第8話 空飛麺

 山賊崩れの冒険者達は『怒り』『恐怖』『理解不能』を顔に浮かばせながら、ただ突っ立っていた。

 予定では現実の銃乱射事件みたくパニックを起こさせて、喧嘩どころじゃない状況を作ろうとしたんだけど、どうやら失敗したらしい。

 多分、コイツ等が銃の殺傷力を知っていたら逃げていたと思う。だけど、残念ながらこのゲームはなんちゃってファンタジー。銃を知らない無知が不幸を呼んだ。

 まあ、やっちまったものは仕方がない。今更「なーんちゃって。今のは冗談でしたーー♪」なんて通じないし、開き直るしかない。

 という事で、ジャック・ニコル〇ン、もしくはアン〇ニー・ホプキンスもビックリするぐらいの猟奇犯罪者を演じる事にした。


「予定が外れたな、まあいい。……さて、話は聞いているぜ。お前等、冒険者のなりをしたワンダーフォーゲル部らしいじゃねえか。部活が楽しいからってチョイとばかりハメを外しちゃいないかい?」


 NPCに語りながらショットガンに弾を込め、アクショングリップを引く。


「だけど、俺も野外プレイってのに実は興味があったんだ。だから仮入部させてくれよ。ヨーロレイヒー」


 言い終わるのと同時に、ショットガンで近くに居た山賊の膝を撃ち抜いた。

 撃たれた男が叫んで暴れているけど、俺も今は演技の途中だから回復は後回し。


「なあ、登山ってのは楽しいのか? 最近まで海賊の格好をした飛び込みの選手しか居ない水泳部に所属してたから、山の楽しさってのを知らねえんだ」


 そう言いながら、別の山賊の太ももを撃ち抜く。

 撃たれた男は泣きながら這いつくばり、俺から逃げようと滑稽な動きをしていた。


「ああ、海賊の格好をしていたからって、別に俺は空飛ぶスパゲッティモンスター教の信者って訳じゃねえぞ。だけど、あの経典は好きかな。たしか……はじめに言葉があった。それは「うわあああ!」だっけ?」


 3人目。4人目を連続で撃つと「うわあああ!」って叫んでいた。

 経典では、それでビックバンができたらしい。そんな簡単に出来ていいのかビックバン。


「何だコイツ。やべえぞ!!」

「逃げろ、殺される!!」

「ひえぇぇぇ!!」


 最初の2人と合わせて6人目が床に倒れると、SAN値がゼロになった山賊達は我先にと逃げ始めた。

 俺は軽く肩を竦めると、逃げる背中に向かって空飛ぶスパゲッティモンスター教の祈りの言葉を捧げた。


「……ラーメン」




 騒動が治まると、俺達と撃たれて動けなくなった山賊しか居なくなった。

 ちなみに、クエスト依頼所の職員も逃げていて強盗のチャンスだったが、偽善者の義兄さん達も残っていたから諦めた。


「まだ生きてるか? 今、助けるぞ!!」


 自分でやっといてあれだけど、俺が撃った山賊達にポーションをぶっ掛けて治療する。

 彼等は治った足を確認すると、微妙な顔で俺に礼を言っていた。

 山賊は適当に選んだ一人だけを残して後は逃がした。残された一人は泣きそうな顔をしていた。


 全員を治してショットガンに弾を補填していると、いきなり義兄さんが俺の首を絞めてきた。


「この馬鹿! どうして何時も事件を大きくするんだ!!」

「ぐ……ぐ、苦し……い」


 義兄さんの手を払いのけて、ショットガンを構える。

 死ね!! 俺はたとえ相手が義理の兄だろうと容赦はしねえ!!


「やめんか!!」


 撃とうとしたら横からベイブさんが現れて、ショットガンを持ち上げた。

 そのせいで天井に穴が開き、全員が天井を見上げる。


「……請求が来たら、ベイブさんよろしく」

「俺か? 今のは俺のせいなのか!?」


 呟いたらベイブさんが驚いていた。


「お前は、本当に何をしたいんだ?」

「……仲裁」


 義兄さんの質問に少し考えて答えると、彼は頭を抱えていた。


「銃を乱射して何が仲裁だ……」

「でも、暗黙の了解は守って誰も殺してないぜ。それに、あのままだったら義兄さん「カマ掘れワンワン」だったし、俺はそんな義兄は持ちたくねえな」


 ゲームだから何も起きないとは思うけど、こんな面白いネタは例え何もなかったとしても、俺が尾ひれを付けてSNSで世間に広める。

 義兄さんは確実にプレイヤーの間で『カマディン』とか『性騎士カート』と囁かれるだろう。


 その後、他の皆からも怒られたり呆れられたりしたけど、右から左へと受け流したから内容は覚えていない。

 姉さんだけは褒めていた。だけど、これもいつも通りだから、心の中で鬼畜女と思っただけで終わった。




 俺とロビン、おまけにジンが一人残した山賊と向き合うと、彼は俺に土下座をしてきた。

 他の皆? 後始末に四苦八苦してますが、何か?

 俺達? ジンは喋れないし金魚の糞だから論外。俺とロビンが動くと後始末どころじゃなくなるぜ?


「さて、俺の姉を犯そうとしたお前に聞きたい事がある」

「助けてください。何でも喋ります!!」


 山賊から話を聞こうとしたら、床に頭を何度も打ちつけて謝り始めた。

 あれ? コイツ、山賊だよな。まだ何もしてないのに、何で俺が悪者になってるの?

 ロビンとジンを見れば、何故か山賊に同情している様子でチョットだけイラっときた。


「何かムカつくけど、まあいい。最初に1つ問題だ。子供の目の前で母親を犯してから、その母親の前で子供を殺した時の気持ちを10文字以内で答えろ」

「そ、そんなおっかねえ事、し、したことな、ないです!!」

「ふざけんな。テメェ、それでも山賊か!? 村を襲って、女はレイプ、男、子供は皆殺しにするぐらいの心構えを持ちやがれ!!」


 本当に怒ってはいない。ただの八つ当たりである。


「ひぃ!! すいません、すいません!!」

「オイ!」


 泣きながら土下座する山賊の太腿を蹴っ飛ばしたら、ロビンに突っ込まれた。

 ちなみに、今の問題は『自分を愛している』の8文字が正解。凶悪犯罪を犯すには、良心の呵責を超える自分への愛が必要だ。


「尋問の邪魔をすんじゃねえよ」

「何が尋問だ。犯罪を助長してどうする?」

「俺は正直なだけだ、偽善者め。黙って見てろ」


 再び山賊を見下ろして話し掛ける。


「それで、意気地なしのテメエが何で山賊になったんだ?」

「実は……」

「ストップ!!」


 喋ろうとしたタイミングで話を遮る。


「お前の身の上を聞いてもつまらなそうだから、やっぱ止めだ」


 そう言うと、山賊が再び泣きそうになり、ロビンの口から「ヒデェ」と言葉が漏れ、ジンが山賊に同情していた。




「俺は別にお前が街中で盗みを働こうが暴力を振るおうがどうでもいいと思っている。だけど、俺は自分を愛しているから、殴られたのが許せねえ」

「殴ったのは俺じゃねえ」

「……じゃねえ?」

「俺じゃありません!! スイマセン!! スイマセン!!」


 背中にしまったショットガンに手を掛けると、山賊が床にガンガンと頭を打ち付け始めた。


「お前、謝るのが好きらしいな。だったら、今から語尾の最後に必ず「スイマセン」を付けて話せ」

「……は、はい」

「「スイマセン」が付いてねえだろ!!」


 土下座している太腿にムエタイローキック。


「スイマセン!!」

「なあ、この武器が何か知ってるか?」


 そう言って背中のショットガンを抜くと、山賊が器用に土下座をしながら後ろに下がった。


「し、知りません。スイマセン」

「コイツはな、田舎でいじめられたガキが都会に逃げて、復讐するために作られたイキリ田舎者専用のハンティング銃だ。まさに、お前みたいなヤツを殺すための武器だな」


 嘘だけど。


「ヒィ……スイマセン!!」


 さて、これだけ脅しとけば、嘘は吐かないだろう。


「お前、コゾドーム村は知ってるか?」

「はい、その村の出身です。スイマセン」


 おっと、適当に選んだ男がビンゴした。


「……ほう。だったら、シャドウって男は知ってるか?」

「え? シャドウちゃんですか? ……あ、スイマセン」


 ……ちゃん?


「知り合いか?」

「えっと、多分ですが貴方様の言っている人は、村はずれに住んでいた女の子のシャドウちゃんの事だと思います。スイマセン」


 あるぇ? おかしいな。確か俺が師匠のクソババアに聞いた話だと、シャドウって男じゃなかったっけ?

 それに、あの年齢不詳のババアの知り合いだから、棺桶に両足突っ込んでるぐらいのジジイだと想像していたんだけど。婆さんやっぱりボケてた?


「そのシャドウちゃんって人間?」

「えっと、あれ? おかしいな。スイマセン分かりません。スイマセン」

「分からないって、有った事ぐらいあるだろ」

「えっと、会った事もあるし、会話もした事あるんだけど、思い出せない? ……あれ? 本当に顔も話した内容も思い出せな……うっ!?」


 山賊が話の途中で突然両手で頭を抱えたと思ったら、蹲って呻き始めた。




「おい、どうした?」


 「スイマセン」が抜けてるぞ!!


「うっ……痛っ。頭が割れ……る!!」


 額に脂汗を垂らす山賊の肩を揺すり様子を伺う。

 彼は俺を無視してひたすら頭を押さえていた。


「お前、持病持ちか? だったら、万能薬を……」

「あれはシャレにならないからダメだ」


 激辛万能薬を出そうとしたら、ロビンとジンに止められた。

 改めて山賊を見れば、彼の顔は青くなり、脂汗を垂らしていた。


「……もしかして、毒か?」

「それは、本当か?」


 俺の発言にロビンが驚く。

 シャドウの話をした途端に苦しんだから、もしかしたらと思っただけで、適当に言っただけだから真に受けないでくれ。


「毒消しだ。効くか分からないけど早く飲め」


 鞄から毒消しを取り出して山賊に渡そうとしたら、突然、山賊の目からハイライトが消えて無表情になり、すくっと立ち上がった。


「なっ!?」

「おい、どうした?」

「……!?」


 驚く俺達を他所に、彼は直立不動の状態で両手を水平に広げると、そのまま動かなくなった。


「……こいつはヤベえ」

「これが何か知ってるのか?」


 俺の呟きを聞いてロビンが俺の両肩を揺さぶり質問する。


「ああ、コイツは3Dバグだ」

「……あっ!」


 俺の返答を聞いたロビンも気づいたのか、山賊を見ながら納得の表情をしていた。

 そう、これはキャラモーション処理に失敗したバグ状態である。

 極たまに、3Dゲームで演算処理を失敗してキャラがバグると、キャラが直立不動になって両手を水平に上げた状態で固定する。

 移動する時も同じ体形でスーーっと移動して、不気味だけど笑えるネタでもあった。


 俺達が突然バグった山賊を見ていたら、彼は突然光り始め、粒子となって跡形もなく消えていった。




「「「…………」」」


 山賊が消えた床を全員が見つめる。


「所持品ごと消えたか……」


 どうやらロビンは俺と同じで所持品を取ろうとしていたらしい。

 プレイヤーなら当り前の行動である。


「金目の物なんて持ってなさそうだったぞ」

「お前と一緒にするな。何か手がかりがあると思ってたんだ」


 どうやら目的は違ったらしい。

 この女が珍しく知的な発言をした事で、人類の未来に少しだけ希望が見えた。


「なあ、ロビン。NPCでもモンスターでも粒子になって消えた現象ってみた事はあるか?」

「いや、ない」

「お前は?」


 ジンに確認すると首を横に振って否定していた。


「という事は、アイツは死んだんじゃなくて、データが消滅したんだな。おかしい人が消えて残念だ」


 弄りキャラはわりと重要。


「だけど、突然何で……」


 ロビンに向かって首を横に振る。


「分からねえよ。全く、何もかもが分からねえ。ただ、これだけは言えるってのが一つだけある」

「何だ?」


 右手を上げると、手をパッと広げて溜息を吐く。


「クソまみれのトイレの気分だぜ」


 そう言うと、俺の気持ちに同意したのか、ロビンとジンが頷いていた。

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