第10話
僕は夜の街を全力疾走していた。
もう夜も遅く、灯りの消えている家もある。
しかしそんなことは関係ない。
——シャルを、止めないと
その思いだけが心を占めていた。
走りながら地図を確認。
目的地に行くには電車に乗る必要がある。
本当にシャルがこれを残しておいてくれてよかったと思う。
——もしかしてシャルは止めて欲しかったのか?
答えはわからない。
本人に会ってみないことには。
「ついたっ!!」
僕は駅の階段を駆け上がると、目的地までの切符を買う。
焦って小銭がはいらなかったが、なんとか押し込んで切符を買うと、ちょうどやってきた電車に滑り込んだ。
☆
「……ここか」
僕は目的のドアの前にいた。
駅そばのアパートの一室。
電車に乗っている間は長く感じたが、駅に着けばそこからはすぐだった。
——頼む、間に合っていてくれ!
インターホンに手を伸ばした時、中から声が聞こえてくるのが聞こえた。
「だから、違うって言ってるじゃんか!」
———シャルの声だ!
「話を聞けって!いいか、違うのはそっちだ!」
もう1人は知らない女性の声。
酔っているのか呂律があやしい。
「私があってる!」
「いーや、私があってる!」
——早く行かないと!
ノブを引くと、鍵はかかっていなかった。
雑に靴を脱ぐと、短い廊下を突っ切る。
突き当たり、声のする部屋につながっているだろうドアに手をかけると、一気に引いて——
「猫耳少女に、人間の耳はいる!」
「猫耳少女に、人間の耳はいらない!」
「へ?」
目の前では、缶ビールを握りしめた女性と缶のオレンジジュースを抱きしめたミニチュア少女が白熱した議論を繰り広げていた。
「だから、どうして耳が4つもいるのにゃ!気持ち悪いにゃ!」
「じゃあコスプレイヤーはどうなんだよ?えぇ?そもそもお前も4つあるじゃんか!」
「そ、それはかおりちゃんがそっち派だからにゃ!…仕方ないのにゃ…」
「おお?それは敗北宣言でいいのかなぁ?」
「違うにゃ!」
——なんか、今まで真剣すぎたせいで、すごくどうでもいいんだけど…
「あの…」
「なんだ、少年?」
「どうしたの、さつき?」
2人の視線が一斉にこっちに向けられる。
へんなこと言ったらただじゃおかねぇって感じの視線が。
——いや、めっちゃ怖いんですけど!?
「その…あるって設定にしといて髪で隠せばいいんじゃないでしょうか?」
「お?」
一瞬ポカンとした表情を浮かべた後、
「少年!めっちゃ頭いいな!」
「さつき、ナイスアイデアにゃあ!」
どうやら解決したらしく、2人は円卓越しに握手を交わしている。
「…で、君は誰なんだい?」
「え?」
「ここは私の家なんだけど?」
「そのですね…えっと…」
「用がないなら帰れヤァ!」
「はいい!」
☆
「あはは、なんだ、そういうことか」
「はい…」
かくかくしかじかで、これまでの経緯を説明すると、さつきさんは笑って豪快にビールをあおった。
「いや〜、うちのシャルがお世話になったね」
「楽しかったよー」
机の向こうからピースを送ってくるシャル。
「いえ、僕も楽しかったです」
「そうかそうか、そりゃあ良かった」
どうやらこの人、お酒で言葉遣いは雑になってるけど、いい人のようだ。
「ほんと、不思議なことがあるもんだねぇ…」
「にやっ!?にゃ…」
2人分の視線に恥ずかしくなったのか、ちょっと缶の影に隠れるシャル。
「まあ、こうして会えて本当に嬉しいわけさ」
そういうと、かおりさんは壁に目をやった。
そこには、シャルを中心に全キャラが書かれたイラストボードがかけてあった。
「やっぱり、特別なものなんですか?」
「そりゃあねぇ、だってデビュー作だからね」
そう言ってビールに口をつけるかおりさんの目はどこか懐かしげで。
「ほんとは、もっと続けたかったんだけど…」
かおりさんの表情が悲しそうなものに変わる。
そんなかおりさんを、缶の影から顔だけ出して見守るシャルも、心配そうで。
「僕は、好きでしたよ」
気がつくと、つい言ってしまっていた。
またまた、2人の視線がこっちに集まる。
かおりさんの表情は、少し驚いているよう。
「シャルも、かおりさんの作品も。かおりさんの作品のおかげで僕は元気になれましたし、励まされました。ほんとに、出会えて良かったですよ」
僕の言葉を黙って聞いていたかおりさんの表情がゆっくりと笑顔に代わっていった。
「そうかそうか!ありがとう!やっぱり持つべきものは良いファンだな!」
そう言って僕の背中をバンバン叩くと
「…これも何かの縁だ!ほら、少年!付き合え!今日は呑むぞ!」
「おー!」
かおりさんと一緒に拳をつきあげるシャルも上機嫌で、
——シャルは何でオレンジジュースで酔ってんだ?…まあいいか。
「はいっ!」
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