第8話


あれから遊園地の色んなアトラクションを回って、僕たちは遊園地の中にある池の前のベンチまでやって来ていた。


「ほら」

「ん、ありがとう。」


僕は買ってきたアイスクリームを先に座っていたシャルに渡すと、自分もその横に腰掛ける。


「んん!冷たい!けどおいしい!」


一口食べたシャルが感嘆の声を上げる。


「それはよかった」


そんなシャルを横目に、僕も自分のを一口かじった。

一瞬冷たさで口の中が麻痺したようになるが、すぐにねっとりとした甘さが口中に広がる。


「おいしいね」

「うん」


目の前の池では、夕日に照らされた水面を何艘かのアヒルさんボートが滑っていく。

それに乗ったカップルたちの、楽しそうにはしゃぐ声がここまで聞こえてくる。

アイスを咥えながらそんな様子をぼんやりと眺めていると、


「さつき、今日はありがとう」

「ん、どういたしまして。…本当に僕なんかでよかったのかい?楽しかった?」

「楽しかったよ!ありがとう」

「うん…」


――本当によかった。


隣でアイスを頬張るシャルを見て、僕は胸をなでおろす。


――いろいろ振り回されたけど、僕も結構楽しかったかな


そう心の中でつぶやくと、アイスを口へ――


パリッ


「ん!?」


てっきり冷たい奴がくるかと思っていたらいつの間にかコーンになっていた。


――なんだ、もうそんなに食べてたのか…


「さつき~抹茶もおいしいね~」


――!?


「ああっ!それ僕のっ!?」

「んふ~?」

「とぼけない!!…いいよ食べて。あげるよ」

「わーい!!…さつき、やさしい?」

「まあ、せっかく来てくれたんだしな。」

「…じゃあお言葉に甘えて、いただきます~」


そう言うとシャルは再びアイスを食べ始める。


――大きさが小さいとアイスが大きく見える…顔がめり込みそう…


    ☆


「おいしかったね~」

「うん…」


――うん、おいしいコーンだったよ


と、横を見た時、シャルと目が合った。

にっこりと笑うシャル。


「……」


つい目をそらしてしまった。

そのまま特に会話をすることもなくなんとなく湖面を見つめる。

そのまましばらく沈黙が続いたが、


「私、さつきのとこに来れてよかった」


唐突にそれを破ったのはシャルだった。


「えっ?」


横を向くけど、シャルは池のほうを見つめたままで。


「前、画面の向こうからこっち側が見えるってこと、言ったよね?」

「う、うん…」

「私、その視線が嫌いだったの。」

「…」


そう言うとシャルは悲しそうにうつむいた。


「私たちは私たちの、さつきたちはさつきたちの世界に住んでる、そうでしょ?」

「…そうだね」


――話がよくわからない…


「だから、私たちは私たちの世界の中で生きていたかった。でも、ずっとぶしつけな視線にさらされて。」

「…」

「いっつも視線の裏には、邪な欲望が透けて見えてた。そして誰もそれを隠そうとしない。」


シャルの表情が苦しそうにゆがむ。


「なんか、ごめん…」

「ううん」


シャルの表情がふっと緩む。


「さつきは別だよ」

「え?」


シャルは、ふふっと笑うと、


「ある日、気づいたの。こっちを見てる少年に、私に似てる子がいるって。」


――確かに僕は、あの時ほかの人の目に合わせるのが嫌になって、他の人が期待する自分を演じることにつかれて、学校も嫌いになりかけてる時だった。


「そして、その少年の目はとても純粋だった。」


――元気に飛び回るシャルを見ている時は、現実を忘れることができた。


「私とおんなじ人がいるんだな、そう思ったら勇気が湧いてきて。その少年になら見られていても嫌じゃなかった。」

「…それって僕のこと?」


シャルは僕の方を見上げると、


「さあ?」


にっこり笑った。


「だから…」


シャルは立ち上がると、僕の肩に飛び移った。

そして耳元に顔を寄せると、


「ありがとう、さつきくん」


世界から音が消えた。

僕にはもう、目の前で微笑む少女しか映っていなくて。

この瞬間がずっと続けばいいのにと思った。

人生で一番幸せな瞬間が。

実際にはほんの一瞬だったのだろうけど。


「そろそろ帰ろっか」


シャルの声とともに一気に耳に音が飛び込んできた。

気が付くと、いつの間にか日が沈み、あたりは暗くなり始めていた。


「うん」


そう言うと、僕は立ち上がった。

肩にシャルを乗せて。





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