第2話

「それで、シャル…シャルルリエさんはどこに行きたいの?」


僕は、目の前の少女に向かって訪ねる。


「シャルでいいよ〜。…その前に君の名前も聞きたいな。」

「あ、ごめん。僕の名前は睦月皐(むつきさつき)。…女の子みたいな名前だよね。」

「ん?そうか?私はいい名前だと思うよ。かっこいい。」


シャルはそういうと、『うんうん』と一人うなづく。

それに合わせて、彼女の柔らかい金色のショートヘアが小さく揺れた。

そこから覗くもふもふの猫耳も、ご機嫌そうにぴくぴくっと動く。


「ありがとう。…そ、それで、どこに行く?」


僕は照れくさいのを隠すようにして話を変える。


「そうだね…。そうだ!あそこだよあそこ!あそこにいきたい!」

「いや、どこだよ!?」


シャルはきらきらとした目で僕をまっすぐ見つめる。


「さつき、私は学校に行きたい!」

「へ!?がっこう!?」


予想してなかった答えに、情けない声が出てしまった。


「いや~、かおりちゃんがね、もしアニメが人気になったらスピンオフで学園ものを書こうとしててね、それが本当に楽しそうで楽しみにしてたんだ。…まあ結局書かれなかったたんだけど。そういうわけで、私は、学校に、行きたい!!」

「あ、うん。まあ、行ってもいいんだけど…」

「ん?何か問題でもあるのか?」

「いや、僕こう見えて、もう高校も卒業してるんだよね…」

「!?」


シャルの目が驚きで見開かれる。


――そんなに驚かなくても…


「ちっちゃいからてっきり高校生かと…」


グサッ


うう、どうせぼくはちびですよ。160ぐらいしか無いですよ…!


「ああっ、ご、ごめん!その、あれだよ!ちっちゃいと回避が高くて意外と強かったりもするし…」

「でも火力ほぼゼロで強い敵だとジリ貧じゃん」

「まあそれもそうだね。」


チーン


「にゃっ!?だからそんなに落ち込まないでって…ほら、いまは私のほうが小さいわけだしな…」

「ふふっ」


慌てているシャルの姿を見ていると笑いが込み上げてきた。


「急にどうした?」


僕のほうをシャルが怪訝な顔で見る。


「別に~。じゃあ、学校、行こうか。」

「うんっ!!」


   ☆


久しぶりにそでを通した制服は悲しいことに、ピッタリのままだった。


「おお~すごいな~。いや~すごい。」


ポケットからひょっこり頭を出したシャルがあたりを見回し感嘆の声を上げる。


「でも意外と「びる」は少ないんだな。」

「ん、まあ中心からはちょっと離れてるからな」

「じゃあ、かおりちゃんが住んでるのはこのへんじゃない、と…」

「さっきも言ってたけど、かおりちゃんって誰?」

「んにゃ?ああ、かおりちゃんは原作者だよ。つまり私たちの生みの親ってとこかな。かおりちゃんの世界は私たちの世界だから、かおりちゃんが見たものは私たちも見ることができたんだ。」

「じゃあ、この世界のことも知ってるってこと?」

「そういうこと〜。まあ、そんなに詳しいわけじゃないけどね。あ、そうそう、君はテレビを見るとき口が半開きになる癖があるらしいから、気を付けたほうががいいよ。」

「へ!?うそ!?…ハズカシィ…」


僕は手で顔を抑える。

熱くなった顔はおそらく真っ赤になっているだろう。


と、ポケットからシャルが飛び出すと、地面に降り立つ。


「お前…ケルベロスじゃないか!!…君までこっちの世界に来ていたとは…」

「うそ!?」


シャルの声に慌ててそっちを向くと、剣を構えた彼女の前にいたのは―――

一匹の柴犬だった。


「いや、それポチだよっ!羽原さんちのペット!ケルベロスなんかじゃないからっ!」

「君は3話で倒したはずなんだけどにゃ〜?…再び挑んでくるとは、馬鹿なやつめ」


そう言うと剣を握る手に力を込める。

――そういやそんな話もあったなたな…ってそうじゃないっ!


「いや、だからまてって、それ普通の犬だからっ」

「一瞬で消し去ってやろう。」


聞いちゃいねぇ


「付呪(エンチャント)――『獄炎』」


シャルの剣に漆黒の炎がともる。


「だからやめろって言ってるじゃないかっ!」

「…なんだい?」


目の前で手を振ると、やっとこっちを向いてくれた。

が、その目が明らかに、「いいとこだったのに」と僕を非難している。


「あ、いや、そのだな、その犬は人畜無害で、殺しちゃうと羽原さんが悲しむから…」

「こんなに大きいのにか?」

「いや、それはシャルさんが小さいからで…それに頭も1つだろ?」

「それは…転生するときに分離したとか?」

「いや、急に新しい設定作るなって!?」

「行くぞっ!!」

「うおおおおい!!」


ジュッ


シャルがポチに向かって飛び出そうとしたとき、ポチの口から垂れた唾液が剣の上に落ちる。


「うそっ!?わたしの獄炎が!?なんでっ!?」


唾液でべとべとの剣を見つめてシャルはあたふたする――


ぱくっ


――ふむ、犬の口から人の足が生えてる光景というのはなかなかシュールだな…


「シャルっ!?」

「んんん~んんんん~!(さつき~たすけて~)」

「お、おうっ!えっと…どうすれば…?ポチ、お手!」


かぷっ


「いや~たすかったよ~。ありがと――さつきっ!?手がっ!!」

「うわあああ!!」

「さつきっ!早くしないと毒がっ回って死んじゃうっ!!」

「いやだから普通の犬だからっ!そんなことより早くなんとかしてっ!」

「え、えと、ほら、こっちだよ~?」


ぱくっ


「シャルぅぅぅ~~!!」


   ☆


「ん~、なんであんなに簡単に消えたんだろ?」


僕の肩の上でシャルがつぶやく。

やっとのことでポチから解放された僕らは再び学校への道を歩いていた。


「確かに伸長が10分の1ぐらいにはなってるから魔力もそのぐらいになっていてもおかしくないけど…それにしてもあんなに簡単に消えるわけが…」


と、何かに思いついたように顔を上げるとこっちを向いて―


「やっぱりあいつはケルベロスだったんじゃ―」

「いや、違うからっ!」

「むう…そんなに全力で否定しなくてもいいじゃないかにゃ…」

「ご、ごめん…」


と、僕の頭に一つの考えが浮かぶ


「なねえシャル、魔力量って体の大きさに比例するんだよね?」

「ん?そうだよ?」

「身長だけで考えるんじゃなくて、体積で考えてみたらどうかな?そしたら、10の3乗分の1だから…」

「「1000ぶんの1!?」」


僕らは顔を見合わせる。


「なるほど。それなら納得がいく…。…今のままだと全力でも魔王に勝てるかどうか…」


と、シャルが神妙な顔で悩み始める。


「まあ、大丈夫でしょ。そんな怪獣とか出て来るはずないし。だってここ、現実世界だよ?」

「…まあ、それもそうだね〜」


僕の言葉に彼女はふっと表情を和らげる。


「じゃあ、学校に向かってしゅっぱーつ!」

「おー!!」




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