第6話
吉岡家にダンジョンが出現してから、一週間が経った。
そして浩太は王子でありながら、冒険者たちにカップメンを売っていた。
「王子さん、俺っちはシーフード味で頼むわ」
「わいは醤油味をもらおうかの」
リビングから出た少し先のダンジョンには、キッチンテーブルが設けられている。
そこで冒険者たちは、立ち食いソバのようにカップメンを食べていく。
ダンジョンで至高の一品を味わえると評判だ。
もちろん噂を広めたのは、あのカレー味を食した二人の冒険者だった。
「はい、お待ち。シーフードと醤油ね」
浩太はカップメンを冒険の前に置く。
冒険者は代金として、魔石を浩太に手渡した。
この魔石は重要な資金源だ。
チャムが冒険者ギルドで魔石を売り、得た金貨を蘭子が質屋で売りさばく。
仕入れの金、家のローンの返済、もろもろの生活費はこの流れでめどがついた。
チャムがいない間、魔物が襲ってきたとしても問題はない。
ここにくる冒険者がそれを退治してくれる。
そんな彼らも、家の中には立ち入らないというルールを守ってくれていた。
ここで食事ができる重要性を、一番に考慮してくれているのだ。
だからこそ浩太もカップメンを売り、平穏の維持に努めていた。
ちなみに浩太はダンジョンの奥には入らないし、王都へ行くこともない。
余計な干渉はトラブルの元になるからだ。
「はい、浩太。仕入れてきたわよ」
「お、蘭子、サンキュ」
ガスコンロでお湯を沸かしていると、蘭子が箱単位でカップメンを届けてくれた。
次から次へと売れるので、仕入れもそれなりに大変だ。
「それよりさ、あんた夏休みが終わったらどうすんの?」
「どうすんのって、どういうことだよ」
「学校よ、学校。夏休みが終わっても、ずーっとこうして家にいるつもりなの?」
「俺はここにいるしかないだろ。自宅王子である以上、ダンジョンをほっとくわけにいかないんだし」
「じゃあ、退学するの?」
「そのつもりだ」
「ダメよ!」
蘭子はキッと睨みつけてきた。
そして彼女は続けざまに口を開いた。
「それを死んだおじさんとおばさんが望むと思ってるの? なんのためにここまで育ててもらったと思ってるのよ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ。ダンジョンの秘密がバレたら大変なことになるんだぞ」
「でも近いうちにダンジョンへつながる空間が消えるかもしれないじゃん。そのときになって、学校を辞めなければよかった、と思っても遅いのよ?」
「それはそうだけど、学校へ通いつつ、ダンジョンをこのままになんかできねーよ」
「誰かほかの人に任せればいいでしょ」
「じゃあチャムに任せるかな」
「あの子はダメ」
間髪入れず、蘭子は浩太の意見を跳ね除けた。
「なんでだよ?」
「確証はないけど、あの子なにか隠してる」
「チャムに限ってそんなことあるわけねーよ」
浩太はダンジョンにいるチャムを見やるも、彼女はエプロン姿でテーブルを拭いていた。
言いいつけたとおりに仕事をこなし、忠義を尽くしてくれている。
チャムがなにかを隠しているようには思えない。
「女の勘よ。だからあの子一人に任せるのはやめて」
「そんなわけないと思うけどな。心配しすぎだって」
「なら試してみるわ。彼女が本当に信用できるかどうかを」
蘭子はチャムに向け、「チャムさーん、ちょっとこっちにきてー」と、手招きをした。
すると、チャムは仕事の手を止めリビングへ。
「はい、蘭子さま、なんでしょうか?」
「ちょっと我慢して、ね!」
言葉尻と同時に、蘭子はチャムの顔面に右ストレートを打ち放つ。
チャムは手のひらでそれをなんなくガードした。
その姿勢のままで、二人は眼光をぶつけ合う。
「ふん、やるじゃない。ちょっとは本気のパンチだったんだけど」
「蘭子さま、これはどういうおつもりでしょうか?」
「あなたがどれくらい強いか試してみただけ。ごめんね」
表情を和らげると、蘭子は何事もなかったように拳を引っ込めた。
「殿下、わたしは片づけに戻ります」
柳眉を逆立てたまま、チャムはダンジョンの方へ歩みを進めた。
機嫌を損ねるのも無理はない。
「おい蘭子、なにやってんだよ……」
「浩太、これではっきりしたわ。あの子、本当は忠義なんて誓ってない」
「なんでそんなことわかるんだ?」
「あの子が剣の柄を握ったから」
「柄を握った?」
「そうよ。あの子、左手でガードしつつ、右手では抜刀できる姿勢を見せた。もし次の攻撃を仕掛けたら、彼女は剣を抜いたかも。チャムさんからしてみれば、あたしたちは王族。柄を握ることすら、あり得ない所作よ」
よく見ていたなと浩太は驚くも、チャムは日々ダンジョンで魔物と戦っていた。
とっさの反応と考えれば合点がいく。
「とりあえずさ、俺の立場もあるし仲良くしてくれよな……」
「まあ、何事もなければね。じゃあ、あたし帰る」
まるで他人事のように蘭子は家を出ていった。
浩太はチャムを気遣うために、ダンジョン入口へと足を運んだ。
「チャム、ごめんな。蘭子はあんな性格だけど、根はいい奴なんだ」
「殿下、お気になさらずに。わたしはなんとも思っておりません」
こちらを見ずにテーブルを拭くチャム。
でもその声色はやけに冷淡だ。
「それより殿下。これから魔石を売りに、王都へ行ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぜ。頼んだ」
「三時間ほどで戻れるかと思います」
「夕食までには帰ってこいよ」
「はい、わかりました」
チャムは魔石を売りに王都へ向かった。
そんな彼女の表情には、どこか感情を押し殺したような静けさが垣間見えていた。
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ランテリア王国、王都の中心部に近い場所に、ステルピア大聖堂がそびえている。
塔のような建造物であり、その高さは三十メートルほどだ。
大聖堂の地下に広がるダンジョンには、建国以前の古代人が埋葬されている。
古代人を弔うため、千年前の国王が大聖堂を建造したとも言われているが、今となっては定かではない。
ダンジョンがなんの目的で、いつ造られたのか。
最深部には、なにが隠されているのか。
それらの謎は、考古魔学者の間でも意見が分かれるところだ。
三千年以上前にこの地をおさめていた王、その陵墓であるという説。
それより遥か昔、神話に登場する魔王のようなものが封印されているという説。
どれも憶測にすぎないが、最深部になにかが隠されていることだけは確かだろう。
その解を拒むかのように、下層へ行けば行くほど魔物が強くなる。
魔物は墓守のような存在にちがいない。
それがチャム・ペデゴリーの見解である。
「雨か――」
チャムが大聖堂を出ると、少し強めの雨が降っていた。
目の前には王都の中央広場が広がっているものの、人の姿は見られない。
天気のいい日には、ここにたくさんの人が集まり、行商人たちが露店を開く。
王都でも活気のある場所のひとつだ。
しかし、こんな天気ともなればドブスライムだって巣の中に閉じこもる。
そんな雨に打たれながらも、チャムは広場を突っ切り冒険者ギルドへ向かった。
石畳の通りをしばらく進むと、枝分かれをした道の中央にギルドが見えてきた。
チャムは小走りで駆け寄り、スイングドアを開いて建物の中へ身を滑らせた。
雨で濡れた体を手で掃っていると、二人の冒険者が目に止まる。
「母さん、飲みすぎるんじゃないぞ」
「あなた、大丈夫よ。まだこれで三杯目なんだから」
見かけない顔の二人、中年の男女だ。
閑散としたギルドの隅っこで、楽し気に果実酒を飲んでいる。
酒場を兼ねたギルドとはいえ、こんな時間から酒を飲む冒険者は珍しい。
そんな二人をよそに、チャムは受付カウンターの前に進み出た。
「よう、チャム。また魔石を持ってきたのかい」
「まあな」
カウンターに肘を乗せながら、ギルドの受付嬢が声をかけてくる。
チャムはぶっきらぼうに答えると、魔石の入った革袋をカウンターの上に置く。
「ふん、五万リンカってところだね」
獣の耳と鼻をピクピクさせ、受付嬢は革袋を持ち上げた。
チャムはこの獣人の受付嬢が苦手だ。
気さくな性格のせいか、あれこれ余計なことまで訊いてくる。
「で、チャム。あんたさ、ダンジョンでなにやってるんだい? 魔物を狩っているわけじゃないんだろ? 噂じゃおかしな食べ物を売ってるらしいけど」
考えていたそばから、受付嬢はいらぬことを訊いてきた。
「うるさい、わたしの勝手だ。さっさと金をよこせ」
「そうはいかないよ。あたいだって、これでもギルドで働いてるんだ。冒険者がなにをやってるか、ギルド長に報告する義務があるんでね」
「ならそのまま伝えればいい。わたしがおかしな食べ物を売っているとな」
「やれやれ、愛想のないこと。ほら、五万リンカだよ」
受付嬢は金貨五枚をカウンターの上に転がした。
目測で換金するなと言いたいところだが、妥当な金額ではあるだろう。
チャムはそれを腰袋にしまい、ギルドを出ようとしたところ――。
「母さん、明日は地下二十階層まで行ってみようか」
「そうね、デビルフライを狩るのも飽きちゃったし」
酒を飲んでいた冒険者の会話を耳にし、チャムは驚きを隠せなかった。
デビルフライといえば、人ほどの大きさがある虫の羽を持つ魔物。
噛み砕く顎の強さもさることながら、口からは毒液まで吐き出す難敵だ。
強敵たるゆえんは、それだけではない。
デビルフライは個で行動することはなく、群れを成す。
何十匹という集団で襲いかかってくるのだ。
中級冒険者が太刀打ちできるような相手ではない。
どこの誰だかは知らないが、上級冒険者であることは確かだ。
「くっ!」
チャムは唇を噛みしめ、拳を握りギルドをあとにした。
自分はなにをやっている。
故郷をはなれ、このランテリア王国にきた目的はなんなのか。
名のある冒険者としてのし上がり、ゆくゆくは王国直属の兵士になるためだ。
そして貧しい両親の支えになってあげたいからこそ、この国へきた。
それが今では浩太に忠義を誓い、冒険者とはかけはなれた生活を送っている。
歯がゆい気持ちでいっぱいだ。
しかしこれは命じられた密偵であり、放棄することは許されない。
チャムはその報告のために、ビルドリア伯爵の元へ向かった。
立派なたたずまいの多い居住区、とある家の前で立ち止まる。
権力を誇示したかのような、石づくりの五階建の建物。
ビルドリア伯爵の住まいである。
チャムがドアをノックすると、無愛想な使用人が対応に出た。
使用人の案内の元、チャムは伯爵の執務室に通される。
伯爵は重厚な机のイスに座り、いつものようにふんぞり返っていた。
頭髪はほとんどなく、でっぷりとした体格で、歳は六十近い。
「チャム、まずは例のあれを」
「はい」
チャムは伯爵の机の上に、金貨三枚を置く。
借金の返済である。
ビルドリア伯爵は貴族でありながら、高利貸しを生業としていた。
今となっては没落しかけた三流貴族。
それでも伯爵から金を借りた以上、返さないというわけにはいかなかった。
金を返せず奴隷落ちした者は少なくはない。
奴隷は最悪だ。
人として認めてもらえず、鉱山など劣悪な環境下で死ぬまでただ働き。
若い女は性奴隷となり、精神に支障をきたせばすぐ殺される。
「残りは、三百万リンカ。このペースで借金を返せるのかな、チャム」
「それは必ず」
「わかっておると思うが、金を返せないとわしが見限れば、おまえは奴隷落ちだ」
「それはわかっています」
当初借りた額は二十万リンカ、貧しい両親へあてがうためのものだった。
その返済がとどこおり、三百万リンカまで借金が膨らんだ。
ちなみに三百万リンカという額は、平民なら数年は遊んで暮らせる大金だ。
「それと、異国についてあれからわかったことは?」
「先日報告したことと変わりありません」
「それじゃ困る。なんのために利息を帳消しにしたと思っておるんだ」
「申し訳ありません」
利息を止めてもらう条件として、チャムは異国を調べることを命じられていた。
日本王国のことである。
浩太に忠義を誓いつつ、チャムは彼を裏切った。
異国の話を持ち出せば、伯爵が食いつくと思ったからだ。
だが胸が痛む。
浩太は貴重な皿を割ったことを不問とし、自分を迎え入れてくれた。
それでも奴隷落ちを考えれば、背徳もやむを得ない。
「チャム。まず、その王子とやらから金をふんだくれ」
「それはすでに、やっているではありませんか」
カップメンの売上である魔石、それを冒険者ギルドで換金し、借金の返済にあてていた。
異国の者に貨幣価値などわからないだろう、という伯爵の考えによるものだ。
売上に対し、およそ六割を借金の返済にあて、金をちょろまかしている。
それに気づかない浩太へ対し、申し訳ないという気持ちがないわけではない。
それでもチャムは伯爵の命令に背くことができなかった。
「何度も言うが、まず王子の家の外に出て、日本王国とやらを詳しく調べろ。異国だけに、金になりそうなものが、ゴロゴロ転がっておるかもしれん」
「ですから伯爵、家の外には出してもらえないのです」
「それはおまえが信用されていない証拠だ。信用を掴み取れ。武器はあるだろう、武器は」
伯爵はチャムの胸元を見て、ニタニタとほくそ笑んだ。
言わずもがな、体を武器に、ということだ。
「できる限りやってみます」
「のんびりしておったら、わしはすぐに見限るからな。ガッハッハ!」
ゲスに笑う伯爵を殺したかった。
それでもチャムはその気持ちをぐっと堪え、ビルドリア邸をあとにした。
没落しかけた三流貴族とはいえ、後ろ盾にはランテリア王国がある。
だからこそ高利貸しを生業とできるのだ。
伯爵に逆らうことは、王国に逆らうことであるともいえた。
王国の兵士になるという目標は永遠に断たれることになる。
チャムは冷たい雨に濡れながら、異国の地へと重く足取りを向けた。
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