた同じだ。
どうせ首が飛ぶのならここで死んでやると、泣き震えながら剣を手にしていた。
彼女と結婚するんだ、とフラグを立てたあの彼は、今なにを思うのか。
そして信彦と洋子は胸の前で十字を切り、今生と息子に別れを告げた。
ちなみに吉岡家は仏教徒である。
そんなとき――。
夫婦はデジャブを目の当たりにする。
フロアに通じる上層階からの階段、その昇降口にも似たような場所から、
コツ、コツ、コツ、コツ。
と、悠々たる足音を響かせ、何者かの人影が――フロアに降り立った。
今さら説明するまでもないが、信彦と洋子から見て右斜め後ろの位置だ。
二人はその人影を目にし、脳ミソが爆発しそうな勢いで言葉を失った。
そこに――。
すぐそこに――。
なんと、あろうことか――。
こんな危険な場所なのにもかかわらず――。
「父ちゃん、母ちゃん、あきらめるのはまだ早いぜ」
浩太が得意げな顔でたたずんでいる。
そして信じられないことに、息子は成金ババアのような身なりを装っていた。
首からジャラジャラと幾重にもぶら下げた、宝石が眩いペンダント。
両の五指、そのすべての指先から根元にまではめられた、宝石付きのイカツイ指輪。
左右の手首を何十にも覆い隠す、数珠のように宝石が繋がれたブレスレット。
おまけに頭には、宝石がゴテゴテしたティアラまで載せていた。
その宝石とは――。
すべてがラピスラズリである。
ノルマ達成のため、信彦が自腹で購入したアクセサリー類だ。
そのどれもが、くすみひとつない瑠璃色の輝きに満ちていた。
「おいおい、エリルまでいるじゃねーか。金魚の糞とたくさんの兵隊も連れてよ」
「殿下、かろうじて間に合ったみたいですね」
「チャム、おまえがこいつらの足跡を辿ってくれたおかげだ。俺一人じゃ迷子になってたところだぜ」
浩太は見知らぬ女の子も同伴させていた。
さらにその子は息子のことを殿下と呼んだ。
すべておいて理解が及ばず、信彦と洋子は互いの頭をぶつけ合いっこした。
「つーか、あれが魔覇神って奴かよ。うーこえー。ションベンチビリそうだぜ。早いとこズラからねーと、こっちがやばそうだな。なら膳は急げだ。父ちゃん、母ちゃん、受け取ってくれ! これは脇役から主役へのプレゼントだ!」
浩太は身に着けたアクセサリー類を投げ放つ。
それらが信彦と洋子の元にキラキラと舞い落ちて、言葉のとおり宝石の雨を降らせた。
天の恵みとはまさにこのこと。
魔覇神ゲズマを倒すには、じゅうぶんなお釣りがくる秘宝の山である。
夫婦の装いもまた、物の見事に成金ババアと化した。
「おい、エリル。これは王女のおまえにくれてやるよ」
浩太はティアラをウンコみたいにぽいっと放り投げた。
エリルはそれを喜色満面でキャッチし、頭にカポっと装着。
口元に手の甲を添え暗黒面が返り咲く。
「オーホホホ! わたくしさまこそが全知全能の神でしてよ! この世のすべては、わたくしさまのためにあるのでしてよ! オーホホホ!」
この上なくゲスに笑うと、エリルは再び光のドラゴンを具現化させた。
一連の流れを見届けた浩太は、「よし」とひと言、女の子を連れ上層階へ立ち去っていく。
そんな息子の勇ましい後ろ姿を目に、夫婦は手を握り合い熱い涙をこぼした。
そして二人は秘宝の力を全身にみなぎらせ、大地に根を張る大樹のごとく立ち上がる。
「さあ母さん! もう一度、戦おうじゃないか!」
「ええあなた! 復讐ではなく、浩太のために戦いましょう!」
それから一時間とかからないうちに――。
魔覇神ゲズマはいっさいの痕跡を残さず、この世から葬り去られた。
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