第3話
夜の八時半時となり、浩太はチャムとともに食事をとることにした。
二人でキッチンテーブルにつき、カップメンが出来上がるのを待っている。
落雷により照明も壊れたが、ダンジョンからは光苔を採取した。
それをそこらにぶちまけているので、室内が真っ暗というわけではない。
「殿下、お湯を注いだだけで、本当に料理ができるのですか?」
「ああ、本当だ。これこそが日本王国の誇れる食のひとつ、カップメン」
「日本王国とは不思議な国なのですね」
チャムは興味津々といった様子でカップメンを覗き込む。
容器が縦長の、オーソドックスなシーフード味のカップメン。
醤油味、カレー味と並び、人気のあるひと品だ。
「よし、三分は経ったな。食べるとするか。ちゃんとかき混ぜてから食うんだぞ」
「はい、殿下」
チャムは容器の蓋を剥がし、割り箸でカップメンの中身をかき混ぜた。
そして匂いをクンクン嗅いだのち、そーっと口元に麺を運び入れる。
ひと口食べたところで――。
彼女の目の色がパアっと華やいだ。
「おいしいです、殿下! お湯を注いだだけ、どうしてこのような料理ができるのですか!」
「ふ、それは企業秘密だ」
浩太は自慢げに鼻で笑ってみせた。
王子となった今、自分はすべての企業のCEO(最高経営責任者)である。
もちろん浩太はカップメンの製造工程すらわからない。
「ランテリア王国とは食文化がまるで違うのですね」
「ランテリア王国ってなんのことだ?」
「わたしが住む国のことです。人々の往来も多く、とても活気のある国なのです」
「なるほどな。チャムはそんな国に住んでたのか。ところで、ダンジョンを出た先はどこなんだ? 荒野か? それとも森か?」
浩太も麺をすすりながら訊いてみる。
このリビング防衛線を死守するためには、異世界の情報を仕入れておくことも大切だ。
「いえ、ランテリア王国、王都にあるステルピア大聖堂の中です」
「ってことは、そのなんとか大聖堂の地下に、ダンジョンが広がってるってことになるのか?」
「そのとおりです。このダンジョンは遥か昔、大聖堂の地下に造られた、古代人の墳墓でもあるのです」
それを聞いて浩太も納得した。
リビングから見える通路は、人工的に岩盤が削られているのだ。
自然に形成された洞窟とはまるで異なっている。
「俺の家からつながる階層は、どれぐらいの深さにあるんだ?」
「地下三階層です。広さはありますが、それほど複雑な階層ではありません」
「そこに出没する魔物の種類と、強さを教えてもらおうか」
これは命に関わる問題なので、よく訊いておく必要がある。
もしものときは、浩太も魔物と戦わなければいけないのだ。
「弱い魔物から順に、スライム、ゴブリン、スケルトン、ジャイアントスパイダー、の四種類です。初級レベルの冒険者でも、さほど危険はないかと思われます」
麺を頬張りながら淡々と話すチャム、その顔色は平然そのものだ。
しかし、浩太は身の危険を感じずにはいられなかった。
なにせ蜘蛛は大の苦手とするところ。
以前に住んでいたボロアパートには、ベッドの下によく足長蜘蛛が出た。
それを見ただけでパニックだったのに、巨大な蜘蛛と戦えるわけがない。
ジャイアントスパイダーに関しては、チャムに任せるほかはないだろう。
それはそれとして、浩太は気になることを訊いてみる。
「なあチャム。ダンジョンで冒険をする、冒険者の目的ってなんなんだ?」
「魔物を倒すと魔石を得られます。それを売り金を手にするのが冒険者の目的です」
「魔石ってなんのことだよ?」
「これのことです」
チャムは腰袋から魔石を取り出し、それを浩太の目の前にコトリと置いた。
消しゴムほどの大きさの、鋭角状をしたクリスタルのようなものだ。
魔石というだけあり、石そのものが赤く輝いている。
「きれいな石だけどさ、これ、なんか使い道あるのか?」
「もちろんあります」
チャムは魔石について詳しく述べた。
魔石を連金すれば、ミスリルなど上位鉱石を生成できるとのことだ。
生成された鉱石は、魔剣や魔力を持った武具の材料となる。
それらの武具は高値で取引され、レアアイテムとして冒険者に流通するらしい。
しかし地下三階層ていどの魔物を倒したぐらいでは、魔石の価値は低い。
下の階層へ行けば行くほど魔物は強くなり、得られる魔石の対価は高くなる。
だからこそ、腕の立つ冒険者はより下の階層を目指すとのことだった。
ちなみにダンジョンは、現在わかっているだけで地下二十五階層まで。
それより下に、あとどれほどの階層が続くのかは不明とのことである。
「なるほどな。だいたいのことはわかった。それでさ、チャムは冒険者としての実力はどれぐらいなんだ? おまえが弱いと話にならねーぞ?」
「中の上、といったところでしょうか」
その迷いのない口調からすると、それなりに実力はあるようだ。
魔物の襲撃に関しては、さほど心配することはないだろう。
浩太がそう安堵していたところ――。
ギシギシ、ギシギシ。
と、不気味な物音がダンジョンの方より聞き届く。
「あれはジャイアントスパイダーの威嚇声です! 殿下はここでお待ちを!」
チャムは剣を片手に、ダンジョンの中へ駆け込んでいく。
浩太は恐る恐るそちらを覗き込んでみた。
いた――。
二十メートルほど先に、巨大な蜘蛛がいる。
体長およそ三メートル。
ジャイアントスパイダーとはいえ、あれほど大きなものとは想像していなかった。
それに見た目もすこぶる気持ち悪い。
赤く光る四つの目が横に並び、タランチュラのような体毛を持っていた。
口元から牙を覗かせ、ギシギシ、ギシギシ、と鳴いている。
そんな魔物に臆することなく、チャムは敵に目がけて疾駆した。
「ギギギギギギギギィ!」
ジャイアントスパイダーは金切り声を上げ、両の前脚を鎌のように持ち上げた。
それは尖った爪のある脚であり、岩盤でも貫けそうな鋭さを持っていた。
その禍々しい二本の凶器が、空気を切り裂く速さでチャムの頭上に振り下ろされる。
「あまいッ!」
チャムは立ち止まることなく横方向へ飛び逃げ、魔物の攻撃をたやすく回避。
さらには通路の壁を蹴り、敵の頭上へと舞い上がる。
それを狙い済ましたかのように、二本の前脚がまた大きく振り上げられた。
「ハアッ!」
チャムは跳躍したままの状態で、両手で握った剣を振る。
ひと筋の鋼の銀光とともに、前脚の一本が中ほどで切断。
返す刀で残りの脚も切り落とされた。
その切断面から体液が飛び散り、チャムの全身がベットリと緑に染められた。
「フンッ!」
チャムの攻撃は止まらない。
落下する力を利用し、剣を逆手に魔物の目玉にそれをブスリと突き刺した。
次いで口を開く。
「エクスプロジオンファイア!」
目玉に埋もれた刀身から生じるのは、C4爆薬さながらの爆炎。
魔物は内部から吹き飛ぶように破壊され、木っ端みじんの肉塊と化す。
攻撃を終えたチャムは空中で後方宙返り。
軽やかに着地し、腰ベルトの革鞘に剣を納め入れた。
魔物の残骸近くには、赤く光る小さな石、魔石が落ちている。
それを拾い上げ腰袋に収めると、チャムは浩太の元へ引き返す。
「殿下、終わりました」
「よ、よくやった……。とりあえず体を洗ってきたほうがいいんじゃないか……?」
「殿下、どこで洗えばよろしいでしょう?」
「風呂場はこっちだ。ついてこい」
シャワーの使い方を教えると、浩太は脱衣所から風呂場のドアを閉めた。
チャムは浴室で革鎧を脱ぎ捨て、教えたとおりにシャワーを浴びている。
ドアには擦りガラスがはめ込まれているので、それを確認することができるのだ。
ガラス越しからぼんやりと、そんな彼女のシルエットが見えていた。
「チャム、水しか出なくて悪いな。温水器が壊れてるんだ」
「温水器とはよくわかりませんが、水だけでじゅうぶんです。それにしても殿下、このシャワーというものは、とても便利なものですね」
顔をノズルに向け胸をそらし、立ち姿でシャワーを浴びるチャム。
そんなホラー映画のフラグ的シルエットがまたセクシーだ。
すると彼女は風呂場の中で、なにやらモゾモゾしはじめた。
「どうしたチャム? コンタクトでも落としたか?」
「いえその……この容器に入っている液体は、なんなのでしょう……?」
「ああそれか。それはな、シャンプーとかボディーソープだ。ちなみにシャンプーは頭を洗うやつだからな」
「どれも同じ容器に見えて、わたしにはそのちがいがわからないのですが……」
やはりチャムには異世界人としての知識しかない。
シャンプー、コンディショナー、ボディーソープ。
それらのちがいがわかるはずもなかった。
風呂場の収納棚には、似たような容器が並んでいるのだ。
「シャンプーが左。真ん中がコンディショナー。その右がボディーソープだ。ボディーソープなんかで頭を洗うなよ。髪の毛がゴワゴワになっちゃうぞ」
「殿下、わたしにはわからないので、こちらにきて教えてください」
「だ、だって、チャムはいま裸だろ! 俺が風呂場に入るのはまずいだろ!」
擦りガラスにこれでもかと顔を押しつけながら、浩太は忠告を口にした。
先ほどからこのようにして覗きを決行している。
「殿下になら見られてもかまいません。わたしは殿下に忠義を誓ったのですから」
「ほ、本当にいいのかよ……」
「もちろんです」
たいへんありがたいお言葉をいただいたが、ここは悩みどころである。
チャムの許可が出た以上、浩太も風呂場の中に入りたい。
その豊満なおっぱいを、マジマジとガン見してみたい。
だが今の浩太は、嘘を嘘で塗り固めた偽りの王子。
この一線を越えてしまうと、嘘がバレたときは甚大な被害(死)を招くことになる。
やはり裸を見るのはまずいかな、と思っていたところ――。
浩太の頭の中に天の声が舞い降りた。
(浩太よ、なにをためらっておる。そなたの重ねた偽りは、もう引き返すことのできぬ死線をとうに踏み超えてしまったではないか。偽りが露見したときこそが、そなたの死。彼女の裸を見ようが見まいが、その運命は変えられないのだ。ならばためらうことなかれ。おのが道を、おのが偽りを貫き通すのじゃ――)
悪魔の囁きとも思える天の声(もう一人のエロ人格)だが、考えてみればそのとおりだ。
いつ嘘がバレようとも、同じ結末が待っている。
おっぱいを見ずに、後悔を募らせたままで逝くか。
それともおっぱいを見てから、ほっこりと逝くか。
そのような選択を迫られて、前者を選ぶバカはこの世にいない。
浩太はそう結論に達し、王子としてチャムの裸を拝むことにした。
ちなみに天の声のイメージとしては、雲の上に乗った仙人である。
「は、入るぞ……本当にいいんだな……」
「はい、どうぞ殿下――」
チャムは後ろ姿となりキュートなお尻を見せていた。
背中に貼りつく濡れた髪、水滴がまとわりつく肌がまた色っぽい。
「これで頭を洗って、これを髪に馴染ませて洗い流す。で、これで体を洗うんだ」
容器を一つひとつ手に持ちながら、浩太はそれらの用途を詳しく述べた。
もちろん、チャムのおっぱいもチラチラと目に焼きつけておく。
足元から股間を仰ぎ見たいところだが、さすがにそれではただの変態だ。
「なるほど。わかりました。言われたとおりに洗ってみます」
「よし、まあ頑張ってくれ」
「殿下、手順に間違いがないか見ていてはくれませんか?」
「しかたねーな。さっさと洗ってくれよ。俺は四六時中、公務で忙しいんだからな」
表向きはジェントルメン。
でも浩太の心の中は、一発で逮捕される顔になっている。
「ありがとうございます、殿下」
チャムはバスチェアに座りシャンプーで頭を洗いはじめた。
やや目をやられたようだが、洗髪はなんとか無事に済んだ。
次は体を洗う番である。
すると――。
チャムはボディーソープを直接肌に滑らせていく。
それが絶対にダメというわけではないのだが、バススポンジを使うのがベストだ。
「チャム。体を洗うときはこれを使うんだ」
浩太は収納棚からバススポンジを手に取り、それをチャムに渡そうとしたところ――。
(浩太よ――)
天の声がまたもや頭の中に舞い降りる。
(それでよいのか。そなたは彼女の裸を見ただけにすぎない。今なら彼女の肌にふれることができるのではないか。洗ってやれ。そのバススポンジを使って、彼女の体を優しく、そしてエロく洗ってやれ。そなたならばそれができる。彼女ならばそれを許す。すでに死線を越えたことを忘れるでない――)
天の声の言うとおりだった。
主従関係が結ばれた今、おっぱいツンツンしたってへっちゃらだ。
むしろツンツンしてほしいに決まっている。
浩太だって女王さまの家来なら股間をツンツンしてもらいたい。
ともあれ、ここは王子として堂々と家来を労わるべきなのだ。
「チャム、俺が体を洗ってやる」
「で、殿下がそのようなことをしてはいけません!」
「いやなのか?」
「ち、ちがいます! 一国の王子である殿下が、わたしにそのようなことをしてはいけないと申しているのです!」
「俺のために戦ってくれたチャム。そんなチャムの体を洗ってあげたいと、俺は心から思ってる。王子だとかは関係がない。これはいち個人、吉岡浩太としての本心だ」
「で、殿下――」
チャムは心酔したように浩太の顔を見上げた。
浩太もじっと彼女の瞳を見据える。
今やゴッテゴテに塗り固めた嘘は、真実を覆い隠すほどのぶ厚いファンデーションと化した。
「チャム、洗うぞ。おっぱいを洗うぞ」
「はい、殿下――。ありがたき幸せ――」
浩太がはじめて揉んだおっぱいは、マシュマロのように柔らかくもあり、それでいて若さ溢れる弾力のあるものだった。
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