異世界最強少女は現実を知る
さーにゃ
第1話
少女は一人、剣を手に暗闇の中に立ち尽くす。
周りに人の姿はない。
共に戦ってきた仲間はみんな消えてしまった。
手から剣が滑り落ち、地面に跳ね返ると乾いた音を立てる。
少女が手を目前へと運ぶ。
先のほうは半透明になっており、その範囲も広がりつつある。
「ふふ…」
歪められた彼女の口から、自虐的な笑い声が漏れる。
そうなることをすでに知っており、そしてあきらめてしまっている、そんな表情が彼女の顔には浮かんでいた。
「悔しいか」
突如として聞こえてきた声に少女は、はっとした様に顔を上げるときょろきょろとあたりを見回す。
「悔しいかと聞いているんだ」
その声の主を見つけることをあきらめたのか、少女は再び下を向くと小さな声で答える。
「私は…悔しいの?…わからない。でも…私は…私は、もっと戦っていたかった。もっとみんなと一緒にいたかった。もっとこの世界で生きていたかったっ!!!」
実際に口にすることで感情が爆発したのか、語調が強くなる。
と、さっきまで重々しい口調だった声が一転、駄々をこねる子供をあやすような優しいものに変わる。
「そこでだ。―お前に1日だけ猶予をやろう」
「えっ…!?」
少女がはっとして顔を上げる。
その涙でぬれた顔には、はっきりと驚きが浮かんでいた。
「お前に1日だけ現実世界へ行くことを許そう。…まあ、これも今まで頑張ったことへの褒美だな。かりそめの体はこちらで準備する。」
「え…ちょっと…」
「楽しんでくるがいいさ」
少女の体が完全に消えた。
☆
「んん…」
カーテンから差し込む温かい日差しに僕は目を覚ます。
「よいしょっと…」
しょぼしょぼする目をこすりながら体を起こす。
と、次第にはっきりとしてきた目が、壁にかかっている時計をとらえる。
「ん~、もうこんな時間か…」
時計は10時過ぎを指していた。
一人暮らしだと、どうしても生活習慣が乱れがちだ。
いくら日曜だと言っても、そろそろ起きたほうがいいだろう。
かろうじて体にかかっていた布団を引きはがし、立ち上がると―
「うおっと」
起きたばっかりで足に力が入らずよろめいてしまった。
僕は慌てて近くにあった机に手をつく。
「危ない危ない…」
と、『彼女』と目が合った。
彼女の名はシャルルリエ・フェーリエ。
「ん…おはよう、シャル」
そのフィギュアを眺めながら僕は目を細める。
僕が彼女を手に入れたのはつい昨日のことだ。
つれづれなるままに中古屋でフィギュアをあさっていたら、艦◯れや◯◯ライブ!のフィギュアの隙間から彼女の猫耳がはみ出しているのを見つけ、気が付いた時にはレジでお金を払っていた。
僕が最初に彼女に出会ったのは2年ほど前のことで、眠れなくて付けたテレビでやっていた深夜アニメだ。
いつの元気で明るく、可憐な彼女に僕は一瞬で魅了された。
ちなみにそれが僕が2次元にはまってしまったきっかけだったりする。
僕的には神アニメだったのだが、「主人公がチートな異世界物」という、最近では割とありきたりなテーマだったためか、あまり人気が出ず、グッズが発売されたという話もそんなに聞いていなかった。
それだけに、昨日見つけた時は本当に興奮したものだ。
「それにしても本当によくできてるよな…」
顔はもちろんのこと、服の質感から背中に背負った大剣の細かい装飾まで、忠実に再現されている。
ほら、瞼だって動いて――
「あの…そんなに見つめられるとさすがに恥ずかしんだけど…」
「うおおおおっ!?」
「にゃ!?そ、そんなに怖がらなくてもいいじゃないかっ!!」
壁まで後ずさった僕に、彼女は驚いた顔を浮かべ抗議する。
「ふ、フィギュアがしゃ、しゃ、しゃ…」
「や、やめろっ!そんなに怯えられたらまるで、私が怪物みたいじゃないかっ!」
「き、君は一体何者…!?」
「んにゃ?ああ、自己紹介がまだだったな」
彼女は「納得だ」という顔をすると、一つうなづき両手を腰に当てる。
そして、自信に満ちた、少し挑戦的なほほえみで、
「私はシャルルリエ・フェーリエ!帝国軍元帥にして、『最強』の名を称する者!!……驚かないのかい?」
――ええ、だってとってもよくご存じ申し上げておりますので。
が、『ねえねえ、すごいでしょ?でしょ?』って顔でこっちを見てくる彼女にそれを告げるのは酷だろう。
「へ、へ~。それはすごいな~」
「そうだろうそうだろう。もっと褒めてもいいんだぞ?」
――よし、何とか棒読みにならずに済んだぞ
「…ってそうじゃなくて、僕が聞きたいのはなんでフィギュアが動いてるかってことで―」
「ああ、そのこと」
彼女はにっこり微笑むと
「あっちの世界でちょっと死んだから、転生してきたんだ〜」
「ああ、なんだ。転生してきたのね……ええええっ?」
彼女の笑顔に意識を持っていかれて、危うく納得するところだった。
危ない危ない。
「そんな耳元で怒鳴らんでもいいでしょうに…。今時そんなに珍しくもないでしょ?」
「まあそれもそうか…ってここ現実世界だからっ!それにさらっと言ったけどさっき死んだって言った!?」
「うん、言ったゾ☆」
「いや、ゾ☆じゃなくてっ!最強なんじゃなかったの!?知らない間にいったい何が…」
「まあ、いろいろあってな…」
どうやら地雷だったらしい。
一気に悲しそうになって、猫耳もふせってしまっている。
「ご、ごめんっつ!」
「いや、いいよ。まあ、それで死んだわけなんだけど…」
彼女の話をまとめると、死ぬとき彼女は「神」らしきものに1日だけ現実世界に行かせてやると言われたらしい。そして気が付くと目の前に僕がいたというわけで。
「なるほど…。せっかく来てもらったのにこんな部屋で…なんかごめん…」
「ああ、それなら問題ないよ。そんなことよりお願いがあるんだけど…」
彼女が上目づかいでこちらを見上げてくる。
「僕にできることなら…何?」
「私にこの世界を案内してほしいの」
「…いいけど。…そんなことでいいの?」
「うん!!ありがとう!!」
と、彼女はあの、僕を一瞬で虜にしたとびっきりの笑顔を浮かべた。
☆
少年が部屋を出て行き、誰もいなくなった部屋で少女は小さくつぶやく。
「ふふっ。よろしくね、皐君」
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