第9話

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 ダンジョン地下二十五階層。

 この階層は現在わかっている中で、一番深い階層である。

 これより下にも階層は続くと思われるが、その入口を見つけた者はまだ誰もいない。

 なぜなら、地下二十五階層に出没する魔物が強すぎて、上級冒険者ていどでは探索どころではないからだ。

 もしこの階層を探索できる者がいるとすれば、ランテリア王国、王国軍精鋭部隊の上位数名の兵士だけだろう。

 ゆえに地下二十五階層は、ほぼ手つかずの階層となっていた。

 ちなみに王国直属の兵士はダンジョンの探索はおこなわない。

 戦時ではなくとも、隣国との軍事バランスを保つため、戦力を維持しておく必要があるからだ。

 ダンジョンの探索は冒険者の仕事であり、冒険者の聖域でもあった。

 とはいえ、冒険者たちも命は惜しい。

 己の実力に見合った階層で魔物を狩り、魔石を得るのが主な戦闘スタイルである。

 命を投げ出してまで、地下二十五階層を探索する者はいなかった。

 ただ二人――。

 信彦と洋子においてはその限りではない。


「母さん、この階層は荒らされてないみたいだな」

「そうね、石棺の蓋が閉じたままですもの」


 信彦と洋子は地下二十五階層のとあるフロアにいた。

 縦二十メートル、横十メートル、高さ十メートル。

 ほかの階層でもよく見られる、古代人が埋葬されたフロアだ。

 縦長のフロア、その両脇には計五十の石棺が並んでおり、石蓋は閉じられたままとなっている。

 ここより上層階では、冒険者によって石棺の蓋はほとんど開けられていた。

 副葬品目当ての墓荒らし行為ではあるが、冒険者ならばそれも許される。


「母さん、試しに石棺を開けてみようか」

「そうしましょう。宝石が手に入るかもしれないわ」


 信彦と洋子は石蓋を半分ほど押しやり、カビ臭い石棺の中を覗き込んだ。

 すると――。

 朽ちかけた人間の骨とともに、ボロボロになった羊皮紙がひとつ丸められている。

 年末のご挨拶で会社が配るカレンダーほどの大きさだ。

 洋子がその羊皮紙を手に取り広げてみると、解読不能な文字がつづられていた。


「あなた、これはなにかしら? まったく読めないわ」

「この石棺に埋葬された、古代人のことでも書いてあるんじゃないのか?」

「そうかもしれないわね」

「お宝はなかったか、残念――ん? その紙、なんか光りはじめたぞ」

「あら本当、きれいね」


 羊皮紙が薄青い光で輝きはじめた。

 タンポポの綿毛が舞うような、なんとも幻想的な光の粒子である。

 

「おや? 母さんのペンダントも光ってるな」

「どうしたのかしら?」


 まるで羊皮紙の光と共鳴したかのように、洋子のペンダントが光彩を解き放つ。

 それは百円ライターほどの大きさがある、ラピスラズをぶら下げたものである。

 ほどなくすると、羊皮紙の光が洋子のペンダントに吸い込まれていった。


「あら? おかしいわね」

「どうした母さん?」

「私の頭の中に文字が浮かんできたの。私に関する情報のようだけど」

「それをちょっと教えてもらえるか?」

「わかったわ」


 洋子が述べた内容は、次のようなものだった。



 名前――吉岡洋子

 種族――人間

 性別――女

 血液型――マイペースなO型

 年齢――45才

 LV――388

 HP――783995

 MP――625022

 現代魔法――ファイアボール(LV100:MAX)

 現代魔法――ファイアストリーム(LV100:MAX)

 現代魔法――ファイアブレス(LV100:MAX)

 現代魔法――サンダーボール(LV100:MAX)

 現代魔法――サンダースネーク(LV100:MAX)

 現代魔法――ポイズンミスト(LV100:MAX)

 現代魔法――ポイズンブレス(LV100:MAX)

 古代魔法――鑑定(LV100:MAX)←NEW!



 名前や年齢、体力や魔力、使える魔法までが詳しく鑑定されていた。

 血液型判定もドンピシャだ。

 洋子は鑑定魔法を覚えたらしい。

 

「それは古代の魔法書だったみたいだな。母さん、俺も鑑定してみてくれないか?」

「わかったわ」


 洋子が鑑定すると、信彦のステータスは次のようなものだった。



 名前――吉岡信彦

 種族――人間

 性別――男

 血液型――嫌われ者のB型

 年齢――47才

 LV――396

 HP――929101

 MP――753883

 現代魔法――ファイアボール(LV100:MAX)

 現代魔法――ファイアストリーム(LV100:MAX)

 現代魔法――ファイアブレス(LV100:MAX)

 現代魔法――サンダーボール(LV100:MAX)

 現代魔法――サンダースネーク(LV100:MAX)

 現代魔法――ポイズンミスト(LV100:MAX)

 現代魔法――ポイズンブレス(LV100:MAX)

 


 洋子よりレベルがいくぶんか高い。

 前衛で戦い、倒した魔物の数が多いためと思われる。


「よくわからんが、俺たちはそこそこ強いらしいな」

「そうね。あなたといっしょに頑張ったかいがあったわ」

「それにしても、B型は嫌われ者っていうのは本当だったんだな」

「だからあなたは会社でみんなから嫌われてたのね」

「母さん、冗談きついな」

「「ハハハハ」」


 信彦と洋子は声を重ねて笑い合う。

 そして、仲睦まじく二人でフラダンスを踊っていたところ――。


「ガルルルゥ……」


 狂犬さながらのうなり声を発し、前方の通路より魔物が忍び寄ってきた。

 その四足立ちの獣の体長は、およそ五メートル。

 ヒグマをも遥かに凌ぐ巨体である。

 頭部は犬に見えなくもないが、体表は浅黒い赤色の鱗で覆われている。

 夫婦がはじめて対峙する魔物であり、フロアボス的な雰囲気を醸し出していた。


「母さん、あのイカれた魔物を鑑定してみてくれないか?」

「わかったわ」


 洋子による鑑定の結果、魔物の情報があきらかとなる。



 名前――イフリートフォックス

 種族――幻獣精霊

 性別――なし

 血液型――なし

 年齢――3244才

 LV――233

 HP――37229

 MP――44051

 古代魔法――ファイアバレス(LV75)

 古代魔法――ファイアギザガント(LV34)

 古代魔法――ファイアガストンギア(LV22)

 古代魔法――ファイアデスバレスタ(LV13)

 古代魔法――ファイアエリダラス(LV41)

 古代魔法――ファイアドンタコスタ(LV39)



 幻獣精霊、古代魔法、さらには三千年越しの引きこもり。

 それらの情報から推察すると、数ランク上の魔物であることは間違いがない。

 この上層階で始末したフロアボス、ミノタウルスよりは強そうだ。

 それでも信彦と洋子は動じない。

 復讐という名の狂気にかられた二人の頭はプッツン切れている。


「ファイア系統の魔法を使うらしいが、レベルからすると弱そうだな」

「そうみたいね」

「じゃあ、倒してくるか」

「ええ、ぶち殺してやりましょう」


 次の瞬間――。

 信彦は地面を強く蹴り、魔物との間合を瞬時に詰めた。

 それは常人の力を遥かに凌駕した、疾風のごとき目にも止まらぬスピードである。


「ふんッ!」


 信彦は魔物の前で腰を落とし、剣を斜め下から上に振り抜いた。

 口から炎をちらつかせ、古代魔法の発動を垣間見せたイフリートフォックス。

 その切断された頭が宙に飛び、首の付け根から大量の鮮血が噴き上がる。

 しかし敵は首を失ってもまだ生きていた。

 全身から猛々しい業火を放出させ、胴の切断面より徐々に頭が再生されていく。


「あなた、はなれて! 私が一発お見舞いしてあげるわ! サンダースネーク!」


 洋子は敵との距離を保ちつつ、両手をぐっと前に突き出した。

 両掌より稲妻がほとばしり、紆曲した二つの雷光が魔物の体をとぐろ巻きとする。


「ねえ、見てあなた! あなたが私を亀甲縛りするより上手でしょ!?」

「母さん、見事だ。今度、俺も縛ってくれ」

「もちろんよ! さあ、イフリートフォックスちゃん! お楽しみはこれからよ!」


 洋子は両腕を引っ張るように交差させ、掌と繋がる雷光で敵の体を締め上げる。

 稲妻のムチはグイグイと鱗肌に食い込み、魔物はスライス状に身を引き裂かれた。

 つまるところ、ボンレスハムを三センチ幅でカットしたような状態である。

 それでもなお魔物は生きていた。

 引き裂かれた肉塊から火柱が立ち上がり、元の姿を形成しつつある。

 敵はなんらかの古代魔法を使い、炎の力によって肉体を再生しているのだ。


「そうはさせんぞ! これならどうだ! ポイズンミスト!」


 信彦はバックテンを数回決め込み、伸身宙返りで敵の頭上にポジションを取る。

 そして口から大量の毒液を霧のように吐き出し、魔物の総身を紫色に染めた。

 そのくっさい毒液の威力は強烈だ。

 魔物はシューシューと煙を上げ、原型がわからぬほどドロドロに溶けていく。

 やがてすべての肉塊が蒸発して消え去ると、そこには魔石だけが残されていた。

 ソフトボールほどの大きさがあり、これまで獲得した中で最大である。

 ラピスラズリの特殊効果で、上層階の魔物から吸収した二人の魔法。

 それは秘宝の力によってレベルMAXにまで高められ、地下二十五階層の敵を難なく倒した。


「さあ母さん、ほかの魔物を探しに行くか」

「そうね。殺しても殺したりないわ」

「それより、俺たちのペンダント、少しくすんでないか?」

「そう? 気のせいじゃない?」

「それもそうだな。よし、この勢いで地下二十六階層も攻略しちゃうぞー!」

「攻略しちゃうわよー!」


 ややフラグを匂わせつつも、狂気にかられた吉岡夫妻の躍進は止まらない。



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