第11話
ギニスが訪れてから数日後。
なんやかんやで段取りが進み、エリル第三王女の来訪日が明日に差し迫った。
王女自ら出向くとは浩太もいささか驚きだが、こちらからの提案だけにドタキャンだけは許されない。
相手は本物の王女さまだ。
なにかトラブルでも生じれば、それが国家同士の問題に発展しかねない。
ゆえに浩太は蘭子を自室に呼びつけ、万全を期すべく作戦を練ることにした。
「なるほどね。王国軍第三近衛部隊の隊長とやらがやってきたんだ」
「いけ好かない奴だったけどな」
「それで浩太。そのエリル第三王女って、どんな人なの?」
「チャムの話によれば、王女は十五歳。噂ではかなりのわがままお嬢らしいぜ」
ローテーブルで向かい合い、浩太は蘭子とともに戦略を企てる。
ちなみ今は晩飯時なので、チャムは接客業務にてんてこまいだ。
「ていうか、王女を招待するのに、カップメンなんかでいいわけ?」
「向こうがそれを望んでるんだからいいだろ。それに俺は料理なんかできないしさ」
浩太もそうだが、蘭子はもっとひどい。
カレーをつくれば鍋の中身がリアルに爆発する。
それが蘭子の料理の腕前だ。
「せめてお惣菜とか、コンビニのお弁当ぐらいは用意したほうがいいんじゃない?」
「それはダメだ。絶対にダメだ」
浩太は腕を組み、頑として首を横に振る。
「なんでダメなわけ?」
「相手は本物の王女さまだぞ。日ごろから贅沢なもん食って舌が肥えてるはずだ。従兄のよっちゃんじゃあるまいし、コンビニ弁当なんか食わせられるかよ。そのせいで俺が偽物王子ってバレたら、どうなるかわかってるよな?」
「はいはい、やがて世界大戦が勃発するんでしょ」
曖昧に相槌を打つ蘭子だが、この重大性をまるで理解していない。
ニラレバ炒めなど、王女に食べさせていなければ――。
チキン南蛮タルタル弁当など、チョイスしなければ――。
この悲劇を阻止することができたかもしれないのに――。
世界が炎に包まれる中、そう後悔しても遅いのだ。
「だからこそのカップメンなんだ。異世界に存在しないジャンクフードなら、こっちの化けの皮が剥がれる可能性は少ないからな」
「まあ、言われてみればそうかもしれないけど……」
「あと、その日の服装だけどさ、俺もおまえも学校の制服でいっか」
浩太がいま身に着けているのは、Tシャツとハーフパンツだ。
異世界人にとっては特殊素材だが、さすがにこの恰好では品位に欠ける。
すると蘭子は虚を突かれたように瞬き、不承不承に口を開いた。
「なんであたしまで出席しないといけないわけ?」
「おまえも王族ってことになってるし当然だろ。間違ってもそんなホットパンツはいてくんじゃねーぞ。胸がペッタンコだからってな、ケツで勝負しようなんぞ、あさはかなんだよ」
「うっさいわッ! このボケッ!」
「イテテテッ! じょ、冗談だって!」
蘭子は持参した巾着袋の投げつけ、それが浩太のデコにヒットした。
と、ここで疑問が生じる。
デコに固い衝撃を感じたこの巾着袋、その中身はなんなのか。
浩太は謎の物体をテーブルの上に置き、蘭子にそれを問うてみることにした。
「おい蘭子。おまえ、なに持ってきたんだ?」
「弁当よ、弁当。あんた晩御飯まだなんでしょ?」
「まだだけどさ、これ、どっかで買ってきたのか?」
「ちがうわよ。あたしが作ったのよ。ありがたく食べなさいよね」
むろん、家族同然の蘭子に恥じらう様子は見られない。
浩太も彼女を異性として認識しているわけではない。
幼稚園のときからそういう関係なのであたりまえだ。
それはいいとして、なぜ蘭子が弁当をこしらえてきたのか。
そこが一番の問題である。
浩太はただならぬ悪寒を覚え、恐る恐る口を開いた。
「お、おまえ……俺を殺す気なのか……?」
「なんであたしがあんたを殺さなきゃいけないのよ」
「だって……おまえの手作り弁当なんだぞ……?」
「だからなによ」
蘭子はやや目を細め、文句があるかとばかりに腕を組む。
「おまえがカレー作ったらさ、魔女の薬品調合みたいな不気味な色になってさ、しまいには鍋ごと爆発するだろ……。そんな危ない奴の作った弁当なんか食べたら、俺が死ぬって言ってるんだよ……」
「毒が入ってるわけじゃあるまいし、死ぬわけがないでしょ。いつもカップメンばかりじゃなんだと思って、せっかく作ってきてあげたのよ。残さず食べなさいよね」
「そ、そっか……そういうことか……。じゃあ、チャムにでも食べさせてやるかな……。あいつも俺といっしょでカップメンばっかだしさ……」
ゴブリンを食べるチャムのことだ。
もしかしたらもしかすると、この弁当に星三つの判定を下すかもわからない。
そんな浩太のよこしまな考えをよそに、蘭子は弁当に向けビシリと指を差す。
「バカ言うんじゃないわよ。これを食べてチャムさんが死んだらどうするのよ。だからあんたの分しか作ってこなかったのよ」
「おまえさ……なんか言ってることおかしくねーか……?」
「おかしくなんかないわよ。ほら、さっさと食べなさい」
蘭子は巾着袋から弁当箱を取り出し、蓋を開けて浩太の前へぐいっと送り出す。
もう見るからに魔女の弁当である。
これを作った本人ですら、間違いなく味見してないであろう、暗黒物質の塊だ。
もちろん、こんなものが食えるわけがない。
毒は入っていなくとも、見た目だけは地球上で最も恐ろしい猛毒と化している。
いや、いろいろな化学変化を経て、事実、そうなっているかもわからない。
ひとまずここは適当な理由をつけ、この悪魔の儀式から逃れるほかはなかった。
そのような考えにより、浩太が突発性の歯痛(演技)でのたうち回ろうとしたところ――。
「――ッ!」
浩太は蘭子の指を見て、その演技に歯止めがかかった。
なぜなら、彼女の両手のすべての指が、絆創膏だらけになっていたからだ。
使い古されたネタではあるが、インパクトは強烈である。
繰り返しになるが、浩太と蘭子は男女を意識する間柄ではない。
つまり、おばあちゃんが孫に作った弁当と、なんら変わりがない。
しかも、そのおばちゃんは料理がとても下手だった。
包丁でジャガイモの皮を剥こうものなら、両手がすぐ切り傷だらけになってしまう。
そんなおばちゃんなぜ、弁当を作ろうと思ったのか。
それは孫の両親が不慮の事故で死んだからにほかならない。
そのせいもあり、孫はカップメンばかり食べている。
栄養失調で体を壊さないだろうか。
骨と皮だらけになってしまうのではないか。
そのような心配をしていると、おばあちゃんはいてもたってもいられなくなったのだ。
だから両手が切り傷だらけになりながらも、、かわいい孫のために弁当をこしらえた。
蘭子の場合、以上のようなことがあてはまる。
要するに、そんな彼女の気持ちを、ないがしろにはできないということだ。
「蘭子、俺のためにありがとな。せっかくだからいただくことにするぜ」
「じゃあ食べて。見てのとおり味は保証できないけど」
「味なんてどうでもいいんだよ。おまえの気持ちだけでじゅうぶんだ」
暗黒物質のひとつを箸で持ち上げ、浩太はそれを口の中に放り込む。
すると――。
意外にも美味しかった、なんて大番狂わせはなかったが、我慢をすれば食べられないことはない。
常温で三日放置した生ゴミぐらいの味は保たれている。
それがちょっとおっさん臭いだけだ。
蘭子の思いやりに感謝しつつ、浩太はゴキブリに転生したつもりで弁当を平らげた。
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