第5話

「で、次はどうする?」


僕は学校を出て、適当に歩きながら、肩の上に腰掛けている少女に尋ねた。


「ん~、まだこっちのことあんまりよくわかんないから、さつきの好きにしていいよ」

「…りょーかい」

―…好きなとこって言われてもな…


女の子と遊びに行くなんてこと、これが初めてなうえに、そもそもそんなに外出することがないから、どこに連れて行ったらいいものか、いまいちピンとくるものがない。


―家にこもってゲームばっかりせずに、もっと外出しとけばよかった…


嘆いても今更どうすることもできないが。


―せめてギャルゲーだけでもしとけば…


そういう問題ではない。


「う~ん…」


僕が頭を悩ませていると、


「ん?どうかしたかにゃ?そんなにうなり声をあげて」

「いや、どこがいいかなって…」

「私としては楽しければどこでもいいんだけど…さつきがいつも遊んでいるところとかはどうかにゃ?」

「ん~、あることはあるけど…ほんとにそれでいいの?」

「もちろん!」

「じゃあ、そうするか」

「おー!」


と、行先の決まった僕はさっきと違いしっかりとした足取りで、一歩を踏み出し――


「…ねえ、シャル、さっきから視線を感じるんだけど、気のせいかな?」


さっきからすれ違う人々がみな振り返っていく。


「ん?気のせいじゃないと思うよ?そりゃあ肩に小さい人を乗せて歩いている奴がいたらふつう驚くでしょ?」

「ああ、なるほどね…ってええ!?見えてるの!?」

「そうだが?」

「錯乱の呪文は?」

「ん~?何のことかにゃ~?」


しらじらしく、きょとんとした顔でとぼけるシャル。


「んん~~!!」

「わっ!?ちょっとさつき!?やめっ、やめろぉ!」


必死にポケットに押し込もうとする僕に抵抗するシャル。


「まてまて、そんなに押し込んでも入らないにゃ!!」

「はやくっ、早く隠れてっ!!」

「分かったから押さないで!!」


そんな僕達の横を2人組のJKが通り過ぎていく。


「ねぇ、見てあれ。ポケットにフイギュア入れて歩いてる奴いるんだけど」

「マジ?…ほんとだ、ウケル~」

「んなっ!?」


彼女らのほうを振り返った僕の手の力が一瞬緩んだすきにシャルはポケットから脱出すると、僕の肩の上へ。


「まあ、どうせあんな感じに思われるのが関の山なんだから、気にせず行こうじゃないか」

「十分まずいと思うんだけど…」

「まあまあ、気にしない気にしな~い」

「うう…錯乱の呪文…ダメですか、シャルさん?」

「ん~、あれはあれで案外コストがかかるんだよ〜。弱くなっている以上節約しておかないと」

「なるほど…で、本心は?」

「めんどうくさい。……あっ、ちょっ!?やめて!謝るからぁぁぁ!」


そのあと数分ほど、ポケットに押し込もうとする僕とシャルの死闘が続いたのだった。


    ☆


ウィーン…


ドアが開くとともに、騒音が一斉に耳に飛び込んでくる。


「うにゃっ!?」


それに驚いたのか、結局譲らなかった肩の上でシャルが耳を覆う。

と、それもつかの間、その顔がぱあっと輝いて、


「おお!!すごいよ、さつき!!」

「あっ、ちょ、ちょっと、肩の上で飛び跳ねるなって!」


僕は今ゲームセンターに来ていた。

そこかしこで点滅する鮮やかな色のライトがシャルには珍しかったようで、


「おお~すごいな~すごい~すごい!!」


すっかり語彙力がなくなってしまっている。」


肩の上にはしゃぐシャルをのせて、僕は店内を歩いて回ることにした。


「ん?さつき、あれはなんだにゃ?」


シャルが指さしたのはクレーンゲーム。


「ああ、それはそこのボタンでアームを動かして景品をとるんだよ」

「ほ~う、なるほど」

「分かった?」

「まったく?」

「…実際にやった方が早いか」

「うん、よろしく頼む」


僕の肩から、ボタンの隣に降り立つと、キラキラした目でこっちを見ている。

僕は財布を取り出して100円を投入。

平行棒の上に載っていたのは、シャンシャンの流れに乗ったのか、きもかわ…ちょっと不気味なパンダのぬいぐるみ。

ボタンをぽちっとするとアームが動き出した。


「おお~」


それを、プラスチック版に張り付いて見るシャル。

まるで子供みたいでかわいい――


「おい、さつき、ちゃんと見てるのか?」

「へ?…おぉぉぉ!」


視線を戻した瞬間、こっちを睨みつけるパンダと目が合った。

しかもアームがちょうど頬にめり込んで、顔が歪んでさらに迫力が増している。

シャルに見とれて適当に操作をしていたら、アームは最初の狙いを通り過ぎてしまっていたらしい。

……パンダ先輩怖すぎっす!!!


「さつき、よくわかんなかったからもう一回!!」

「いや、台を変えよう…」


――絶対取れる気がしねえ!!取れても部屋に置きたくねぇ!!


「しょうがないな…」


そう言って肩に飛び乗ってきたシャルを連れて店内巡りを再開。と、


「さつき、あれを見ろ!女の子が閉じ込められてる!」


シャルが指さした先にあったのは――


「ん?ああ、それはフィギュアだな。別に本物の女の子じゃないから安心し――」

「今助けに行く!!」

「おい!?」


――聞いちゃいねぇ


シャルは僕の肩から飛び降りると、猫を思わせるようにしなやかに着地。重心を落として一瞬ためを作った後、一気に跳躍した。


――取り出し口に向かって。


「まてっ!!」


とっさに出した僕の右手はむなしく空をつかみ、シャルはそのまま台の中に――


バンっ!!


「にゃ~っ!!」


入れなかった。


「大丈夫っ!?」


僕は、プラスチックの壁に弾き飛ばされたシャルを拾い上げる。


「ああ、大丈夫だ…いてて…はっ、今のはだな、決して気付いていなかったわけじゃなくてだな…もうっ!!にやにやするなぁ!!」

「ごめんごめん」


――かわいいなぁ


「まあ、この子たちは偽物だから。動いてないでしょ?」

「ほんとだな。……フィーナたちもこっちに来ているのかと思ったんだけど…。…確かによく見ると別人だな。」

「ん?」

「あ、いや、なんでもない。どうやら私の早とちりが過ぎたみたいにゃ」

「これからはちゃんと人の話は聞いてよね?」

「…は~い」

「それに、勝手に中に入ったら店員さんに怒られるよ?お金はちゃんと払わないと…」

「…さつきは、女の子をお金で買うのか」

「その言い方やめて!?正しいけどっ!!――ジト目でこっち見ないで!?」

「ふふっ、冗談だよ?は~い、分かりました~」

「…素直でよろしい。…ん?これ、フィオナの新しいやつじゃないか!もう出てたんだ。やっぱ人気だからな~…あれ?」


プライズのフィギュアに意識を持っていかれているうちにさっきまでボタンの隣に座っていたシャルがいなくなっていた。


「おいおい…」


――まったく、勝手なんだから…


   ☆


「…どこにいるんだ?」


あれから、店内くまなく、アーケードゲームからメダルゲームのとこまで探してみたが、どこにも見つからない。

一周回ってクレーンゲームのとこまで戻ってきたけど、どこにいるんだろう――


「ねえねえ、見てよ!」

「ん?」


背後からの子供の声に振り向く。が、


「どうしたの?」


どうやら僕ではなく彼の母親に向かっての言葉だったらしい。

僕は向き直って別のところを探そうとして――


「このフィギュアほしい!!」

「確かに、クオリティ高いわね…でもディスプレイだけで在庫がないみたいよ?」


――ん?なんか引っかかるような…それに思い当たる節がある気が…


「あっ、今猫耳が動いたよ!!」


——やっぱりかー!!


「もう、馬鹿なこと言ってないで行くわよ」

「えっ、でも…」


連れていかれた子供と入れ替わりに、さっきまで彼がいたところに立つ。


「見つけた…」


なにかのアニメのキャラクターだろう、これまた少女の剣士が剣を構えているフィギュア。

その剣を受ける格好で剣を構えていたのは——


「シャル、何やってんの?」


行方不明の猫耳少女剣士だった。

尋ねてみるも、反応なし。気づいていないのか、無視しているだけか。


——どうしたもんかな…


「ちょっと観察するかな?」


じーっと眺めてみると、たしかに時々耳がぴくぴくっとしている。

どうやら息も抑えているらしく、ちょっと苦しそうで。


——かわいいな…けどいつまでやるんだろ…


観察にも飽きて来たので、ちょっと遊ぶことにする。

財布を出すと、100円を投入。

何をする気か悟ったシャルの顔がちょっと引きつったけど、気にしない。


——だから、なんでやめないんだろう?


ボタンをぽちっとするとアームが動いて——


「にゃ!?にゃ!?やめて!!わかった!ごめんなさいするから、ね、許して!」


狭いディスプレイ用の台の上でシャルがアームを避けようとあたふた。

その被害を受けた隣の剣士さんまでグラグラしている。


「わかった」

「ほんとに!?ありがと-」


『降下』ボタンをぽちっとな!


「にゃっ!?話が違うぅぅぅ!!」


アームにすくわれたシャルは、抱きついた剣士さんまで道連れにして、取り出し口に落ちていった。


「…大丈夫かい?」


僕は取り出し口から景品を引っ張り出すと、ボタンの横に置く。


「うう…大丈夫だけど…ひどいよさつき!!人を物みたいに扱って!うにゃ!!…さつきは女を物だと思ってる…」


剣士さんに抱きつきながら頬を膨らませるシャル。


「なっ!?だから言い方!!…それはシャルがなかなか出てこないから!…てかなんであんなことしてたの?」

「ん〜?」


そう言うと、小首を傾げてにっこり。


「つまり…そういうことだ」

「いや、どう言うこと!?…まあ、いいや」


まぁ、生きたシャルが取れるクレーンゲームなんて、今までした中でも動画で見た中でも最高なものだろう。

…もう一体付いて来たしな。


「…シャルもクレーンゲーム、やってみる?」

「やる!!」


——うん、やっぱりこの笑顔が見れただけでも幸せだな。


ただ、この後初心者のシャルによって散々散財するのだが、この時はまだ思いもよらないことである。


ーーー-ー-ー-


あとがき


読んでくださった方ありがとうございます。久しぶりの更新で、長いこと間が空いてしまってごめんなさい。次はもっと早くできるように頑張ります!


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