第7話

しばらく電車に揺られること1時間弱。

やっと目的地の水族館へ到着していた。

電車の中でもシャルは、小学生よろしく窓に張り付いて、見るものすべてに歓声を上げていた。

電車も気に入ったらしく、引きずり下ろすのが大変だったぐらいだ。

ここでも結局二人分の料金を払い、入場ゲートをくぐった僕たちを出迎えたのは、巨大な水のトンネルだった。


「おお~すごいね~」


シャルが歓声を上げる。

それに合わせるようにして僕もぐるっとあたりを見回す。

ガラス越しにすぐそばをさまざまな魚たちが通りすぎていく。

かわいい顔をしたエイに、かっこいいサメ。

ほかにも、アジやサバ、後ろの方にはカメが悠々と泳いでいる。


「ほえ~、あっ!!さつき、あれ見て!!かわいい!」

「ん?ほんとだな~」


シャルが指さした先にいたのは、おなじみのハコフグだ。


「あっ、あっちも!」

「どれ?…あれか。そんなにかわいいか?」

「美味しそう」

「食べないで!?」


まあそういう僕も、さっき美味しそうなやつばっかり列挙してたわけだけど。


ーーシャルならほんとに捕獲して食べそうで怖い…


「あはは、食べないよ〜」

「お願いしますよ、シャルさん…」

「ん、順路はこっちみたいだね〜」


肩から飛び降りたシャルが先導するように先々行くので、僕はその後ろをついて行く、

平日ということもあって、人は少ない。

これなら見失うこともないだろう。


「あっ、かわいい〜!…こっちは?あっ!かっこいい!」


次から次へと、文字通り水槽を飛びうつるシャルを横目に眺めながらゆっくりと水槽を僕も見て回る。


ーーこんなとこに来るのも小学生以来だよな〜。まぁ、あの時みたいに感動したりはしないけど。


「さつき〜すごいよ〜」


目の前をシャルが行ったり来たり。


「おい、そんなに走ると危ないーー」


ごんっ!


「いてっ!」

「……」


勢い余ってガラスにぶつかったシャルが廊下に転がる。


ーーお前は小学生のままか〜!


「いてて…」

「大丈夫か?ほれ」

「大丈夫にゃ!」


危ないから肩に乗せとこうと、差し伸べた僕の手をかいくぐってシャルが逃走。


ーーちょっとだけ、やんちゃな子供を持った母親の気持ちがわかる…


「っておい!」


いつのまにか、逃走したシャルがだいぶ遠くまで行ってしまっている。


「また後でにゃ〜!」

「おおおい!」



シャルがどこかに逃走したので、しょうがないから1人で見て回ることにした。

形も入っている魚も様々な水槽たちを見て行くのは、やっぱりたのしい。

様々な国の環境に合わせて、コーディネートされた水槽を見ていると、どこか他の国にいるような…とまでは行かなくても、どこか非日常な感じがする。

僕は、水槽の横のプレートも軽く読みながらゆっくりと進む。


ーーシャルはどうするか?まあ、そのうち会えるだろう。


ぐるぐる回るイワシトルネードに、草と一緒にゆらゆら揺れるタツノオトシゴ。

クリオネがふわふわ水中を飛んで、クラゲが漂っている。

大きめの魚たちは元気に水中を駆け回り、その背中にはシャルがーー


「シャル!?」


おそらくこの水族館で一番大きいであろう水槽。

その中で元気に泳ぐ魚たちの中、一匹のサメの上にひとりの猫耳少女がまたがっていました。

水槽に駆け寄って、ガラス面に張り付いた僕に気づいて、手を振るシャル。

その顔はとても楽しそうな笑顔で。


「お、お前どうやってそんなとこに…てか息は大丈夫なのか?…猫って濡れるの嫌いじゃなかったっけ?」


一度に様々な疑問が浮かぶ。


「…いいなぁーじゃなくて!早く戻ってこい!」


叫ぶ僕に御構い無しで、元気に水槽中サメを乗り回している。


ーーあ、今『ひゃっほう!』って言った。


「どうしよう…」


とりあえず、他の人がいないかと左右をみてみると、左10メートルほど離れたところに娘とお父さんらしき2人の人影。

しかも、娘を指差す先には…サメに乗ったシャルが。


「ね〜ね〜、お父さん、あそこに人が乗ってる〜」

「どこだい?」

「あそこ!ほら、こっち来たよ!」


親子の前を通り過ぎる時にも手を振るシャル。


「バイバイ〜」


娘は無邪気に手を振り返すけど、


「……ばいばい…」


ーお父さん、顔、引きつってますよ!


「ね〜ね〜、お父さん!私もあれしたい!」

「…なつきにはまだ早いかな…」


ーいや何歳になっても無理だから!


「え〜〜」


頬を膨らませるなつきちゃん。


「ほら、ダイバーになるには難しい試験をいっぱい受けないといけないんだよ?」

「あの人、ダイバーさんじゃないよ!?だってマスクつけてないもん!」


シャルを指差すなつきちゃんに、御構い無しにシャル(が乗ったサメ)は一回転。



ーー鋭い!


「……」


ーー頑張って、お父さん!


「…世の中には不思議なこともあるんだよ…」


ーーお父さん負けたーー!


「ほら、行くよ」

「え〜、まだ見たい〜!」


駄々をこねるなつきちゃんを引っ張って行くお父さん。


ーーうちのシャルがすみません!


お父さんの背中に頭を下げると、視線を再びシャルへ。と、


「あれ?どこいった?」


さっきまで乗っていたサメの上からその姿が消えていた。


「どこに…いたっ!」


今度は亀の上に乗って、悠々と泳いでいた。


「まったく…あっ!」


ゆっくり回遊するシャルの後ろに忍び寄ったのは、今度こそ本物のダイバーだった。

ダイバーは、小さな網を取り出すと、シャルに向かって手を伸ばす。


ーーあっ、なんかどっかで見たような…そう、ニモのシーンだ!…ってそんな場合じゃなくて!


「シャル!後ろーー」

「さつき〜、後ろ〜」

「へ?」


振り返ると、観覧用の椅子にシャルが座っていた。

振り返ると、水槽では目標を失ったダイバーさんがきょろきょろしている。


「気づいてたのか…」

「気づかないわけないでしょ〜、だって気配がダダ漏れだもんね…よっと」


そう言うとシャルは椅子から降り、簿記の方へ駆け寄ると肩に飛び乗った。

そして、どこから取り出したのかパンフレットを広げると、


「あっ、さつき!そろそろイルカショーが始まるみたいだよ!いこっ!?」

「はいはい…」


ーーまあ、楽しんでくれてるなら、何よりだよ…




その後のイルカショーで、イルカの背に乗る小さな少女がニュースになったのは言うまでもないことである。



「楽しかったね〜」


水族館を出たシャルが微笑む。

その手には、さっきミュージアムショップで買ったサメのぬいぐるみ。


「ふふ〜ん」


シャルは、手に持ったサメを構えると、


「サメソード!」

「……強そー」


ーーやっぱり小学生か!?


「…で、次はどこに?…あれ行く?」


僕が指差したのは、正面、大きな観覧車。

どうやらここは複合型アミューズメントパークのようで、遊園地もあるらしい。


「うん!」








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