第3話

 てれってれ~てれってれ~♪


 頭の中に勝手になりだしたスパイ映画の音楽を聴き流し、僕は正門から少しだけ頭を出して校内をのぞき込む。


 ――前方に人影なし。視界、オールクリア。


 そんな変なことを考えてしまうのはさっきの音楽のせいだろうか。

 3つにわかれ、左右に広がった校舎と僕の間に広がるグラウンドには誰もいない。

 どうやらこの時間は体育はないらしい。

 生徒なら、他学年の生徒だと思ってくれるだろうから問題ない。

 本当に問題なのは先生のほうだ。

 僕のことを覚えている人も何人かいるだろう。


「何だ、誰もいないじゃないか」


 慎重にあたりを確認する僕の隣をシャルが悠々と歩いて門の中へ―


「うおおい!ちょいまてっ!」


 慌ててシャルを回収するとあたりを見回す。

 ……セーフ


「ふ~」

「ん…痛い…」


 手の中からもぞもぞと頭だけ出したシャルがジト目でこっちを見てくる。


 じと~


「いや、だって君は見つかったらマズイでしょ?」

「……離して」

「はい!?」

「捕まったネズミみたいになってるから放してって言ってるの!」

「ああっ、ご、ごめんっ!」


 僕の手から降り立つと彼女は暗い顔で振り向いて…


「……変態」


 グサッ


「お、おお……」

「ぷっ」


 ふっと緩められた彼女の口から笑い声が漏れる。


「冗談だよ。…そのことなら大丈夫、錯乱の魔術かけてあるから。」

「もう、そういうことなら先に――」

「とつげきにゃ~!」

「あ、だからちょっとま――」

「お前が待ちなさい。」


 突如として肩をつかまれ、振り向いた僕を見ていたのは、2つの細い目だった。

 名前は確か…そう、鍋田先生だ。

 あんまりかかわりはなかったが、いい先生として有名だったような。

 ベテランで、腹回りも…恰幅がいい。


「お前は授業中なのに何でここにいるんだ?」


 細い目がうっすらと開かれる。


「ん?お前は確か……」


 手を顎に当てて考え込んで――

 ん?待てよ…ということは僕の肩に手は置かれてないってことで…

 →→チャンス!!


「授業に行ってきますっ!!」

「あ、ちょっと!!待ちなさい!!」


 そうは言うものの、追ってくる気はなさそうだ。

 全く、こんなに全力疾走したのは久しぶりだ…


 ☆


「もう、おそ…なんでそんなに息が上がってるんだ?」


 靴箱で待っていたシャルが怪訝な目でこちらを向く。


「いや、先生に見つかって…」

「それはおかしいな…錯乱の魔術が切れたのかな?」

「さあ?…それより先生が来ないうちに早く…」

「う、うん」


 僕とシャルは廊下を歩く。

 錯乱魔術のおかげかこちらを気にする者は誰もいない。

 みんなで同じ方を向いて、ノートをとっている。


「おお~学校だよ、さつき!これぞ学校だよ!」

「ああ、そうだね」

「いいな~いいな~」


 僕は、飛び跳ねながら廊下を行ったり来たりしているシャルの後ろをゆっくりと歩く。


「いやでも、勉強とかめんどいだけじゃないか?」

「いやなに、ちょっと武術と魔術と剣術の道は極めちゃったからね。もっとこう…手ごたえのあるものを…」

「な、なるほど…」


 ――…まったくわからん


「これで0点のテストの紙飛行機とか飛んでたら最高なんだけどな~」


 ――いや、さすがにそれはないと思うけど…


 自分がその一員だった時と比べて、こうやって外から見てみると、それぞれが何をしているかよく見える

 寝ている者、まじめにノートをとっている者、寝ている者、後ろを振り返って友達としゃべっているもの、寝ている者、ぼーっと窓の外を見ている者エトセトラえとせとら…


 ――あれ!?寝てるヤツ多すぎないか!?


 いや、まあ、普通さ。僕がいたころもそんな感じだったし…

 と、変な損傷に浸っている間、彼女の存在を忘れてしまっていたことに気づく。


「そうだ、シャル、校内で案内してほしいとこがあったら言って――あれ?」


 いない。


「もう…どこ行ったんだよ…」


 廊下の端のトイレの中ものぞいてみるが、どこにもいない。

 さて、困った。

 学校の敷地は狭いようで広い。

 探すのは人の10分の1サイズの少女だ。

 まあ彼女のことだから無事でいるのは間違いないだろうが…

 やっぱりしらみつぶしに当たるしかないのだろうか?


 ピーンポーンぱーんぽーん


 そんな僕の思考を遮るようにして、能天気な校内放送の都が響く。

 と同時に僕の頭の中よぎったのは悪い予感。

 そう、すーっごく悪いやつだ。

 そしてこういうやつはよく当たるわけで。


「え、えと、もしも~し、きこえてるかい?おお~ほんとにシャルの声が放送されてるよ~。すごいすごい~。」


 さっきまで寝ていたやつも起きだして、みんながくすくす笑っている。


 ――くそ、おとなしく寝とけばいいものを…まったく、いらないことしかしないんだから…バカなんか大っ嫌いだっ!!


 そして僕の願いとは裏腹に放送はまだまだ続く。


「えと、迷子の放送をします。迷子の睦月皐君、至急図書室まで来てください」


 今度こそ教室内で笑いが爆発した。

 見えないことはわかっているけど、身をかがめ視界から隠れると、クラウチングスタートの体形をとる。


「繰り返し放送します――」

「やめろおおおおおっ!!」


 僕は図書室へ向かって突進した。


――そんなに全力疾走が好きなのかって?もちろん、だいっきらいだっ!!












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