第4話

 バァン!


 僕は一気に図書室のドアをあけ放つと、その中に足を踏み入れる。

 授業中で誰もいない室内には静寂が満ちていて、窓から差し込む柔らかい日差しがその冷たさを中和し、室内にはいい雰囲気が漂っていた。

 壁に沿うようにして本棚が並べられ、空いた真ん中の空間には、机といすが置かれている


「……いたっ!」


 その一つ、部屋の中央あたりにある机の上で、ちょうどこちらに背を向けるようにして、少女がうつぶせに寝っ転がって本を読んでいた。

 おしりから生えたふさふさのしっぽがご機嫌そうにぱたぱたと左右に揺れている。

 どうやらよっぽど熱中しているらしい。

 僕は足音を消してゆっくりと近づくと本に手を伸ばす――


「いや~、さつき~、早かったね~」


 本を見たまま発せられたシャルの声に、手が止まった。


 ―――ばれてる!?


 僕の頬を冷たい汗が伝う。


 ――…いやでもこのまま動かなかったら気のせいだと思うかも…


「あれ~?さつきじゃないのかな~?だったら敵さんかな?悪い敵さんはやっつけないとな~」


 ――いやいや、まてまてまて…


 シャルの手が背中の大剣へとのび、剣に暗い炎がともる。


「すいませんでしたぁっ!!」


 シャルは本を閉じるとこちらに向き直って座った。


「くくく……あれだけ大きい音立ててドア開けて、気付いてないと思ったの?」


 ――はい、おっしゃる通りです…


「ほんと、ぷぷっ、笑いを、ぷぷぷっ、こらえるの、ぷぷっ、大変だったんだからね。」

「ああもう、笑わないでっ」

「ごめんごめん。…さっきは呼び出して悪かったね。謝るよ。」

「あ…うん…」


 ――急にそんなに素直になられたら許すしかないじゃないか…


「それでその…ほかに行きたい教室とかは?音楽室とか」

「いや、もう大体全部行ったからいいよ」

「……そうか」


 ――そりゃ僕が迷子になるわけだ!


「それじゃ、ほかに――」


 ぐ~きゅるきゅる☆


 ………シュバッ!!


「!?」


 一瞬にして、立てた本の向こうにシャルが隠れる。


「あれあれ~、もしかしてシャルさん、おなかすいちゃったんですか~?」

「や、やめろ!!そんなニヤニヤするんじゃない!」


 本の向こうから、真っ赤になった顔をちょっとだけのぞかせてシャルが叫ぶ。


「そうですよねそうですよね、もう12時ですもんね~」

「だからやめろっって言ってるじゃないかっ!!」


 ――あれ、なんだろうこの圧倒的優位な感覚。…それに照れてるシャルめっちゃ可愛い…。

  いかん、病みつきになりそうだ。


「いや~、最強なシャルさんでもおなか減るんですな~」

「ねえ、そろそろいいかげんにした方がいいんじゃないかにゃ〜?」

「へ?」


 パタン…


 倒れた本の向こうには、全身から怒りのオーラを発したシャルが立っていた。

 いや、怒りなんて優しいもんじゃない。あれは…殺気だ…


「ごごご、ごめんなさいっ!!僕が悪かった、だから、ね?話し合いで…」

「さつきの…」


 手に持った大剣が光を放つ。


「さつきのバカあぁぁぁっ!!」

「うわぁぁぁぁっ!!」


 ☆


 売店にて、僕は食糧でいっぱいになったカゴを持っていた。


「シャルさん、そうそろそろ勘弁して…」

「ふんっ」


 彼女はそっぽを向くと、さらにカゴにパンを追加する。

 僕はお財布をチェック。


 ――うん、まだ大丈夫。うん、大丈夫なんだけど…


「まあ、これぐらいで勘弁してあげる」

「はあ…」

「もう一個追加するのかにゃ?」

「すいません!!ありがとうございます!」

「ふんっ」


 レジのほうへさっさと歩き出した彼女のあとを慌てて追いかける。

 と、レジいたのはこれまた人生のベテランそうなおばちゃんだった。


「これ、お願いします」


 今だけ錯乱魔術を解いてもらった僕は台にカゴを載せる。


「今は授業中のはずなんだがねぇ」


 ギクッ!!


「いや、その、授業が早く終わって…」

「10分もかい?」


 ギクギクッ!!


 僕の頬を冷たい汗が伝う。


「まあ、若いころはいろいろあるものよね」


 ハードボイルドな雰囲気を漂わせながらおばちゃんは続ける。


「私も若いころはいろんなことをしたものね。随分とヤンチャだったわ」


 ――あれ、なんだろう。このおばちゃんかっこいいかも……訂正、ちょっと変な人かも……


「あなたも、大変そうね」


 そう言うとおばちゃんは、まるで見えているかのようにシャルのほうへと視線を流した。

 一瞬2人の女子の視線が絡む。


「はい、7000円になります」


 気が付くといつの間にか会計が終わっていた。


「あ、はい、7000円っと…7000円!?シャル!?」


 ひゅ~ひゅるる~


 シャルはそっぽを向いて口笛を吹いている。


「仕方がないわね。1000、まけといてあげるわ」


「…ありがとうございますっ!!」


 ――さっきは変な人とか言っててすいませんっ!!めちゃめちゃかっこいいですっ!!


「がんがってね」


 売店を出ようとした僕の背中を押すように、おぼちゃんの声が聞こえた。


 ☆


「うう…」


 中棟屋上、財布の中身を確認した僕は頭を抱える。


「ん~、おいしいね~。このくりーむが口の中でとろけて…ん~!!」


 そんな僕の隣で、僕の気持ちも知らないシャルはデザートのシュークリームをほおばる。


 ――…うん、この顔が見れただけで損はしてないな。いや、おつりがくるレベルだな…


「ん?なんだ?こっちばかり見て。」




「…ひょっとしてこれが欲しいのか?…いいぞ、くれてやろう」


 どうやら機嫌を直してくれたらしい。

 シャルがシュークリームをこちらに差し出してくる。


「ん、ありがと――」


 ――ん?ちょっとまて?今僕の手にあるのはシャルが食べてたシュークリームで、シャルが食べてた、シャルが食べてた、シャルが……つまり、間接きすぅ!!!?」


「たべないの?だったらやっぱり私が…」

「いやいや食べます!食べさしていただきます!」

「そうか…?」


 少し残念そうな顔で、シャルが出した手を引っ込める。


 ――では早速


「いっただっきま~す」


ーーうん、人生で今が一番幸せかも








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